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会社の同僚に「無理はしないでね」と言われたので「もう無理です」と言ったら、最終的に泥をかける事になった話

作者: 山田 勝

「無理だったら言ってね」


 と言われたので、


「はい、もう無理です」


 と答えた。


 すると、相手の山本さん。私の後輩ではあるが年上の山本さんは一瞬顔がギョとなって。


「オホホホ、なら沼田さんに言ってね」


 と荷物をそそくさまとめて退社をしやがった。


 沼田さん。外回りのエースだ。


 その沼田さんに資料作成を急かされているのだが?



 私は23歳のOL、水神京子、この会社には人事や総務で入ったはずだが?

 山本さんはPTAとか、田舎の集会とかの理由で繁忙期でも定時の30分前に帰り支度をする。

 女子トイレでお化粧を直しているな。


 やっていることはファイリングぐらいだ。本来なら営業事務で入ったが、いつもまにか私が作成するようになった。

 田舎の小さな事業所では良くあることらしい。


 沼田さんに言ってみろと言われたので、言ってみた。



「あの、営業の資料作成と給与業務、備品の請求とか仕事が多くて正直キツいです」


 すると、アラフォーの男は大きなため息をつき。


「はあ~、君は要領が悪いんだよ。そんなのネットで調べてチャチャと出来るだろう?グージルマップには写真も載っているよ。それをはり付ければいいよ」


「でも、それじゃダメなんです。登記簿の権利者と実際の所有者が違うなんて事ザラです。現地の確認が必要です」

 ラチが空かないので所長を交えて話した。


「君、山本さんを見習いなさい。彼女はきちんと営業時間内に仕事を終わらせているよ」


 ここでハッとした。

 山本さんは私の作成した資料を奪って沼田さんに渡していた・・・・

 実質、書類渡係だ。私の名前を書いているが印象で山本さんが作成したとなっているのだろう。

 書類を奪って自分の手柄にする者は実際にいるのだ。



「君は営業所を開けるし。少々効率が悪い。残業は法令までだ。もし、仕事が終わらなければどうすれば良いか分かるよな。私の若い頃は・・・」


 つまり、早出して残業をつけずにやれと言う事だ。

 昔のブラックは残業代がガッツリもらえた。

 しかし、今は・・・建前上、労働関連法を守るように言われているからね。


 散々だった。



 家に帰ってから家族に愚痴をこぼしてみた。


 母は言う。


「なら、お父さん。ディラーの知り合いいたわよね」

「ああ、残業はないと聞いたぞ。話通して見るか?」

「姉ちゃん。あれやれば?司法書士?」


「あれはね・・・独立するのは難しいのよ。試験は通ったけど法定研修はうけていないわ。しばらく・・・」


「いいわ。しばらく無職でもね。お父さん」

「ああ、いいぞ。退職金の半分をやる。独立に使え」


 退職金をやると言われたら、娘としては。


「大丈夫よ。どうしても無理だったら相談するわ」


 としか言えない。

 うちの親なら本当に出すのだろう。

 しかし、弟の健児がいる。大学には行かせてあげたい。



 少し、希望をもらった。

 気分転換に小説投稿サイトに投稿する。

 今日は、異世界で魔法猫が主人を守る話だ。


『ニャン!ニャン!ママをいじめる馬鹿王子とピンク頭!ニャンニャンビームを喰らえ!』


『ギャー!参った!』

『ヒィ、殿下!』


 男の名で投稿しているが、低評価だ。まあ、それが私の実力だ。


 ‘‘感想がつきました’’


 何々?感想がつくの珍しい。



 >男性がむやみに婚約破棄物を書くのは感心しません!滅茶苦茶です!

 女心とは・・・


 ああ、そうだよ。女心は分からないよ!それに異世界恋愛じゃないだろ?

 婚約破棄、王子に全く恋愛感情がない令嬢の話だ。ハイファンで出したのに。


 と反論したかったが、放置した。



 ストレス解消なのに説教されてストレスを更に感じてしまった








 次の日、出社し、ドアノブに手をかけたら、部屋の中から私の悪口が聞こえた。


 山本の声だ。


「まあ、あの子はね。要領が悪いのよ。もっとも、私は地元だから、土地権利関係は全部頭に入っているわ。あの子、私の指導で作成しているのよ」


「へえ、山本さん。そうなのですね。所長、注意してみてはどうですか?」

「でもな。昨今、キツいことを言うとすぐに、ほら、ネット炎上とかするからな」



 ガタ!と音を立ててドアを開けた。

「おはようございます」


「水神君!」


 皆、所長の声でいそいそと散らばる。


 山本さん。彼女は地元出身者だ。私は新興住宅地のサラリーマンの家、複雑な人間関係の田舎で仕事をするには、地元に顔が利く者が優遇される。

 それに、山本さんは票集めで地元の議員に知遇を得ているそうだ。



「あ~、私、外回り行ってきます!」


 私は社用車に乗り。現地に赴く。

 ここは耕作が放棄された田んぼだ。

 ここを買い。住宅地にする事業が行われている。


 しかし、田舎の権利関係は複雑だ。

 例えば、この用地買収が難航している所は、ひょうたんのように区画された土地で、その中に8人の権利者がいる。


 一人一人から所有権、地上権を買取らなければならない。皆、名前から老齢だ。相続か、放棄とかしているかもしれない。



「はあ、この山田五月様は・・どうしても見つからないわね」


 所有者の中で一人だけ行方不明な方がいる。

 この地は山田が多い・・・五月さつきと読むから女性だろうな。



「おんどりゃー!ボケ、カス!」


 地図を見ながら思索にふけっていると、老婆の叫び声が聞こえた。


 トラクターが側溝にはまって動けないようだ。



「お婆さん。どうしましたか?」

「見れば分かるだろう?溝にはまったんじゃー!」


 口が悪いお婆様だ。



「・・・ちょっと、どいて下さい」

「はん?」


 お婆さんをどかして、状況を見た。

 確か、これは大型特殊、側溝にはまったら・・・タイヤは片方から入れるがセオリー。


 前輪の片方だけ入っている。いける。


「ちょっと、待っていて下さいね」

「はん?」


 周りを見渡す。それっぽい木材は・・あった。

 廃材だ。


 これをタイヤの下に置き。うまくはめる。


「運転させてもらいますね」

「おい、免許もっているのかよ?」

「大型特殊もっています」


 ブロロロロロ~


 何とか、側溝を抜けだし。


 ドスン!


 車体が側溝をまたいだ。

 ゆっくり側溝を超えて、不整地を走り。渡しがある場所まで行き。

 道に出られる所で止った。


「あんた。何者じゃ?」

「お爺ちゃんが農家なので取りました」


「名は?わしゃ、一本杉の山田じゃ」

「水神京子です」


「どこに住んでいる?」

「希望の麓住宅地です」


「アホ、お爺ちゃんの住んでいるところじゃ」

「水神地区です」


「だろうな・・・って何をしている!」


「このまま道路に出たら、泥が落ちます。だから、手でタイヤの泥を落としています」


「アホ、操縦席の後ろに竹箒あったろ。それを使え」


「はい!有難うございます」

「変わった娘じゃのう」

「良く言われます」


 あ、そうだ。ついでに聞いてみるか。


「あの、実は私、土田舎興産に勤めていまして、土地造成事業を行っています。どうしても、山田五月さんのご住所を知りたくて調べているのです」


「はん。ワシじゃないけえな」


 だろうな。通りがかりの農家のお婆さんだった。


 お婆さんは、


「ほれ!」

 とペットボトルのコーラを渡してくれた。冷えている。クーラボックスで冷やしていたみたいだ。


 御礼のようだ。

 何だよ。お茶を飲まないのかよ。


「有難うございます」

「のどごしで飲むと美味いぞ。これ、山田スーパーで78円じゃった」

「本当ですか?」


 お婆さんはお得情報を教えてそのまま去った。


 帰ったら、また、嫌な日常に逆戻りだ。



 それから弊社の事業は難航している。



 山田五月さんも見つからない。

 工期が迫っているが、


 山本が独り言を言い始めた。


「公平党は立派な庶民のために働いてくれる議員さんばかりで、公平党がなければもっと日本はダメになっていたわ~〇〇議員は本当に良い人でね~」


 選挙が近いのだろう。贔屓の議員さんの名前とかを言い出した。



 そんなときに、春の祭りが近づいて来た。


 この事業所にも協賛のお願いが来るのだろう。祭りの執行役の人が来て所長と面談中だ。


「水神君!至急きたまえ!」


 所長に呼ばれた。


 祭りの執行役の方々は壮年ぐらいだ。地元の山田神社の氏子筆頭の方がいた。


「君が水神京子さんだね。一本杉の山田さんから推薦を受けている。耕運機レースに出てみないか?」


「へ?」


「どうぞ。うちの水神を使って下さい」

「所長!」

「いいから、休出扱いで良いから」


 まるで、貢ぎ物のように差し出された。

 地元の祭りは敷居が高いのではないか?

 お爺ちゃんも参加していたが・・・・



 結局、祭りの日、営業所の皆は手伝いで出ることになった。

 山本は及び腰だ。

 何故なら公平党の唯一の支持団体は宗教団体だからで、他宗の祭りには出られないのだろう。



 祭りの最終日、耕運機レースが始まった。

 泥の田んぼの中を耕運機が走るレースだ。

 予選が行われ。私は決勝に残った。


 決勝は一騎打ちだ。


 しっかりアナウンスをされた。



「皆様!お待ちかねの耕運機レース決勝戦です!

 1番は、大山田地区の大山田巌さん。64歳!年金をもらえるまで死ねるか!が口癖です。今年こそは孫にオモチャを買ってあげる権利をゲットすると息巻いています!


 2番!土田舎興産所属、希望の麓の水神京子さん!年齢は秘密です!お祖父様は水神地区で農園をやっています!お孫様です。

 お爺ちゃんにネットを教えて、農作物販売サイトを立ち上げた感心な孫です!」




「「「「オオオオオオーーーーーーー」」」」


 と盛り上がっているな。


 私はツナギを着て、レースのゲートにつく。


「グヘへへへ、若い者には負けないぞね。今年こそは風を斬る!」

「お手柔らかにお願いします」



 バン!


 スタートの合図と共に、耕運機のアクセルをふかす。

 田んぼは泥だらけだ。



 ブゥウウウウーーーー


「おりゃ!」


 あのお爺さん。耕運機を改造していないか?

 黒煙を吹いている。


「はん!俺は耕運機暴走族だったんだぜ!」



 はん?耕運機暴走族、何だそりゃ。この違法老人め。


「バイク買えなくてよ~、耕運機を改造したんじゃ!それでよ。あぜ道を爆走したのじゃ!」


 あっという間に抜かされた。

 私もアクセルをふかす。

 感じるのだ。泥を。泥を滑る。


 しかし、

 先頭のお爺ちゃんの耕運機は泥にはまって、

 すっぽり荷車と耕運機が分離した。


「おろ?」

 バチャン!


 お爺ちゃんが泥に落ちたわ。


 私は耕運機を止め。お爺ちゃんの元に駆け寄る。


 お爺ちゃんだから骨とか大丈夫かしら。


「どこか強烈な痛みはありませんか?」

「風を感じた。時速30キロを超えたのじゃ・・」


 うわ。お爺さんの耕運機、スピードメーターがついている。


 何だこりゃ。


 私はお爺さんを背負って田んぼを出ようとした。


 お爺さんの家族や祭りの執行役の方々や協賛企業の方々は心配してたんぼに入るが・・・


 弊社の所長と沼田と山本は田んぼの中に入らない・・・田んぼの外で談笑をしている。本部要員だろう。

 何かやるせない気持になった。


 お爺さんを担架に乗せ。本部に控えていたお医者様の診断を受ける事になった。


 そして、弊社の三人は私の側に来てこんなことを言った。


 山本は、

「まあ、あまり近づかないでね。泥が飛ぶわ」


 沼田は。


「アハハハ、泥だらけだな。よくやるな」


 所長の言葉。


「水神君、あまり、無理はするな。怪我したら労働災害になるからな」


 カチン!と『無理はするな』で頭にきた。


 だから泥を三人にかけた。


「エイ!泥かけ祭りだ!」


「ヒィ、せっかくお化粧したのに!」

「君、この背広高いのだよ!」

「やめろー」


「アハハハハハハ!!み~んな泥まみれになれ!」


 バシャ!バシャ!


「ア~ハハハハハッ!」


 狂女か?!まるで狂女のように笑った。


「皆様!ルールにより。水神京子さんが優勝です!皆様、拍手をお願いします!」


 パチ!パチ!パチ!


 拍手の中、更に三人に泥をかけまくった。



 それから、私には・・・


 その現場にいた耕運機メーカーの方に、


「是非、うちのイメージガールになって欲しい。何なら来て欲しい」

「まあ、ガール?私が?親に相談しなければ」


 とヘッドハンティングされたりしたが断った。

 全国区デビューはちょっと覚悟がない。



 何よりも驚いたのは。

 あのお婆さんが、山田五月さんをつれて来た事だ。


 そう言えば、一本杉の山田さんは。

『はん。ワシじゃないけえな』と言った。知らないとは言っていない。


 山田五月さんは施設に入っていたそうだ。

 意識ははっきりしている。法律家を連れている。後見人のようだ。



「水神のお嬢様に全て一任します」


「え、水神君に?」


 すると、さも地元の顔のように山本がしゃしゃり出てきた。かなり失礼な事を言う。


「わ、私、山本と申します。公平党の議員紹介出来るわ。入らなくても大丈夫よ。教義試験をボケ防止のために受けて見ては・・・」


「いえ、間に合っています。私は地主です。金に困ってはいません・・・親友の絹代からね。感心な娘さんと聞いたから任せます」


 この公平党の議員を紹介するということは・・・生活の扶助を受ける事だ。

 後は、共同党の議員もやっていると聞く。


 普通は所長に委ねるとか書かれるが。

 委任状に私の名前が書かれていた。



「分かりました。お婆様・・・住宅地になりますが如何ですか?」

「孫は東京に行っているから、もう、誰も耕す者はいない・・」

「分かりました。後日、金銭の相談をして頂きます。沼田、資料を持って来て」


「な、沼田?」

「はあ、お客様の前で同僚を『さん』付けしないでしょう?」


「フフフフフフ、絹代の若い頃みたいだわ」

「まあ・・・・」


 正気微妙だが、褒めてくれたようだ。

 五月様は笑って下さったから良いか。



 私はそれから地主さんたちと連絡を密にした。






 そして、今は、東京の本社に呼ばれて、法務部に所属している。


 前の所長を説教する立場だ。

 消えていない権利を消えていると思って、土地を買ってしまったそうだ。

 この場合、競売で土地を取られる可能性がある。



「土地の権利関係は複雑です。司法書士の先生たちが2,3人で登記簿の権利関係を精査するくらいです。

 時に、根抵当権がついていたら、・・・・注意しなければならないとマニュアルに書いてありますよね」


「はい・・申し訳ございません」


「それと、沼田さん。勘違いで勝手に協力企業に指示を出して・・・」


「わ、私はどうなるのですか?」


「本部の決定に委ねなさい」



 そして、山本は。


 自分が信じている政党が選挙で大敗してから来なくなったそうだ。



 私は今年も祭りに参加する。最終日、耕運機レースは危険なので中止になり。泥かけ祭りになった。


 泥かけ祭りになったのは私のせいではなく、皆がストレス解消したいとの願いからだと信じたい。


 しかし。


「さあ、初代泥かけクィーンの水神京子さんの登場です!」

「どうもです!」


 と祭りに参加したら、紹介されたのはご愛敬だと信じたい。






最後までお読み頂き有難うございました。

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