不安を無くす薬
ある日、汗だくの男が慌てた様子で研究所へ飛び込んできた。
「博士、助けてください!」
「どうしたんだい、助手くん。朝っぱらから慌てて。ほら、これでも飲んで落ち着きなさい。」
博士はきっちりとした白衣姿で、慣れた様子でコーヒーカップを手渡す。
「ありがとうございます。でも、自分ブラックは苦手で…」
「大丈夫じゃ。シュガースティック2本とミルク1カップ入れておる。どれだけの付き合いだと思ってるんじゃ。」
「さすが博士です。美味しいです!」
「落ち着いたかね? さて、何があったんだ?」
コーヒーを飲み干した助手は、ようやく穏やかな口調で話し始めた。
「昨日、家に泥棒が入ったんです。財布から2万円が抜き取られていました。でも…」
「でも?」
「監視カメラに誰も映っていないんです。家に入ったのは僕だけでした。」
博士は眉をひそめる。
「…ふむ。考えられるのは3つじゃな。1つ目は、君の勘違いじゃないかね?」
「これを見てください。」
助手はノートを取り出した。そこには一円単位まで細かく収支が記録されている。
「勘違いはありません。お金の管理は完璧です。レシートは必ずもらっていますしその日のうちに使ったお金を書き込んでます」
「なるほど…これだけしっかりしていれば勘違いではなさそうだ。」
博士はノートを机に置き、腕を組んだ。
「では2つ目の可能性じゃな。犯人は家の中に潜んでいた。助手くんが見た監視カメラの期間は家から出てないなら映らないでの犯行も可能じゃ。」
「隅々まで調べましたが、人がいた形跡はありません。それに毎日その日の食料しか買っていないので、長く潜伏できるはずがないんです。」
「ふむ…となると、最後の1つじゃな。」
「最後の1つは何ですか」
博士は少し言いづらそうに口を開いた。
「…霊的存在、つまり幽霊じゃ。」
「幽霊ですか? まさか…」
助手は思わぬ発言に驚いたが次第に苦笑いに変わる。
「幽霊の存在は証明されてはいないが、いないとも言い切れない。監視カメラに映らず、痕跡もない。実体がなければ説明がつく。」
「じゃあ、幽霊が僕のお金を…一体何のために?」
「まあ、イタズラ程度じゃろう。もし敵意があるなら、もっと派手に荒らすはずじゃ。安心するんじゃな。」
「安心なんてできません! 起きている時も、ご飯を食べる時も、寝ている時も幽霊が隣にいるかもしれない…そんなこと考えたら不安で仕方がないです!」
助手は涙目で博士にすがりついた。博士は静かに棚から褐色の瓶を取り出した。
「助手くんよ、わしには幽霊を倒すことはできん。ただ、君の不安を取り除くことはできる。」
「…不安を取り除く?」
「そうじゃ。わしが極秘に開発した薬じゃ。即効性があって、効果はピカイチ。不安が確実になくなる。」
「そんなものがあるんですか!? ぜひください!」
「ただな…材料が高価でのう。特別に1つ5千円でどうじゃ?」
「5千円は高すぎます! 昨日お金を盗まれたばかりなのに」
「そうじゃな…3千円にしてやろう。もし効果がなければ返金する。安心が3千円で買えるから安いもんじゃろ?」
「…わかりました。」
渋々ながら助手は3千円を渡し、薬をごくりと飲み込んだ。
「どうじゃ、まだ不安か?」
「不安? 何のことですか、博士。さあ、仕事を始めましょう!」
助手は不安から解放されたように作業を始める。
「助手くん、ノートを置いていくなよ。」
「あ、ありがとうございます!」
博士は助手のノートを手渡し、静かに微笑んだ。
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次の日、汗だくの助手が慌てた様子で研究所にやってきた。
博士はシュガースティック2本とミルク1カップの入ったコーヒーを用意し、助手の到着を待っている。昨日から開かれていた棚の褐色の瓶のラベルにはこう記されている。
不安に関する全てを忘れさせる薬
そして、助手はまた財布から消えた2万3千円の行方を聞きに来る。
「…今日は4千円じゃな。」