大魔獣を葬る八本剣の大剣豪
AIがより高性能なAIを生み出せるようになれば、まさにそれはシンギュラリティとなり、発展は加速するというのは一つの定番であろう。
異能の妖精想造も、そのような可能性を秘めている。
能力を与える妖精を作り出せれば、もしそれを星庭神成が自分自身に使えたなら、それによってさらに妖精想造の異能を強化し、発展させ、それを際限なく展開してどこまでも上り詰めることができるのではないか、と。
だが、彼はためらっていた。二日酔いや治療のような軽微な実験は良いとしても、自身の感情や思考に深く関わる実験をするのは気が引けた。そこまで大胆な性格ではなかったのだ。それはまるで自分を作り替えてしまうような力だ。ちょっとした間違いの積み重ねで、人間から悪魔に心が変貌してしまう、そんな可能性があるのではと想像すると、安易に使うことはできない。
お酒で例えてみよう。少しばかりなら、気分が良くなり、話も弾み楽しい時間が過ごせる。しかし、二日酔いや、続けて使えば依存症にもなりうる。酒がなくては生きていけなくなってしまう、というのは何とも残念だ。そして、その積み重ねで肝臓という人体の一部が悪くなり、その後、健康な人生を送ることができなくなり、いろいろなことに不自由する。そう、そんな副作用が、ともすると、あるのかもしれないのである。
それでも、魅力的で興味を抑えきれなかった。実験を進める方法が何かないか、彼の思考はぐるぐると巡ってしまっていた。
そうした結果、彼はリビングで物知り妖精に相談した。
「であれば、ご主人様自身を記録して、戻れるようにすればいかがですかのぅ?」
「あ」
彼は、騒然としていた、自分を天才だなんて思っていたころが恥ずかしくなった。
リドゥ、それはコンピューターソフトウェア、アプリケーションでは定番中の定番の機能だ。間違ってやってしまった作業を一つずつ戻っていく、それができるのがソフトウェアの強みだ。そしてプログラミングならバージョン管理というさらに上位の概念もある。それを思いつかなかった自分を残念に思いつつも、胸の内には興奮が湧き上がった。
そしてそう見立てられれば、本番環境でいきなり実行することはなく、いったんサンドボックスという仮想環境で動かす、というのも連想できるのだった。世界をシミュレートしてくれる妖精をつくり、その世界を観測し、その結果でもって判断すればいい。
実はパソコンの中にも、パソコンを作ることができる。それは、現実の世界の中に、いろいろなゲームの電子的な世界があるのに似ている。箱の中に箱があり、その中に箱があってみたいに。少し視野を反転させると『この世界はなんらかのシミュレーターである』みたいな仮説にたどり着くやつだ。SFの映画で銃弾がゆるやかに飛ぶのを避ける印象的な映画は、そんな要素があった。
もう少しかみ砕くなら、妖精の中に小さな世界を持つ、そんな能力をもった妖精を作る、と考えてもいいだろう。
こうしたアイデアを忘れないために、彼はノートに急いで書きとめた。
現時点では、妖精は、記録を保持できないため、パソコンとして成立できる妖精は作れていない。剣術を教えてくれる武術の達人の妖精ハイオンも、今まで教えてもらったのは何かを伝えるのには毎回苦労している。この分野でも何かブレイクスルーが欲しいところだった。
そんな感じで、彼は家から出ることなく楽しめる人間なのであった。
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マゼス王国の国王ゼムは、駆けつけた部下の報告を聞いてがっかりしていた。
「捜索しておりますが、行方はつかめません。リーディア商業連合国にも協力を打診しましたが、向こうも詳細は分からずとのことでした」
「わかった、さがって良い」
国王は、報告の文官を下がらせ、側近たちとの相談をはじめた。
「リーディアは隠しておくつもりと見るべきか?」
「どうでしょう陛下。瘴気は広がるばかり、短期に決着を望むならリーディア側に隠す必要はないと思われますが」
「だがルージェ村での噂以降、見かけたという話はないのであろう。箝口令をしき、ヤツの存在を秘匿しているのではないか?」
「今、我々は南から魔王の軍勢におされておりますゆえ、陛下がお焦りになるのも分かります。されど、敵はリーディアではございません。そう懐疑的にならなくとも」
議論は結論を見いだせぬまま、ただ空しく時間だけが過ぎていく。マゼス王国には、状況を推察するための手掛かりすら揃っていないのだ。
国王ゼムに不思議な知らせが届いたのは半月ほど前だ。
大剣豪ガルダンは隣国であるリーディア商業連合国の小さな村で、本来なら討伐に中規模の軍隊が必要な大型魔獣をたった一人で討伐したというのだ。その知らせは、まさに勇者の登場を告げるものであり、マゼス王国や周辺国にも届き、多くのものが勇気づけられたのである。
しかし大剣豪ガルダンは、それ以降、どこの国にも一切姿を現さない。せっかくの英雄が、つまらぬこと、街道で野垂れ死ぬなどということがあっては世界の一大事と、国王ゼムは大々的に捜索を開始させたのである。もちろん、魔王軍との戦いが続く最中で、しかも国外にいるため、不自由な状況にあった。そのせいかは分からないが、捜索は難航、まったくもって手掛かりがつかめないのである。
マゼス王国としては絶対に欲しい逸材である。どんな賞金を、褒美を与えてでも獲得し、魔王軍打破にぜひとも力を貸してほしかった。
しかし、しかしである。まったくもって情報はなしのつぶて、こうなれば、リーディア商業連合国が存在を隠匿しているのではと国王ゼムが疑うのも無理のない事なのだ。
また、一カ月ほど前には勇者の召喚にも失敗している、挽回したいという思いもあった。戦で、南での先端の民は疲弊してきている。彼らを鼓舞するような吉報が欲しいところなのであったがことは上手く運ばず、国王ゼムは頭を抱えるのだった。
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剣術道場破りを繰り返していた剣士ブライは、片手と両手どちらも切り替えて対応するトゥーハンドソードを得意武器とした腕自慢の冒険者だ。
各国を渡り歩き、各所の腕の立つ剣士にケンカを吹っかけては倒し、勝てなければ勝てるまで修行をしてまた挑み続ける戦好きである。
彼は酒場でそろそろ魔王軍との対立が激化したマゼス王国に行けば猛者が集まっているかと考えていた時に、吟遊詩人の妙な歌が聞こえてきた。
なんでも、リーディア商業連合国の小さな村に砦のように巨大な魔獣が出現しあわや村はその巨体ですりつぶされんとしていたとか。そんな化け物を、八本の剣を同時に扱う大剣豪ガルダンが通りかかり、俊足の八撃が放たれ、周囲の動物を怯え逃げ惑わせる魔獣の断末魔が響き渡り、魔獣は息絶えたというのである。
剣士ブライは、八本の剣を同時に扱う?荒唐無稽な話だと、彼は最初は鼻で笑った。
だが、その話はあちらこちらで聞くことになった。
まさかと思ってツテを頼って調べてみると、その魔獣が解体された素材は確かに流通し、切り傷を見た者もいるというのだ。
ここまでくると本腰をあげて彼はガルダンの居場所を探し始めた。そして分かったのは、どうやら話に出てくる村はルージェというらしいことだった。そして、ルージェ村からは、最近村で魔獣の被害にあい、戦えるものが減ったため、戦士育成の教員を募集していた。そう、符合するうえ、ちょうどいい話だと彼は思った。
こうして剣士ブライは、剣を掲げ、ルージェ村へ向かうことを決めたのである。
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リーディア商業連合国の東エストンディア領、刈り取られた麦畑を背に馬に乗った騎士が大都市エレッツを目指して駆ける。それは、馬を駅ごとに乗り換えて乗りつぶしていくほどに無理をさせた走りで、騎士も軽装、最小限の荷物でここ数日はわずかな食事と睡眠ですましている。ことは急を要する。
ルジャーナ聖教騎士パリスは、枢機卿直下の特別な騎士である。その彼が、尋常ではない強硬で長旅をし、大都市エレッツの城門をいくつかの手続きを省いて強引におし通り、そして都市の冒険者ギルド本部にやってきたのは、それはそれはたいそうな理由があるからだった。
本来ルジャーナ聖教騎士は、魔王が君臨する今、最前線での防衛を貴ぶ、そのためにこれまであり続けてきたと言っていい存在である。にもかかわらず、最前線から、魔王軍とは反対の地、リーディアへ派遣したのは大剣豪ガルダンが魔王との対決の趨勢を決める重要な存在であると神託が下りたからである。
パリスは、ギルド長へと会談し、事の重要性を訴え、助力を願った。
「どうか、ご助力を。ハルド銀貨五百は手付金として今お渡しできます。さらに前金として百万のハルド銀貨も我々は用意しております」
「状況はわかった。だが、こちらも断りたいわけではない。瘴気が大地に広がり、魔獣も増え、冒険者は東奔西走している。パリス殿の求める大役を任せられる冒険者は今ギルドにはここ本部でもすぐにはいない。移動に時間がかかるのは、遠くから来られたあなたならお分かりだろう。出立した冒険者も、急ぎ戻るということはない、人材を集めるには一カ月以上はかかる」
それに対して、早口でまくしたてるようにパリスは告げた。
「よいですかギルド長、これは世界の危機を救う救わないの一大事なのです。聖なる行いなのです。できることは何でもしないと我々人間は滅びるかもしれない、そんな重要な局面なのですよ!」
「わかっています。ですが、できないことはできないと申し上げなければ、我々は嘘をついて報酬を得ることになる。それは、冒険者ギルドの今後を考えて出来かねます」
業を煮やしたパリスは大声で答えた。
「報酬が足りないというのならそうおっしゃってください!」
「いやぁ、それも違うんです」
「分かりました、地位が必要というのなら、司祭か騎士か、教皇様にご相談してみます!」
「だからそういうことじゃないんです。報酬の量や質の話ではないんです」
ギルド長も、何といったものかと、剣幕に押されつつも、それでも譲れないところは守ろうと、なんとか丁寧に応対する。
「全く、話が通じない!」
パリスは言い捨てると、ギルド長を振り返ることなく、足早に部屋を出て行った。ギルド長はその後、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
ギルド長は、その出来事を嵐のように感じていた。嵐が過ぎ去り、やっとほっと一息ついた。
ギルド長の彼も、むげに断ったわけではない。単純にできなかっただけである。
彼の耳に別口で近い情報は届いている。リーディア商業連合国も、代々的ではないにしろ、国として大剣豪ガルダンの調査を開始している。だが、その行方はおろか出生すらつかめていない。
ガルダンがどこで育ったのか、どんな人物なのかかなりあやふやで、明確に分かっているのは八本の剣を同時に扱えるということ。それ以外の情報は錯そうしていてどれが正しいのかわかっておらずお手上げだと、友人のグチで伝え聞いており知っているのである。
そう、噂の男を探してくれ、望む大金をやると言われて、分かりました確実に成功させてみせますなどと応えられるはずもないのだ。それができるとしたら詐欺師か、的中率百パーセントの占い師だ。それこそ、神託であてて欲しいものである。
もしも、ここで依頼を受諾してしまえば、あとあと探せませんでしたと責任問題にされて、冒険者ギルドの存続にかかわってしまう。それだけ、ルジャーナ聖教の力は大きい。
最前線に立っているマゼス王国は、古く魔王と戦った国として独自の地位があり、教会へ強く出れる特色があるが、他国はそうはいかず、そうした国でも上手くやらなければならない冒険者ギルドとしては、危険な橋を渡れないのであった。
依頼内容が『捜索人員が欲しい』なら、人を貸すだけ、成果の責任は問わないならいくぶん譲歩できたかもしれないが、やってきた騎士パリスはそうした話が分かる人物ではないようだった。なら、ますます相手にできない。
世界が混迷し、大衆は希望を求める。ギルド長はそうした空気感が生んだ一つの幻想が大剣豪ガルダンなのではと直感的に考えている。つまり、空手形、正解のない問題、ゴールのない依頼ではないかと。
もし、そんな大剣豪がいるなら、また新しい彼の活躍が聞こえてくるだろう、と。