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08 剣術と魔術の習得

ルージェ村の魔獣を倒した後のことを、星庭神成(ほしにわ のあ)は、ジョウツォや避難民代表に任せることにした。


もともと、守護者に関してどうするかもジョウツォに任せる手はずではあったのだ。後は、気楽に吉報を待つだけ、ということにしたいのである。


というわけで、結果を家で待つということにしたので、ゆったりしつつ、妖精作りを試しつつ、妖精に仕事をさせたり、家の外で剣術や魔術を習ってみたりとしている。


剣術は、武術の達人の妖精ハイオンに習っている。朝日の中、体づくりと、木剣を使った素振りや型の練習と、基礎的なところからはじめている。


ハイオンの能力は武術の達人、盗賊の達人、優秀な先生の三つを複合させている。


実験で今はできていないのが、武術の達人、と、武術の達人、の同じ能力を重ねて、更に強い能力の妖精が作れないか試していたりするが、上手くいっていない。


水水風、のように重ねがけしてもっと強力にする、みたいなことができないかなと、昔読んだ小説になぞって考えてみたのだが、重ねるのはかなり難しそうだった。


同様に近しい能力も反発するのか上手く重ねられずつけられない。例えば、剣士と戦士、みたいなのは同じ前衛なので、重ねることがそもそもできず、強い前衛の妖精を作る、というのができていない。


異能の妖精想造(メイクフェアリー)は、妖精の数や与える能力数も増えているので、いろいろ使い方を試作して拡張し、どんどん楽ができればと考えている。


剣術を習ったことで、だいぶ体の動かし方がやっとわかってきたように思う。もともと、小学校から運動は苦手で、部活もスポーツは選ばなかったせいか、思いのほか体の動かし方そのものを知らなかったのだなと実感している。


わかりやすく表現するなら、左手があるのに左手を使わずにいた、そんな感じだ。それで無理やり生活をこなしていると、右手に負担がかかる。体の動かし方を分かっていないとは、まさにそのように、一部の存在が抜け落ちて、他に負担がかかったり、できるはずのことができなかったり、というようなことだと認識できた。


とまぁ、まだ現段階ではそのような程度で、簡単に剣を振る姿がすこしさまになったかも、という程度ではあるが、体の動かし方を再認識したのはいろんなことに広がるように思う。


そしてこの再認識は、魔術の天才の妖精マスリーから魔術の基礎を習うときに有意義だった。感覚がわからないものを体得することのささやかな土台にもなったのである。


魔術は体内のマナを原動力に、現実をルールに沿って変革する技術で、マナという筋肉を使った運動ともいえるのがこの世界の魔術だ。


そういう点では、この世界の魔術というのは呪文の詠唱というのはないらしい。呪文が関わるのは、精霊などとの契約や魔導具が絡んでくると多いそうだが、ひとまず別の不可思議としておいておく。


魔術の訓練は、実際に見せてもらったり、自身の体内のマナに干渉してもらうことで意識できるようにしたりとで、初歩的なことにとどまっている。


なんとなく、風のマナはこれかな、とおぼろげにつかめそうなところで、それを利用するのはまだ先になりそうだ。


それは「あ」という文字がかけるかな、どうだろう、というところで、それを利用して文章を書くにはまだかかりそうだ、というのに近いかもしれない。


せっかく魔法と不思議な力のある世界に来たのだから、楽しんだほうが得だろうと思って挑戦している。いずれ、大地をわり、海を裂き、天空をも切り裂いて、真にすべてのものを切り裂いてみたいなんてロマンがないわけでもない。


そういったことも、そういう妖精を作れるようになれば、達成できるのかもしれないが、飛行機と同じく、妖精につるしてもらって空を飛ぶのと、自らの意思ではばたいて見える景色は違うのだと思う。妖精でできるから、といって、自力でやることが無価値になるかというと、そうではないと考えている。


とはいえ、働く気は一切ない。


料理、掃除、洗濯、そろそろ人とのコミュニケーションも入ってくるだろうか、そういったことも妖精に任せたい。


そうか、執事や秘書みたいな妖精を作るのもいいかもしれない。いや、絶対やろう。


なんなら、妖精を管理する妖精、なんてのも面白そうだ。そうか、こうすればよかったんだ。アイデアを出す妖精だって作ればいい。


うん、やりたいことだけをやる、頼み事は全部却下、そんな人生にしたい。


にしても、やっぱり俺って天才じゃね


#


一週間ほど過ぎ、ルージェ村から使者としてジョウツォと付き人二名の合計三名が神成の家にやってきた。


彼らはドアをたたく必要もなく、執事の妖精が扉を開け、室内の客間へと案内して出迎えられる。


神成はこの世界での普段着で、くだけた形で客間へと向かい挨拶を交わした。


「どうも、結果、現状、そして要望について伺おうか」


「村はおかげさまで、復興していってます。守護者については、今回の件で役割を果たしていない、相談なく放棄したとして、守護者以外の村の者は一丸となって守護者追放の流れになっています」


「解体して村人になっていく、ではなく、追放になったんだ」


「はい、というのも守護者達はそろってかたくなに抵抗され、話し合う状況にならず、残りの村側で意思決定をしたという状態です」


「具体的にはどうやって追放するつもりなんだ?」


「村は守護者との接触を禁止、村から守護者達への居住地へも壁を設け、他の村へも接触しないよう通達を出しました」


「なるほど、村八分か……武力は元守護者が上なんだろう?野盗になったときなど、そのあたりについては?」


「最寄りの街バナッツに武術教官ができる冒険者や自警団員の貸し出しを要請しており、残った村人の強化を考えています。これは、守護者だけでなく、獣や魔獣への対応にも必要です。魔獣は各地で出没するようになったようで、冒険者を雇い続けるのは辺境だと難しそうですね。冒険者の需要が増え、料金も上がっているそうです。ですから、村は膠着状態になった、と考えていただければいいかと」


「それはなんとも、少し安心、やや不安といったところだね」


「はい、冬への備えも必要ですので、しばらくはバタバタしているかと。ところで、一つお渡ししたいものがあります」


と、ジョウツォは、大事そうに荷物袋から、何かの皮でできたゴツゴツした表紙の本を取り出した。いわゆる手製の本といった塩梅で、内容を書いたやや厚みのある紙が重ねられ、一辺には、髪を束ねるために、ひもが通されていて、その上に表紙がつけられたのであろうという、なんとも立派に手作りされた風貌の本であった。この世界であれば、それは普通かもしれないが、なかなか見てみるとおもむきがある。


「古くから村に伝わっている、魔術の秘伝書とされているものでございます。ただ、お渡しして喜んで頂けるか不安でありまして、コルト様の趣味に合いませんでしたら別のものをまた考えたいと思っています」


神成はここにきて、やっと合点がいった。実は大きな勘違いをしていたのである。神成は何か要求されるとばかり思っていたのだ。だが、そう考えていたのは村側だったようである。だから、おかしくなって肩の力が抜け笑ってしまった。


「はっはっはっはっは」


それに、呆けてしまったのはジョウツォである。


「いやいや、趣味に合うかは、まず内容を聞いてみないと。本自体は嫌いじゃない」


よくよく考えると、彼はこの世界の文字が読めないのだが、そのことは、気が楽になって忘れていた。


「内容は言いにくいというか、言えないのです」


「というと?」


「はい、実はこの本の文字は特殊で、読めるものがおらず、内容は分からないのです。ただ、大切にしろと村に伝わった上下巻の上とのことです。下巻は守護者側が持っているとされていますが、どうなっているかは分かりません」


「ならもらおうかな。最近は、体を動かしたり、慣れないことばかりだった。少しは本に向かうという、そうだね、馴染みあることをしてもみるのも面白そうだ」


「それでは、お納めください」


そうして、丁重に、謎の本を神成は受け取った。


「では、ありがたく頂戴する」


こうして彼が思っていたよりあっけない形で、村からの報告ややり取りは無事に終了した。


そう、神成は、何か要求されるんじゃないか、頼られるんじゃないか、仕事したくない、したくないと、いろいろやきもきしていたのである。他にも、村の戦力を削いでしまっていたという点でも何か言われる可能性もあったのだ、それが魔獣退治に役に立つか立たないかはともかく。


というわけで、ジョウツォ達が帰ったあと、神成はこの世界のお酒をたしなんでうかれるのだった。


#


さて、この世界にも二日酔いなるものが存在した。


神成は頭を抱えながら起き上がった。昨夜の酒のせいで頭がズキズキと痛む。やれやれ、飲み過ぎたか……この世界にも二日酔いというのはどうやらあるらしい。さて、このままではしんどい。妖精に頼んで二日酔いを治してもらった。この世界での二日酔いやお酒とは一体いかなる原理なのかはさておいて、日課にしていた剣術と魔術の訓練のあと、もらった本を調べてみることにした。


村の守護者との対立については、こちらは関わりたくないので、もし何かあると言えば、守護者達からの恨みで彼に直接的な行動、という場合だが、それも警戒の妖精がいるので、わきに置いとくことにした。


久しぶりに机に本をのせて向かい合っている気がする。


そう、本はいろいろなことを教えてくれた。それは電子書籍になっても変わらなかったし、どちらの形態もそれぞれの良さがある。電子的な文書といえばインターネットの記事や情報もまたそうで、そうしたものを読んだり、必要な情報がないか探したり、情報を組み合わせたりと、いろいろなことをしていたように思う。


さてはて、ここで物知りの妖精にいきなり答えを聞いてしまってはせっかく出題してくれたナゾナゾなのだ、もったいない。ぜひとも自分で解けるところは解いてみたいし、仕事でもないのだから、好きにしたいのだ。


ひとまず、表紙をざっと表と裏をみて、パラパラッとざっくりページを開いて一望してみる。表紙の厚み、一ページごとの紙の手触りが何とも心地よい。


それで察することができたのは、途中から図画が入ってきた、という点と、それはどちらかというと、何か抽象的な構造を示すようなものという印象だった。歴史でもなく、事象でもない。


たとえば、地震を説明する本なら、大地や海、プレートなどを示す具体的な世界の断面図が描かれるだろう。そうした雰囲気ではない。歴史や物語なら、その場面ごとの情景や登場人物、重要な小道具などが書かれていそうだがそうでもない。


もちろん魔術の本というヒントもあるが、その先入観を抜きにしても、抽象的な、幾何学を説明するような、炭素などの構造式を示すような、そんな空気感がある。


魔術と言えば、基礎的な書物だと、火の魔術、風の魔術、大地の魔術など、そうした具体的事象の図画を描けそうではあるが、どうもそうではないらしい。


途中から図画がでてくることと、そのあたりから、文字の並びの法則が変わっているので、その前後で流れが違う、内容が違う可能性が高い。


これは、火の魔術の本というのがあったら、まず、その歴史や重要性、危険性、有効性が書かれており、その後、具体的な手順が図画と共に記されている、などとイメージすると分離の理由もなんとなくわかる。


プログラミングの本の定番として、どうしてその言語が必要とされたのか、誕生したのか、や、これから必要になるぞなどという文章が書かれることが多い。そうして、途中から、実際のプログラミングコードや図表を交えた手順についてや概念の解説となってくることが多い。


そういう意味では馴染みのある構成とも見えた。もちろん、文字はさっぱり読めないが。


効率を求めるなら、妖精に頼んでしまえばいい。解読の妖精、そんなものもありだ。ただ、効率が全てだとは思わない。ゆっくりリラックスして聞く曲を三倍速で聞いてゆっくりするだなんてそんな珍妙なことはないだろう。


いかに自動車ができ、飛行機があるからと言って、人が野原や海岸を駆けて楽しむことが滑稽だ、無駄である、なんて話にはならないように。


こうして神成は謎の本の解読というおもちゃを手に入れたのである。

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