70 魔族のアイドルライブ
メルポポ道場では、新たに門下生を二十九人むかえ、レイナ、バルド、ザイフは助教に格上げし、門下生は三十七人となった。
さらに、門下生は、上級、初級に分けた。今回は幅広く採用したので、これから武術を学んでいく者を初級とし、その他を上級とした。
まずは完全に、ブライや蒼月采蓮に代わる存在ではなく、初級門下生を教えられる人材を作っていきつつ、上級門下生や助教には独学の方法を伝えていく、という方向にしたのである。
門下生の授業料は月ハルド銀貨一枚、自警団への貢献に応じて減額や免除となっている。
俸給は師匠にハルド銀貨二十五枚、範士のアオツキにハルド銀貨二十枚、助教は銀貨二枚、事務方のポトフ、ルシアにハルド銀貨十三枚となっている。助教がやや安いのは、交代制で、師匠や範士から教わる頻度をあるていど保たせているためである。
門下生からはだいたい、月ごとにハルド銀貨三十枚ほど。自警団などの支援で、メルポポの妖精達から月ごとにハルド銀貨二十四枚、交流区の領主側からは月ごとにハルド銀貨二十八枚。合計すると、八十二枚である。
俸給の合計はハルド銀貨七十七枚であるため、この数字だけで見ると黒字だ。他にも経費があるので、ギリギリといったところだろう。練習用の武器もそろえているので、しばらくは足が出るかもしれないが。去年の式典のお金はまだまだ残っている。
日程は、月火水木で、師匠、範士、助教一人、の三人で教える側にまわる、という構成で、助教は交代しながらとなる。
そんなふうに新たに、人数を増やし組織構成を変えた道場のお昼前、采蓮は、苦も無く、人数分の料理を作っていた。これまで、レックの飲食店での経験もあれば、彼女の家に招いての会食などをこなしており、対応力が上がっていた。いったい何本の包丁や鍋が動いているのだろうという状態だ。さすがに、ポトフやルシアのフォローが必要かと思ったが、まったくもってそのような心配は必要なかった。
こうして、道場はさらに発展したのである。
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コルトこと星庭神成のミリシアはリビングでちょうど食事が終わったところだ。
「今回のピザもどきいいね」
「でしょ、アオツキさんのアイデアで、この世界の食材で再現したものを作ってみたの」
「なるほど、その後の様子はどうだい?」
「落ち着いてるみたい。あ、そうそう、道場は、一部の人には独学の方法も教えていくみたいね」
「独学、道場で?」
「うん、あそこって、ほら、いろんな武器、武術に対応して教えてるけど、今の人材だから成り立ってるってことらしいのよ。そこで、独学の方法を伝えることで、今とは変わっても、誰でも、どんな武術でも高めあっていける場にしたいんだって」
「なるほどね」
「コルト様は、独学派ですよね。私にも、とりあえずプログラミングは自分で作ってみろって感じでしたし」
「俺は、もともと好きで独学もやってたし、独学しないとどんどん変わっていく業界だったからな。携帯電話が流行ったかと思えば、スマートフォンへ、ホームページだってなんだって、作り方はどんどん変わっていくし、大衆向けのものが求められたり、ついていこうと思えば、独学できないと無理な業界だったね。教わったことだけ、でもダメで、自分で課題見つけたり、新しい技術覚えたり、効率化考えたりしないとって感じだった」
「ムルププの学校には必要だと思います?」
「いや、まずは基礎固めだと思うよ。それに、基礎があれば、好きになった人は勝手に独学していけるし、そのためのメルポポ書店の本なんだし」
「なるほど」
「あ、そうだ、いま魔族領でアイドルライブがいい感じなんですけど、人間側へスクリーンで映像を届けるのってどう思います」
「あー、歌がきっかけで争いが終息する、みたいなロボットアニメあったよね。どうなんだろ。失敗した時の問題は、魔族への反感がつよまる……としても、今が最大か」
「そうなんです、だったら、面白そうじゃないですか」
「俺自身は、どんな反響になるか、怖いもの見たさで見てみたいかな」
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砂漠のサナムーン王国、首都サナサでは、瘴気と隣接した一つの場所で、黒い光がいくつも天へと昇っていく。
それを見た住民たちは不安げである。国王様からの知らせで、これから魔族の協力の元、瘴気の拡散処理がなされると発表されて、聞いてはいたが、その光を誰しも不気味に感じていた。誰も魔王軍とたたかった者はおらず、瘴気をもとにした魔術は見たことがないからだ。だからこそ、不吉な光と多くの者は感じていた。
その光はしばらく天へと放たれたが、しばらくして終わった。どうなったのだろうと、住民たちは気になるも、近くは封鎖されており、見れても遠目から、よくはわからない。
実際に魔術を行使していた魔族と立ち会っていた研究者、役人たちはわずかではあるものの手ごたえを感じていた。魔族たちは、かなり披露している。
「さすがに、こいつを長時間撃ちっぱなしってのはきついな、限界がある」
「同じ魔術であるなら、炎をずっと放ち続けるのと同じでしょうからな。もっと大人数で、大規模にやらなければ、現実的ではないのかもしれませんな」
「魔王様の返答しだいだが、それでも、途中の国を俺達が横切ることになる、今回みたいにはいかんだろう」
「おいおい、つめていきましょう」
そうして一団は、衛兵に住民たちを下がらせて道を作りながら王宮へと戻っていく。住民たちは、恐ろしげに眺める。魔族、という見たことのない存在がそこにいた。薄い紫がかった肌に、頭には左右に黒い二本の角が生えたそれは、伝承で聞く魔王の姿にそっくりであった。本当に魔族が来ている、それを目の当たりにしたのである。
魔王、その軍団の種族である魔族は恐怖の対象だ。だが、サナサの住民にとっては希望でもあってしまうことに誰しも戸惑っていた。
そもそも瘴気は魔王軍が人間たちを侵略するためにふりまいている、というふうに考えられてきた。だから、騙されているんじゃないか。そんなふうに警戒する人もいる。
しかし、研究者はこれまで体を変異させながらも瘴気の研究をしてきたことを住民の多くは理解してきた。それで命を落とした者がいることも知っているし、無残な姿を見たものも多い。その、研究者が、魔族の魔術で瘴気が消える、そう言うのなら、信じてもいい、のかもしれない、などなどいろんな考え、不安が渦巻く中、一団は王宮へと去っていった。
「本当に、これでよくなるんだろうか」
「魔族ってなんか怖いわ」
「凶暴な連中なんだろう?」
住民たちの不安の中、サナムーン王国では、瘴気への対応と、魔族との交流計画が進められていく。
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サナムーン王国は、周辺国にも魔族との交流、そして瘴気対策について魔族の力が必要だと発表したことで、各国は騒ぎになっていた。
サナムーン王国は我々を裏切ったのだ、などという人たちもいる。
こうした情報は、人々のうわさ、行商人や吟遊詩人、役人たちの情報網、そして、メルポポが広めた新聞によって広まっていっている。
ある町の貴族は自室で、購入させた新聞を読んで、これから一体どうなるのか、と感じていた。
これまで問答無用で争い、侵略をしてきた魔族が急に方針を変えて、サナムーン王国の瘴気対策に協力している、というのである。そして、新聞には次のようなことも書かれていた。
彼は、家政婦が入れたお茶を一口飲み、再び新聞に目を落とす。
書かれている情報はそれだけではない。瘴気や魔族についても書かれていた。
瘴気とはマナの一種であり、自然に存在するということ。古の時代に、それを消滅させられず、追いやるしかできなかったと。しかし、追いやった結果、瘴気が暴発し世界にあふれることになってしまったのだと。
そのとき、人間、エルフ、その他種族が協力して、瘴気を克服した新たなる人類、を作ろうとし、成功したのが魔族である、と書かれている。
その後、しばらくは魔族と協力して瘴気が穏やかになっていたが、瘴気という強力なマナを扱える存在に嫉妬や恐怖した人々と、魔族の中でも、力のない種族をさげすみはじめ、小さな対立、争いは、大きな争いとなり、全面戦争になってしまった、というのである。
「ふーぅ」
これを読んでいた彼は、冷静になろうと、ゆっくりと息を吐いた。
これが本当だとすれば、なんと不毛な争いをしていたのだろうと思う。そもそも、瘴気は魔王軍のせいではなかったのだ。
魔族というのも、人間、エルフ、ドワーフのようにそこに加わる新たな種族に過ぎない。
争う理由は、お互い排斥しあってしまったからだ。そうした歴史は、魔族に関わらずともあり、今では友好的な関係になったり、今でも敵対していたりと様々だ。そうした喧騒を嫌ったのが、エルフの里に住まうエルフたちである。
幸いなことに、彼の所属する国は、魔王軍、魔族の侵略にさらされてはいなかった。古くからある伝承も、薄れつつあったところで、大衆にとっては、本当に魔王が攻めてきたらしい、と対岸の火事のようになり、現実として受け止め始めたのは難民がやってきてからである。
ともすると、魔族と友好を築けば、瘴気や魔獣の問題も減り、よりよい未来が見えるのかもしれない。
しかし、そう簡単にはいかないだろう。たとえこの話が事実だとしても、侵略された国、滅ぼされた国がある。人間たちは一枚岩ではない。混迷の時代が来るのかもしれない。
ただ、彼にとって決まっていることが一つあった。負け馬に乗るつもりはない。
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メルポポ書店では、サナムーン王国の魔族との友好発表を契機に、ムルププブックスの本やマンガを取り扱いはじめた。
しだいに子供たちに、少年コミック『ダッシュ!』や少女コミック『ふわり』も浸透していったのである。
どちらも、魔族たちだけ、他の種族が出てこないようになっていた。そう、種族間の争いを描いておらず、それでいて、学校という不思議な場所で、運動したり、戦ったり、恋愛をしたり、面白おかしく過ごしたり、そうしたものは、子供たちに引っ掛かりなく受けいれられていった。
これまで、怖い怖いといわれていた魔王軍の種族の魔族も、なんだ僕たちと変わらないじゃないか。あれ、アイドルってなんだ、面白そう。と広まっていったのである。
それを楽しんだ、子供たちが外で遊んでいる。
「瘴気ビームっ!」
「ふっ、それは瘴気でできた残像だ!」
「なんだと!」
などと遊んでいるのだ。これは、子供向けにポーズをとって、ごっこ遊びがしやすいように工夫されたことが影響している。
「なんか、アイドルライブっていうの、魔族たちは楽しんでるらしいけど、ズルいよな」
「そうだな。俺たちも見てみたいよな」
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夏も落ち着きはじめた、やや昼も過ぎたころ、人間たちや魔族関わらず、各主要な都市や町で大型のスクリーンが投影され、そして音声が流れた。
「じゃじゃーん、魔族のみんなー、人間さんやエルフさん、ドワーフさん、そのほかいろんな人たちこんにちわー。魔族のアイドルココちゃんでーす!」
と、唐突に写された映像から、魔族のアイドルココちゃんが話し始めたのである。
人間たちはいったい何事か、いったい誰なんだ、何をするんだと混乱した。
一方、魔族たちは、おぉ、ココちゃんじゃないか、なんだ、何を見せてくれるんだ、俺ライブいけなかったんで見れて嬉しいなどと歓喜していた。
「さて、今回は、歌と演奏をライブ中継で勝手にお届け、定期的にやっていきたいと思っています。そして、最後に、重大な発表があるから、ぜひぜひ、最後まで聞いていってね。では、まずはこの曲から!」
彼女がそう言うと、演奏が開始される、前奏から入り、スクリーンは彼女を大きく映していた視点から、歌っている会場全体を映し、お客さんがにぎわっていて、音楽に合わせて、華やかに魔術で彩られていく。
そして、彼女の歌がはじまった。
人間たちは、最初は一体何かわからなかった者もいた。そう、自分たちの知っている音楽とあまりにもかけ離れている。それでも、聞いていて心地が良い。未来はもっと明るくなる、そんなフレーズの歌詞にのって、スクリーンの映像はいろんな視点を写し演出する。
ときにギター、ときにドラムやベース、そして歌って踊っているココや、全体を映したりと、それは全く見たことのない演出だった。
しだいに楽しみ始める、人間たちもいれば、不安を抱える者もいた。そう、最後の重大発表がある、そう言っていたじゃないか。それは、どういうことだろうと思った。
もしかしたら、これは、魔王軍の大規模侵攻の前座ではないかと。つまり、楽しそうにしている、この見世物が終われば、天変地異の大虐殺が始まってしまうのかもしれない、そう思うと、スクリーンから目が離せなくなる。
そうして、眺めている人がわずかばかりいれば、しだいに、なんだなんだと人は増えてくる。
そして、一曲目が終わりさらに人が増え、二曲目が終わってまた増えていく。そのたびごとに、楽観的な人たちは純粋に楽しみ、声を出しているのでさらに人を呼ぶ。
魔族、敵じゃないかと思いつつも、最後に発表があるとのことで目が離せない。
いつぞやの、メルポポ道場の式典のように、衛兵たちが交通整理をしはじめたが、とめどなく人はやってくる。
「魔族の女の子が、歌ってんだが、最後に何か発表するってよ。みんな見に来いよ」
と、誘う連中まで現れる。
そうして一通りの演目が終わった。
「みんなー、聴いてくれてありがとう」
ココはスクリーンごしに手を振っている。
「ではでは、おまちかね、最後に重大発表をします」
すると、デデデデデとドラムがならされ、ドンという音とともに、彼女にいくつもの明かりが集中した。
「なんと、魔王様より発表です。我々魔族は、友好を結んだ国との、交易、および、瘴気の抑制へ全力で協力をすることをここに宣言します」




