07 最初で最後のヒーロータイム
ルージェ村の子供カインは、メル、グルドの三人で村の広場で遊んでいた。
カインは明るく活発な少年で、仲間内ではリーダー的存在だ。彼は妖精役となり、皆の命令に従って元気よく動き回る。それは、少し前から村に来るようになった妖精使いのまねっこ遊びだ。
その妖精使いは荷物などを、手のひらサイズの妖精にもたせて自分では何ももたないのである。
メルがニヤリと笑って言う。
「カイン、これをもって」
と、大樽、という荷物がある想定で、物を渡すかのようにメルがジェスチャーするのを、カインはおおげさに重たそうに「おまかせください」と持ち上げたふりをする。
それを、グルドは見て楽しく笑っていながら、自分も持つ、といって妖精役をやる。
カイン達は、その妖精を見たことがある。
そんな光景を見て、村の年上の女性は「まぁ、そういうふうに家のことも手伝ってくれたらいいのにね」と微笑ましそうに言う。
そんな平穏を、ズドーンと音と衝撃が打ち壊した。
その音は、村を囲っている木の壁からで、多くの村人はそこに振り向いて身を固くした。
次の瞬間、さらに大きな音と共に、巨大な魔獣が赤黒い目を光らせながら、鋭い牙をむき出しにして木の壁を粉砕し、村に侵入してきた。地面が揺れ、獣の咆哮が耳をつんざく中、村は一瞬で恐怖と混乱に包まれた。
カインはとっさに「メル、グルド、こっちだ!」と、二人を誘導する。広場から離れて、村の入り口近くへと。
カインはあんな巨大な獣は見たことがなかった。形はよく食べるファロウに似ているような気もするが、それよりも禍々しく大きく、そして凶暴そうだ。ファロウは、壁を壊すほどのことはまずしない。
あんな巨大な獣にはたして、守護者でも太刀打ちできるのか、カインは不安になった。村はどうなってしまうんだろうと。
突如の魔獣の襲来に、青年のボッツォはとっさに、他に魔獣がいないかを確認し、いなさそうだったので、村の外にまとまるよう村人を逃がしはじめた。
ボッツォの誘導で、避難民をまとめていくも、途中で襲われてケガをするものを運んだり、建物の倒壊に巻き込まれた人の救助に人を向かわせたりとあわただしい状況で、かつ、暴れる魔獣は止まる気配がない。
魔獣に相対するのは三人の守護者。剣や槍でちまちまと傷をつけ、やや魔獣は血を流すも、深手にはなっていない。まだ守護者の人数はいるはずだが、本腰を上げてないことがうかがえ、それにボッツォは心をえぐられる思いだった。こんな非常時に、身内だけ守ろうとしているか、と。
ボッツォは、どちらかというと反守護者から距離を置いていて、穏便に済めばとおもっていた立場だった。ただ、こうした現実を突きつけられると、守護者は守護者たりえていないのではないかと感じざるをえなかった。
魔獣が暴れる村から、脱出したボッツォ達だったが、行く当てなどなかった。
彼がなやんでいると、子供のカインが、妖精使いの兄ちゃんは近くで暮らしてるんじゃないのかと言いはじめた。
確かに、歩いて村に来れる距離に居を構えていそうではあった。だが、ボッツォは、目撃していた。あの苛烈な、守護者達を惨殺する場面を。もちろん、守護者達の横暴を理解していても、あれができてしまう人物に助けを請えるのか疑問だった。恐れる対象でこそあれ、助けを求める対象ではないだろうと。
だが、ケガをしている人もいた。手当をせず、放っておくわけにもいかなかった。
そう、たとえ鬼でも悪魔かもしれなくても、可能性があるなら、助けを求めるしかないくらいに追いつめられていたのである。
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ボッツォ達は、妖精使いに快くではなかったにしろ、手厚く迎えられた。それに彼は驚いたし、ケガをした人たちは、妖精の力でみるみる治っていく。そのことに、誰もが驚き、そして安堵した。なんとかなるかもしれない、と。
妖精使いが許可してくれた、野外の机とイスに皆を休ませ、動けるものは薪と食料を使って料理を始めることができた。そして、それ以上に、今晩、外で寝るための布を作ってもくれたのだ。
カインや他に集まった合計七人の子供たちは、布で遊んでいる。子供はこんな非常時でも元気だ。それは、ややもするとうっとうしいが、無邪気な明るさに心が救われるところはないではない。
ご飯が出来上がるころには、日も落ちかけていた、早く食べよう。
料理は、もらった不思議ともちもちしておいしいパンに、この地方定番の野菜スープである。暖かいスープが体に染みわたると、少し心も落ち着いてくる。
はしゃいでいた子供たちも、疲れたのか、食べたらすぐ眠ってしまった。布をかけられ眠っている。
ボッツォは定期的に村の様子を確認するが、どうやら魔獣はしばらく村の広場に居座ってしまって動かないらしい。しかも、更に残念なことに、守護者達は静観の構えである。彼らへの疑問がボッツォの中で高くなっていった。
半分かけた青い月が昇りはじめている。焚火の番をする当番を決めた後、ボッツォは眠りについた。
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星庭神成は、投影の妖精に、ルージェ村の様子を表示させて、物知り妖精と話をしていた。映し出された立体映像には、魔獣が広場で休息している様子が映し出されている。避難民は、食事が終わり、ぼちぼち寝始めている者達もいる。
「あまりいい状況ではないんじゃないか」
「そうですのぉ、ポイントは村側が自己解決できるか否か、魔獣を討伐できるかどうか、ですが、長期戦になり、魔獣を倒せる見込みは薄そうですじゃ」
「あー、だからと言って、俺は何もしたくないし、かといって、このまま避難民にあそこに住み着かれるのもなぁ……」
「ほっほ、困りましたね」
「よい案を出せ」
「まず、単純なのは魔術の天才マスリーなどに魔獣を倒させるのが一つ。明快でシンプルですな」
「そこまでする義理は感じないんだが……」
「ヒーロー願望はおありにならないようで。では、いっそ誘導する妖精でも作って、守護者がかたくなに守っている場所を魔獣に攻めさせては?」
「それは、すごい悪いやつになってしまいそうなんだが?」
「では、平穏のために避難民を追い払いますか?」
「べつだん、悪さをされたわけでもない相手なんだ、無下にする気はない」
「そもそも、あの魔獣ってこの世界ではどれくらいの脅威なんだ?」
「一体とはいえ、かなり巨大でかなりの瘴気を浴びたようです。この家よりも大きいじゃないですか、冒険者のパーティ数組ではたりません。小規模な軍隊、七、八十人程度で組織的に対応したい存在ではないかと。魔王軍の前線だと、その規模の魔獣は沢山いるわけですがのぅ」
「それだとすると、もともと守護者が人数減ってなくて最初から本腰いれてても、割と厳しいってことなのか?」
「はい」
「それじゃたまたま、村を壊滅させるような凶暴な魔獣が来るタイミングに引っ越しちゃったと言うこと?」
「ご主人様が召喚された、魔王に関連する瘴気が元ですから、どこに引っ越したとしてもありえたことです」
「そもそも、瘴気って何なんだ?」
「一般的にはマナとはみなされてませんが、極端に取り扱いにくいマナといえばわかりやすいでしょうか。例えば、火のマナはまっすぐ突き進む勢いを心に与える代わりに、視野が狭まるという側面があります。ただ、その精神への影響は、訓練で抑えることができます。瘴気は、怒りや憎しみへの精神の浸食度が強いマナで、肉体にも影響がある反面、強力でもあります」
「自然にあるものなんだったら、魔王とは関係ないんじゃないか?」
「魔王、つまり魔族の繁栄には瘴気が欠かせません。瘴気が地上に噴出してきた今だからこそ、魔王は復活し魔族は攻勢に出たのです」
「わかったその話はいい……魔獣を放置するとどうなるんだ?」
「しばらく村の食糧を食べたり暴れたりで、ざっと一カ月は村に居座るでしょう。守護者側も備蓄している場所が襲われるでしょうから、そのころには散り散りになるかと」
「そのころには家の隣に避難民の村ができちゃってるんだよ!」
「ほっほ、そうでしょうねぇ」
神成はその日はもう、考えるのをやめた。
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翌朝、神成は家の外、避難民の様子を見に向かったところ、多くのものはゆっくり休めたようで、ゆったりとした空気感の中、一角だけざわついていた。
それは、赤ん坊とそれを抱える母、それを心配する父とその家族だった。彼が近づいてみると、どうやら、赤ん坊の様子がおかしいらしい。
治癒の妖精は、治療はできても体力までは回復してくれない。避難生活をする体力が、赤子にはなかった、ということなのだろうか。
何かにすがるように、彼をその子の両親たちは見て来る。期待されること自体、願われること自体、彼にとっては苦痛であった。そうなってしまっていた。
ただ、それはそうとして、邪険にする気にもなれず、途方に暮れる。
ほどなくすると、他の子供たちも起きはじめ、こんな状況であるにもかかわらず、布を使って遊んで楽しそうにしていた。なんともたくましいと思う。
そんな子供の一人が駆け寄ってきた。
「ねぇ、兄ちゃんだったら妖精つかって、ズバーンって魔獣を倒しちゃったりできるの?」
その質問に、すぐに応じられないでいた。どう答えたものか。
そうしていると、周囲の子供たちが、自分たちも気になると近づき見上げはじめ、答えを待った。
しだいに、その視線は子供たちだけでなく、周囲の避難民の視線も集まっていく。
こんなに注目されたのははじめてかもしれない。そうした戸惑いもあるだろう。そしてまた、次につなぐ言葉は、きっと重いものになる予感がする。だから、迷う。
一旦、息を全部はきだし、すっと呼吸をととのえ、聞いてきた少年を見る。打算も何もなく、ただの好奇心での質問だと目を見ればわかる。
少年の純粋で、希望をつかみ取らんとする瞳はあまりにもまぶしい。いつから、俺はこんな腐った目になってしまったんだろうな。深い溜息とともに、彼は静かに頷いた。
「あぁ、できるさ」
神成はめんどくさそうに答えると、村の方へと歩き出した。
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ヒーローに憧れなかった男の子はまずいないだろうし、シンデレラに憧れなかった女の子もいないのではないだろうか。どんなに、男女平等がうたわれても、子供のなりたいもの欲求の方向性は原始的に刻まれた何かがあるように思う。
それは、俺もきっとそうだったと思う。変身するような特撮モノでも、バトルアニメやバトルマンガでも、そう、巨悪をぶっとばすヒーローに憧れたことはあったと思う。
思うというのは、もう忘れているからだ。あまりにも忙しすぎたせいだろうか、実を言うと高校以前の記憶がかなりあやふやだったりする。そう、小学生くらいならなおさらだ。
正直言うと、めんどくさい。
頼られるのに抵抗や心労を感じるのは変わっていない。
もう、誰かのために、プロジェクトが破綻しないよう頑張り続ける地獄の連鎖はこりごりだ。だからこそ、もう、働くなんてことと金輪際関わりたいとも思わない。勇者になってほしいというどこかの王様の願いだって断ったのだ。
誰かのために何か頑張ろうなんて、為そうなんて、もう一生やってやるもんかと思っている。そう、誰に願われたって、誰に脅されたって、お願いを聞いてやるつもりは毛頭ない。
だいたいなんで俺がやらなきゃいけないんだよ。もっといい適任者がいてもいいじゃないか。いないんだったら、解決できないんだったら、そんな環境が間違ってる、会社だったら経営できていることが間違っている。俺がいなきゃ、やらなきゃ倒産するような会社なんて倒産すればいい。
ただ、今日くらい。あの少年に夢をみせるくらいは、いいんじゃないかと思った。
だが今日だけだ。こんな気まぐれはもう金輪際ない。
人は死ぬときは死ぬし、村は滅びるときは滅びる、国だってそうだ。勝手に滅べ。
これがこの世界でたった一度の最後の仕事だ。
もうあとは、寝て暮らす。遊んで暮らす。
そう、だから、これが最初で最後のヒーロータイムだ。
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グォオオーーーーーーン、と魔獣の雄たけびは天高く上がる。
八体もの妖精の戦士の斬撃の嵐は、魔獣の肉体を深々と切り刻んでいく。魔獣は四方八方に舞う妖精に翻弄され、魔獣の血しぶきがほとばしり、地面は血がだびだびと流れていくと、魔獣がズシンと倒れこんだ。
それは、こともなく、あっけなく、ほんの一瞬の出来事だった。
ルージェ村を襲った魔獣は倒されたのである。