68 家の購入と
道場の事務室にて、訓練が終わった昼過ぎ、蒼月采蓮、ブライ、ポトフは、領主クラリスは話をしていた。
采蓮は、貴族ならもっと華やかそうなドレスをまとっていそうだと思いつつも、傲慢さのないその振る舞いは好印象であった。
「それでブライ様、いく人かご紹介したい方々がおりまして。一度、簡単なパーティーに出席していただきたいのです」
「かまわないが、どういった相手なんだ」
「はい、ブライ様の奥方になればと」
ブライは急な話で目を見開いて硬直した。
采蓮は複雑な感情だった。師匠が女性と付き合う、それをイメージすれば、つまり力強い剣士と麗しの女性とのラブロマンス、あぁ、夢が広がる。そんな思いとともに、采蓮には兄がいるわけではないが、兄が誰かと結婚してどこかへ行ってしまうようなさみしさも感じ、混乱した。
「それはまた、急な話だな」
「準備万端にゆるやかに変化していくものばかりではありませんわ。ときに、唐突とも思えることも、人生には必要ではありませんか?」
「行くだけならまぁいい。だが、俺は貴族のしきたりもなんも知らんぞ」
「承知しております。普段着で構いません」
ブライは断ってもよかったが。道場の運営などの方面からと、そこまで気を使わなくてもいいなら、と受けることにした。
「わかった」
采蓮は、さらに混乱して頭が沸騰した。え、師匠、意外に前向き!?
「ありがとうございます。そう言えば、アオツキ様は付き合っている殿方はいらっしゃるのですか?」
さらに、采蓮は今度は自分に話が振られてどぎまぎする。一瞬で頭が真っ白になった。
「えっと、とくに、いません、けど」
「もしよろしかったら、次の機会にアオツキ様のお相手も探させていただきますよ」
「いえいえ、私にはまだ早いです」
「ご年齢は?」
「十六です」
「なら、十分じゃないですか」
采蓮はたじたじであった。
ブライは笑っていた。
采蓮は、嫌なことを思い出した。重い、と言われて振られたことを。
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コルトこと星庭神成とミリシアは、シアタールームで魔族領のアイドルライブを見ていた。
「おぉ、いいね。演出は魔術を使っているのか。これなら妖精の力がなくてもみんなの工夫でいけるし、うんうん、盛り上がってるなぁ」
「うまくいったでしょ」
「さすが名プロデューサー。ミリシアは踊ってみようとか思わなかったの」
「私は、裏方というか、前に出るタイプではありませんので。コルト様もそうでしょ?」
「どうだろう。なんかこういうの見てると、俺は自分で歌って踊ってみたくなっちゃうな」
「だったら、やればいいじゃないですか?」
「今の俺が?」
「そうですよ」
「今は他にやりたいことが山積みだから、うん、優先度の問題と、あと、今は人とあんまり関わりたくないかな。仕事にもしたくない」
「相変わらずですね」
見ていた映像のアイドルは、決めポーズをとって歌い終わり、みんなに手を振っていた。
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蒼月采蓮は、魔術訓練所の先生となり、土曜日に集中して実習の授業を受け持つこととなった。朝から昼過ぎまで、報酬は月ハルド銀貨五枚である。
内容は道場のときのように、生徒に合わせて対応している。教え方もうまいため、評判であり、受講したい生徒が多い。生徒はピンキリで、魔術をまったくやったことのない人から、冒険者や衛兵として活躍したこともある人など様々だ。
生徒の少女が質問をしてきた。
「先生の、あの剣や鍋、料理を運ぶのはどうやってるんですか?」
采蓮は、どう答えたものかと悩む。あれは魔術ではなく異能力なのだ。魔術だと再現はしきれない。それは采蓮でもである。
「空を飛んでいる妖精さんは見たことがありますか?」
「はい、あります」
「では、それは魔術とはまた違ったものなんです。エルフも、体の外のマナを使えたりと、特殊な能力がありますよね。私のあれも、それと同じなので、魔術ではないんですよ」
そういうと、少女はがっかりしていた。
「魔術でも、ゆっくりな動作でしたら簡単なことはできますよ」
というと、采蓮は、剣を魔術で浮かせて見せた。
「できるんですか!?」
すると少女は目を輝かせ、両手を前に握った。
「できますが、効率は悪いです。スピードもこれくらいまでですね」
「なるほど、でも、やってみたいです」
「わかりました」
そんなふうにして授業が終わり、最近購入した大きな家に帰った。
「おかえりなさいませ」
そう出迎えたのは雇った家政婦さん、人間とエルフのハーフの女性十五歳、名前はサフィー、月の報酬はハルド銀貨二枚である。一人に住むには大きい家なので、掃除など難しいと考えたのと、お金には余裕があったからだ。
「ただいま」
ただいま、といえる場所と相手がいるのはいいと思う。夕食は一緒に作っている。ゆっくり覚えていってもらおうと思っているのだ。
ひとまずは、リビングでサフィーが買ってきてくれたメルポポ書店のマンガの最新刊を読む。ふむふむ、なんだかいい暮らしをしている気がする。贅沢贅沢。これを脅かすものさえなければ、言うことはないのだが、どうもルジャーナ聖教は分裂し、強硬派が妖精信仰を邪教としていろいろ暗躍しているのが気になる。
今は領主クラリス様の活躍もあってか、メルポポは落ち着いていた。
このまま、順調に、秋の収穫祭も、そのあとも過ぎていけばいいのになと思う。
サフィーは、不動産屋さんで家を購入する際に相談して、募集をかけて、数人の応募の中から決定した。なんとなく、よさそう、みたいな言語化できない感覚だけど。サフィーは両親と共にこの街に移住してきた。だから、家はあるのだが、彼女には住み込みで、食事つきで働いてもらっている。
たまにサフィーと一緒にお風呂に入る。この世界なのかこの地域では、暖かいお湯につかる文化がないらしい。そう、家を買ったことでお風呂に入れるようになったのだ。お湯やシャワーは私の魔術で対応している。そのため、サフィーは一人でお風呂に入れない。彼女は最初、いろいろ不思議がっていたが、暖かいお湯につかる心地よさに、順応していっているようである。温泉とかもないのだろうか。
サフィーは人間とエルフで、耳は長い特徴を持ちつつ、髪や目の色は人間の特徴を引き継いでいるみたいだ。魔術の才も引き継いでおり、お水のシャワーなら出せるが、まだ、お湯のシャワーは出せない。練習中である。
ひとしきり本を読み終えて、サフィーが用意してくれたお茶を飲む。うん、なんだろう、家政婦さんがいる暮らしなんて、まるで貴族にでもなったようで心が高鳴る。ずいぶん、贅沢な暮らしができているのは嬉しい。それも、与えられた力のおかげだ。私自身は何もないんだけど、と、いや、道場で働いてお金を稼いだり、貯金して、ここまで至ったのは私の選択ではあるのか。
やっぱり難しいなと思う。いくら選択を意識しても、どうしても私自身は空っぽなのだと思うのだ。
「最新刊の内容はいかがでした?」
「面白かったよ。サフィーは読んだ?」
「いえいえ、アオツキ様が読んでからです」
「そう、それじゃ、はい」
と、サフィーにマンガを手渡す。
「はい、読んでおきます」
というと、マンガを本棚に戻してしまった。そのまま、読んでくれてよかったんだけど。
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サフィーはアオツキ様の部屋を掃除をしていた時、ふと、不思議な本を発見した。
表紙が色彩豊かな本なのだ。美しい男性が二人、上半身裸で描かれているが、それいじょうに、色がこんなにも使われているマンガがある、ということに驚いた。
「すごい」
メルポポ書店で販売されているのは、一色のインクで印刷されている。それは表紙も同じである。だから、とてもキラキラしたものに見えた。
だからこそ、手に取って、そして、中を見てしまった。
「ほわわわわわわ」
それはとても淫らで、魅惑的な本だったのだ。
彼女は顔を赤くしつつも、全ての本を読みつくした。
いったい、どこで売っている本なのだろう?
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コルトこと星庭神成は、インターネットの分散型ネットワーク構造を調査、勉強しつつ、妖精達にも、どういうふうにすれば、複数の人が所持する能力を協調させ、一つの能力として扱えるかを考えさせていた。
これを仮に協調能力、ということにしようか。
一つ一つは小さい存在でりながら、集合して全体の何か、になるというのはいろいろなもので例えることができるだろう。
たとえば、人間にとっては、国や社会、という全体と個々、というふうにみなすことができる。一人一人が協調して、国という大きな集団、まとまりを形成する。それは、一人がかけても、再構築されるようにできている。
視点を変えると、人間そのものも、細胞の集合体である。細胞一つ一つが協調し、そうした結果、一人の人間という存在として機能する。
このとき大切なことの一つは、経路の自動選択と更新にあるらしい。
隣にだれが住んでいるか、引っ越したか、役場はどこか、お店はどこか、お店が移転した先は、そういった、情報の更新がまず必要だ。
そのうえで、そしたらどのお店を利用するか、というのが自動選択として重要になってくる。
こうして、ずいぶん、協調能力の基礎については知見と仮想シミュレーターでのテストは進んでいる。
ただ、残念ながらそれでは不十分だった。そう、基礎、土台でしかない。協調させるには、それを土台にした仕組みが必要だった。うん、なかなか壁は厚いね。
ひとまず、休憩にしようと思ってリビングへと向かった。
今日はミリシアはいないようだ。
たまには、ルージェ村にでも顔を出してみるか。




