67 対話の始まり
魔王レイズガットに一つの報告が入った。
腰を落とし頭を下げた魔族の伝令兵は明瞭に告げる。
「人間たちのサナムーン王国から、話し合いをしたい、と接触がございました」
「要件、目的はなんだ」
「王国の首都が瘴気で囲まれており、我々に協力を願いたいと」
「命乞いではなく、支援要請か。それに、話し合いとはまた、今回は本当にまれな状況だ。何を対価としたいかは申しておったか?」
「いえ。向こうは話し合いがそもそもできるのか、そういった点も手探りの様子。そこまでは」
「そうか、瘴気、確かに我らが魔術を使えば、ゆっくりとだが解決できよう。獣が魔獣化してゆっくりとよりはよほど早かろう」
魔王レイズガットは、あごに手を当てて考える。人間たちの全滅、という方向ではなく、お互いに争わない方向で進めるには、後期かもしれん。
ただ、一時はよくとも、瘴気が晴れたらどうなるか、というのもある。いや、同じことを繰り返していても、うまくいかんのかもしれんな。最終的な目標は、魔族が平穏に住める世界なのだから。先行きはわからぬとはいえ、怖がっていては何もはじまらぬ。
「わかった。穏健派の側近を一人派遣しよう。そのものを中心に、ことを進めよ。まず、第一段階は、我々は話し合いができる存在である、ということの明示。続いて、条件を設けつつ協力、我らとの友好が人間たちにとって有益であることを示す。現地へ向かう必要もあろう。元調査隊にも協力を要請するとしよう」
「わかりました。では、サナムーンには話し合いに応じること、また準備に時間を要することを伝えます」
「うむ」
そうしたやり取りが終わると、続けて側近に指示をした。
「先のとおりだ。準備をせよ。また、裏をもっておきたい。文化発展部のまとめた資料よりサナムーンの情勢を確認、不足分はムルププの妖精経由でミリシアと連携して対応せよ」
「わかりました」
こうして、魔族側と人間たちとの初となる交渉がはじまるのだった。
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クラリス・ヴァンフォードはメルポポ道場に訪れ、昼の訓練が終わった後の事務室で、師匠ブライ、事務方ポトフを交えて話をしていた。
クラリスの服装は動きやすいもので、華美な点がない。聞いていなければ貴族だとは思わなかっただろう。
「わたくしがクラリス・ヴァンフォードです。よろしくお願いいたしますブライ様」
「あぁ、ブライだ。しかし、お貴族のお嬢様とは思えない格好だな」
「これですか、話す相手によって合わしていかなければ、うまく交流できませんでしょ?」
「そうだな」
「ブライ様は、どういった理由で道場を?」
「もともと、俺は強いやつと戦いたかった。そして、ここの妖精に行き着いた。交渉の結果、戦うことを条件に三年間道場を任された、というわけだ」
「なるほど、道場開催の式典でのご活躍はうかがっております」
「惨敗だったがな」
「では、末永く道場の師匠を続けられるつもりはないんでしょうか」
「そのつもりだった。ただ、強いやつはここにいる。俺も迷っている」
「では、わたくしはブライ様がずっと住み続けたいように努力するしかありませんわね」
「何か要求でもあるのかと思ったが」
「いえいえ、まずは皆様の人となり、そして何が望みなのか、この目で見て、聞いて、回っているところでございます」
「じゃぁ、領主様からは俺はどんな人間に見えるんだ?」
「昔のお噂とはことなり、誠実で頼りになる師匠、という感触ですわ」
「俺は仕事でやっているだけだし、三年の条件を守っているにすぎんよ」
「ふふふ、でも、やるからには全力でおやりになる、そうなのでしょ?」
「そうだな。手を抜く気はない」
そうして、ブライとの顔合わせは終わり、道場を後にした、他にもいろいろ回り、まずは人脈を確立しなければ。
ブライ様はまだご結婚されていないようですが、家族を持たれると、末永くメルポポにいてくださるような気がしますね。
こんど、その手のお話を勧めてみましょうか。
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メルポポ魔術訓練所の試験がスタートした。訓練所の座学用の教室一つに二十人程度の人が集まり、試験が開始された。
人間を中心にエルフが数人である。小人族や獣人族は魔術は不得意な傾向にある。年齢は二十代以降、エルフに関しては外見からはわからない。
蒼月采蓮 (あおつき あやね) は、慣れた手つきで答案に答えを書いていた。魔術に関する基礎となることが中心で、応用は少ない。また魔術と国々の歴史や発展などの問題もある。契約魔術とは何か、や、精霊との契約の長所と短所などなど。
合格判定は実技が終わってからなされる。筆記が終わり、外に出て、実技試験の開始となった。後々、実技訓練用の場所にもなるところで、天井はなく、広々としており、かなり厚い石造りの壁で囲まれている。外に万一魔術が飛んでいかないようにといったところだろう。そうした理由もあった、魔術訓練所は第二交流区でも角の場所に建設されていた。
順々に、みな、魔術を披露していく。風による小規模の竜巻、雷撃によって丸太を丸焦げにしたり、炎を華麗に操ったり、物を浮かせて動かしたり、シールドの魔術で小さな火の玉をはじいたり、人よりやや大きい岩人形を制御したり、などなど、実戦でも役に立つものが多かった。
そんななか、采蓮は、炎、風、氷、雷撃、水、光、岩などできうる事象のほとんどを同時に操って見せた。火は弱火、強くすると赤から紫、そして黒くなるが、あまりそれは見せないほうがよいと思った。まずは、彼女を中心に炎が出たと思ったら風に代わり、つづいてと一つ一つが紹介され、くるくる周囲をとめぐり、それは二つの要素に、三つに、と流れるように増えていくと、最後には小さな小さな世界、大地があって草と木が生え、ミニチュアな世界に、家が建ち、光がともり、外では焚火が燃えている。
ふっ、っとその世界が消えると。周囲は拍手やら、驚きのあまり声も出ない人などさまざまであった。
そうして二日後、朝見に行くと魔術訓練所の掲示板に合格者に名前が載っていたのである。
「よし」
采蓮は、手ごたえをかみしめつつ、訓練所の門をくぐった。
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魔族領、都市エンシュラティアにあるムルププは次の段階に進んでいた。
中規模のライブ会場では、魔族たちがそこそこ入り、そしてギター、ベース、ドラムを中心とした音楽が流れ始め、これからはじまるぞと、観客たちの期待は上がっていく。
ドーンと登場した歌姫と、歌とダンスがはじまり、会場は盛り上がっていた。
そう、魔族領に、新しい文化として、ミリシアはアイドルライブ、歌を持ち込んだのである。
なにもいきなりはじめたわけではなかった。前回の学校の件で反省し、マンガであらかじめ音楽やアイドルをテーマにした内容を盛り込んで下地を作っておいたのである。
マンガでこんな感じだったけど、実際はどうなんだろう、そんな好奇心が人々を動かし、ライブ会場に人が集まり、そして盛り上がっていた。
この会場は、音楽や演劇など幅広く使えるので、今後、いろいろな方面で活躍するだろう。
そう、ミリシアはいつのまにかアイドルプロデューサーになっていた。
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蒼月采蓮はお金もたまってきたことと、ある理由から、交流区で家を買って暮らそうと思ったのである。一人暮らしはしたことはないので、そこは、不安があるが、なんとなくこの世界でも一人暮らしをする、という能力はあるだろうから、そういった能力は与えられている気がする。
それは、自立したいというわけではない。ミリシアとの交流で得た、マンガ、そのなかでも、ちょっと、というかだいぶ?人にも妖精さんにも見せられないものがあるのだ。つまり、コッソリ楽しみたい本を隠しておくにはちゃんとした自室が必要で、そうすると、家が必要になってくるということだった。
不動産屋に行っていろいろと情報をもらう。まぁ、そうはいっても、自分で建てた家も多いので、建物自体のことは割と知っていたりする。
「一人で小さくですと、こういう建物ですね」
と、主人は図面を見せてくれる。そして、ほかの図面もいろいろと探して、
「ただ、道場の方々を呼んでパーティーをしたいとなると、このくらいの家もどうでしょうか?」
うーん、たしかに、ずっと師匠のお家を使わせてもらっているのもなんだか悪い気がする。
「お値段は?」
「ハルド銀貨七十枚です」
ずっと貯金しているので、問題はない。お金を使うとしても、ほとんどレックさんのお店の仕事のでも十分賄えていた。これからは、食費とか、いろいろ自分で出すとすると、今まで通りにはいかないのかもしれないが。
小さい家がいいか、大きい方か、どちらがいいだろう。
大きい家で、みんなでパーティというのができるなら、それはなんとも楽しそうだが、贅沢な気もする。でも、贅沢したい。
師匠も忙しくなってきて、そうたくさんお家でお食事会とするのも難しくなってきた。たぶん、私の予定とも合わなくなるかもしれない。
いったん保留にして、ミリシアさんに相談することにした。
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クラリスが緩衝材となったことで、メルポポに集まった各国からの注目、大使、参入は、ときに受け流され、ときに受領し、
スムーズに進んでいった。
領主クラリスから「メルポポに敵意を向けなければ、恐ろしいことにはならない」と和やかに説得され、多くの国の大使は安心したのである。もちろん、密偵を残し調査させているところもあるが、騒動を起こすためではないなら、それでいい。
メルポポでは秋の収穫の後、収穫祭を開く、というお祭りも計画され、去年と違った賑わいになっていきそうであった。まだ、お祭りの内容は具体的には決まっていないが、まずは一年ごとに、一区切り、頑張った、よかったね、また来年も、と思える行事があるのは大切だと考えたのである。
秋のイベントに向けて、第二交流区の広場は、当初の計画より大きく作る方向になった。
メルポポはうまくいっている一方、ある、組織が分裂した。ルジャーナ聖教である。
妖精信仰がつよくなり危険に感じた者たちが暴走、妖精が平和の要になると信託で知る一部の上層部はこれを止めきれず、そうして暴走した者たちによって、ルジャーナ聖教はルジャーナ大聖教、ルジャーナ神託教に分かれてしまったのである。
ルジャーナ大聖教は、妖精信仰に対抗すべく各国の貴族、王族へと、妖精は危険であると喧伝し始めたのである。
しかし、それをして滅んだのがキルクス王国だ。ほとんどの国は安易に受け入れない。それゆえに、ルジャーナ大聖教は、神の道に反するのかと、このままでは世界が滅びるぞと脅すのであった。
そのうえで、サナムーン王国と魔族の交渉は順調に進み、首都サナサへ魔族の派遣が決まったのである。
世界は、さらに混沌とし始めていた。




