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62 無理するしかなくて

魔王レイズガットは、羊皮紙とペンを持ち、執務室で本を元に、秘術理論の組み立てをしていた。それは、コルトからの要望である、異能力の発動を使用者の死後も継続させたい、というものについての研究であった。


安易な手法であれば、アンデッド、幽霊のように魂を何らかの対象に束縛する、という方法で、使用者を魂のまま生かすということはできるが、今回の件はそうではない。コルトの望みは、自分が死んでも、魂が無くなっても、である。


ふむ、なかなかに難解だな。それゆえに面白いともいうべきか。秘術に頭を巡らせるというのも悪くない。ふふ、まさか、我にこのようなことを楽しむ性質があるとは思っておらなんだな。


秘術は口外できない、他の部下数人にも研究をさせているがそれは既存の魔術の範囲であった。


さて、そんなおりに連絡用の妖精が行儀よくててててと駆け寄って話しかけはじめた。


「魔王様にお伝えしたいことがございます」


レイズガットは一瞬にして、目を細め妖精を鋭く見つめた。これは、非常事態だ。前回がそうであった。


「どうした」


「はい、人間の国の一つ、キルクス王国が一夜にして黒き炎で滅びました」


それは、ただ事ではない。いや、そもそもそんなことが、いったい誰になせるのか。


「コルトが動いたのか?」


「いえ、第二勇者はメルポポですごされておりました。しかし、人間同士の争いにまきこまれ、かの勇者はキルクス王国を滅ぼしたのでございます」


「しかし、能力は封じたのではなかったのか?」


異能力は封じた、そう聞いていた。どうやって一国を滅ぼしたというのか。それもたった一夜にして。魔王軍ですら、そのような真似はできない。


「はい、吸収の能力は封じられております。しかし、魔獣化の際、吸収した力は依然そのままでございます」


「なるほど、なぜ我に報告した」


理解はすれども、レイズガットとしては良い状況とも思えなかった。意図が知りたい。


「はい、第二勇者は現在不安定です。敵かもしれない存在と思えば、容赦なく滅ぼすでしょう。リーディア商業連合国を魔王軍が脅かすとなれば、魔族はすべて敵と第二勇者が判断し動くやもしれません」


「ははは、我らにこれ以上動くな、という念をしというわけか。くえん奴らだ。しかし、それでは我らが動かずとも、人間が亡びるやもしれぬぞ」


「コルト様が平穏に過ごされるなら、些末なことでございます」


「わかった。第二勇者にこちらを狙わせる気はないのだな」


「もちろんでございます。コルト様の望むところではございません」


妖精はうやうやしく、お辞儀して右手を下に出してポーズをとる。


どうだか。はたして妖精の行動、コルトはどこまで制御しているのだろうな。人間が滅びゆくのは良くて魔族は、とはどういうことだ。いや、ミリシアがくさびになっているのか。なれば、送った甲斐があったというものだが。


それにしても、まったく、これだから人間は愚かよな。


レイズガットは深く椅子に座る。魔族がことさらに頑張っても、阻まれていたにもかかわらず、勝手に瓦解し始めている。それも勇者によって。なんとも、滑稽であった。


#


コルトこと星庭神成(ほしにわ のあ)とミリシアはリビングでお昼ご飯を食べていた。


構成は、日本のあるあるの、ごはん、鮭の切り身、お味噌汁、のような構成であるが、この世界の素材であり、かつそのいずれもが瘴気を帯びて変質している。


瘴気独特の鼻をツンとつく、危険を知らせるような鋭い香りが立ち上る。皿の上には魔獣化した魚の切り身が並び、うっすらとした紫色が肉全体に染み込み、その見た目はまるで猛毒を秘めているかのようだ。


魚の表面はぷるりと揺れ、光に当たると薄い膜が微かに光を反射する。知らない者なら手をつけるのをためらうだろうが、神成とミリシアにとっては、これが食欲をそそる最高の一品だ。


お箸で魚を持ち上げると、身はほろりと崩れる。口に運ぶと、舌の上で魔獣の脂がじわりと広がり、瘴気特有の淡い苦みとともに、ねっとりとした甘みが押し寄せてくる。


「これは、瘴気がしっかり染みてるな」


と、神成が満足げに言うと、ミリシアも同じように箸を進める。


「瘴気の濃い池で育てられた特産品ですから、特別なんです」


と彼女がにこりと笑った。


お味噌汁も同様に異彩を放っている。毒々しい青と緑が絡み合ったキノコはぐるぐるとした模様を形成し、汁に浮かんでいる。それをすするたびに、特有の土っぽい香りと瘴気が鼻腔に染み込み、内臓が軽くしびれるような感覚が広がるが、慣れた二人にとっては、まさに“ほっとする”味わいだ。


「おいしいですね。このお魚、文化発展部からの差し入れなんです」


「うんうん、いいね、瘴気がすごくしみていておいしい」


「名品で、なかなか数がとれないらしいです」


そんなこんなで、和と魔族料理を組み合わせたような食事も終わる。


「「ごちそうさまでした」」


「ところで、ミリシアに可能だったら見といてほしいものがあるんだよ」


「なんでしょうコルト様」


「メルポポにいた蒼月という黒髪の子、魔獣化しちゃった二人目に召喚された子なんだよ」


「はい」


「で、この前、メルポポで騒動が起きて、ついカッとなっちゃったんだね、それを起こしたキルクス王国をその子が滅ぼしちゃったんだ」


「えー、大惨事じゃないですか!」


「その子、ちょっと不安定みたいだから、何かできそうなら、サポートしておいてよ」


「わかりました。コルト様としては、人間側の被害を最小限にしたいということですか?」


「いや、自業自得だと思うし。巻き込まれた市民も含めてね。滅びるべき国が滅びただけでしょ」


「というと、サポートの趣旨や思惑がわからないのですが」


「そういうことか。蒼月ちゃんも、俺と同じで被召喚者だからさ、もしできそうなら、でいいから、フォローしておいてくれると嬉しいな」


「コルト様が他人を気にかけるのは珍しいですね、もしかして、狙ってます?」


「狙ってるなら、俺自ら動くさ」


「どうでしょうね」


ミリシアは疑いのまなざしでコルトをみていた。なぜなら、ミリシアはコルトの好きな女性のタイプを知っているのだから。以前、お宝フォルダーで確認済みなのだ。


「わかりました。コルト様がそこまでおっしゃるのです、ミリシア、一肌脱ぎましょう」


#


不安で仕方なかった蒼月采蓮(あおつき あやね)は、今では土曜日も日曜日も、建設や開拓の仕事を手伝っていた。


そのきっかけは、土砂崩れで破壊された建物がまだまだ対応に時間がかかっていたのを、采蓮は見るのが苦しくなって、何とかできないか、手伝おうと、進言したのがきっかけであった。


そう、あの惨劇を思い出す、傷、それが残ったままであることがことさらに嫌だ。


見るたびに思い出す。妖精たちへ、なんとかしろと交流区の人たちが叫ぶあの光景、そして私に投げかけられた言葉に、心が切り刻まれるような感じがする。それを見るたびに、感じるなんて嫌だった。


そうして修繕作業を手伝うと、能力で浮かせての手伝いだけではなく、修繕、建築の仕事も、十二分にできてしまったのである。あまりに見事だから、それらが終わった後も、ぜひとも、建築などの手伝いをしてくれないか、とお願いされた。


これまでだと、週に二日、何もない休みの日を残しておきたかった采蓮であったが、状況は変わっていた。何もない時間が不安でしんどくて仕方がないのである。交流区を見て回っても、何か解決するわけでもない。


それはそうだった、いるかどうかもわからない敵におびえているのだから。


横断歩道を渡るときに、突然車が猛スピードでやってきて、引かれたらどうしよう、と常に事故を怖がっている人はいないだろう。


もし、街中を歩いているとき、刃物を持った悪人に襲われたらどうしよう、などと、警戒心でいっぱいになりながら暮らす人はいない。


そんな状態では、心がもたない。


しかし、采蓮は、それに近しい状態だった。いつ、どこで、だれが、メルポポを陥れようとするか、大きな破壊工作をしてくるか、空いている時間はずっと考えてしまうのである。


それを考えないでいられるのは、道場や飲食店で仕事に集中しているときだった。


彼女にとって余暇は地獄になっていた。


だから、すべてを仕事で埋めようとしたのである。そして、それでも空いている時間は勉強に費やした。メルポポ書店の本で魔術の練習やこの世界のこと、武器のこと、政治のこと、あらゆることを勉強していた。


彼女は、休むのをやめたのだ。


土日の采蓮の仕事は見事なものだった。石を積み上げるのも足場などの苦労があるのに、空を飛び、いくつものを石を浮かせて次々と積み上げてしまえる。おまけに、職人としての技術も持っているから申し分ない。木材の運搬も、手を使わずに意識すれば浮かせて運んでしまえた。


地面をならす作業だって、スコップなどの道具をいくつも同時につかって地面を平らにする。そうしたそれらを、彼女は料理の時のように並行して多くのことを一度に進めていく。


見る見るうちに、未完成だった建物は完成し、次々に建物はできていく。


一緒に仕事をしていたバルドはあっけにとられていた。そんななんでも人間を超えた領域でなしえる彼女に教えを乞うことができているのを幸運だとも感じた。だが、心配でもあった、そう、ずっと彼女は働いているのだ。


「アオツキ様、仕事続きですけど、ご無理をなさっていませんか?」


「ううん、大丈夫だよ」


采蓮は、どうしてそんなことを聞くの、と不思議そうに答えた。


はたから見れば、それは本当に問題ないように見える。なぜなら、体力やマナは全く問題ないからだ。疲れているそぶりもない。


ただ、バルドは知っている。心も疲れるということを。


「できることがありましたら、僕でおろしければお聞きしますし、お力になります。声をかけてくださいね」


「うん、ありがとう」


でも、バルドの声は采蓮に響かない。そう、できること、采蓮にとって望むことは、不安の芽を摘むことだった。不安から逃れることだった。相談したくても、相談できることではなかったのだ


そんな日々が何日も経ち、初夏になり日差しが暑くなりはじめたころ、道場の訓練の終わりに師匠ブライは采蓮を呼び出した。以前、二人で式典前に訓練していた場所に来ていた。そこからは第二交流区の発展がよく見えた。


「アオツキ、不安か?」


「はい、怖いよ」


「そうか。俺はアオツキはすごいと思う。俺より全然強いじゃないか、どうして不安なんだ?」


ブライはメルポポ全体を見渡すようにしてそういった。


「私、いつもそうなの。いつもね、大切なものは、仲良くなったのに、全部どこかへ行っちゃうの」


「失うのが怖いのか?」


「はい、みんなにはいなくなってほしくないし、メルポポも楽しい場所であってほしい」


「何にもない奴はな、そりゃ一つ、今手に入れたものを手放すまい、そうしないと次はないのかもしれない。だが、アオツキは違う。たとえどんなことが起こっても、また、やり直せるんじゃないか?」


「嫌です。今がいいの、今が大切なの。だって私には、なにもないんだもの。皆がいないと」


「そんなことはないだろ。剣術だって、料理だって、あの時の結界の魔術だって、すごい力を持ってるじゃないか」


采蓮は、ブライに力についていうのをためらいつつも、言った。


「ちがうの。それは、たまたまただ与えられただけだから、私の力じゃないの、ズル、なの」


ブライは真剣に受け止める。そのためには、ちゃんと、聞かなくてはならない。


「どう、力を与えられたっていうんだ」


采蓮にとって、それは言いたくないことだった。もしこのまま言えば、ブライに嫌われてしまうかもしれない。でも、もう、彼女の心は不安でいっぱいで、涙とともにこぼれながら、言葉もこぼれ落ちていく。


「私ね、違う世界から召喚されたの。そのとき、与えられた力なの。だから、本当の私はただの何にもできない女子高生。みんなが褒めてくれるのは、皆みたいに頑張って手に入れたものじゃないの」


そういうと、彼女は、めいいっぱい泣き出してしまった。


それをそっとブライは抱きしめた。がらじゃないな、と思いながら。


「俺はそんな理由で嫌いにもならなければ、失望もしない。大丈夫だ」


「でも、それはうれしいけど、でも、またメルポポが、メルポポが」


「わかってる。わかってる。大丈夫にできないが、俺はアオツキのことを理解している」


ひとまず、ブライは理解を示すくらいしかできなかった。結局、彼女の不安を取り払うことは、できなかったのである。

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