60 妖精の里と滅びの刃
コルトこと星庭神成とミリシアはリビングでメルポポ交流区で買ったお酒を飲みながら話をしていた。
「このまえ、旅行で魔族領にもって言いましたけど、私、コルト様の世界にも行ってみたいです」
「うーん、何度も往復するのってよくなさそうなんだよね」
「どうしてですか?」
「画像のファイル形式で、JPEGってわかる?」
「わかりますよ。えっと、写真に向いてて圧縮率が高い、けど、非可逆なんでしたよね」
「そう、非可逆、つまり劣化するんだ。何度もJPEG形式で保存しなおすと、どんどん画像の品質は落ちる」
「え、コルト様の元の世界との往復ってそんなことになるんですか?」
「そうだぞ。こっちとあっちじゃ、物理法則や物質そのほかの核になってるものが違うんだよ。つまり、俺は、ここに来るとき、この世界に合うように作り直されてるってわけ」
「そんなに違うもんなんですか?」
「見かけ一緒に見えるけど、Wi-Fiの電波とかも動いてるけど、この世界の方式、マルガナ波に置き換えられてる。だから、何でもかんでも、元の世界のものがこっちで再現できるわけじゃなかったりする。一番顕著に違うのは炎の色だね」
「炎ですか」
「うん、元の世界では、高温になると青く白くなる。こっちでは、黒くなるんだ」
「黒いのって瘴気の影響じゃなかったんですね」
「影響もあるさ。瘴気をマナにすれば、それだけ高火力にできるから、結果的に炎は黒くなるんだよ」
「なるほどです。あぁ、私もイベントに参加してコスプレしたり、神社のお祭りとか言ってみたかったです」
「ないなら作ればいい、それがクリエイターの基本だぞ」
「そうですね。頑張ります」
そう、ないものは他人にねだらず、自分で作る。自分が需要で、自分が供給というのはまさに創作の第一歩だ。
見たい景色があるから絵をかくし、遊びたいゲームがあるからゲームを作る、こんな曲が欲しいあっていいじゃないかと作曲する。
もちろん、そこから派生して、エンターテイメント、周囲を楽しませるという方向もある。ただ、それだけで進めるほど、モノ作りは生易しいものではない。どんなときでも、結局は自分が作って満足する、という最低限のことが伴っていないと、いずれ破綻するのである。
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ムルププの学校は軌道にのり、大人の部も開かれることとなった。先生は全員が妖精が担当しているのは、教えられる人材がまだいないからである。
ムルププブックスでは、商売をネタにしたマンガも販売されはじめ、通貨というものがどういうものか、また、どういう詐欺やトラブルがあるのかを交えて話が展開されて行っている。
こうした影響から、導入された通貨も徐々に使われ始め、物々交換から、ゆっくりと切り替わりつつあるのだった。
学校では、読み書きとしては、単純な文字を書く練習と、簡単な文章の朗読が取り入れられていた。
小さな魔族の子供が立ち上がり、本をもって読み上げていた。
「おはなが、ぽつんと道ばたにさきました。おひさま、わたしを見て!おはなが言いました。おひさまは、にこっとわらって、あたたかいひかりを送ります」
よそ見をしている生徒もいるが、順調に学校という形になってきつつあった。
やがて、算数の時間も終われば、みんなマンガ室へと大急ぎで走っていく。
そこではマンガを読んだり、お絵描きをしたり、マンガのキャラクターの真似をしてポーズをとったりしてにぎやかである。
こうしたことを受けて、このノウハウを生かして、文化発展部では、各所に子供向けの学校を設置していこうという方針に進んでいる。そのため、今、子供に教えるための先生となる人材の選抜と育成に取り掛かり始めていた。
ハナージャは人材不足に嘆いていた。
「読み書き、計算までできる人材って限られてるのよね」
マズルはそれに応える。
「城に勤める人や、隊長クラスでないと、なかなかいないからな」
それに対してレキストは言う。
「俺たちは、なんだかんだ、魔王様という一つの柱と集団意識が強い。人間たちと比べて個々人より愛国心や忠誠心みたいなのが、魂の中に刷り込まれているようなもんだからな」
「だからこそ、人間への憎しみも相当強いよね」
「そこは、憎しみというよりは、俺たちの種を脅かす悪、という表現だとは思うぜ」
そんな話をしながら、ひとまず、通貨の運用までもっていけた彼女たちは次の施策に取り掛かるのであった。
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しばらく経ち、メルポポは落ち着きを取り戻し始めていた。人為的に起こされた土砂崩れの被害は少なく、いま、その補修がなされている。
人間側の運営代表は、あの後即時、キルクス王国の謀略であると宣言し、ブライが捕まえてきた人間を吊し上げ、それを証拠としたのである。さらに、イリノ町に駐留していた衛兵も街道の警備、交流区の警備にあたることが発表され、落ち着き始めた。
しかし、遅れてある一方が届いたのである。首謀者であろうキルクス王国が黒い炎に焼かれ滅亡したと。
その知らせは、まるでメルポポを陥れようとしたから、その仕打ちに、一国が滅ぼされたように聞こえたのだ。多くの人は同じように連想した。それゆえに、メルポポで悪さをしていた連中も逃げ去ることになったのである。
と言って、いったい誰がそんなことをしたのかわからない。妖精ではないか、そんな噂もある。ただ、黒い炎というのがわからなかった。妖精は空を飛ぶし、まれに不思議な力を有するが、魔獣討伐は武器であると考えられている。結びつかないのである。
ただし、それをうっすら知る者がいる。ブライとバルドであった。
道場も通常の日程に戻り、順調に昼の訓練が行われていた。木剣のぶつかる音に交じり、剣や斧、槍がぶつかる金属音が聞こえてくる。
ブライは、恐らくアオツキがやったのだろうと考えていた。もちろん証拠はない。しかし、彼女が飛び立つとき、ほんの少し垣間見せた黒い炎と飛び去った先は、符合するのである。
彼女は翌日戻ってきて、少し落ち着いたのか、今ではいつも通り藩士として働いていた。
ブライはアオツキの危うさを感じていた。もしそうだとしたら、それはあまりにも容赦がない。俺だって、売られた喧嘩は買うし、ふざけた態度をとる連中は切って捨てる。相手とのそりの合わなさしだいでは、ということもあるが、彼女の場合もっと違うものだ。
喧嘩を売った相手だけじゃない、関係者かも見極めず、丸ごと灰にした、それは、八つ当たりだろうか。
いや、見極められないなら、いっそすべて、ということなのか。それは、とても危ういように思う。敵かもしれない、そう思ったら、アオツキは迷わず排除してしまう、ということではないのだろうか。
いったい何が、そこまでさせるのか……いや、アオツキにとっては、それだけこの場所が大切で、追いつめられていた、ということだろう。
そしてまだ、彼女からは不安の色が見え隠れしている。それは、ちょっと前に話した彼女の言葉から理解できる。「もう、メルポポは襲われない?」そう、不安げに聞いてきた。それに安易に大丈夫だとは答えられなかった。
あのときは「完璧なものはない、だから一緒に頑張っていこう」と答えたが、納得していないようだった。
厄介だ。万が一の時、アオツキを止められる人間なんていやしない。あの時も、ほんの一瞬で飛び去ってしまった。
つまり、キルクス王国の人々が憎くてやったわけではない。キルクス王国が怖くて、そしてもう二度とメルポポが混乱したり、土砂崩れのような被害にあうようなことがないために、ああするしかなかった。つまり、怯えているのだ。怖いからこそ敵視して襲うのは、動物でも人間でもあることだ。
そう、アオツキには心の弱さがあるのだろう。
だからと言って、大事に思う故郷や仲間が傷つくことを良しとせよ、というのもヘンな話だ。
アオツキは圧倒的な武力があるからこそ、この歪みは厄介だ。本来なら、どこかで妥協して我慢するしかない。さすがに国を相手になんてできないと、できる範囲で模索するしかないが、アオツキはメルポポにとって危険な存在だと確信すれば、それが例え国家だろうが葬り去れてしまう力がある。
誰しも、何かしらの問題、欠点はあるものだとは思う。しかしこいつはやっかいだな。
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リーディア商業連合国はキルクス王国の滅亡の調査を始めつつ、直ちにその版図を伸ばそうとした。キルクス王国の他の隣国はこれに対し強気になることができなかった。というのも、リーディアが我が国には妖精が味方している、というメルポポの影を散らつかせたからである。リーディアとしては難民の問題もあり、土地が欲しいという思惑や、海に対してももともと関心があったのである。
こうした事でリーディアは一気に版図を拡大しつつあった。
キルクスの滅亡とメルポポの関連についての噂は、商人づてに様々な国へと伝播していった。そうした中には恐ろしいと感じる人達もいる一方で、魔王軍に対する希望と見る人もいる。さらに、好奇心から、真相を調べるべく、メルポポへ向かう人達も現れ、各国からメルポポに、さらに人が集まり始めていた。
妖精信仰の人達はこれをメルポポの怒りに触れたのだと喧伝した。実際に国は滅んでいるし、メルポポも危機に瀕した、まるっきりでたらめと言うことはできず、本当にそうかもしれない、むしろ妖精を崇めなければいけないのではないか、そんな人たちが現れ、ますます妖精信仰は拡大していくのであった。
メルポポの夜、たびたび蒼月采蓮は交流区を見回っていた。
もう、以前のような混乱はなく、落ち着きを取り戻していた。
しかし、彼女の心は晴れてはいなかった。言い知れぬ不安が残っていた。また、襲われるんじゃないか、次はもっと被害が大きくなってしまうんじゃないか、いったいどこが敵になるのだろうか。彼女の中では、リーディア以外の他の国々が敵に見えはじめていた。
不安は、原因があるから不安なのだ。だったら、原因をなくしてしまえばいいじゃないか。
そう、采蓮の心は、キルクス王国を滅ぼしてもなお安心しておらず、宝物が壊される未来のイメージが頭から離れなかったのである。
メルポポを襲った土砂崩れを止めたのは妖精の奇跡である、ということになっている。
采蓮にとっては、手柄がとられたとかそう言うことはどうでもよかった。彼女にとっては、そういうことをするやからが、まだいるかもしれない、ただそれだけだ。
ふと、酔っ払いがケンカをしていた。
采蓮にとっては、そんなことは些事でしかないが、近づいていく。
「どうしたの?」
彼女を見た酔っ払いはアオツキだと理解すると、頭が冷えたのか、ひぇーっと退散していった。交流区ではアオツキを知らぬ者はほとんどいなくなっていた。それは外から来た人もである。黒髪に剣を刺した少女、妖精させも倒した彼女が交流区のならず者をことごとく倒していったのだと。
采蓮は見えない敵を探るように、青い月に目を向けた。
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メルポポ襲撃の指揮官層セルゲイド・ロウダーは、北側の国境を越え、一団と共に馬を走らせ逃げていた。まずはメルポポ、リーディアから距離を取りたかったのである。
失敗し、ひとまずの撤収と思って最初は、のんびりしていたが、キルクス消滅とそれに妖精が関わっているという話を聞き、一目散に逃走しているのである。
完全に虎の尾を踏んでしまった。
しかし、一度、国の様子は見ておきたい。
しばらくして、迂回してキルクス王国領内に入り、町に足を踏み入れた彼は絶望した。
町は、ただ焼けたというにはおぞましい状況だったのである。石ですら溶け崩れ、いったい何が起こったのかわからない。
こんなことができるのは、いったい、どんな存在だというのだ。




