06 ルージェ村との交流
あれからしばらくたった。星庭神成は、ルージェ村に何度か訪れていた。
彼の登場のたびに村人は一斉に緊張が走る、もし何か気に障るようなことをしてしまえば、次は村がどうなるか分からないのだ。
普通にお客さんとして相対しているぶんには問題はないが、守護者が姿を現したらどうなるか。彼の来訪中は守護者を見つけると村の人達はすぐさま村の奥へと押し込めにかかった。
もう、村人たちは、彼と守護者たちと引き合わせるつもりはないのである。
あの時近くで見聞きしていた村人も、あまりにも彼を責めすぎでぞんざいに扱いすぎであったことは理解していた。そう、守護者の横暴はもともとこの村の問題でもあったのだ。
村を守る強気者たちの末裔、それが守護者だ。長年続いたその関係にはひずみができてしまっていた。村を脅かしている側面さえある、それが守護者たちだった。
神成が出現させた妖精二体と村の子供たちが遊びまわっている。武術の達人ハイオンが、悪い鬼役で大活躍だった。子供たちはあんなことがあったのに適応力が高いのか、妖精になじんでいる。
彼が村の商品を見ていると、渋い声の男がやってきた。
「私は、ジョウツォ、妖精使い様、名を教えてはいただけませんか?」
「コルトだ」
「ではコルト様、一度お話をさせていただけませんか?」
「わかった」
「ありがとうございます」
こうしてコルトと名乗った星庭神成は、ジョウツォに導かれて村の家の一軒に入っていった。
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村の一室、コルトとジョウツォ、他数名が席に座っている。
ジョウツォウより奥の席の老婆が話をはじめた。
「誠にもってコルト殿には、冤罪をかけただけではなく、その謝罪もせず高圧的な態度を続けたこと、守護者に代わり謝罪させていただきたい」
「代わり、と言ったか……話を聞きたい」
そうして分かったのは、村と守護者、村人の関係だった。守護者達はこの村の武家的存在であるとのことだ。村を守ることをお題目に、わりと好き勝手やってきたというのである。
守護者はならず者ののように横暴にふるまい、村の奥の建物では贅沢な暮らしをしているのだという。
そうした中で、今回のような大失態をした守護者とは縁を切りたい、村から追放したい、というのが反守護者のやや過激な村側の意見だということらしい。もちろん、村一丸でそうであるわけではない。
今回のことがどのような失態かと言えば、敵対してはいけない相手に矛をむけてしまった、そんなような場合だ。
もしこれが、リーディア商業連合国から密かに派遣された、貴族や調査員に対して、刃を向けてしまった、不敬を働いてしまったとすると、どうなるだろう。この領地を治める貴族しだいであるが、村全体が逆賊のように扱われかねない。この村では守護者は、大きな地位を持っている、村の一部の盗人の話というわけにはいかないのだ。
そして、守護者が半壊している今が、村の反守護者側にとってチャンスであったのだ。
「で、俺に何か協力をしろと?」
「少しそうであり、そうでありません。これからは村のことです。手を出さないでいただいてもよろしいですか?」
その言葉に、彼は肩をおとし、目を閉じてふーっと長く息を吐いた。望まれていない、というのは本当に気楽でいい。また、村と自分とで完全に争いあう、そんなことにならないようなので、気が楽になった。
だからだろうか、少し一歩、彼は踏み込んで聞いた。
「なるほど、勝算はあるのか?」
「人は常に警戒し続けられるような存在ではないのです。問題ありません」
「なら、高みの見物をさせてもらう」
そうして、彼は拠点へと帰った。最悪の事態にはならなかったとはいえ、心穏やかに暮らすには、いっそ完全に孤立した場所で生活するしかないのだろうか。それとも、これが済んだら、少しはましになるだろうか。
拠点の一階の客間で、武術の達人ハイオンを召喚する。
「ハイオン、頼みがある」
「なんなりと」
「ルージェ村は独力で守護者を一掃するらしい……だが、撃ち漏らしもあるだろう。言いたいことは分かるな?」
「御意に」
ハイオンはさっと闇の中に消えていった。村のためを思っての事ではない。もし、逃げのびてしまった守護者がいた場合、彼に刃が向く、そういう可能性をなくしておきたかったに過ぎない。いつぞやの盗賊の時のようなことは御免だっただけだ。
彼は安住の地を得たいだけだったのだ。それでも、そのために、牙を示さなければならないなら、そうせざるをえないのかもしれない。一度、なめられれば、それはずっと続くだろう。いずれこちらの我慢に限界がきて、破綻する、というのであれば、そんな我慢をする時間なんてやめて、最初に牙を示してしまったほうが、良かったような気がする。
そう、どう考えても、この世界に来る前のあの生き方は破綻していた。生きているとは言えない。ちゃんと壊すべきだった。どのような形であろうとも。
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王都マゼウムの城下町、少女マチはおじいちゃんの薬を買いに出かけていた。週に定期的に買いに行くもので日常となっていた。
彼女はふと思う、あのお兄さんはどこに行ったのだろうと。結局、名前は教えてもらえなかった。
噂によれば、天高く何かが飛んでいたので、どこかへ行ったのではないかとか。国の近衛兵が、彼のボロ屋敷に向かったかと思えば、数日後に燃やして跡形もなくしてしまっていて、その苛烈さに驚愕したものだった。
彼は大丈夫だろうか。
どうも面倒を嫌うような性格であるらしい彼にとって、急に街で盛り上がって、人がぞろぞろと面会を求めるというのはそれは迷惑だっただろうと思う。私でも迷惑だ。押し売りの相手はしたくない。
だから、遠くのゆっくりできるところへ、旅立ってしまったのかもしれない。あの可愛い妖精さんと、できることなら料理とかしてみたかった。
一期一会だなと思う。本当に、あの時強引にでも名前を聞いておけばよかった。でないと、彼が遠くで無事かどうかも、噂伝いにわからないじゃないか。
いや、もしかすると、妖精使いとして、噂話に出てくるかもしれない。
おじいちゃんの病気は、定期的にお薬を飲まないとヒザがかゆくなってしまうという不思議な病気で、専属の薬師さんから購入している。
なんでも、魔術師として冒険者をしていたときに、ひざに魔獣の毒牙を受けてしまい、その後遺症が残っているのだとか。嘘かホントか分からないけれど。
私を拾ってくれたおじいちゃんは、それはもう、たいそうな冒険と活躍をしたと本人は言っている。ボケてはいない。ただ、最近は同じ話をするようになった。
最近は物騒になったからと、これまで以上に、おじいちゃんは魔術を教えてくれる。けれど、これがなかなか難しいのである。
子供同士の遊びでケガ押したときに、治癒の魔術が使えたりしたので、便利なのはなんとなくわかっている。そういうのより、どちらかというと料理が好きだ。
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ルージェ村は今、静かに揺れ動いていた。表向きは平和を保っているが、村の守護者と反守護者勢力の対立は水面下で続いていたのだ。
ジョウツォを中心とする反守護者勢力は、村の人々から支持を集めつつあった。村人たちにとって、守護者たちの横暴は長年の悩みであり、今回の件は状況を変える好機だった。しかし、そうはいっても、村を守っていたことも事実でよい部分もあったと、対立を避けたいと思う村人もおり、一枚岩とはいかない。
守護者達は守りの姿勢に入り、彼らの特別な領土の防衛に注力するようになった。警戒しているのである。
反守護者勢力は、武闘派組織ではない。農民、工作人、商人がほとんどである。冒険者もこの街にはおらず、冒険者に任せるような獣や魔獣の討伐、村の護衛などはすべて守護者が行っていたのである。そういう点では、武力的に真正面からは難しい。
数日の静かなにらみ合いは、唐突な魔獣の来襲によって打ち壊された。
魔王が君臨してから、各所で瘴気が立ち込めるところが増え、この瘴気にあてられた獣が凶暴化し、魔獣となるのだ。大型のファロウ一体が瘴気にあてられ、凶悪な魔獣となり、村の防壁を突破、侵入し、暴れはじめたのだ。
そこに駆けつけた守護者はごく少数。先の件で人数が減っていることと、奥の自分たちの領域に人手を割いたままにしているのである。
他の村の者たちは被害を軽微にするため、人命を優先した避難誘導を行うも、さてはて、どこに逃げていいか。そんなとき、村の近くに居を構えたコルトの元はダメなのかと子供が懇願しはじめ、なし崩し的に、村人たちはコルトの家を目指して避難を開始した。
険しい山道を息を切らしながら進んだ先、逃げ延びた村人たちはようやくコルトの家にたどり着いた。周囲を鬱蒼とした森に囲まれたその家は、木と石を巧みに組み合わせた見事な造りで、彼らがこれまで見たことのない不思議な建物だった。暖かな光が窓から漏れ出し、静寂の中にほのかな安堵をもたらしていた。
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星庭神成ことコルトは、警戒の妖精の連絡によって状況を把握していた。
「避難した村人がこちらへ向かってくるよ」
「人数は?」
「二十三人、そのうち子供は七人」
彼はめんどうに思いつつも、魔獣という災害ならややも仕方ないかと思う。とはいえ、そこまでの人数は家に入れるわけでもなければ、腰を下ろせる場所もここにはない。そこで、家を作ったときに空いた場所に、野外用のイスと机を妖精に準備させたのである。
ほどなくして、避難して着た村人がたどり着き、その先導役がコルトに話しかけてきた。
「突然申し訳ありません! 村が魔獣に襲われてしまいまして……。しばらくの間、ここで避難させていただけないでしょうか?」
神成は、その腰の低い態度に、ややあきらめ気味で言った。
「好きにしろ、腰を下ろせる場所は作ってある、自由に使ってくれ」
「ありがとうございます」
見れば、血を流しケガをしている者たちもいる。しかたないと諦めつつ、治療の妖精と、おもてなしの妖精を二体ずつ作り、それぞれに働かせた。治癒の妖精にはケガ人の治療を、おもてなしの妖精には、お茶を配らせたり、席への案内をさせた。
「今の代表は君でいいのか?」
と、コルトの問いかけに、さきに声をかけた村人が答える。
「はい」
「家にあげるつもりはないが、あの角で話をしないか」
「はい、いろいろありがとうございます」
治療はしたが、これ以上、あまり手を貸す気はなかった。とはいえ、あらかじめのすり合わせはいるだろうということで、話し合いをすることとしたのである。
そうして、避難民代表とコルトとの話し合いが始まった。
魔獣の襲来は唐突で、村は一瞬にして混乱に陥った。叫び声と轟音が響き渡り、人々は必死で逃げ出した。彼らは食料も持たず、着の身着のまま、ただ生き延びるために進み続けたのだ。避難民側の要求としては、このイスや机のある場所を使わせて欲しいと言う点と、今日の分の食糧を分けてほしいとのことだった。
神成としては、近くでガヤガヤされるのは望むことではない。だからこそ、村から離れた場所に家を建てたのである。とはいえ、非常時、一時的であることが明瞭で、話の通じる相手となれば無下にする必要もないと考えていた。
食料に関しては、少し悩んでいる。過去にふと見せた善意につけこまれ、ちょっとだけ手伝うはずが、仕事を山のように抱えたことがあった。どこまで親切にしていいのか、加減が分からない。働きたくない、というのもあるが、大きすぎる善意は果たしていいのか、どれくらいの塩梅がいいのか計りかねているのだ。そう、これまでは、契約書で労働の対価は決まっていて、いろいろなしがらみで働く義務の範囲はがんじがらめになっていたが、そういうものがストンとない、まっさらな状態だと、かえってどうすればいいか分からなくなる。
「食料については、少し家で考えさせてくれないか?」
「はい、もちろんです」
神成は家に戻ると、ひとまず警戒の妖精に確認した。
「天気について、避難民はこのままあそこで寝ても問題ないか、それと避難民に守護者はまぎれていないか、わかるか?」
「天気は晴れ、雨は降りませんが、夜は放射冷却で冷えますから掛け布団などがないと風邪をひくものも出るでしょう。避難民に守護者はいませんよ」
「なるほど、他に警戒することは?」
「守護者を放置すると、コルト様を魔獣をけしかけた犯人としてかかげる可能性が八十六.三パーセントほどあります」
「まぁ、そういう連中だとは思っていたよ」
彼は心底、関わりたくない連中だとすこし苛立ちつつ、リビングにいって物知り妖精と相談をはじめる。ひとまず、避難民からの要望と悩みを伝えた。
「というわけで、悩んでいるのは、どこまで意をくむのがいいか、というところだ」
「うむむむ、人を三種にわけるとしましょう、多く与える者、奪う者、貸し借りゼロを目指す者ですじゃ。さて、ここでもっとも残念な結果になるのは、多く与える者じゃの。ですが、もっとも幸福になるのも、多く与える者でもありますじゃ。違いは、周囲に奪う者がいるかいないか。そのためには、貸し借りゼロを目指す者の助けも欠かせませんのぅ」
「なら、あの避難民の代表はどっちだ?」
「貸し借りゼロを目指す者ですじゃ、多くを与えたとしても、その分返そうとする存在じゃのぅ。そのため、深く悩む必要はないかと」
「なるほど、全力を出しても問題ないと?」
「ええ、問題ありませんじゃ。避難民を手厚く迎える、という範囲においては」
「わかった」
こうして、倉庫の食糧を運搬の妖精に運ばせて避難民の代表のところへ向かった。
「食料はこれで足りるか、確認してくれ。それと、そこの薪も使ってくれて構わない」
「ありがとうございます、助かります」
そして、その場で布を作る妖精を作り、布を作らせて切っていく。
「これは?」
「今日の夜は冷えるようだ、かけて眠るといい。もちろん、腰が痛いなら、しいてくれてもかまわない」
「本当に、たすかります。けがの治療もしていただいて……」
「あと、こいつを置いておく、村や例の魔獣の様子を尋ねると答えてくれるだろう」
と、警戒の妖精を作って置いていった。こうして、急遽やってきた避難民のひとまずの対応が終わり、神成は家に戻った。
避難民の代表は、自信なさげに警戒の妖精にたずねてみた。
「今、村はどうなっていますか?」
「まだ魔獣がいて危険ですね。暴れつかれたのか、広場で休んでいます。守護者たちは刺激したくないのか、体勢を立て直したいのか、静観しているようですね」
治療も施され、場所も食事も確保できたことで、避難民たちは少し安心した。ひとまず、今日のところは何とかなりそうなのだ。