58 メルポポに危機迫る
蒼月采蓮は自室へもどってメルポポ書店の本を脇に置いてベットであおむけになって考えていた。
星庭神成さんの言った、生まれてきた・召喚された意味を自分で決める、というのがよくわからなかった。
自分で決めて、いったい何になるんだろうか。空虚な私が、ただ私が剣士になる、と決めたところで、それはいったい何になるというのだろう。
ちゃんと設定して欲しい、他の誰でもいい、誰かに、このために今ここにいるんだよって。いていいんだよって。
妖精さんたちはとてもやさしい。何も仕事も使命も私におわせることなく、ここにいさせてくれている。でも、それだけでは、不安だ。私がここにいていい理由にはならない。理由がない。
見捨てられたり、追い出されるのは怖いし嫌だ。だから、そうしないでくれているのは嬉しいけれど、何か足りない。
ダメなのかな、自分で決めなきゃ。
私は空っぽだ。道場や料理の仕事も、ただ、与えられた力があるからできているだけで、きっとそれは他の誰かが私の代わりに召喚されてもできたことだ。そう、特別な何かが欲しい。
でも、私は空っぽだった。何にも持っていない、平凡な女子高生だった。いや、人付き合いも全然できない、もっとダメな女子高生だ。
レイアさんには言ったけど、そう、私は与えられただけなのだ。もし、皆が私がズルをしていると知ったら、きっとがっかりするだろう。嫌われるかもしれない。そう思うと怖い。
本当の本当に私だけの特別な何かが欲しい。
そう思いつつ、ひとまず、買ってきた本を読むことにする。
それは魔術に関する本、『ググでも分かる魔術 はじめて編』、『魔術のできること辞典』、『契約魔術と精霊』である。というのも、どうもこの世界のことはだいたいできることが多いようなので、きっかけになればと思って買ってみた。
ひとまず、やってみよう。
いったい神様は私に何をさせたかったのだろう。
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コルトこと星庭神成はミリシアと家に戻って、リビングでのんびりしていた。
二人はそれぞれ買った荷物をデーンとおいてまだ放置している状態である。
「コルト様、楽しい旅行でしたね」
「ま、たまにはいいな」
「はい、次は普通に人間の町とかも散策してみたいです」
「うむ、気が向いたらな」
「楽しそうに見えましたけど、嫌でしたか?」
「なんていうかな、ゲームでもアニメでも、マンガでも、手に取るまで、やり始めるまで時間かかったりしない?」
「わかります」
「そのうえ、アニメだと五十話くらいあるのが分かってたら、いや、ちょっときついな、どうしようって思うだろ」
「なるほど、楽しめるけど、全体を見て大変さで、腰が重くなるんですね」
「そう。ゲーム作りとかだと、小刻みにできるわけよ。きりの良いところって。旅行は、そうはいかないだろ」
「そうですね。準備もありますし、宿をとってほっぽり出すわけにもいきません。わかりました。そうだ、二三日でいいので、今度は魔族領の町とか見に行ってみませんか。次はコルト様が変身してみてくださいよ」
「わかった、考えておく」
たしかに、旅行は嫌いではない。なんだろうな。仕事であまりに行けなさ過ぎて、これまでは、旅行なんて楽しくないよ、そんなふうに思い込んで、自分を守っていたのかもしれない。
それはそれとして、メルポポは大きく発展していきそうではあるが、問題をはらんでいる気がする。まぁ、何かあったら、執事が連絡してくるだろう。
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キルクス王国は、密かに、イリノ町で拠点が完成した。町長ウェプトンや、他の行政の身元確認をすり抜け、表向きは商店として、三階階建て、地下室ありの構造の建物が完成してしまったのである。
そこには、人知れず、キルクスから送り込まれた、メルポポの妖精に対抗するための部隊である。本来であれば、イリノ町も狙いたいところであるが、騒ぎを起こすには、リーディア商業連合国が勢力を伸ばし、ルジャーナ聖教もにらみを利かせはじめたので難しい。よって、ここを足場にメルポポを狙うという方向にまとまりつつあった。
一階の通り側では、普通に野菜、果物、料理器具が売られている。もちろん、搬入する物資は他にもあるものの、ここではさらにメルポポへ取引しに行くというのはどこもやっていることであった。そのため、違和感なく、他の物資を運び込むことができたのである。
三階では、指揮官層セルゲイド・ロウダーと副官トリスタン・ヴァルマーが計画の最終確認を行っていた。
「準備はできつつあります。すでに荒事は動いており、例の物はこちらへ運搬が終わりました」
「こととしだいによってはリーディアと戦争になるかもな」
「我々は北ルートで迂回し国へ戻る算段です」
そこに、口元をマントで隠した女性、諜報員のフィオナが入って来たのをセルゲイドが声をかける。
「そっちはどうだ?」
「野盗どもには餌と噂を巻いた。妖精の里は自警団が整備されていなくて今がねらい目だとな。我らも、数人潜入し動いている」
「うむ、このままではリーディアは勢いづく。その前に、その根幹を我々は叩かねばならない」
「私にはただの私怨に見えるけどね」
「そのようなこと、言うものではありません」
「あんたはどうなんだ、バリスタール」
これまで目を閉じ無言を貫いていた戦闘部隊長バリスタール・グレイヴは応える。
「我々は軍人、命令があれば従うのみ」
「そうかい」
そう言うと、フィオナは出ていった。
「例の物、設置と起動まで予定通りでよいのだな」
「はい、二週間でございます」
「早めに終わらそう。閃光団二つ、それが起動の合図だ。内陸の田舎者が調子に乗るからこういうことになる」
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采蓮は、ここ最近の休みの昼は、交流区を出歩いていることが多い。何かと、もめ事が多くなってきたのである。
商店街の裏で、恐喝をしている二人組と、怯えている人を見かけたので歩いていき、静かに声をかける。
「何してるの?」
「あん?ガキは痛い目見たくなければ黙って失せろ」
采蓮はメルポポを乱されるのが不愉快だった。相手の力量はたかが知れていることは見ればわかった。近くの小石をひょいと浮遊の力で手に取るとそれを素早い小さな動きで投げつけた。
恐喝していた一人の男の顔面に当たり吹っ飛んで倒れるや、続けざまに放ったもう一つが逃げようとした男の後頭部に当たって倒れる。
脅されていた青年がこちらを向いた。
「あの」
「大丈夫?」
「ありがとうございます」
「うん」
こうした一つ一つは、どうとでもなった。しかし、自警団も牢屋の空きは少なく、この程度ではすぐに開放されてしまって意味がない。正直、腹立たしい。
私にとって、メルポポは大切な場所なのだ。道場も、雇ってくれている飲食店も。そしてそれらがある、この交流区も。だからこそ許せないが、どうしても不安がよぎる。武力だけではどうしようもない。これから酷くなっていきそうで、さらに怖いと思うのだった。
何でこんなことになるのだろう。私が手に入れたものは、ことごとく離れていって、無くなってしまう。
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交流区は、采蓮の自主的な見回りも効果は薄かった。ただ、交流区の人達にとってはアオツキという存在は希望にもなっていた。妖精戦で勝利し、道場でも活躍し、飲食店でも人気の彼女の見回りは交流区に住む人にとって安心材料となってはいたのである。されど、人の出入りが多く、誰しもがアオツキを知っているわけではない。彼女が道を歩いたところで抑止力にはならないのである。
道場の訓練の終わり、門下生の残る中で采蓮は師匠ブライに聞いた。
「交流区の治安、どうにかならないの?」
「難しいな、自警団が未熟で、この街で騒ぎを起こすのはやめとこうという空気が作れてない」
「師匠でも難しいの?」
「剣士一人でどうこうできるものではないな。どうにかしてやりたいが、俺が野盗ひとり血祭りにあげたところで、何も変わらん」
「そう」
采蓮は残念だとうつむく。
他の門下生も、無力感でいっぱいだった。道場が軌道に乗り、これからだというのに、交流区の未来が明るくない。
ブライは懸念していることがあった。どうにも、ただたまたま治安が悪くなったように感じられないのである。作為的なものを感じるのだ。だが、だからと言って、どうにかできるわけではないが、きな臭いと感じていた。妖精との話では、交流区の人間側のことはなるべく人間側で解決して欲しいとのことだった。それは、ま、もっともな話だ。妖精に守られなきゃ成り立たないんじゃ、情けないにもほどがある。
そんな話の後、采蓮は自室で妖精にもお願いしたのである。
「交流区があんまりよくない状態なの、なんとかできない?」
「人間さん達のことは人間さん達がなるべくちゃんとしてもらう、それが我々の方針です」
「そこを何とかならないの?」
「なりません。というより、やってはいけません。我々は守り神でもないのです。それに、我々が守らなければ生きられないというのは、人間さん達が妖精の家畜になってしまうようなものなのです」
「そう」
人間が家畜になってしまっては、というのは、采蓮にも理解できた。とはいえ、妖精さんならきっと何とかできるはずなのに、それがもどかしかった。
その夜、店に深夜に強盗が押し入り、大きな被害がでる事件が勃発した。もちろん、自警団はそれを受理したが、捜索、対応をする余裕は当然ながらない状態だった。
メルポポの交流区では不安が広がっていった。
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メルポポ道場は緊急時として体制を変えた。昼、いま采蓮とカーリンはともに交流区を巡回している。カーリンは初めての見回りで緊張していた。
道場は、いったん月曜日から土曜日までの六日間とし、門下生は日程を決めてそのうちの四日を参加、範士アオツキが月、火、水を担当し、師匠ブライが木、金、土を担当。そのうえで、昼も交流区の警備にアオツキやブライや門下生も加わることとなった。事務方のポトフは六日働くこととなり負担を強いることになったが、快諾してくれていた。
といっても、結局のところ原因の根本を解決できてはいない。
巡回により采蓮は、各所で起こる問題を解決していくが、収まる気配がなく、道場の人達が協力してくれたというのに焦る一方であった。
しだいに交流区で不穏な声が上がるようになった。
こんな非常事態にも関わらず、妖精達は何をしているのかと。もちろん、それはお門違いではあるものの、対岸の火事として眺めているような妖精達に誰しもが不信感を募らせてしまったのである。
建築現場では妨害活動なども頻発しており、被害は増え、街の空気は悪くなっていく一方だった。街道でも野盗が出ており、食料や物資が滞り始めている。
「ねぇ、どうして妖精達が何もしないか知ってる?」
「なんだよ、やっぱり何かあるのか」
「そうよ、彼らはね、人間達のことなんてどうでもいいの。私見ちゃったもの、ひったくり騒ぎでみんな必死な時に妖精は荷物を何事もないように運んでいるところを」
「そいつはひでぇ」
諜報員のフィオナは、そううそぶいて去っていく。
彼女はくだらないと思った。なにもかも、そう、こんなことで崩れ去る妖精の里も、そしてキルクス王国の策略も、みんなくだらない。
密かに、山頂に向かって、ある一団が物資を運んでいた。
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夜自室にもどった采蓮は疲れ果て無力感でいっぱいだった。聞きたくないこともたくさん聞いた。妖精達と交流区のみんなに溝ができつつあるのも怖かった。
事件が起こらないよう、夜の見回り中は魔術で交流区の各所を光で電灯が並ぶように照らしても見たが、それだけでは対応できなかった。まったく、上手くいかない。
どうにかしたかった。メルポポが、このまま悪くなってしまうのは耐えられそうにない。神様はこんな時の力は何も与えてくれてはいなかった。
警備をしているだけでは、もはやダメなのだと思う。だからと言って、明確な敵がいるわけでもなかった。
昔、ギロチンや市中引き回しの刑などがあったのを思い出す。見せしめ、が必要なのかもしれない。
しかし、あくる日、采蓮とブライの元に、他言無用と一つの情報が入った。キルクス王国が裏で暗躍しているというのである。それは、自警団が捕まえた人たちの一部から聞き、まだ裏付けはとれていないものだという。
つまり、見せしめ、でどうにかなるものではないことが明らかになってしまったのである。組織的な反抗で、敵はわかれども、采蓮にはじゃぁどうすればよいか、まったくわからなかった。
「キルクスか、もともとあそこはリーディアとも仲が悪い。国内じゃ妖精排斥運動もやってるって話だ」
「でも、ここはリーディアの国内でしょ?」
「かなり強硬に出てるな。町の混乱だけじゃ、すまないかもしれん」




