57 頼まれても、神様なんてごめんだよ
リーディア商業連合国、キルクス王国、周辺国では、まさかまさかと一つの噂がささやかれていた。
キルクスのパルク領の領主の息子ルドと、リーディアのドルストン領のマリーア嬢について。もちろん、それは、メルポポ書店のマンガからのただの連想であって、根拠はまったくない。ないのだが、とても符号するというか、一致すると面白いな、なんて思いも重なって、二人の禁断の恋、についてささやかに噂がながれている。
それは、貴族の中だけではなく、民衆もだ。むしろ、貴族の方がことさらに言うわけにはいかないので、民衆の方が盛り上がっている。
そしてそれを聞いた、キルクスの貴族達は面白くない。メルポポ書店のマンガが国内に入ってきていることだけでも気に入らないというのに、さらに醜聞がその他の国々で出回っているとなればなおさらだ。
そうしたことを受け、なんとルドは軟禁されてしまうのだった。
さて、そんなキルクス王国も一枚岩というわけではない。
魔獣に対する被害が抑えきれず民衆からの反発が強いのである。国を出る民衆もいる。そうしたことで王室や貴族たちも、妖精への支援を要請したほうがいいのではないかという派閥ができ対立が深まっていた。
そんな妖精養護派は、ルドこそが、この現状を打破する橋渡しになるのではないかと、パルク領の領主を口説きに落とし始めたのである。ルド本人のあずかり知らぬところで、情勢は目まぐるしく変化している。
かたやドルストン領家も、こんな話は面白くないし迷惑だった。そしてマリーア嬢を軟禁せんとしたところ、何と逃げられ行方不明になってしまったのである。
ドルストン領は逃げ出してしまったマリーア嬢を見つけんと血眼になって探しはじめた。
#
春になり、人の行き来が増えたことで、リーディア商業連合国とその周辺には妖精信仰が伝播していった。
これを面白く思わないのはルジャーナ聖教であるが、圧されているというのが現状である。そもそも、ルジャーナ聖教は魔王軍の前線に騎士団を派遣しており、活躍はそちらの方が大きい、とはいえ敵の侵攻は食い止められていない。そのうえ、魔獣に対しては対処せず各国に任せっきりであるため、大衆からしてみれば、身近な問題に何もしないルジャーナ聖教より妖精達の方がよっぽど頼りになるのである。
もちろん、メルポポの妖精は、魔王軍に対して兵を出さないと公言しているし、大衆も分かっているが、魔獣討伐の活躍もあり、できればその力を貸してほしいという願いもあった。
だからと言って、ルジャーナ聖教は、メルポポの妖精達を悪と断ずることはできなかった。神託により、世界の均衡を保つ大事な存在である、などと出てしまったからだ。上層部はそれを公表できず、されど、魔王軍との戦いはこれから激化することを考え、勢力は伸ばさなければならないという難しい局面に立たされていた。
ひとまずメルポポに近い、イリノ町へルジャーナ聖教の教会を早急に建造する、というのが関の山になっていた。
イリノ町はさらに混乱しており、春になり、あちこちで移住者がやってきて、建築が本格的に始まってしまったのである。
もう無理だと、イリノ町の町長ウェプトンは手を上げ、近くでメルポポとの連絡拠点を冬に作り終えた、リーディア商業連合国の役人達に協力を打診したのである。限界だったのだ。
そうすると、今度は国の意向が強く発揮されるようにはなってしまったが、インフラの整備、書類の対応、組織の再編などが何とかなされていく。しばらくは、名目上ウェプトンは町長であるが、そのうち国から指定の人がやってきて、首が挿げ替えられるだろうと彼は予想していた。
国の主導で、新しく農地の開墾も計画され、場所の選定が終わり、人員が募集されつつある。
全体的に良くなったように見えるが、それはインフラなどが整備され、食糧問題が解決しそうなただけで、まだまだ問題は残っていた。
各国からやってくる大使館的存在とのにらみあい、妖精信仰の教会とルジャーナ聖教の対立があり、元々の住民とその他との対立は根深く残っている。
そうしたなか、列車はイリノ町から北ノスティア領の大都市ベルチカットまで延長されることが決まり、また、メルポポから列車を販売するという形で、東エストンディア領でも駅の建設工事が始まっている。
それゆえに、さらにイリノ町は鉄道により便利になることが予想され、さらなる注目を浴びていくことになったのである。
#
道場休みの朝、レイナは剣の手入れをしていた。最近は道場でも本物の武器を使用した訓練がはじまっている。ずっと木剣だけでは、いざ本番というときに適応できないからである。
では、最初から本物の剣でいいではないか、というとそうでもない。
まず、木剣はケガのリスクが少なく、入手や手入れのしやすさ、軽量で扱いやすく長時間の練習に向いている。いきなり本物の剣では、ケガをしやすく、手入れの難しさ、体力がないうちは重く長時間の訓練が難しいのである。だから、あるていど基礎が固まってからでないと、むしろ練習が十分にできない。また、激しい稽古をしようと思うと、こちらの方が向いている。
本物の剣では、実践に近い重量とバランス感覚を鍛えることができる。また、剣の場合は切る、という行為がどうなしえるか、などその鋭さの理解につながる。そして、心の準備もある。人に刃を向ける、向けられる、そうしたことを、例え本当に敵対している相手ではなくとも本物を使うことで、実際の戦いに一歩近づくのだ。
体力がないカーリンも、少し、本物の武器を扱う時間をとるようにしてきていた。彼の成長は目を見張るものがあるが、それでも体づくりはすぐにとはいかない。
レイナはそうした面も踏まえ、道場の内容自体には不満はない。
木剣はもとより、槍や斧、その他の練習もできるよう準備がなされ、そうしたことで剣以外の相手との戦いも学べるところがいい。
ただ、癪に障るのは範士のアカツキ様である。どの武器であれ誰よりもはるか高みに上り詰めていた。師匠ブライでさえ苦手な武器があるというのに。
まったくもって、憎々しい存在である。
それに、そうした力は、与えられたもの、本当の私はたいしたことがない、などと言っていたこともややよく分からない。
強い剣をもった弱者、それはなんとなくわかる。
でも、自分の能力、技、として身につけられたなら、もうそれは自分のモノでいいのではないだろうか。誇っていいのではないだろうか。
いや、むしろ、私なら、それをおごらずにいられるだろうか。
一度、木剣で、彼女に二刀流に浮遊する五本の剣を使ってもらって挑んだことがあるがまったくもって歯が立たなかった。もともと歯が立たないが、どの動きも尋常ではなかった。
右手の剣からかと思えば浮いた剣だったり、格闘だったり、そうおもえば、剣を足場にした変則的な動きがありつつ、浮遊する剣はまったく別の生物のように回り込んでいたりする。一度、彼女が料理をしているところを見たことがあるので、さもありなんとは思うが、完全に使いこなされたそれらはまさに神業と言える。
これまで自分が積み上げてきたものが、まるでたいしたことがない、そう言われているかのようである。
ただ、二刀流や五本の剣については、断られるかと思ったが、そんなことはなかったのはいささか不思議である。今ですら太刀打ちできないのだから無意味だ、そう言われても仕方がないと思っていたが、どういうつもりだったのだろう。
不思議なことはまだある、彼女に、ありがとう、そう感謝されたことだ。
どういうことか分かるかと、ザイフに聞いてみたら、私の心や私が彼女に向ける敵意がどうであれ、彼女にとっては私が道場や町を大切にしている、ということだかららしい。やや分からなくもない。剣に生きている私としては、剣を大事にするものは尊敬に値する。それは、敵か味方かに関わらない。ただ、私の敵意を軽く見られているようでも気に入らなかった。
いや、敵であれ憎い存在であれ、自分の友を救ってくれたなら、礼くらいは言うか。
にしても本当に強い、強すぎる。たとえ与えれたにしろ、恨めしく思ってしまう強さだ。
与えられたということはそれだけの幸運がきっとあったということだ。そしてその幸運をつかみ取った、そういうことなら、結局は自分の力ではないかとも思う。
そういう意味ではやっぱり、自分は大したことがない、などと言うあの言葉は気にいらないな。
#
蒼月采蓮は本格的にちゃんと自分の武器、剣を買おうともい武器屋へ出かけたのだが、結局決められずに交流区をぶらぶらしていた。どうしたもんかなと。
もともと、剣は妖精さんからもらったとりあえずの物であった。道場ふくめ、交流区で見る武器を携えたみんなは、やっぱり、何かしら自分の武器を持っているぜという堂々とした感じがして羨ましく思ったのだ。
しかし、いざ、選ぼうと思うと悩むばかりだった。良い悪いは分かる。問題は自分自身の扱い方とか、その辺との兼ね合いで、どうしたものか決め切れていないのである。
どれも違うバラバラでは扱いにくいような気がするし、せっかく複数だったら、いろんな武器にした方がいいような、そう、最適解、解が見えていないのである。
どうしたものかと、考えながら歩いていると、いつぞや道場に来て手合わせした男の人、コルトさんを見かけたのである。
「こんにちわ」
「あぁ、こんにちわ」
「コルトさんはなにか使命とか授かってるんですか?」
コルトこと星庭神成は、使命、と聞いて、何のことかと思ったが、あぁ、秘密、と言っていたので、異世界転移された理由とかその辺の主語が抜けていることに思い至った。
「あんまり人に聞かれたくないんだ、話してもいいけど秘密にしてほしい。人の少ない場所はわかる?」
「はい」
神成は何とも言えない気持ちがした。あれ、少女を人気のないところに連れていくってどうなんだと。言ってから、犯罪チックに思う。
采蓮は、住み慣れているのだろう、迷いなく進んでいく。そこは以前、彼女がブライと最初に手合わせしたところ。今となっては、人気のないところであった。
神成は来てしまったし、しかたないと話はじめる。
「使命か、召喚された時、白い部屋かな、そこでは何も言われなかった」
「あっ、私も白い部屋でした」
「ただ、俺の場合は次の瞬間、神殿にいて王様やいろんな人に囲まれてたんだよ」
「なんだか、ザ・異世界転移という感じですね」
「そう、そこで、勇者になって世界を救ってくれなんて言われたんだが、断った」
「断ったの?」
「ま、それが正解であったと今では思うよ。そもそも俺は頼られることが嫌いだしね。力があろうとなかろうと、自分たちのことはちゃんとその人たちでやるべき、という考え方かな」
「私は頼りたいけど」
「まぁ、俺の考え方だ。都合よく扱われたくない、というのもある。勇者、まるで便利な道具みたいじゃないか」
「なるほど、正解だったというのは」
「ここは本当に誰にも言ってはいけない世界の秘密だけれど、そもそも、魔王側、魔族だね、それは瘴気を克服したちょっと違う人間にすぎないんだよ。つまり、結局は、二つの人間が争っていて、片側についてくださいってこと。第三者としては、そんなのは知らん、と言ってよかったと思ってる」
「魔族は、悪くないんですか?」
「さかのぼればどっちもどっち、最初に裏切ったのはどっちだみたいな、エルサレムって知ってる?」
「わかりません」
「そうだな、学校の先生が一つしかない金のリンゴを持っていたとしよう。太郎君には、テストで百点を取ったらそれをあげるよといった。次郎君にも、テストで百点をとったら。同じように三郎君にも。さてさて、皆が百点をとっちゃったらどうなる?」
「うーん、困っちゃいますね」
「そう、そしてケンカになる。そして太郎君が俺を呼び出して、次郎君と三郎君を亡き者にしろといってきたら、手をかすかい?」
「あー勝手にしてくださいってなります」
「そうそう、そういうこと。ま、魔族とかその辺の真実は、人間側のほとんどは知らないと思うから、だれに言っても話は通じないと思う」
「コルトさんはどうやって知ったのです?」
「俺の能力に関わるから言えない、今の話を言うのだって、わりとリスキーなんだ」
「私は、勇者になってくださいとかなく、ここの近くで倒れてたらしいんです。私って、なんで召喚されたんでしょう?」
さて、こと、ここに至り、ようやく、神成は目の前の少女が、魔獣化勇者、その後の姿なのだと理解した。だからこそ、話をそらした。
「使命ってそんなに気になる?」
「もちろんです。生まれてきた意味みたいなものじゃないですか」
たしかに、そうではあるが、そうだとすると、何とも伝えづらくもある。仏教の如実知見のあるがままを受け入れるような視点。哲学的な話だと、マルティン・ハイデッガーの「人間は現状に放り込まれた存在である」というもの。そう、今を受け入れるか、不条理を認め自分で使命を定めるか、そういう話は、まだ難しいんじゃないだろうか。
何らかの理由で、為すべきことがあり、ここにいるのだとしたら。その原因を突き詰めてさかのぼっていけば、世界が誕生したのは今俺がここで何かを成すため、というへんてこなことになる。そんなはずはない。俺が召喚されたこと、そのためには俺が生まれなければいけないし、そうしてさかのぼれば人類が誕生し、そして地球ができ宇宙ができたのも、まさに、俺が今、勇者になって戦うためだ、みたいなことになる。
この時のために生きてきたんだな、と思う瞬間はあれど、俯瞰的に見るとそうじゃなかったりすると思う。だから、どういったものか、困るな。
「意味は自分で勝手に作っていいんじゃないかな。そうじゃないと、不自由だろ」
「そうですかね」
「そうさ。自分でちゃんと決めるのがいいよ」
「なるほど。そうだ、私はアオツキとよく呼ばれていますが、蒼月采蓮というんです。こういうふうに書きます。コルトさんの本名は何なんですか?」
と、彼女は、地面に漢字で名前を書きはじめた。
「あぁ、星庭神成だ」
俺もそれにならって書く。
「まるで星がたくさんあって、それを見渡す神様に成るみたいなお名前ですね」
「頼まれても、神様なんてごめんだよ」




