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55 お見上げと手合わせ

交流区で道場は昼過ぎまでと聞いた星庭神成(ほしにわ のあ)は、ミリシアと共に、それよりも少し早いくらいにメルポポ道場に訪れて、事務方のポトフという獣人に案内され、お土産を持って待っていた。


待合室からも、威勢のいい声と木剣のぶつかる音が聞こえてくる。


しばらくして挨拶の声が聞こえると、ポトフが中に入って行く。そして、師匠ブライがやってきた。


「よぉ、コルトじゃないか。懐かしいな」


「ブライさんお久しぶりです。これはお見上げです」


「おぉ、ありがたい。ルージェ村のいいやつじゃないか、はは。そちらは?」


「ミリシアです、まだ彼女にしてもらってないんです」


「おい、変なことを言うんじゃない」


「ははは、楽しそうで何よりだ。にしても見違えたな、またずいぶんと腕を上げたんじゃないか」


「わかります?」


「わかる。せっかくだ、誰かと手合わせでもしていくか?」


すると、ミリシアが是非にと前のめりになって、


「やりましょう、コルト様やりましょう!私見たいです」


うーん、まぁ、いいけど、うん?ちょっとまてよ、大丈夫かな……


「せっかくお連れさんも見たがってんだ、余裕あるならいいじゃないか」


そうして、二人に押し切られる形で中に入った。


中に入ると、一仕事やったぜ、といった塩梅に、座り込んでいる人や汗を拭いている人たちがいる。それは様々だ。ブライも汗をかいているし。ただ、一人だけ平然としている黒髪の、そうあの子だ、メルポポ道場開催式の妖精戦でみたあの子が、全く疲れた様子もなく立っている。


「おい、来客だ。腕の立つ兄ちゃんだ、酒の見上げ持って来てくれたんだが、どうだ、誰か相手してみないか?」


そうは言っても、訓練後、ということもあり厳しそうで、まだ体力が残っていそうな人も、あれその人も見たことがある気がするが、悩んでいた。


「じゃっ、アオツキ、まだいけるだろ」


「うん、でも二本使っていい?」


「ん?あぁ、かまわない」


そういうと彼女は道場の予備でおかれていた木剣をその場に立ったままひょいと浮かせて持って来てしまった。元々持ってた木剣と合わせて二本。そういえば、彼女は二刀流で妖精と相対していたんだったか。


「おぉ、すごいですね」


ミリシアは感心している。


たしか、妖精と戦った時は、剣を何本も浮かせてたから、もしかしてミリシア忘れてる?


「それじゃ、しるしのところに立ってくれ、俺が合図する」


うながされ、俺はしるしのところへ向かった。黒髪の彼女も同様だ。


「はじめっ!」


アオツキの目が鋭く光り、重心が下がった瞬間、あ、これやばいと分かった。常人を逸した攻撃がいくつも連想され、妖精戦でもすごかったことをいまさらになって思い出す。次の瞬間、彼女の二本の木剣が一気に振り下ろされるも、コルトは瞬時に反応、木剣を水平に構え、二刀の攻撃を一度に受け止めた。激しい衝撃がコルトの体を襲い、足元の砂が舞い上がる。


と、言って時間は待ってくれない。「うぉ……!」振動が腕を駆け上がり、木剣が軽くしなる。アオツキはすぐに二刀を振り抜き、次の連撃を繰り出してきた。コルトは体をひねり、右手で斬撃を受け流しつつ、左手の木剣を防御に回す。さらに、間髪入れずに次々に放たれる二刀流の斬撃はコルトに迫ってくる。


待って待って待って、って、全然待ってくれないよね。どうしよう。と、彼女を飛び越える形で宙を舞うも、そこに怒涛に追従してきてくるのを体をひねって、空中時で迎え撃つ。左と右とに対応してカカンと鳴り響かせつつ空中でひねって避けてとしていると地面に着地。距離をとる余裕すらなく、ずんずん攻め続けられるんですけど。


アオツキの剣が空気を切る音が耳に響く。彼女は連続した攻撃でコルトを圧倒しているが、その攻撃を一本の剣で防ぎ切るコルトもまた異常だった。木剣が火花を散らし、剣と剣が激しくぶつかり合うたびに、周囲の空気が震えるようだった。


ここでもし、攻撃に転じて万が一、そう、勝ってしまったら、実は非常にまずいんじゃないかと今更思い至る。だってそうじゃん、妖精戦でただ一人勝った女の子に勝った俺、さぁ一体何者なんだ、ってなるでしょ、おぉおぉ、どうするんだ。やってしまった、こんな状況予想してなかった、とか考えている間も全然、手は緩めてくれない。


もう、しかたない、攻撃に転じようか、と重心をほんの少し前に、腕を下げた瞬間、彼女はざっと低く後ろに飛びのいた。


「そこまで!」


ブライの声で手合わせは終了する。


周囲からはまばらに拍手がなされたり、すげぇ、と感嘆の声が漏れていたりする。


これって、普通に受けきれるだけでもまずいやつだったかもっ……やってしまった……ここで、いや俺そんなにすごいやつじゃないですムーブとかもう無理じゃん。


とか考えていると、黒髪の少女が駆け寄ってきた。


「ねぇ、違う世界から転移されて来た人?」


と、小さい声で聞いてきた。それはまぁ、そうだが、あぁ、この子も、そうなのか。ふむ、そういうことか。


俺は口元に指をまっすぐ一本建てて答える。


「秘密ね」


「うん」


「よぅ、どんな修行してきたんだコルト。思ってた以上に以前と全然違うじゃないか」


「はははは、いろいろ、そう、いろいろありまして」


言えない、言えないよねぇ、ズルして能力で能力値を底上げしきって、戦闘系の技術も万全に上げ切ったなんて、言えないよねぇ。あははははは。


「はははははははは」


「はははははははは」


黒髪の彼女は、不思議そうにこちらを見ているのだった。


#


道場の門下生達は、範士アオツキとやってきたコルトの手合わせを見て驚愕していた。


師匠ブライとアオツキの手合わせの時もすごかったが、今回はまた一味違う。あのときはアオツキは木剣一本であったが、今回は二本、二刀流の本領発揮であった。そしてアオツキは怒涛の攻撃を繰り出し続けていくのをコルトは対応しているようだった。ほとんどの門下生はどういう状況か理解できていない。一部、レイアやバルド、ザイフなど目のいい者達は、一方的にアカツキが攻めているのに対し、コルトは危なげなく防いでいるのがわずかにわかった。


一本で戦うアカツキに門下生は全く手が出ないし、攻撃をしのぐのも困難だというのに、コルトはやってしまえていたのだ。驚くしかなかった。そして師匠ブライの知り合いだというのだから、やはりただものではなかったのかと感じる。


圧倒言う間に、そう、ほんの一分もないくらいで試合は終わった。


反対に言えば、一本でも、二刀流と相対しえる、ということを見せつけられたのである。


手合わせも終わり、コルトは帰っていった。


さて、蒼月采蓮(あおつき あやね)は平常運転だった。


「師匠、どうだった?」


「あぁ、よくやった、と言いたいが……すまん、もはや俺のわかる領域ではない」


「ちゃんと見ててよ」


「すまんすまん。なに、アオツキからみて、コルトはどうだった?」


「たぶんもっと強いよ、全然実力だしてないと思う」


「そりゃ恐ろしいな」


「師匠の知り合いなんでしょ、どういう人なの?」


「前に長居したルージェ村でな、二回あっただけだ。手合わせはしたんだが、そのころは魔獣一匹倒せるかどうか、対人戦は苦手、そんな感じだったな」


こんどは私と同じように、転移してきた人が見つかった。それも、とんでもない強さだった。


ただ、師匠の話を聞いていると、最初はそうでもなかったらしい。私とは違う感じなんだろうか。ただ、途方もなく強かった。いや、底が知れない。


見た瞬間にわかった。木剣一本じゃ無理だと、二本でも頑張ってみたけど、うん、攻撃を向こうからしてきてたらどうなったかわからない。あの時、彼が攻撃に転じた時、慌てて引いたのだから。どう考えても、それを受けたら負けるイメージしか頭にわいてこなかったのだ。そもそも、攻撃が通るイメージも全くできなかった。できたのは、ただ最も有効であろう最良の選択肢を選ぶだけだったのである。


負けたら、師匠にがっかりされるとか、そんなことを思う余裕さえなかった。試合が終わって師匠の顔を見たら、気にしてなさそうなので良かった。


さてと、今日はこのあとレックさんのお店に行かないと。春になって初だから、人が増えそうでたいへんだなぁ。


そういえば、さっきの人、コルトって名乗ってたけど、この世界での名前だよね、そっか、そう言うの考えたこともなかったな。


そうして采蓮はいったん内部区の自室に着替えに向かったのである。


#


「さすがコルト様でしたね」


「う、うん」


「なんでしょげてるんです?」


「俺は、静かに暮らしたいんだ、これが元になって噂になったらどうする」


「大丈夫です。そもそも私たちの住んでる場所に来れる人はほぼいませんし、いつでもどこでも場所は変えられるじゃないですか」


「うん、その気軽さはときにいいと思うよ」


交流区に戻ってみると、まだ飲食店の一つは開店していないというのに列ができていた。


「どういうことだ?」


「あそこ、居酒屋でしたよね」


と、ミリシアも不思議そうである。


そこに通りすがりの人が声をかけてきた。


「気になってるなら早く並んだ方がいいぜ、アオツキちゃんの料理は絶品でおまけに作ってるところもすごいからよ」


うん?アオツキ、あぁ、さっきの黒髪の子か。


「せっかくです、コルト様行ってみましょうよ」


「はいはい」


ということで、並んでみることとした。


それにしてもあの子も転移者なのか。数奇なもんだな。でも何の能力なんだろう。剣術とあと料理、おまけに剣を浮かせて飛ばしたり、はて?


そう考えていると、後ろに列はどんどん伸びていった。ひぇ、そんな人気なの?


しばらく待つとお店が開店し、人が入っていく。回転は速いようで、食べ終わった人はほどなく出てくる。その勢いと、漂ってくる香りに期待感が高まる。


「なんだかワクワクしますね」


ミリシアは楽しそうだ。


そうして、お店にやっと入るとすごい光景が見えた。厨房が見えるのだが、他も含めとんでもないことになっている。厨房ではアオツキが高速で料理をしつつさらに、彼女だろう浮遊の能力で包丁や鍋やら料理やらぜんぶ振ったり移動させたりしており、さらに料理の提供までやっていた。


「うわぁ、すごい光景」


「ほんとです、並んだかいがありましたね」


席に案内されメニューを見てさらにびっくり。メニューの種類がめちゃくちゃ多い。しかも、いずれもイラストがついていて分かり易い。


ここは、おすすめ、とでかでか書かれていた定食とお酒を頼むこととした。


「コルト様、浮いてます、浮いてますよ」


「いや、そうだけど、他もふくめて凄いわぁ」


周囲の人たちはまだかまだかと思いつつ、なんだかんだ、アオツキの料理をしている様子を見るのも楽しんでいるようだ。そりゃそうだ。


そうしていると、すっと料理が、空を飛んで料理がすっと届けられる。ホントびっくり。


「流石にこんなのは見たことないですね」


「これは、ファンタジーでもなかなかない」


そうして二人は料理を堪能して、宿へと戻った。


#


夜のにぎやかな交流区をざっとめぐり、神成とミリシアは宿へともどった。


ミリシアがベットに座り、荷物を探しながら言う。


「なかなか、面白い場所ですね」


「今日はアオツキが印象的だったから、あれは単純にメルポポの発展だけとはいえないけど。それでも、その他もなかなかいい感じに発展してきたな。最初は、妖精だけの里だったし」


「凄いですね、思い描いて発展させていくのと違って、どういうんでしょう、発展するように」


「そうだな、いくつかあるけど、ライフゲームとか、人工生命ゲーム、街づくりゲームの自動化などがある。ライフゲームってのは、基本は単純なんだ、広い平面にマス目があって、そのマスに生物のようなセルがあってさ、そいつらはできることが単純、生存、死滅、誕生。そんな単純なできることなのに、最初の配置しだいで、すごく不思議で高度な動きをしたりするんだよ」


「シンプルなルールでも、複雑な戦略が生まれるみたいなものですか?」


「そう。人工生命ゲームは、仮想世界に、人口の生命を、一定のルールに従って動かしつつ、ときに凶暴、素早い、体力がない、と誕生する個体が変わるようにして、種族の繁栄や死滅を見守ったりするのもある。人口の生命が誕生するときは、遺伝的アルゴリズムとか、父と母の要素を引き継ぐような仕組みを使ったり、突然変異を入れたりして」


「まるで神様が人間や魔族を作りました、みたいな感じですね」


「目指すのはそれに近いよ。AIの発展で、街づくりゲームの自動化では、人工の生命が本当に活きているように会話をしながら町を広げて行ったりするしね」


「コルト様はこういう町にしたい、とか無かったんですか?」


「時と場合によるよ、ゲーム作るときは思い描くのを作ろうとするし、プログラミングも好きだから、そういう人工生命ゲームも楽しいし」


ふと、ミリシアを見ると、寝間着をベットに置いていて、さも当然のように着替えはじめた。


「おい」


首をかしげるミリシア。


「どうしたんですか?」


「俺がいるんだぞ」


「あー、だって、コルト様には私の全てを見られちゃっていますからっ」


「ぐっ……恥ずかしいとかないのか」


「恥ずかしそうに、着替えましょうか?」


「それはそれで、余計に来るものがあるからやめて」


と、神成は後ろを向いた。服を脱ぐ布のこすれる音がなまめかしくて、ドキドキする。


ふと、その音がやんだと思ったら。


ドーンと、後ろからミリシアが抱き着いてきた。


「うぉっひ!」


「コルト様ぁ~」


ふっと甘えた声が耳元でささやかれる。


「さぁ、脱ぎ脱ぎしましょうねー」


「ちょっとまって、ミリシア!」


メルポポの空に浮かぶ青い月は満月だった。

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