54 春の旅行のはじまり
ルージェ村では春になり、お昼、難民がまた移動をはじめたことで、少しずつ、村から人が少なくなっていっていた。
メルポポの妖精達が作った、簡易住居もずいぶんと空いてきて、そろそろ落ち着くであろうことを、それを眺めながら村長のジョウツォは安心していた。
村の訓練場では、マチと共に来たおじいちゃんが先生をし指導をしていた。村に掛け声が響き渡っている。
「ふむ、前の指導者のおかげか、皆筋がいいのぉ。楽でいいわい」
そう言いながらも、彼は様子を見つつ、適時、個別にしっかりと教えていた。
一方、村の入り口から、コルトこと星庭神成が入ってくる。手見上げのお酒を買いに来たのである。
酒屋におもむいて、一番良いものを選択した。
「これください」
「おっ、コルト様、おまけしますよ」
「いいですよ。お見上げにするんで、そう言うのって形式とかあります」
「酒はそう言うのはないですね。何本にしますか?」
「三本」
「わかりましたっ」
神成は、実は家にも常備している酒ではあった。のだが、なんだろう、せっかくの贈り物なのだから、自分で選んで買いに行くというのもいいのではないかと思ったのである。
久しぶりに来たルージェ村は以前ほどではないにしろまだ難民が多く、落ち着くまでしばらくかかりそうだった。
酒を受け取ると、ふらりと広場に立ち寄った。
「コルトさんこんにちわ」
そこには、少女マチが子供たちと遊んでいた。
「こんにちは」
「コルトさんもお酒飲むんです?」
「いや、お見上げだよ」
「ほうほう、彼女さんですね」
「ちがうよ、昔相談に乗ってくれた人がいてね、ちょっとしたお礼」
「なんだか珍しいですね。お礼とかしなさそう」
「ははは、まぁ、堅苦しいとか、儀礼的なのはしないかな」
「ふーん、今度遊びに行ってもいいです?」
「一人で来るんだったらいいよ。大勢はしんどい」
「わかりました」
そうして、神成は村を後にし、旅行の準備を進めるのだった。
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ガタンゴトンと揺れる列車に、朝日が差し込む中、人間に変身したミリシアはワンピース姿で楽しそうである。
変身は、星庭神成が妖精を使って付与した能力で、角や肌の色などの魔族としての特徴を消し去っていた。変身能力なので、他にもいろいろ応用できるだろう。
直接メルポポにはいかず、イリノ町の手前からの旅で、わざわざ列車に乗ったのは、せっかくメルポポに行くのだから、ミリシアが乗ってみたいといったからである。アニメで見ていた電車などにも憧れがあったそうだ。
イリノ町からメルポポまでの列車はゆっくりと進む。そういう点では神成の元の世界の電車とはかなり異なるが、それでも、それに近しいものとして面白いのだろう。ミリシアは窓を開けて風を感じて楽しんでいる。
「いいですね、コルト様」
「そうだな。とくに、ゆっくりとしたのどかなところはいい」
列車にはほどほどの人が乗っている。現在は、運賃が割と高めに設定されており、であるなら、歩こうという人も多いため、満員となっていないのは乗る方としては嬉しいところだった。
列車からは、街道を歩く人が見え、そして前方には大きく開拓が進んでいる様子も見える。
メルポポは、新たに第二交流区をつくり、住宅、商業、そして農業と大きく発展する計画で動いているようであった。現在はそのための下地を作っている段階だろうか。
「なかなか大規模ですね、さらに発展しそうです」
なお、今回の旅行では緊急時でない限り、妖精想造の異能力は使わないこととした。まぁ、いろいろ思わぬ詮索や、噂、メルポポと結び付けられたりしても面倒だからである。
ほどなくして、列車はゆっくり止まり、メルポポ駅に着いた。
二人とも駅員さんに切符を渡して駅を出る。
「なんとも懐かしいイメージだな」
「切符ではなく、スマホでピタッなんでしたっけ」
「そうそう。いろんなことを機械化している」
そんな会話をしつつ、メルポポの交流区へとたどり着いた。
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交流区にたどり着くと、大勢の人が列車や通常の里の入り口を出入りしている。
出入りしているのは、行商人、移住目的の人達、大使や研究者、武芸者、冒険者と様々だ、これからどんどんと人は増えていくのだろう。
街道も追加整備が進んでおり、馬車や自動車が利用できるようにと考えられていそうだ。今でも馬車は通れるが、馬車がすれ違い出来る幅に加えて歩道など、拡張が施されて行っている。
交流区も、ずいぶんと区画整理された主要の道が大きく作られており、開拓中の第二交流区はまず、主要の道を優先して整備されている。この道は、街道と同じく、ゆとりをもった馬車が一車線ずつあり、歩道がある、という構成になっていくようだ。
「ずいぶん広い道ですね」
「自動車まで想定しているんじゃないかな」
「なるほど、ということは、信号もつくのでしょうか」
「そうじゃないか、ところどころの電灯の他に、交差点や丁字路にポールが立ってるだろ」
「本当ですね」
「電気というか、エネルギーはどうするんだろうな」
「こういうのって、パソコンと同様の動力源がいるんですよね」
「そうそう。この世界独自の何かが発展しているのかもしれないけど」
「コルト様の世界とは、法則が違うんですか?」
「見かけ一緒に見えるけど、根底は違うみたい。人間の筋肉が何でできているかとか、鉱物の構成とかもろもろ全部違う」
「それだと、コルト様って、この世界とかみ合わなくないです?」
「転移のときに体は作り替えられたんじゃないか」
「なるほど」
そろって歩いていくと、知っているようでちゃんと知っていないメルポポ書店が見えた。
「せっかくだから行ってみましょうよ」
「そうだな」
中は、コンビニよりやや小さい内部で、懐かしの書店然とした雰囲気で棚に本が並べられている。背表紙が並んでいるだけでなく、人の目線の高さには、表紙が見えるように横にしておいていたり、棚だけではなく、机の上に平積みに並べられた本など、まさに本屋さんだ。
「アニメでよく見た光景です」
ミリシアは楽しそうに本をとっている。彼女はたぶん魔族領で現地視察をしていると思うが、まぁ、野暮なことは言うまい。
「懐かしい感じだ、俺としてはもっと大きな書店でのんびり散策とかしてみたいかな」
「そうですね。本に囲まれてみたいです」
書店を軽く見て外を出ると、えっさほっさと走っている一団がいた。先頭は、黒髪の少女だ。集団全体は体格がいい人が多い、メルポポ道場の朝の練習だろうか。
それを、眺めていると、最後尾にブライさんが走っているのが見えた。しばらくメルポポにいるつもりなので、後で道場に顔を出そうか。
ミリシアはそれを見て違う印象を抱いたらしい。
「なんだか、運動部、部活って感じですね」
「いや、学校の、ではないし、たぶんこの世界の道場でもやられてると思うよ」
「なるほど、私たちはそういうのがないので新鮮です」
魔族はどうも、実戦で魔獣を狩って強引に強くなる、という感じらしい。最悪、彼らは魔獣を制御できるし、道場など、組織だったものまでは、魔王レイズガットも手が回らなかったのだろう。何度も復活してとなると、そうそう都市づくりも、細やかにやる余裕もなかったのかもしれない。
そして宿まで向かった。
「すいません、お連れ様がいらっしゃるなら二人部屋に泊まっていただきたいです」
「コルト様、わたしはいいですよ」
ミリシアはなんか楽しそうだ。
うむ、いやその、抵抗があるんですけど。家でだって部屋は分けてるのに……一人の時間が取れないのが、なんだかいやだ。
「理由を聞きたい」
「はい、今は多くのお客さんが来られていまして、個室もギリギリ、できましたら二人部屋で泊まっていただきたく」
うーむ。気が進まないが、最悪、家に戻れば……それは風情がないか、ミリシアにいろいろ言われそうだ。むむむ。
「いいじゃないですか。これも旅の醍醐味です」
俺は諦めた。
「わかった、それでいい」
「ありがとうございます」
ひとまず、部屋に向かって荷物を下ろし、ベットに寝転んで軽く感触を確かめる。ベットは二つ、横に並んでいた。
ここの風習は、欧米に近いようで、俺たちは入り口近くでスリッパをはいてそれを使うことにした。
ミリシアは窓を開けて眺めていた。
「景色は悪くないですけど、もっと上の階のほうが面白かったかもしれません」
「それもまた旅の醍醐味だ」
「パソコンに触れられないのが手持無沙汰ではある」
「それも旅の醍醐味です」
そんな風にして一休みした。里の探索はゆっくり行えばいい。
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星庭神成とミリシアは、まだ日が登り切らない時間帯に交流区へと出かけた。そろそろ、お店も開きはじめるだろうと思ったのだ。
ちらほらと、露天、商店は開店しはじめており、まばらにお客さんの呼び込みなどの声が上がっている。
「よぅ、兄ちゃんアクセサリーなんかどうでぇ」
と、髪飾りや腕輪、イヤリング、ネックレスなどの装飾品を売っているドワーフに声をかけられた。手作りだろうか。
「いいですね、こういうの」
「何を興奮している」
「デート、デート」
と、嬉しそうにいたずらっぽくミリシアは連呼する。
「こう、具体的に明言するのはやめていただけないかな」
「ははは、うぶですねーコルト様」
ミリシアは神成をいじって楽しんでいるのである。
いろいろと見ていると、
「こっちの棚にあるのは魔術加工がされた装飾品よ、こっちも見てみな」
「どういう効果があるんですか?」
ミリシアは興味津々である。神成はそれを眺める。
「特定の魔術を強化するものや、マナを込めれば付与された魔術が発動するもの、そうだな、水が作れる魔術の腕輪とかは旅人さんには重宝されてる」
「他にはどんなものがあるんでしょう」
と、ミリシアはいろいろ聞きはじめた。魔術が込められてそれが使える道具って、あんまり注目してこなかったんだよな。そもそも妖精想造で、もっと便利なものが作れてしまうので、調べる理由もなかったというのが大きい。そういえば、以前ルージェ村でもらった魔術の本も、すっかり忘れていた。あのあと忙しくて、いつのまにか記憶からとんでしまっていた。たしか、大魔王ラグナークの書だったと思う。
しばらくミリシアは見ていたが、結局買わずに別の店へと進んだ。
「買うとしたら、奇麗な装飾品とかでいいですね。実用品はちょっと物足りませんでした」
「ま、そうだよなぁ」
ミリシアも、同じ意見みたいだ。
「服屋さんが新装開店だってさ」
「見てみましょうよ」
二人で、お店の中に入っていく。
「なんかいい感じですし、コルト様一着買いましょうよ。ほとんど同じ服じゃないですか」
「理由を知りたいか」
「一応聞きましょう」
少し、威厳たっぷりに言ってみる。
「服を選ぶのがめんどくさいからだ」
「だと思いました」
と、ミリシアは慣れたように呆れていた。
「せっかくなんですから、二着くらい買いましょう」
「まぁ、いいだろう」
ふと見ると、貴族様向けのすっごく高い豪華な服まである、ひぇー、いや、ここでそれは、貴族様来るかな。
と、唖然としていると、ミリシアが何か見つけたようだ。
「これと、これ、セットでいかがですか?」
ダークカラーのジャケットに、シルバーグレーのシャツ、スリムフィットの黒のズボンを合わせたものだ。
「おぉ、悪くない。でも、どこに出かけるんだ」
「一緒に出掛けましょうよ。それに、いつもレイズガット様にお会いするの、ラフなかっこ過ぎだと思うのです」
「特別な席ならまぁいい。ただ、一度やると、そこまではやるよねーと期待されちゃうのが嫌だ」
「じゃぁ、なんかのために買っておきましょうよ」
そうして、それと、フード付きの紺色のマントを買った。
「ミリシアはいいのか」
「はい、まだまだ、お店は沢山あるでしょうし、ゆっくりいきましょう」
とお店を出ると、だいぶ日も登りかけていた。
「そろそろ昼食にするか」
「はい」
お店は、豪快な厚切りステーキのお店、太麺と揚げ物、夜は居酒屋をやりそうなお店が数件、スパイス系の辛そうなお店、おいもとバター主体の店、パン屋さん、野菜たっぷりなお店、などなどを散策し、外からほんのに匂いを楽しむ。
「早く決めないと、混むぞきっと」
「そうですね」
今日は無難に、野菜たっぷりなお店に行くことにした。
ふと、周囲から聞こえてくる会話が少し気になった。
「また、レックの店、今日の夜と明日の昼からアオツキちゃん来るらしい」
「アオツキちゃんの料理絶品だもんなぁ」
と、なんだか、有名な料理人がいるようだ。今日のとか明日とか言っているから、いつもはやってないらしい。
「気になりますね」
ミリシアも聞こえていたようである。アオツキって、どっかで聞いたことがあるんだけどな。
そんなふうに思いながら、お店に入っていった。




