52 失敗のその後
星庭神成の対応でミリシアの行った失敗はすべてなかったことになった。
といっても、何も余波がないわけではない。ささやかにそれは残っていた。
魔族領のとある場所で子供たちは理由はよく分からないけど、楽しい、そんな遊びをしていた。
「瘴気百倍、レイズガット参上!」
そう言って誰かがポーズをとると、かっこよく決めているはずなのに周りの子供たちは笑い転げるのである。謎だ。謎が残った。でも、なぜか楽しいのである。
神成とミリシアはリビングでぐったりしていた。
神成はそもそもゲーム開発を粘ってやり切るところまでやって、疲れていたところにさらにあの対処をして、もうへとへとであった。
疲れた声で、自然体で、突き放すでもなくそっと彼は言った。
「反省してくれよ」
「はい」
「俺たちの持ってる力は、使い方を誤ると本当に危険なんだから」
ミリシアは落ち込んでいた。失敗も失敗、大失敗である。それもコルト様に力を使わせてしまうなんて、本来ならあってはいけないことだ。そう決めていたはずなのに。
そして神成は自室に戻っていった。
リビングでミリシアは一人落ち込んでいた。
神成は、誰かから依頼されることも、願われることも嫌であった。ただ、その真実は少し違う。もし、自分の事である、自分がやるべきことである、そう判断できてしまう、認識してしまうものを増やすことをなかば恐れていたのである。彼は誠実なのだ。もし、仲間という助けるべき相手だと感じたなら、助けずにはいられない。そう、だからこそ、仲間を作らないようにしてきた。彼はどんな無茶でも仲間のためなら無理をする、それを自分自身でもよく分かっていたのだ。だからこそ、仲間を作らない、そうしてきたはずだった。
しかし、いつのまにか少し仲間はできてしまった。ミリシアである。今回のことは彼女へ能力を与えた彼にも百パーセントではなくともそのいくつかは責任がある、そう認識していた。だからこそ、魔王レイズガットにもいそいで一緒に謝りに行ったのである。
少しいいかえるのなら、責任感が強すぎるがゆえに、自身の責任の範疇を極力小さくしようとしていた、ということでもある。
もし、彼がその気になれば、人間側と魔族の間の憎しみの心など、とうに消滅させていただろう。だが、それはしない。それは、この世界の人たちで、解決するべきことであって、彼は自分が動いてどうこうする問題ではないと考えているのだ。
そう、彼は勇者ではなかった。
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もうすぐ春も近づく青い月が満月が登る夜、メルポポの交流区の飲食店で蒼月采蓮は飲食店の厨房で料理作りを全力で行い、能力でふわっと商品の提供もおこなっての大忙しである。
客足は、最初よりは落ち着いているが、それでもお店の前には人が並び、昼から働きづめだった。軽くまかないも作って、少しずつつまみながら店長レックさんや給仕のメニさんも対応していた。もともとお客さんが多くなることを想定して、食材、外の列の整理の準備もできていたので、最初のような混乱はない。
また、采蓮はいろいろな料理もできるということで、彼女のいるときはメニューを増やすようにした、これによって客足は一過性のものにならず維持された可能性がある。
采蓮が料理する日は、特別美味しい料理が食べられる、と交流区ではやや一週間に一回のちょっとしたお祭りになっていた。それは、彼女にとっては嬉しいことだった。
ただ、それでも人数はちょっと多すぎだ。厨房のサイズが足りないのである。采蓮の能力なら、あと三倍に増やしても対応できそうであるが、今は冬、建設はどこも止まっており、移れる都合の良い建物の空きもなかった。春に入り状況は変わるかもしれない。ただ、春になれば、外からの人もやってくる、さらに客が増えるということも予想された。
今検討しているのは、飲食店の厨房をやる日を増やすことである。ただ、休日を減らしたくもなかった。
この世界でも一週間は七日で、それぞれ特別な言い方があるが、分かりにくいので元の世界の曜日で話を進めよう。
今采蓮は月、火、水、木の朝から昼過ぎまでが道場での仕事の日である。そして金曜日の朝から夜遅くにかけて飲食店で仕事をしている。飲食店では、最近は仕入れにも関わるようになっていた。それはともかく、これを、木曜の道場終わりから夜遅くまでも、飲食店で仕事をしてもいいかな、と店長レックと相談しているのである。
お金が欲しいかというと、今、急に必要ということはない。食事は妖精さんが提供してくれるし、内部区で暮らさせてもらえている。欲しいものは、最近発売された、メルポポ書店の少女コミックくらいで、それは今の仕事でも事足りている。他に欲しいものもない。そもそも、娯楽が少ない。
だから、増やす必要はないが、あって困らないような気もするし、退屈しているくらいなら、みんなが喜んでくれるならいいんじゃないかと思う。
そういえば、道場の報酬はもうすぐもらえるはずだ。
武器はもちろん、洋服店などもまだ最小限しか交流区にはない。どれもそうだ。春になれば移動も楽になる、そうしたら一度休日にイリノ町に出かけてみてもいいのかもしれない。
そうだ、いちど他の村や町を見てみるのも悪くないかもしれない。ただ、道場の仕事があるから、その範囲でではあるけど。
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調査員プルクエーラは師匠となったブライと飲食店で話していた。彼女のお気に入りとは別の飲食店だ。
「まったく、相変わらずアオツキちゃんは人気みたいね」
「道場で俺も食べてるが、相当の腕だし、なにより店内から見える料理場の光景も派手だろうしな」
「派手?」
「自分で包丁を使いつつも、包丁や鍋その他のものも浮遊させて動かして、まるでいくつも手があるみたいに、いやそれ以上に料理場一体を扱っちまうのが見ていて面白いんだろう」
「人間技じゃないわ。そんなのエルフで精霊契約でやっても、かなり無理があるわ」
「なるほど、領域がおかしいよな。ま、それが一種のパフォーマンスにもなってるってことさ」
「アオツキちゃんが、実は妖精の親分でしたと言うことってあると思う?」
「ないだろうな。アオツキは自分の力をまるで知らないようだ。村長を裏で糸引いてるやついるっていうのか?」
「そ」
「何度も話したことはあるが、操り人形っていう感じじゃなかったぜ」
「そっか、私としては調査はどんづまりね。春になれば、一度報告に帰るわ」
「それはま、お疲れさん」
「あなたのおかげで剣の妖精も見れたし、でも英雄でもなかった、まずはそれが分かっただけで十分、ということにする。それより、あなたはずっとこの場所にいるの?」
「三年道場の師匠をやる条件だったからな、剣士に二言はない」
「そう。また荒くれものの剣士さんもずいぶん変わったわね」
「そんなに変わったか?」
「えぇ、変わったわ」
そうして、その夜、静かに二人は飲み交わした。
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砂漠のサナムーン王国の首都サナサは、遺跡の暴走が奇跡的に救われても、瘴気と魔獣に怯える日々が続いていた。
そんなある日、それはまだ冬になる前のこと、リーディア商業連合国の北ノスティア領にあるメルポポという妖精の里があり、その妖精がリーディア全土の魔獣討伐を受けおい、成果がでているということを知ったのである。妖精は魔導エンジンを開発するなど技術発展もしているらしいとのこと。
これを受けて、サナムーン国王は、メルポポの妖精へ特使を派遣した。内容は、サナムーンでも同様に魔獣討伐、そして、可能ならばの首都サナサ周辺を覆う瘴気問題の解決や研究である。
特使は急ぎ急行したが、まだイリノ町にすら到着していない。冬になり、旅を強行しているも、まだ時間はかかっている。
首都サナサは、いくぶん、大事件での損害に対し、立て直しが進んでいるが、魔獣への抵抗であまり進んでいなかった。首都の人々はかなり疲弊してきており、兵士の損耗が激しく、流通は縮小、食料がすくなくなり、空腹で倒れている人も多くなっていた。
このままでは、首都はもたないだろう。
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星庭神成とミリシアはリビングにいた。ノートパソコンを使って神成が作ったゲームをミリシアが遊んでいるのである。
「なるほど会話シーン、戦闘シーンの交互で物語が進むんですね」
「そ、これだと開発する要素を減らせるし、ダンジョンとかは次またつくっていけばいい。次の土台になるってことだ」
「属性は定番とは少し違いますよね。斬、打、突、熱、冷、雷、毒、というのはなにか元ネタはあるんです?」
「あるぞ、そういうゲームもいくつかある。例えば、風の斬撃は、斬属性になるし、水の銃撃は突になるとかな。火水土風に物理と考え方が違って、物理と魔法属性が分かれてない方式だな」
「こだわりです?」
「そう。俺はこういう方が好きだ。が、作りたい世界観によって臨機応変にだと思う」
「世界観とシステムってそこまで関係あります?」
「あるぞ、物語とシステムを絡めることもあるし、それができてるゲームはより良い。魔法が使えないマナのない主人公が武器だけでたたかう、というゲームとかな」
「そういえば、どうしてコルト様ってゲームを作りたいんです?」
「なんでだろうな。昔っからだよ」
「小さいころから?プログラムとか難しくないです?」
「最初は紙にマス目を書いてスゴロクを作ってたりしたかな」
「なるほど、アナログですね」
「そう。将棋とかも、改造して自分ルールで自分でコマ作ったりできるだろ」
「たしかに。わざわざ、あるからそれで遊ぼうではなく、改変したりして作ろう、という発想がコルト様らしいんでしょうね。あ、死んだ」
「なお、最初からになる」
「オートセーブないんですか?」
「ない」
あの時のショックから少し立ち直ったミリシアと、そして神成はこうしてリビングでだんらんしていた。




