50 敵意の行方
蒼月采蓮は、稽古の後、飲食店の店長レックと今週の打ち合わせをしてお店をでると、周囲から熱いまなざしを受ける。
どうも、皆楽しみにしているみたいだ。せっかくなので、今週も受けることとして、相談したのである。
ただ、実際、次はどうなるかかなり未知数だった。一回食べたから満足、そういう人もいると思う。今はメルポポに新しい人もほぼ入ってこないから、新しい、物珍しいだけだと続かないと思う。それでも、覚悟して行かないといけないわけだけど。
自室にもどって、着替える。結局、学生服は来ていない。交流区へそれを着て出かけるのはちょっと恥ずかしい。場違い、な感じがするし。
しばらくすると、妖精さんが晩御飯を持って来てくれる。
今日こそは言おう、そう思う。
でも、怖い。もし、それで、何もかもが台無しになったらと思うとなかなか言い出せなかった。それでも、何度マンガを読み直しても、何度本屋さんに行っても諦められなかった。
「あの、村長さんに、会いたい」
「村長ですか、どういう内容でしょうか?」
「本と、村長さんの故郷について」
「はて、本でしたら、外交・交渉部門長がよろしいかと、メルポポ書店はそちらの管轄です。故郷は魔王に里を追われまして今はないのです」
故郷は魔王に、うーん、わからないけど、それは妖精さん達の話で、転生者とは違う話か何かだと思う。
「だめ?」
「では、お食事はこちらです。確認してまいります」
というと、妖精さんはふわふわと去っていった。どうなるだろうか。不安でいっぱいだ。
妖精さんを見送って、食事を食べる。言ってしまった、そう、言ってしまったのだ。怖い。
怖いと言えば、門下生のレイナさんも怖い。敵意がすごい。最初からそんな感じだった気がする。何かしてしまったのだろうか。きっと、やってしまったんだろうな、私だから。これがきっかけで……いろいろご破算になるかもと思うと、そっちはそっちで怖い。
ほどなくして妖精さんがやってきた。
#
魔王領、都市エンシュラティアの文化発展部に異動していたハナージャは、新しく発売されたマンガを見て笑い転げていた。
「はははははははは、ちょっと、二人ともっ、これは、はははは」
お腹をかかえて笑う彼女に、マズル、レキストは驚く。
「そんなに面白いのか?」
「はい」
と、ハナージャはマズルに差し出した。マンガのどうやら途中かららしい。
「ん?」
そこに書かれていた『おパンツ魔王さま』というタイトルで、かなりデフォルメされた低い頭身に、主人公らしき憎たらしく笑う子供がパンツをかぶっている。
彼がページを開き読み進めると、お腹をかかえて笑いをこらえようと必死である。
「おい、どうなってるんだよ」
「これは、いいのかよ」
と言いながら、マズルはレキストに渡す。
レキストはマンガを読み進めると驚愕し、そして恐怖した。彼にとっては面白さよりも恐怖が勝ったのだ。
「こんなんダメだろ!」
「コルトのところに向かったミリシア様が主導されて作ったマンガですって」
レキストは目をぱちくりさせる。
「命賭けてるなぁ、さすがコルトのとこに向かっただけはあるぜ」
#
メルポポ村の内部区、一室で村長は待っていた。
トトトトと足音が聞こえ、やって来たのは蒼月采蓮である。
「待っておった。村長じゃ、固有名はない。一度も挨拶押しておらんで済まないねぇ采蓮」
「ううん」
「上手く暮らせておるかの?」
「わからない」
「うむ、いろいろあるじゃろう。何かあったら気軽に皆に相談するんじゃぞ」
「はい」
「ところで、話したいことがあるのではないかな?」
「その、二つあるの」
「ほうほう、うむ、聞きましょう」
「村長さんは、異世界の転生者さんなの?」
「ほう、どうしてそう考えたのかな?」
「えっと、村長さん達がマンガを出してるじゃない。それってその、すごく私のいた世界のにそっくりだし、本屋さんの雰囲気とか、いろいろ」
「なるほど、そう言うことか」
村長はとっさに考えた。真実を話すと、星庭神成様のことを伝え、そして場合によっては彼女の本当の召喚された経緯が知られる可能性がある。どちらもできないことだ。知っている知識で、嘘をつくしかない、そう判断した。
「これから言うことは秘密じゃ、誰にも言ってはいかん、良いかな」
「はい」
「私は、この世界とは違う人間のシステムエンジニアじゃった、プログラマーといったほうが分かり易いかな」
彼女はこくっとうなずいた。どうやら、知っている言葉のようだ。よし。
「大変な仕事であった、ふとお酒を飲んで帰る途中、トラックにひかれてしもうてな、気がつけばこうなっておった」
「そうだったの」
「うむ」
どうやら、納得してくれたみたいだ。
「もう一つはなんじゃ」
「その、村長さんは男の人だからあまり知らないかもしれないけど、本屋さんのマンガに、少女コミックも……売って欲しいなぁって」
「おぉ、そうじゃの、視野が狭くなっとった、ありがとう。さっそく、とりかかるとしよう」
「お願いします」
そうして、彼女とのお話し合いは終わった。星庭神成様のことを無事、隠すことができただろうか。
少女コミック、星庭神成様によく要望されていたものとはまた別ジャンルのものがある、ということか。ミリシア様主導のムルププブックスに、そう言うのがあったはずだ。ミリシア様の妖精とコンタクトを取るか、ミリシア様にうかがうのがいいかもしれない。
こうして、新たに一冊のシリーズがメルポポ書店に追加されることになる。まさか、それが国を巻き込んだことになるとは思いもよらなかった。
#
師匠ブライは、ザイフとレイナが飲食店で飲み食いしているところに入ってきた。
「よっ、邪魔していいかい?」
「どうぞ」
ザイフがにこやかに言うが、不機嫌なレイナは居心地が悪そうだ。まったく、しかたがない。
「レイナ、アオツキは嫌いか?」
ブライは穏やかに笑って言う。
「嫌いです」
「それでいいさ」
「いいんですか?」
レイナは機嫌嫌く返してくる。
「どうしようもない感情ってのはある。誰とでも仲良くなんて不可能さ。問題はそこじゃない。まずは、せめて親身に話を聞いてくれてるザイフには、敵意をむけてやるな。最初はそれだけでいい」
ザイフはそんな心配は無用だと手をあげている。ま、ザイフはそれでよくても、レイナはこのままだとまずい。いいやつだザイフは。
「今から言うことは分からなくてもいい。ただ、ザイフには敵意をむけるな。たぶんそれならできる。まずはちゃんと味方を作れ。誰が味方か見極めろ。敵意ってのは敵にこそすべて向けるものだ。でなきゃ勝負の時に足りなくなるし、味方を失っちまう」
少し沈黙で間があく。ザイフが何か言おうとするのを、ブライは手で制した。そしてほどなく……
「わからないけど、わかりました」
「邪魔したな。これでもう一杯飲んどけ」
そうして俺は店を出た。まったく、柄じゃない。いつからこんなことをするようになったのか。まるで、めんどくさいどこかの師匠達と一緒じゃないか。
#
コルトこと星庭神成は、気分よく自室から出てリビングに向かった。ようやく、作っていたゲームの完成が見えてきたのである。不具合も残りわずか、バランス調整も最終段階に入っている。ちょっと疲れてさらにその疲労感が心地いい。
そう言えばと、リビングにおいてあるマンガを手に取った。
そこはメルポポ書店のマンガを記念に飾っていたのであるが、ミリシアが新しくマンガ雑誌を作ったと言っていた。デバックに必死で読めていなかったことを思い出し。気分もいいし、まずは少年向けであろう方を読んでみようと思ったのだ。
なるほど学園モノかぁ、となんとなく学校を思い出せないけど懐かしく思いつつ、もっと読みたいと思わせるところで止まってしまうこれが何とも言えない。そうだよなぁ、週刊はこんな感じの分量だった。電子であれどちらであれ書籍派なので、雑誌連載はあまり読まなくなっていた。結局、本が欲しくなってしまう、というのもある。
うんうん、サッカーのこの世界でも分かり易そうなボール遊びと、上手いなぁ。次はバトルか、おっ剣と剣のぶつかり合いとは熱いよね、剣術学校、うん、わかる。そしてそして、ここにきて学園コメディ、なるほど、はははは、いいじゃない。さぁ、後残り少なく…………
おい
おい
ちょっと待ってくれ。ミリシアさん肖像権って知ってます!?ヤバイですって、マズイですって。ちょっと……これ、俺まで怒られるんじゃ……




