49 久しぶりの手合わせ
ミリシアによってムルププの刊行する本と書店、ムルププブックスが作られ、ムルププの妖精と相談のもとマンガが販売される運びとなった。
学校を舞台にしたものを中心に、魔族の子供たち向けに、いくつかの作品をまとめて週刊で発売していくという方式をとった。
少年向けの『少年ダッシュ』に四作品、少女向けの『ふわり』に四作品、で妖精も四十体から五体追加の四十五体にし、魔族領のメルポポ書店で販売される。
週刊にしたのは、コルト様の世界に習った。少しずつでもいいから、毎週楽しみがある、そんなふうにもっていかないとなかなか読んでもらえなさそうなのだ。また、定期的な楽しみを届けることで、安定した娯楽の提供にもつながる。そしてこれを足掛かりに、学校とはどんな場所か、をつかんでもらえると良い、と考えたのである。
本当は人間側でも販売できればよかったけど、魔族をどうしても描かなければいけないので、その点は諦めた。まずは魔族領、そこからだ。
また、学校に来ると、放課後にマンガが読める、というようにも検討している。学校に来て、何か大変だった、勉強いやだな、学校いやだ、から、最後にマンガが読めるヤッターとなれば、もうすこし、子供たちが学校に来る意欲もわくかなと考えたのである。このへんはコルト様は、リスクがありそうだと言っていたけど、とにかくやってみる。
『少年ダッシュ』には、学園スポーツ根性ものが一作品、学園武術バトルマンガが一作品、学園魔術コメディが一作品、そして魔王様を描いたコメディが一作品である。もしかすると、最後ので怒られるかもしれないけど、その時は、私はもう人間の社会で生きていくしかない。だってやりたかったんだもん。
『ふわり』には、学園変身少女ものが一作品、学園ミステリーものが一作品、学園コメディものが一作品、そして魔王様を描いた禁断のラブロマンスが一作品である。もしかすると、最後ので怒られるかもしれないけど、うん、詠唱破棄。
頼む、頼む、頼むよー、今度こそは、今度こそはなんとかなって。
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コルトこと星庭神成は自室でゲーム制作をしていた、周囲には妖精達もパソコンとにらめっこしておりデバック作業に入っている。
うん、まぁ本来はこんな泥臭いことしなくても、妖精に仮想空間作ってもらって、そこで高速シミュレートすれば効率は良いけど、ま、これはこれでいいよね。
ふと、ミリシアが学校でマンガを放課後読めるようにする計画を立てていたのが頭によぎった。
どう転ぶか分からないけど、長期的に見て危うさがあるような気がした。それは、結果的に勉強を好きになる子やご褒美がなくても頑張ってやれる子をなくしてしまうんじゃないかという危険である。
こんな話がある。もともとすっごく絵を描くのが好きだったある少年に、絵を描いたら百円あげようとご褒美を設定した。しばらくそうして、その後、その取引をやめたらどうなるかというと、少年は絵を描かなくなったのだ。途中から、絵を描く目的が、ご褒美になってしまったのである。絵がもともと好きだったはずなのに、ご褒美がもらえたことで、絵を描くことが好きだったというのを忘れてしまう、そんなお話。
また、理由はわからないけど頑張る、というのは経験として必要だったりする。何事も、習得する前に、その良さというのを理解できるかというとそうではない。外国語を読み書きできる便利さも、実際に、できるようになってみないと分からないし、できない人は「便利だぞ」と言われたところで、しんどいよとしか思えない。数学だってそうで、知っていれば数学は世の中いたるところで使われていて社会に役立っていることが分かる。しかし、分からない人からは、数の計算がいったい人生や社会の何に役に立つのかさっぱり理解できないのだ。
とはいえ、失敗も大事かなとも思うし、案外うまくいくかもしれないし、最初は必要なのかもしれないので、深くは言わなかったのである。
それは置いといて、お、このバグとれたんだ、おぉ、さすが歴戦のシステムエンジニアの能力を持つ妖精さんだ、コードもきれい。うんうん、いやなことは任せる、いいねぇ。
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師匠ブライは午後の稽古で青髪の青年カーリンとの手合わせをしていた。
まだ一週間と少ししかたっていないのに、順応し始めている青年にブライは驚いていた。はは、鍛える俺が楽しくなってくる。そうか、そうか、これが才を見抜く目ということか。
熱くなって少し、彼への攻めが強くなってしまった、冷静にならなければ。
剣を一二打ち合わせての足払い、なんてのも、今ではすっかり対応している。速度は緩めているとはいえ、すごい吸収力である。ただ、本来は才ある者でもこうだよなと思う。アオツキのやってみればドーンといきなり扉が開かれたようにできてしまうのは常人のそれではない。
彼はイリノ村を飛び出してきた、冒険を夢見る若者である。しかし、何とも才能に恵まれている。こういうふうに武術を覚えていけたならきっと楽しいだろうな。はっ、楽しそうにしてやがる。
ほどなくして彼との手合わせを終了した。
「よし!」
「ありがとうございました!」
「次!」
そうして、午後の各自の手合わせは終わった。
「アオツキ、余力あるか?」
「はい」
最近、どうも俺とアオツキの手合わせを見たいという話が聞こえてきているのだ。直接はいわれてないが、食事のときに門下生同士での会話とか、ま、いろいろな。
「今日は最後、俺とアオツキで手合わせして終了としよう」
「はい」
アオツキもなんだか張り切っている。ただ、な、背筋がぞっとするよな、師匠の俺の方が弱いんだぜ、まぁ、皆承知なわけだが、ったく、でもま、見たいってんだから見せてやろうじゃないか。
「いくぞっ!」
ドッと距離を詰め合えば、ガガガンと木剣はいくども交錯し、どちらも合間に肘や足、足払いを混ぜつつ、少し後ろステップを踏んだり、左右だったり織り交ぜながらの熱気渦巻く戦いがはじまった。
冬の寒さは吹き飛んで、周囲は驚きの声が漏れている。
全力でぶつかっても、まったくアオツキは崩れない。というより、完全に俺の技量に合わせてやがる。たまに難しい受けにくいのを入れてきて、まったくいつぞやとは大違いに、先生やるのがうまくなったものだ。
ガンっと木剣を激しくお互い袈裟切りでぶつけ合って後方に飛びのいた。
「ここまで!」
「ありがとうございました」
はは、どっちがありがとうかわかりゃしねぇな。
にしても、前はこうじゃなかった。相手の技量に合わせ切ってる、本当に成長してるんだなと思った。
こうして、式典の妖精戦前の特訓以来、久しぶりにアオツキと手合わせをしたのである。
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レイナは、師匠ブライと、範士アオツキの手合わせを見て愕然としていた。それは、すごすぎてわからない、見習いようがない格の違いを感じさせられたからである。
道場に門下生として入って、いやその選別の試験から、私のプライドはズタズタだった。確かに私より強い人はいるだろう、それでも、おそらく自分よりも歳下であろう少女に、負けてしまったのが悔しくてならなかった。
そして、範士アオツキは師匠と互角の戦いをしていたのである。許せない、悔しい、そんな気持ちだろうか。
幼いころから父の剣術道場でこれでもかと剣術を叩き込まれてきた。年上でもかなりの相手には渡り合える自信があったし同年来ならなおさら、年下に負けるなんて夢にも思っていなかった。
私の一生をかけての結果がこれなのか、そう思った。それを、まざまざと見せつけられた。正直、気に入らないし、認めたくはないが認めるしかない。だって、事実として勝てないのだから。
まだ師匠に劣るならわかる。
彼女との手合わせするときも憎々しく思う。まったく実力の底が分からない。うまい塩梅に合わされている気がする。そして指摘はすべて的確で正しくて、そのうえわかりやすい。本当にありがたくて、腹立たしい。
そんなふうに思って、白熱した戦いをにらんでいるとあっという間に終わった。まったく、危なげなく。
誰よりも長く、強い思いで、それでいて、私には剣術しかないのに、彼女には料理だってあるじゃないか。
なんだかすっごく惨めだった。
負けるのがこんなに悔しいなんて、初めてだった。
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メルポポ道場の門下生ザイフは、飲食店でいつものレイナのぐちを聞いていた。
「だって、今日は特に師匠との手合わせだっておかしいじゃないですか!」
「あぁ、そうだなぁ。あの歳にして強すぎだよな」
まったく、レイナはいつもこうだ。長年鍛えてきて、真剣に打ち込んできたからこそ、悔しいものというのはある。
「ザイフだってそうでしょ!」
「そうだな」
そう、剣術ばかりだと思っていたら、格闘もいいっていうんで、俺の自慢の格闘で範士のアオツキ様に挑んだわけだが、剣術と変わらず、いや、それ以上に叩きのめされた。
あの時は、「やりすぎちゃった、ごめん」何て言われたんだったか。
「なに、そのうち強くなって見返してやればいいさ」
「でも……なんだか、自信なくなってきちゃった」
まったく、極端である。打ち砕かれると弱いのだ。俺も悔しいと思うけど、鮮やかに飛び蹴りが顔に決められたからね。ただ、だからこそ、俄然、ここにいる意味もさらに増えた。
「レイナもいいところあるって」
「ほんとにー?」
「本当」
「なに?」
「その、まっすぐなところがな。少し柔らかくなっても、いいと思うけど」
「なによ、頑固って言いたいの」
「ちがうちがう、周りみんなが敵ってわけじゃないんだ、柔らかく受け止めれたら、いいと思うぞ」
「わけわかんない」
悪い奴じゃないんだけどな。剣術にまっすぐすぎて、ムキになっちまって、勝手に敵を作ってしまってる。そんな感じなのだろうか。




