47 料理をするの?
メルポポは、ルージェ村の避難民対応を契機に、食料について、リーディア全土から買い取れる制度を作り上げていた。指定の倉庫にためてもらい、飛行と収納の能力で輸送するのである。ルージェ村の件やメルポポの発展を考慮し、そのうえで、たくさん買い取りを行うむねを伝え、いくつかの取引先では農地の拡大も進んでいる。
収納の能力というのは、小屋一個分くらいの荷物を妖精が収納、出し入れできるというものである。
これは、転移の能力を広めないための施策であった。星庭神成が考えたのではなく、メルポポの妖精が独自に考え進言し、追加で取り入れられたものである。
メルポポの妖精の構成は運営、特殊、実行の三種で構成されている。運営は村長を筆頭として発展、管理する集団である。特殊は、妖精の作成など特殊技能をもった妖精の集団である。実行は、運営の判断に基づいて広く展開される実行集団である。
運営は、村長、運搬・物流部門長、防衛・警備部門長、技術・工業部門長、医療・福祉部門長、外交・交渉部門長がおり、彼らが考え、里全体の運営を行っている。
村長の能力は現在は、族長、物知り、飛行、記憶共有、未来の記憶デバイス制御、となっており、もともと村長だったものが族長に格上げされた。
妖精の能力というのは大きくは二系統の指定になっている。これは召喚される勇者にも当てはまるかもしれない。一つは、その能力が使える、というシンプルな能力指定である。もう一つは、職業を指定し、そう振舞えるというものだ。
例えば、物知り、執事、村長、族長、警備隊長、などは後者に当たる。これによって、自動的に話すことや多様な能力が複合していることがある。武術の達人、などもそれにあたる。
あまり考察されていないのは妖精想造のように造語による能力である。このあたりについて、星庭神成は興味がなく放置していた。
今、神成は自室でゲーム制作に励んでいた。もうそろそろ、小さいゲームが出来上がりそうであった。
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蒼月采蓮は、雪の降る寒い冬、日課の朝の走り込みの終わり、メルポポの入口へ駆け込んできたところだ。なんとなく寒いと思うが、寒さに耐性があるのか、平気になっていた。
メルポポ道場の開催式で集まった人のほとんどはまだメルポポの交流区に残っている。冬の中移動するのが厳しいからである。さすがに、走り込みで走る街道で行き来する人は少なくなっていた。
そんな中、声がかかった。
「アオツキさんですよね、ちょっと頼みがあるんです」
知らない男の人だった。かなり厚着をしている。家にいればいいのに、何で外にいるのだろう?
とりあえず、話を聞くよと軽くうなずいた。
「僕、ここで飲食店をやっているんですけど、ぜひ、アオツキさんに厨房をお任せしたいのです」
なんだかよく分からず首を傾げつつ応える。
「道場の仕事ある」
「毎日じゃなくていいんです、週に一日、一日でいいですから、お願いできませんか?」
なんだろう、どうして私なんだろう、とさらに私は首をかしげた。
「うーん」
「ひとまず相談させてください。いま、開店前のお店に来て頂けませんか。話だけでも」
まぁ、とりあえず、声をかけてきた人があまりにガクガクブルブル寒そうだったので、話だけならいいかと思った。
「わかった」
そうして、彼の店に入った。お昼から開店で、準備は、食材だけ今日の分を準備して、仕込みはまだだとか。
暖かい石造りの建物の中、人のいないお店のテーブルで対面に座った。よっぽど寒かったのか、彼は火の魔導具で団をとりながらである。
「週一日、お昼か夜、来ていただきたいんです」
「どうして私なの?」
「道場の門下生の方々が、アオツキさんの料理はおいしいと評判なんですよ。でも、いま料理を振る舞われているのは道場の方々だけですよね。興味を持たれている人も多いので、僕の商売に協力して頂けませんか?」
なるほど、理由は分かった、なんだか嬉しい。さて、こういったときどういうふうに話をするものなのか、さっぱりわからない。やる、やらないの判断もそうだけど、どうしたらいいのだろう。
「一日現金払いで、固定でナルド銅貨七枚、売り上げの二割でいかがですか?」
「もし、今日働いたとしたら、予想としてどれくらいになるの?」
「そうですね、昼の売り上げですとナルド銅貨三十枚程度ですので、その二割で六枚、固定の五枚と合わせて十一枚くらいでしょうか」
試しに一日、というのはありかもしれない。それだとひとまずのリスクは少ないよね。
「お金の受け取りはお仕事した日のうち?」
「はい」
となると、今すぐちょっと働いて小銭を稼ぐ、そんなことができるのか。それはよさそうだ。何か問題あるかな……道場に影響はでるかというと、一日、それも短い時間だったら、影響はなさそう。
「私がやることは?」
「厨房と仕込みもできればお願いしたいです」
つまり、食材とかはお任せでいいんだ。仕込みも、うん、まぁなんとなく分かる。注文や料理を運ぶのはいらないのか、限定されていてわかりやすいかも。でも、なんかもうちょっとメリットが欲しいかも。
「うん、だいたいわかった。何かもう一つ、私にメリットが欲しい」
「賃金が足りませんか?」
「ううん、ワクワク感」
「ふむ」
そういうと男の人は悩みだした。私も悩む。なにか、もうちょっと欲しいのだ。
お互い悩んでいると、お店になんだか雑誌とも本とも違う、薄めの冊子を見かけた。
「あれ何?」
「あぁ、マンガですね。メルポポ書店が販売しているのを、お客さんの暇つぶし用に置いてるんです」
マンガ!?中世風の異世界ファンタジーに、マンガ!?どういうこと。
「見てもいい?」
「どうぞ」
表紙を見てさらにびっくり、普通に単行本チックだ。白黒で、カバーはザラザラの紙だけど、それっぽい。
開いて中を見ていれば、それは本当にマンガであった。もしかして、私以外に召喚された人がいるのだろうか。どういうことだろう。
「メルポポ書店って、どういう人が管理してるの?」
「妖精さん達ですよ。書店で販売している人は雇われの人です」
お、人じゃない。妖精さんなの?転生したら妖精でした、そんなことはあるだろうか。あるかもしれない。妖精さんの親分、村長さんだっけ、あったことはなかった。とりあえず、もうちょっと中身を見てみると、うん、なんかよさそう。少年漫画系だけど、少女漫画はないかな、こんど書店にいってみようか。
「おもしろいのに出会えたから、とりあえず今日は料理人やってもいいよ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
そして話はとんとん拍子に進み、今日の昼からさっそくやってみることとなり、一回お家に戻って汗を拭いて着替えてお店に戻って料理の仕込みをはじめる。
先ほど話していたのが、店長のレックさんで、仕入れや仕込み厨房まわりと財務をされていて、奥さんのメニさんが給仕をしているのだとか。もともとは行商でメルポポにきたが、人が増えれば飲食店は必須と判断し、開業を決意して今に至るらしい。だから生粋の料理人というわけでもないそうで、だからこその私に声をかけるような柔軟さがあったのかもしれない。
メニさんも喜んでいて、私が料理をすることを宣伝しに出かけてしまった。
私はレックさんに、厨房の配置をききながら、てきぱきふわふわと仕込みを進めていく。
お昼時になり、お店が開店するとゆっくり人が入ってきたので、手慣れた流れで注文された料理を作っていく。いつもの料理作りがちょっと変化しただけだとそう思っていた。
ところが、しだいにお客さんが増え、お店にぎゅうぎゅう、外には列ができ、大忙しになってしまった。私は能力を使って食材やら鍋やら包丁やらも一度に操作するも、厨房のサイズがサイズだ、できることにも限界がある。しかし、そんな限界でやっていると、見る見るうちに食材やらがおかしい速度で減っていく。慌てた店長レックさんは追加で食材の買い出しに向かっての大忙し。給仕のメニさんも大忙しで、手が足りていないから、もう料理の運搬も、食器を下げるのも私の能力で対応していき、メニさんはお会計に専念する。忙しい忙しい。
しかも、その忙しさはお昼を過ぎて三時ごろになっても途切れない。少しマシになったけど、注文がどんどん来る。レックさんは追加の料理の仕込みをしていたが、またしても食材ののこりが少なくなって追加するためレックさんは駆け出した。
もうてんやわんやだった。
夕方になっても人が続き、帰り時を見失った私は全力で注文をこなしていった。そうしてレックさんはまたも夜の分を追加でこんどは大量に買い出しである。夜にはお酒やそれに合うつまみの注文も増えていく。しかも、なんと夜になったらなったでまたお店一杯で外に列もできての大繁盛になった。なんだこりゃ。コックさんって大変だったんだね。
気が付けば、夜の閉店までやっていた。メニさんは、注文の受付終了と断るのに苦労していた。
そうして私は、ナルド銅貨三十三枚を受け取ったのである。
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夜、プルクエーラはいつも通ってた居心地のいい飲食店に晩御飯を食べに行こうとしたら、長蛇の列になっているのである。そんなに繁盛するような場所ではなかったはずだ。
店長は生粋の料理人ではなく、どちらかというと奇麗さ雰囲気、居心地の良さ、ちょっとした気遣い、メルポポ書店の本や漫画などを置いたサービスと、言ってしまえば料理以外で勝負しているそんなお店だ。
何事かと、通りがかった犬耳の兄ちゃんに聞いてみた。
「これ、どういうことなの?」
「あぁー、なんでも道場の範士アオツキさんが今日は特別に厨房で料理してるんだって」
「道場では評判みたいだものね」
「実際、お昼に食べた人も美味かったって評判で、それでどんどん広まって、はは、他の店はどこも閑古鳥の一極集中だよ」
「他に行こうかしら……」




