46 イリノ村は町へと発展し
ミリシアも外出が許可され、というか、もともと禁止されていたわけではないが、まぁ、そうして転移で魔族領にも向かい、下見や相談し魔族領妖精区ムルププの計画は進んでいった。
ひとまず四十体の妖精とし、能力は六枠、付与できる能力をホワイトリストで規定と、この辺はメルポポと同じである。
ムルププ代表には、魔族の文化、娯楽、教育の発展の使命を正式に与え、ムルププ代表にあるていど裁量権をあたえるため、裁量権の範囲かどうかを判断する妖精を別途作った。こうすることで、最初はミリシアに判断があおがれつつ、順次裁量権を更新し、拡大、縮小、調整をしてくことで円滑に進みやすくなっていく。
メルポポと異なるのは、全自動というより、ミリシアが重要なことは決定する、方針を選定するということである。
また当然であるが、コルト様に対して決して迷惑にならないように、コルト様に仕事をさせない、頼らない、期待しない、手間をかけさせない、も追加して、運用は始まっていく。
城下町の横の領域をムルププの区画とし、ひとまず学校が建てられ始めていく。
子供用の小学校、中学校をひとまず一緒くたにしたものと、大人用の学校を併設した。すでに魔族は成長してしまっている者も多く、そうした人達も、いろいろと学問に触れてほしいからである。
学業の内容は、読み書き、算数、理科(魔術ふくむ)、社会、芸術(絵画、音楽、工作)、体育と基本的なところとした。まずは、必修は読み書きと算数、その他はお好みで、と緩くしている。さらに、やはり学校と言えば、制服である。小学校と中学校には共通であるが、男女それぞれの制服を作ることとした。そう、やはり制服がなくては。
まずは二カ月、試験運用するために、先生や教材の準備が進められている。どちらも妖精に任せてしまうことになりそうだ。
まだまだやりたいことはある、施設も、学校は一部で、かなり大規模なものとなるように作っている。ショッピングモールというのだろうか、そこに学校なども含まれたまさに総合的な何かを作りたいと思ったのだ。
こうして、ミリシアの計画は進んでいく。
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剣士ブライは宿で、ショートソードとトゥーハンドソードの手入れをしていた。今日は道場は休みの日の朝である。
武器については、今後どちらをメインにするか、少し悩んでいる。一時的にショートソードに切り替えたとはいえ、トゥーハンドソードには愛着もあるし、魔獣と相対する場合はこちらの方が心強い。
メルポポ道場は、週四日実施している道場で、徒弟の状況に応じて、二日から四日の参加、師匠、範士、事務方は四日すべて参加、という日程で運営されはじめた。
剣士ブライは、週五日とするか悩んだが、メルポポで働きながら通う者もいるだろうという予想、今後の発展として妖精からは自警団の組織も考えていて、自警団としての活動もふまえて、ゆるやかな運用で行くことにした。
道場は式典の興行が分配され、当面はお金に困らないが、授業料は月ハルド銀貨一枚とした。自警団が組織できつつある場合、メルポポからさらなる支援がある、という流れになっている。状況によっては週五日にして最大まで稽古を行う場合は月ハルド銀貨二枚のように、替えていくかもしれない。そのあたりは、メルポポの村長と相談している。
道場の運営者に支払われる俸給は、師匠にハルド銀貨二十五枚、範士のアオツキにハルド銀貨二十枚、事務方のポトフにハルド銀貨十三枚となっている。
また、門下生などでも、道場の運営の支援、手伝いをする場合によっては、授業料の減額や免除の制度を設けている。まだ、出来立てとお金にはしばらく余裕がある者が多く、制度の利用相談はない。規模が大きくなると、変わってくるだろう。
月謝は先払い、俸給は後払いだ。だからまだ報酬は受け取っていない。
門下生が十三人だから、月ハルド銀貨十三枚では、道場の運営費としては赤字である。師匠、範士、事務方、合計するとハルド銀貨五十八枚と大赤字である。興行の資金を回せば一年ではなくならないので、後は、自警団を組織していったときにメルポポからの支援がどうなるかで変わってくる。つまり、一年のうちに実績を示せ、という話だ。
ブライは思う、なんとも慣れないことをやっているなと。
ルージェ村では、先生として報酬をもらうだけだった。あの頃は剣士、冒険者にすぎなかったが、妙なことになったものだ。
ポトフがどこまでこうしたことも相談できるか、というのはこれからで、それしだいでは彼の俸給を上げて、俺のを下げてもいい。アオツキに相談してもいいかもしれない。なんだか、彼女はやらせれば何でもできてしまう気がしている。一通りやれることを確認する、という意味ではいいが、かえって一人で抱え込んでしまうようだとフォローが必要だな。
道場も四日の実施が終わっての今日の休みだ。
アオツキは最初こそおどおどしていたが、すぐに対応してしまった。最悪俺がフォローに回る予定だったが、全く必要ない。ただ心配なのは、できるか分からないけど頑張ってみるで、やっていそうなところだ。今はできているものばかりだが、できないときがあるはずで、むしろ、今の彼女の仕事の受け方はよくない。冒険者の仕事で言うなら、できるか分からないけど魔獣退治をやってみる、という危なっかしさがある。今は失敗してもいい、折り込み済みであるが、たぶんアオツキ自身はその辺を分かっていないだろう。先に言っておくか。
ずいぶん俺も、行動が変わってしまった、全てはルージェ村からだ。まだ高みを目指すつもりだが、しばらくは、道場の安定をはからなければならない。それが、妖精と戦う条件だったしな。
妖精はありえないほど強かった。中規模の兵隊が必要な大型魔獣さえ倒せる、といううたい文句と実績は伊達ではなかったわけだ。飛行能力と熟達した剣術に、武器も十分、全く今は勝てる気がしない。俺は魔術での肉体強化などもできないし、剣術を極めるしか能はないからな。
強さで言うならアオツキもだ。こちらがアイデアを出せばとんとん拍子に再現してものにしてしまう。才能とは違う、既に知っていることを引き出せない、思いついてない、そんな雰囲気だ。それは料理や魔術もそうだし、指導者としての立ち回りもそうだ。ただ、精神的には幼い、いや、もろい、危うさを感じる。何かにしろ力を持っている者は自身、自尊心、誇り、そういうのがある。ときに傲慢にもなるがそういった空気がない。卑屈ではないな。臆病かというと、そうも見えるが、勧めればやる、本当に憶病ならそれもできないはずだ。わからん。
ポトフはいいやつだ。組織の潤滑油として上手く動いてくれている。前準備、提案、俺が指示しなくとも積極的に動いてくれる。荒事は苦手のようなので、押しの強い荒くれ者には弱そうだが、門下生の選考からは外したから、当面は道場では問題ないだろう。といって、大きくするときに直面するかもしれない。
門下生もいろいろいるが、彼らしかり、アオツキ、ポトフも、ずっとかどうかはわからん。そもそもメルポポが流動的で、発展中、さらに魔王軍の動きで情勢はいくらでも変わるからな。一か所にとどまるのが苦手な俺としては、どうも場所に居つく、というのがわからん。俺は三年の縛りがあるし、まっとうする気でいる。その後はわからん。特に、アオツキはどうするか分からんし、そうなると、その後の道場も考えて、人材の発掘が必要なのか。何人か見繕っておかないと危ういな。
バルドはいいやつではあるが、守りたいと言っていた。戦場に出たいだろうし、残るとは思えない。レイナやザイフは武を高めたいというのがあるから、そこそこ希望がある。ただ、三年で俺や今のアオツキの代わりができるやつを、育てるのは不可能だ。自慢じゃないが、そんな年月で越えられるほどではないと自負がある。アオツキは例外だ。
そう考えると、三年は良いにしても、五年、十年先を見据えると、在り方は考え、変えていかなければならん。俺は、個人個人にあわせて伸ばしたいが、誰もかれもが剣に槍に斧にと様々な武器になじむわけでもないし、普通はそうだ。俺だって、不得手はある、弓とかな。不得手でも、自分の実力以上の者を育てる、そんな方法論があったらいいのかもしれない。それはまた、指導とは違う考えだろう。
さて、一通り、手入れも終わったし。今日はどうするかな。
三年もここにいるのなら、ずっと宿というのもな。俸給で安定したお金は入るし。とはいえ、居住区画がやっとできはじめて、なかなか空きがないのが現状だった。しばらくは宿暮らしになりそうだ。
まったく、人生どうなるか、わからんもんだな。
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冬なかば、メルポポの近くの村、イリノ村は日増しに拡大していった。
それは周辺諸国の思惑も関係している。メルポポとの交渉をする拠点として、常駐させる場所を作ろうとしている点、さらに、メルポポへ潜入するスパイを送り込む足場として人や住居を増やそうとしているのである。
対してリーディア商業連合国はそれに対抗、牽制する形で、大掛かりな妖精との対話、交渉の拠点を冬にもかかわらず大規模な魔術を利用し作りはじめた。
さらに、鉄道が今後ここから発展する可能性も高く、それを先読みした商人や貴族が移り住む計画をはじめている。
こうしたことから、冬にもかかわらず、強引に住居が建てられ、イリノ村はイリノ町に発展している。現在は厳しい冬の最中だが、雪解けとともに町の拡大はさらに加速することが予想される。
急な拡大により、イリノ町は運営が混乱し組織の体制が間に合っていなかった。現時点でもだ。村長だったウェプトンは頭を抱えており、運営のための人材確保を進めつつも、各種申請に対する書類の判断や相談などで忙殺され、まったく組織として回っていない状態だった。
そうした結果なのか、許可なく建設されていっている建物も現れているが、見過ごされたり、見つかったらその対応に追われたりとしっちゃかめっちゃかである。
人が増えれば問題も起き、いろいろな苦情や嘆願書がなされ、町長ウェプトンは日に日に痩せこけていっている。春に入り人が増えればさらに忙しくなると思うとぞっとする。
ウェプトンは、いったいどう収集を付けたらいいか、まったくもって分からなくなっていた。最初はメルポポの妖精達により、村は活気づき、経済的に発展していって順調で、あの頃は良かった。いったいぜんたい何がどうなってこうなったのかさっぱりわからないのである。
といって、妖精達が悪いのかというとそうではない、魔獣を退治してくれていて、お互い損しないようにと距離をとっていたように思う。どちらかというと人間側のいろんな思惑、期待、などが混ざり合って大変なことになっているので、誰を責めていいものか分からない。もう少し、人の流入について慎重にすべきだったのかもしれないが、時すでに遅しである。
キルクス王国は妖精とは対立しているので家への入居、商売の開始などは差し止めているが、申請者の身元の確認も手が回らず不完全であると思う。
本当に問題は多発している。
水道や下水道、井戸などの整備が進んでいない。多くの者は、強引に家を建ててしまって後先を考えていないのだ。そうしたことで元々の住民と対立が起き始めている。後からやってきた人のほうが権力を持っていることが多く、そのうえ人数が多い。そうしたことで、元々の住民のほうが立場が弱くなっており、そうした板挟みの中どうしていくかが問題となっている。周辺諸国の貴族や大商人が絡んでいて、なかなかに高圧的なのだ。
村だったころは戸締りもしないような皆顔見知りの環境だったが、今では空き巣、街中での窃盗なども増えてきており不満がでている。自警団も元は二人だったのがさてはて、大掛かりな組織にしなければならないというのに、全く手が回っていない。私も含めた元々の住民がかわいそうな状況なのだ。
そうした反発は、食糧問題に影響している。麦を中心とした村の食糧は、まだまだ元々の住民が育てている。これがどういう問題をはらんでいるかというと。税は払うが、市場におろさず、あとは元々の住民で分け合って暮らしていこうなんて話になってしまっている。私も反対しきれないし、反対しても強引にそうなるだろう。今、この話は他の住民は知らない。知ればもっとややこしいことになるだろうが、まだ先の話だがいずれ知れる、時間の問題だった。そしてかなり致命的な問題である。
周辺諸国から人が集まっているということは、さまざまな異文化が交錯している。リーディアは人間、エルフ、ドワーフ、小人族、獣人と雑多な交友に関して寛容であったしイリノもそうだった。しかし、人間第一主義の国や、ドワーフ達の国からも人が来てまったく別の対立関係ができ始めている。リーディアの国民としては人間第一主義をやるなら自分のところでやれと言いたい。
妖精に魔獣討伐を助けられ、発展し良い時代を感じた人々に妖精信仰が生まれた。そう、新しい宗教である。それは、外からやってきた人にも伝播し大きな勢力となりつつあった。それを快く思わないのはルジャーナ聖教である。妖精信仰を牽制するためルジャーナ聖教は、町に教会を建てはじめたのだ。ならばと妖精信仰も教会を建てはじめた。勝手にやってくれとはいかない。なにせルジャーナ聖教はリーディア全土に力を持つ。つまり、敵に回せば、こんどは町全体が国のつまはじきものにされる、そうルジャーナ聖教が圧力をかけるということは想像に難くない。
妖精信仰のおかげで、技術発展、魔導エンジンを使った列車とその開発に対する抵抗と対立は陰りを見せているが……他の村は違うようであるが、もうそこは考える余裕はない。
直近の最大の危機はやはり食糧だろう。外から仕入れるにしても、まだ街道は整っておらず限界があるし、なにより元々の住民が市場におろす気がない。おろしたとしたとして、冬を越せるかも怪しい。そう、イリノ町は前代未聞の食糧危機に陥っていた。




