42 メルポポ道場式典、アオツキ
コルトこと星庭神成はスクリーンの映像から、蒼月采蓮を見た。
その顔と髪から、あれ、日本人か?と、驚いた。
ちなみに、神成は二人目の勇者についてまったくもって覚えていない。少女を一瞬なりとも目撃したはずだが、そう、全く覚えていないのだった。だから、勇者であることを気づかない。
「めずらしい雰囲気だね」
「そうですね、どことなくコルト様に似ていらっしゃる気がします」
「そうそう、なんか俺の故郷の顔立ちしてる。不思議だなぁ」
「不思議ですねぇ」
神成とミリシアはのんきに観戦していた。
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蒼月采蓮はぷんぷん怒っていた。そう、怒っていたのだ。いや、妖精さんは嫌いではないけども、だからこそなおさら腹がたつ。なんだこの怒りは。
メルポポ道場の開催式の妖精戦三戦目、会場で南側にやってきた彼女は目の前の妖精を見据え、周囲の剣から二本、右手と左手に持って構えると、浮いている剣は彼女の背に並んだ。
その光景に観客たちはこれから一体どうなるんだと期待を膨らませる。
あるていどの魔術師は複数の剣をああも自在に操る姿をみて舌を巻いた。物を運ぶといっても、せいぜい二個か三個、ゆっくりが限界である。しなやかに動く七本の剣なんて、そんな無駄に頑張るくらいなら、もっと炎や風の斬撃でもそういった魔術を熟達させた方が戦力になる。いや、そもそも頑張ってできるものだと思えない。そんな魔術を常時発動させ続けるというのは、マナがすぐに枯渇してしまう。
あるていどの武術をたしなんだものは、その構えに一定の技量を見出しただろう。しかし、剣の二刀流というのはわりとめずらしいし、難しい。妖精も二刀流であるが、二本の剣をもったからと言って攻撃力が二倍になるような簡単なものではない。一方の剣で攻撃を放てば、そのための体の動きになり、自由に残りの剣を使えるわけではない。それにどちらでも切り付けて有効打にするには筋力が必要だ。むしろ剣と盾とした方が、攻防がわかりやすくて扱いやすい。ほどほどの剣士なら疑問に感じる。
とはいえ、剣士ブライと訓練をしていたという噂もある。妖精に育てられたという噂もある。もしかすると、もしかするのかもしれない。
「それでは、本日最後、最後の試合に参りたいと思います。スリーカウントです」
采蓮は、いま頭が怒りでいっぱいであった。
「スリー!」
采蓮は、観客を意識するそんな余裕などなくなっていた。
「ツー!」
采蓮は、もうちょっと優しくしてあげてもよかったじゃないと思った。
「ワン!」
采蓮は、自他ともに数多の何手先もの動きがイメージできていた。
「はじめっ!」
妖精も采蓮も同時に飛び出した。両者の剣は中央で二本ともが激突し、そして攻防が繰り広げられる。いや、それは圧倒的に采蓮が押しており、ずんずんと妖精は後ろへと追い詰められていく。
采蓮の浮いた剣も使っての多重攻撃に妖精の剣は間に合わなくなっていく。少女の攻撃速度は徐々に早くなっていき、ときに剣は彼女の足場にもなり、三角跳びの三次元的な動きで妖精の本体を狙わんとかかんに攻める。
それは圧倒言う間の出来事で、観客は、凄い、これは凄いぞ、と声を上げようとした次の瞬間、
采蓮の剣は妖精の体を深々と切り裂いていた。
カランカランと妖精が持っていた二本の剣が床に落ちる。
彼女は結界ぎりぎりの端まで届いていた。
観客はあっという間の出来事に驚愕しつつ、彼女の圧倒的な力と迫力に歓声を上げた。
「アオツキさん勝利!妖精さんは復活しますのでご安心ください」
そういうと、先ほどの妖精の場所に、ふわっと妖精が現れ、剣をもち、会釈をして去っていった。
実は、本当に復活したわけではない、同じ妖精を作っておいて、同じ場所に転移させただけであるが、そんなことは分かるものなどいない。
采蓮は、冷静になって、あ、やりすぎちゃったと焦ったのだが、妖精が元通りになって安心したのである。よかった。殺しちゃったかと思った。
「それでは、見事、妖精さんに勝利したアオツキさん、一言お願いします」
采蓮は、戸惑った。こういうシーンは良く知っている、スポーツとかで優勝者にインタビューする的なあれだ。でも、いったいぜんたいそういう人達がどんなことを言っていたかなんて記憶にない。どうしようと頭が真っ白になった。
「ふ、ふぇーぇ」
「緊張されているようです、それでは勝利いたしましたアオツキさんにあらためまして拍手を!」
こうして盛大に采蓮へ拍手と歓声が送られた。
采蓮は不思議な気分だった。まるで自分が物語の主人公にでもなったようだ。それは心地よく、そしてふわふわとした感じであった。現実感がない。
「ありがとうございます、ありがとうございます。それでは皆様、本日の式典はこれにて終了とさせていただきます」
采蓮は観客席を見渡しながら、なんとも盛大なイベントだったんだなと改めて思った。さて、それよりブライの様子を見に行かないと。
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リーディア商業連合国の各都市で試合を見ていた人たちも、式典が終了しスクリーンが消えるとゆっくりと帰りはじめた。それは夜ご飯を食べてほどなくしてくらいだろうか。
そうした時間帯であったことで、中には酒場にいって試合の話をつまみに盛り上がろうという人達も大勢いた。だれもかれも、まだ式典の熱が冷めていない。
メルポポの交流区では賭けの勝利者にお金が順次わたされていきはじめ、さぁ、これで飲み明かそうぜというムードである。
そんなこととは関係なく、食べ過ぎて苦しくなったミナは宿に戻りベットであおむけになっていた。
妖精は本当に強かったんだなという声や、トーナメントの各戦いを振り返り印象的だった場面を言い合う人達、また次やらないかなと次を期待する人たちなど、式典は各々にいろいろな思いを与えたのである。
剣士ブライに剣術を習ってみたい、そう思う者もいた。
アオツキの戦いをもっとまじかで見てみたい、そう思う者もいた。
道場にはいれば、直接教えてもらえるんだよなと考える者もいた。
妖精を含め、試合に出た人達の強さに、戦乱のなかでの希望を見出す人もいた。
剣の熟達者は、アオツキの戦いに感銘を受けていた。それは人知を超えた領域だったのである。
魔術の熟達者は、アオツキの浮遊剣の制御に感銘を受けていた。それは人知を超えた領域であったのだ。
式典の熱を持ちながら、その日の夜はにぎやかに過ぎていった。
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蒼月采蓮は治療室のブライのもとに駆けつけた。
ブライはまだ意識が朦朧としているみたいだ。
「無茶しすぎ」
采蓮はぽつりとつぶやいた。
「悪い……アオツキの試合見れなかった」
「そんなことはいい」
「いや……俺が見たかっただった、何やってんだろ」
「そうよ」
ブライは朦朧としながら思う、なんかまぁ、後に引けなくなってた。本来なら降参しておくべきだった。何のために俺は式典をやったかというと、妖精の力をはかりたいからだ、自分のではない。でもまぁ、結局は、自分の力を試し切りたくなってあがいてしまったんだな。
そんなところに、デンもやってきた。
「お互い無茶はするけど、片膝ついてからは無理だって判断できただろうに、あいかわらずだな」
「いつも以上に……熱くなっちまってたな」
「そうなの?」
「あぁ、慣れない場の空気にのまれちまったのかな」
と、デンは切られたほうの腕を振った。
「じゃ、俺は帰るよ、長く留守にすると誰かさんがうるさいしな」
そう言ってデンはどこかへ行ってしまった。
「お友達?」
「……いや、ただの知り合いだ」
「そう」
采蓮にはそうは思えなかった。あんなふうに軽く話ができる相手がそもそもいないのだ。ブライに対しても、気軽に話せる、というほどではないし、ブライはどちらかというと師匠的存在である。弱いけど、師匠である。そう、確かに師匠にちがいないのだ。
「そういえば、師匠の補佐って何をやればいいの?」
「はは……今日は休ませてくれ」
「うん」
そして采蓮も、内部区の自分の部屋へと戻った。疲れたので、今日はとっても深く眠れそうだ。
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その後、メルポポ道場の式典による妖精の強さや各自の活躍、とくにデンやブライ、アオツキの強さについて見ていなかった人たちにも人づてに伝わり話は伝播していった。
そうすると、妖精にぜひ魔王を倒して欲しいとか、アオツキこそ真の勇者であるだとか。希望的な願いもふくめて、噂話として。
妖精の里で育てられた少女が、剣士として覚醒し魔王を倒す、そんな願い。
また、メルポポ書店では、新たに一冊の本が出版された。
『メルポポ道場開催式式典戦闘記録』、そこには、イラストを交えた迫力のある、見ても楽しい、読んでも面白い、式典の物語が記載されていて、多くの人たちに購入されていった。
メルポポは新しい風を取り込みはじめ、それはまた、いくつもの波乱を巻き込んでいく。
星庭神成の知らぬところで。




