41 メルポポ道場式典、ブライの剣
コルトこと星庭神成とミリシアはリビングで晩御飯を食べながら、メルポポ道場の妖精戦一戦目を見ていた。
腕が切り落とされたのを見てミリシアは「ひぇっ」と悲鳴をあげた。魔族も、皆戦闘狂というわけではないのである。
「治癒の妖精がいるから大丈夫だよ」
「こういうところなのかな、私が戦いに向かない要因って」
「別になれなくてもいいんじゃない」
今日の料理は、魔獣の肉の香草焼きである。瘴気味と香草はケンカしやすくバランスが難しい。神成も、瘴気味についてだいぶわかるようになってきていた。
ほどなくして、次の出場者の名前を聞き姿を見たコルトは驚いた。
「ブライだって!」
「どうしたんです?」
「この人、ルージェ村に一時期いた人だよ」
「強いんですか」
「うん強いよ。今みたいに武術極めきる前だけど木剣で試合して、俺、負けたからね。と言って、あの時の俺は剣の達人じゃなかったから、目安にならないか」
「これから道場の師範をやるんでしょ、相当期待されてるのかな」
「かもな」
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メルポポ道場の開催式の妖精戦二戦目、剣士ブライは南側の会場へとゆっくり歩いていた。
トーナメントで勝ち抜いてきたデンと異なり、ブライを知るものは少ない。また、デンは決勝戦の熱をそのまま引き継いだというのもある。会場はデンの時ほどブライに激励をとばす声は少ない。ただ、そうしたことは戦う当人のブライも、そして、それを見守る蒼月采蓮も集中していて気に留めていなかった。
采蓮は物を浮かせるだけでなく自分も飛行し戦うことができた。そして、彼女は二刀流で、他に複数の剣を浮遊させてあやつり戦うことができる。そんな彼女と相対し特訓していたブライはいくつか実験の結果、ショートソードでなければ彼女とは相対しえないことが分かったのだ。ブライはもともとルージェ村でもみており、飛行する妖精も見ていた。どこにでも瞬時におもむいて魔獣を葬れるなら、飛行という機動力を持っている可能性は高い。それは剣士として、戦士としての直感だったのかもしれない。
だからこそ、そう想定してから采蓮とはショートソードでの訓練を行った。
ブライとしてはトゥーハンドソードで臨みたいという思いもあった。ロマンだろうか。理屈ではない。意地かもしれない。
もう一つ、言い訳をするなら、采蓮のために、なるべくブライは彼女に匹敵するくらいの強さで彼女と相対して訓練していたかった。いや、違うな、妖精の本気がもし自分を超えてしまったなら、それをはかるには彼女しかいない。であれば、彼女の力を最大限に引き出しておいた方が、妖精の力を見極められる、そういうことだ。
かといって負けるつもりもない。そう、彼女の力を引き出しきるということは、今の自分の全力はどこかを探るということでもあった。
ブライは指定の場所に着くと、ゆっくりと右手を前に剣を構えた。
「それでは妖精戦第二試合、スリーカウントで始めさせていただきます、スリー!ツー!」
妖精の強さを見せつけられた観客は、息を吞んで見守る。
「ワン!」
ブライを知る者たちは、待ちわびた時がやってきたぞと、密かに心を熱くする。
「はじめっ!」
ブライが駆け寄りはじめると、妖精もそれに応じて急接近した。一戦目とは大きく異なる状況に観客の期待は高くなる。
妖精は右の剣で振りかぶる攻撃をそれよりも早い勢いでブライの剣がぶつかりカキンと金属音が響き渡る。次の瞬間には迫りゆく妖精の左の剣の刺突攻撃にブライの剣が軽く当たってその勢いでブライの剣は妖精の本体をめざす。
急遽妖精は地面に下がってそれを交わすも、体制は崩れ、ブライは妖精に向けて剣を追従させる。そう、剣をさばききる必要はない、ちょっと残って自身に当たっても、本命にたどり着けるかどうかが大切だった。機敏さのなくなる大振りや力を入れた対応は極力避け、相手の剣の威力も利用しての対応をとった。
そうして、ブライと妖精は何合も剣を撃ち合わせていく。ブライは時に跳躍し傷を負いながらもかかんに攻める。
どこの観客もそのやりとりに一斉に空気が変わる。
「いっけーブライ!」
「ブライ!」
「いいぞぉ!」
あまりの妖精の強さに、ブライに賭けたけど負けるはと思っていた人たちも、これはもしやと心機一転声を荒げはじめた。
さぁ、さぁ、やってくれブライ!
両者の激闘は見ていて派手で面白い。そう、剣術や戦いが分からない人にとっても非常に興奮する魅力的なものだった。
その猛攻は妖精に飛行して距離を取らせて、優位な状況を作らせる余裕を持たせないためであった。デンの時と異なり、武器同士で攻撃ははじくことができる。跳躍してもはじけるなら、少しの切り傷は覚悟して前に出ていくことができる。
剣と剣がぶつかるたびに、観客の声は熱くなっていく。
されど、ブライの傷も増えていく。完全にさばくのではなく致命傷を避けているだけだからだ。それでも、戦いは白熱した状況が続いていく。
「うぉおおおおおお!」
いつもは冷静なブライでさえも叫んでいた。かなり熱くなってしまっているのは、観客の熱気がそうさせるからか。それとも、猛攻を繰り返すうちに気分が高ぶりすぎてしまっているからだろうか。
妖精の左の剣の大振りに、ブライは接近して、その手元を狙ってはじく。なるべく内側ではじいたほうが力がいらない。どうせくるだろう妖精の右の剣をブライは視界にとらえようと思ったら、その剣が見えない。しかし妖精本体めがけてブライは剣をつき放つ。すると、妖精は急に左へと体が動いた。右の剣を反対側に振りかぶりその重みで体全体を飛行とは違う力で動かしたのだ。
辛くもブライの剣は妖精に届かない。
その時には、妖精の左の剣がブライの右肩を狙っていた。とっさに右に避けるもこれもまた避けきれず切り傷を受けてしまう。
ブライはかなり出血している。
それでもブライはまだ攻めた。
しばらくは先ほどと同じように、激闘は続いたがカクンとブライの攻めが緩くなったのを妖精は見過ごさずに大きく距離をとった。
そう、出血と疲労で、動きが鈍ったのだ。無理をしていたが、限界が来ている。
そうなってからは、妖精が大きく距離をとっての突撃、そして離れての再突撃の繰り返しで、ブライはそれを防ぎきるだけになっていった。
「ブライ頑張れー!」
そんな声援もおくられはじめる。
とはいえブライは決着はついたなと感じた。
妖精の突撃に連撃に圧倒され、ブライは片膝をついた。妖精はこんどは距離をあけずに追撃をはなつと、ブライは一撃目をなんとかしのげたものの二撃目を左肩にもろにくらってしまい、剣が抜き去られると大きく血が噴き出した。
しばらく、ブライは剣をついて立っていたが、やがてどさりと崩れ落ちた。
「ブライさん崩れた!出血死の危険があるため、試合終了、即治療、妖精の勝利とします、皆さん、かかんに攻め続けたブライさんに拍手を!」
観客席からは拍手と、「すごかったぜ!」という声がかけられた。
急遽向かった妖精の治療によりブライの傷はふさがったが、体力の限界でもあったのだろう、そのまま治療室へと運ばれていった。
そこに心配した采蓮がかけよると妖精が「大丈夫ですよ」と答える。それでも心配だった彼が呼吸していることを確認し、少し安心したのである。
采蓮は、途中からは無茶だったと感じていた。それでも彼が戦い続けたのはなぜなのか、よくわからない。突き進めば壊れてしまう、手から零れ落ちてしまう、それが采蓮の根底にある考えだからだ。もう無理だと分かったうえで、それでもやってみる、足掻くことがわからない。
ふと、采蓮は妖精へ顔を向けた。許せないなと思った。それは、ちょっと恨む先がちがうというか、筋違いなのだが、彼女はそう感じてしまったのである。
「さぁて、本日最後の勝負に参りましょう、アオツキさん南側へおこしください!」
さきほどの激闘に観客たちは熱くなっていた。それでも、次の少女はまったくの無名であった。ただ、ここ最近、こんな噂が出ていた、剣士ブライと特訓をしている少女がアオツキであると。もしかしたら、なにかが起こるかもしれない、静かな期待が充満していた。
何ももっていなかったはずの少女のもとにふいに七本の剣がサササササと集った。まるで剣一本一本に意志が宿っているかのように、少女を守る騎士が集うかのように。
少女を中心に、七本の剣は垂直に剣先を地面に向け、マントのようでいて、少女を中心にゆっくりと回っている。
その光景は異様であった。そんな戦士は、誰も見たことがない。
その少女が、ゆっくりと剣とともに南側へと進んでいくのを、観客は息をのんでみていた。




