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40 メルポポ道場式典、トーナメント決勝戦

メルポポ道場の開催式のトーナメント決勝戦が近づいてきた。


北側からは、獣甲流格闘術のデンが余裕の様子で観客席を見渡し手を振りながら前に進んでくる。観客は大いに盛り上がる。


「いっけーデン、俺はお前に手持ちの全財産賭けたんだ!」


「きゃーっデン様ーーーー」


南側からは、堂々とゆっくり歩き進む剣士ドルッツォがやってくる。


「ドルッツォ、剣の戦いなんだから勝ってくれよな!」


「頼むぜ剣士の意地を見せてくれ!」


そうした声援を背に、司会者ディーニックが宣言する。


「それでは決勝戦です。北側は快進撃を続けてきた、まだ傷一つ負っていない獣甲流の格闘家デン選手!南側は剣の技ならこちらが有利か雷剣の剣士ドルッツォ!さぁ、決勝です、スリーカウントで合図をいたします。」


その声を聴いて、ひょうひょうとしていたデンは目を閉じ、一瞬にして彼の空気が変わった。


「スリー!」


ドルッツォも構え、いくつもの相手の行動の選択肢をイメージする。


「ツー!」


いつのまにか会場の観客、スクリーンを見ている大勢も一緒にカウントを叫んでいた。


「ワン!」


そして観客の視線は二人に集中し、静まり返る。


「はじめっ!」


あっというまに二人は動き、デンは急接近と見せかけて唐突に第二試合で見せた木剣の投擲、それを選択肢に入れていたドルッツォは低くかがんで前進して剣を低空に振り抜きながらにしてかわす。デンは前へと跳躍、ドルッツォの顔に膝蹴りをとばすも左へ転がって避ける。ドルッツォが立て直している間に、投げた木剣をデンは足でけり上げ手に取り、両者の位置は最初と反対になった。


「おぉおおおおー!」


観客はこの攻防で大盛り上がりだ。


「舐めた真似を、さっきやったやつじゃないか」


「足払いの予定だったから少し違うよ。知られててもそれで決められるのが得意技だろ」


そして両者は激突、木剣の撃ち合いがはじまった。デンは合間に蹴りや足払い、ときに剣をブラフに腹を狙った拳の一撃などを入れるも、純粋な剣術でドルッツォはおおむね対応しきる。といっても、おされているのはドルッツォだ。デンの多彩な動きに対応しきれず致命傷でなくても攻撃が入ってしまう。といってデンも剣はそこまで得意ではない。危うくデンへ一撃が入りそうになる場面もあり、観客はそうした激戦に興奮し、熱狂していた。


大都市のスクリーン会場でも熱狂し、もはや衛兵の交通整備は意味をなさなくなっていた。


「デン!デン!」


「ドルッツォ!ドルッツォ!」


それぞれの声援がこだまする中、両者の戦いは白熱するも、ドルッツォはさらに押されはじめた。ドルッツォは疲労がたまってきたのである。デンは二試合とも軽く勝ち取ってきた。しかし、ドルッツォはそうではない。一つ目はぎりぎり追い詰められての逆転、二つ目は危なげはなかったがデンほど楽勝ではなく、そうした違いがではじめていた。


ドルッツォは焦る、早く決定打をと。そこで、とっさに間合いをとった。一撃を入れる準備のため、ほんの少しでも時間を作りたかったのだ。


デンはそれを追いかけるかと思ったが、どちらも距離を取ったまま向かい合った。距離は試合開始より近い。


じりじりと両者は円を描くように様子をみあった。


ふと、デンの右腕が動いたのをドルッツォは見逃さなかった。それは最初にやった木剣の投擲である。ドルッツォは瞬時にデンの言っていた『知られててもそれで決められるのが得意技だろ』を思い出す。これで決める気だと。だが、疲れていてもそうはさせまいと、最初と同様に低い姿勢で剣を振り飛び込んだ。


しかし、デンの右腕はフェイントだった。そう、投げなかったのだ。ドルッツォはしまったと思った、瞬間、今度こそデンは右手から木剣をドルッツォの頭めがけて投擲し、勢いを殺せなかったドルッツォはそれを見事に受けて、後方に吹き飛んだ。


「はは、いやぁすごいよ、むしろ普通反応できないんだけど、反応出来ちゃったからこその敗因だね」


ディーニックは、カウントを十数えはじめる。


会場は静まり返っていた。そう、驚きのあまり声が出なかったのだ。


「ゼロ!勝者デン選手、素晴らしい、素晴らしい戦いでした!皆さん、両者に拍手を」


会場は拍手で満たされた。


倒れているドルッツォに治療の妖精が飛んでいき、治療をしながら運搬され、治療室へと運ばれていく。


飲食店で見ていた観客たちも感激したり一喜一憂といろいろだ。


「くっそぉ、負けたっ負けちまったー」


「剣の勝負なら、ここは勝って欲しかった」


「いや、デンは獣甲流の次の後継者だろうって話だし、雷剣が封じられたドルッツォは分が悪いよ」


ミナは何とか食事を食べきってお腹をぎちぎちに膨らませていた。彼女は別の勝負に勝利していたのである。


会場では司会のディーニックがデンに声をかけた。


「優勝しました、デン選手、一言おねがいします。それと、妖精戦まで、休憩はなさいますか?」


「休憩はいらないよ」


そして会場に手を振りながら彼は言った。


「皆、本番はここからだよな!」


その彼の発言に観客たちは叫び返す。


「そうだー!」


「よっ見せてくれよ!」


そう、妖精との対決、この式典の見せ場はこれからなのだ。


#


夕日が落ちはじめ、もうそろそろ晩御飯時ともなったがそれでも大都市のスクリーン会場では人がごった返していた。


メルポポへ行けなかった冒険者の中には、この光景を見て、もし次があれば俺もと考えているものもいた。本当の戦いをまじかで見た一般人はそういない。闘技場はリーディアにはなく、こうした光景を目の当たりにするのはほとんどの市民ははじめてである。交通整備に来たはずの衛兵のいく人かは試合に熱中してしまっている。


「さて、それでは優勝したデン選手には南側の位置へ移っていただきまして、妖精戦の説明をさせていただきます。トーナメントと異なり、なんでもありです。武器あり魔術あり防具ありの真剣勝負でございます。万が一の治療に、緊急の治療のための妖精も待機させていただいております。参加者様はご存分に力をふるってください。また、観客席へも危険が及ぶかもしれませんので結界を張らせていただきます」


司会のディーニックがそう言うと、妖精が四隅に現れ、試合場は魔術の結界で覆われた。シールドの魔術の発展、戦争などでは定番の知る人ぞ知る結界魔術である。マナの消費が激しく長時間の維持が難しいものである。


結界の登場により、これからの戦いがさらに白熱したものになるだろうと観客は感じ取った。これをたまたま見ていた魔術師は、なんてとんでもない魔術を準備しているのだと驚愕した。普通の興行で使えるものではない。


「それでは今回の大目玉、リーディア中の数々の魔獣を圧倒的速度で討伐しているメルポポの剣士のご登場です!」


それを合図に、盛大な音楽が鳴り響く。管楽器と打楽器を中心にしたまさに主役の登場に相応しいものだ。


浮遊してやってきた妖精は両手にそれぞれ剣をもった二刀流、剣はショートソード系であるが、独特の薄緑の色合いから魔術加工もされてることが遠目に分かる。それは装飾などなく、実践だけを考えて作られたシンプルな形状であった。愛らしい妖精の姿と無骨な武器のコントラストが異様な雰囲気をまとっていた。妖精はゆっくりと、空を飛んで北側の場所に進んでいく。


はじめて見た、戦う妖精の姿に観客や参加者は様々な感想を抱いた。そう、かわいらしいので強そうに見え切らない。それゆえ、本当に強いのか、と疑問に思う人も多くいた。武器について分かる者は、別の点で驚愕していた。均一な薄緑の色味は生半可な技術で組み込める魔術加工ではない。切れ味と強度は、国宝とはいかずともそれだけで貴族の屋敷が買えそうなほどの逸品である。


デンは自然体でありながらも、妖精を十全に観察し、いくつもの戦い方を予想し検討していた。まず、彼にとっては妖精に死角というのがあるのかが疑問であり、これまでのようにはいかないかもしれないと考えていた。確かに目はあるのだが、ちゃんと知っているわけではないのである。


空を飛ぶというのも厄介な点である。攻撃のタイミングについては妖精が主導権を握ることになる。飛行の限界、制限、速度についても分からない。飛翔する魔獣であれば急旋回が難しいとかいろいろあるが、前情報がなく、安易に決めつけることができない。


さらに、的が小さい。人間の顔もないくらいの大きさだ。剣をさばききっても本体に届かなくてはどうしようもない。リーチの短い格闘ではかなり不利かもしれない。妖精に対峙するので有効なのは槍だろう。とは言え、武器は使うつもりはない。


また、武器も厄介そうであった。あるていどの刃でも一点集中させて肉体を硬化させる魔術ではじき切ることは可能だが、どちらの剣からもそんなことはさせてくれる感じがしないのだ。普段は指先で受け止めたりできるのだけど、油断していつものようにやったら真っ二つになるだろう。


剣の技については未知数すぎる。そもそも、あの腕には筋肉という概念がない。いったいどうやって動いているのだと。ただ、構えから、ドルッツォくらいの剣の実力は最低でもありそうだが、どこまで上か全くわからない。食わせ物な強者は偽ったりするからな。ただ、そういう手合いではないと思う。


そうした分析のほかに、相手がどう動くのか予想のイメージはいくつもあるが、こりゃ、腹くくらないとダメだと感じた。あぁダメだ、いやな予感がする。


デンのそうした一瞬の思考の後に、ディーニックは告げる。


「それでは、はじめっ!」


その合図とともに、両者は数秒動かない。ふと、妖精はゆっくりと詰め寄りだすと、ほんの少しデンは下がる。


観客はこの状況に騒然となり、どよめいた。これまで、試合をコントロールしていたデンと動きと全く違ったのである。


デンは直感した、これはヤバいと。一気に詰められた瞬時に首が飛びそうな雰囲気だ。だからと言って、回避は自由の利く妖精の追従力のほうが高そうであるが、様子を見るために回避だろうか……


動かないデンと反対に妖精はじりじりと詰め寄る。


観客はその異様な雰囲気にのまれはじめていた。何かが起こる、その瞬間を逃すまいと、かたずをのんでいる。


妖精が中央付近に来るやいなや、ズン、と加速してデンへ向けて右の剣を振り上げて切りかからんとした。ただし、左の剣は続けて突きが放てるように狙われているのをデンはとらえる。


デンは左の剣、二撃目がこれないよう反対の彼にとって左側へと低くとんで回避し、すかさず後ろへ回りこむように走る。妖精は振り下ろした剣の勢いを活かして回転しつつ、そうしてデンの方を向かんとする。その一瞬を彼は狙ってとびかかる。


妖精の右の剣が間に合いそうになるのを、デンは左手で剣の腹を殴りとばすと、剣は床にガキンとぶつかる。デンは右腕の拳で妖精に一撃を与えようとするも、左手で剣をはらったことで勢いが落ち、とらえきれず妖精は上空へと逃げてしまった。


真上にいられるのが気持ち悪く、デンはさがって距離をとる。


その応酬に観客は沸き立つも、デンの心はずんと冷えていった。勝ち筋が見えないどころか切られるイメージばかりが頭に浮かぶ。いやぁ、冗談みたいな相手だ。


その後、同じように妖精の突撃とデンのカウンターの流れで、戦いは繰り返される。そう、飛行する相手に対してはカウンター以外の選択肢がない。跳躍などしたら、空中で相手のいいようにされるのが目に見えていた。攻撃を防げるなら、跳躍して、というのもできるが、そうではないのだ。跳躍するなら、そのとき確実に決めなければならない。


またしても同じように妖精が突撃して来たのをデンは認識すると、魔術で足の筋力を瞬間的に強化し最大の瞬発力で妖精めがけて跳躍した。その勢いは妖精の振りかぶった右の剣が間に合わないほどである。


さぁ、デンの拳が妖精をとらえるかと思われた瞬間、妖精の左の剣が彼の渾身の拳を貫き、切り落としてしまった。


騒然となった観客は言葉を失い多くが沈黙した。


着地し、一呼吸置いたデンは左手をあげて言う。


「降参だ」


「デンさん右腕を切断されあえなく降参です!皆さん、激闘を繰り広げたデンさんへ拍手を」


観客の反応は千差万別である。激しく戦ったデンを労う声、妖精のすごさに驚嘆する人々、また妖精を恐ろしく思い声の出ない者、賭けに負けて地面に屈する人や反対に勝って喜び拳を振り上げる人などなどである。


スクリーンで見ていた人も同様であった。そりゃこんな妖精なら大型魔獣を一刀両断できるのもうなずける、そんな感想もではじめていた。


デンのもとにすぐさま妖精がかけつけ治療を施し、切断された腕がもどると、彼は観客席に手を振った。それにこたえるよう観客はデンへと称賛を送った。


その称賛の声は終わる気配を見せない。


「それでは、デンさんには結界の外へ出ていただきまして、妖精さんには北側の位置に戻っていただきましょう。さぁ、続きましてはこの会場ともなっている道場の指南役となる、あまたの強者を狙って渡り歩いてきた剣士、ブライさんでございます」


じょじょにデンへの称賛の声はやんでいき、一本の剣、ショートソードをもったブライがゆっくりと南側の場所へと進み始めた。


ブライをよく知る者たちは奇妙に思った。彼が得意とする武器はトゥーハンドソードであって、ショートソードではない。ショートソードよりやや長い、両手や片手と切り替えてあつかうその武器を彼は好んで使っていたはずなのだ。そうしたことが、これはただ事ではないと感じさせたのである。


「おい、なんでショートソードなんだ?」


「どういうことだよ」


「ブライはトゥーハンドソード、話に聞いてる武器と違うんだって」


そうした声は伝播し、観客は波乱の展開を感じたのである。

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