39 メルポポ道場式典、トーナメント第四試合
メルポポ道場の開催式のトーナメントも第四試合がはじまろうとしていた。さぁ、次はどんな戦いを見せてくれるんだと観客席からは声援が飛ぶ。
その声を背に、北側からは、肩をさらした身軽な女戦士が木剣を逆手に持って進んでくる。焼けた黒い肌が印象的で砂漠の住人を連想させる姿だ。その姿に観客はまた喝采を浴びせる。
南側からは体の大きい筋肉質の男が緊張した面持ちでゆっくりとやってくる。彼の名はバルド、優し気な表情に体格はいいがそこまで好戦的な性格ではない。
彼は農夫の息子として生まれた。まだ彼が少年だったころ、畑仕事を父と一緒に手伝っていた。農作業をしているある日、魔獣に襲われたのである。そこにさっそうと現れたのはリーディア騎士の一人だった。彼は、自分も、そんな騎士のように誰かを守れる存在になりたいと思った。しばらく農夫として生活していた彼はリーディア騎士団へと入団し、ゆっくりと頭角を見せていった。
魔王との戦いが南で激化する中、彼はある大型魔獣の討伐に召集された、それはリーディアを結集しての激戦であったが、事は上手くいかずあわや総崩れとなるところだった。それを助けてくれたのは、不思議な雷だった。そう、いま世界で謡われている八英雄物語の轟雷仙ヴォルテクスである。もちろん、彼はヴォルテクスなどと名乗っていないことを知っている。いったいどんな存在かも全く見えなかったのだ。見えたのはただ、激烈に放たれる雷と、それによって崩れ落ちる大魔獣だけだ。
そうして、また強くなりたいと思った。ほどなくしてメルポポの妖精が八英雄物語と関連があるのではないか、ということを耳にした。騎士団にも英雄捜索の調査結果が届いていて、それを耳にしたのである。そうしたことを知っていたうえで、メルポポで道場が開かれる、妖精と誰かが戦う式典があるなどと聞いては、いてもたってもいられなかった。彼はもっと強くなりたいと思っていた。騎士団を辞め、もっと強くなって、皆を守れる存在になりたいという思いで彼はやってきた。
だから、彼がここに立っているのは、周囲がせっかくだから参加してみろと強引に勧めたからである。本当の目的は、道場の生徒になることだ。
大勢の声援をあびるバルドは、なんとも自分は場違いなところに来てしまったと感じている。それでも、戦う相手に全力を出せなくては失礼だと、心を落ち着けようと「オッス」と気合を入れ、相手の女性を見据えたのである。
「それではご紹介しましょう、北側は砂漠のサナムーンの短剣使い、素早く翻弄する女戦士ナミ!南側はリーディア騎士団で鍛え上げた体は鋼のごとしバルド選手!さぁ、それでは試合はじめっ!」
ナミは軽いステップを交えてとっとっと低い姿勢で走りこんでくるのをバルドは動かず、剣を低く構えて待ち受けた。
バルドは間合いに入ったとみて、横なぎに剣を振ると、ナミは滑り込むようなスライディングでかわしながらの急接近とそこから逆手に持った斬撃が腹を狙って放たれる。とっさに、バルドは左手を木剣からはなし肘打ちで相手の拳を狙うと、ナミは攻撃を中断して肘打ちを避けつつ彼の左側へ走り抜け、ガッと左足を軸に百八十度振り返って床すれすれの低空、バルドの足を狙っての一撃を放った。
もしこれが、本来の戦場で、短剣であって、そのまま切られれば足のアキレス腱が切れ、動けなくなるだろう。
それをバルドは前へ跳躍して転がり避けつつ素早く剣を構えた。
それを見たナミは不敵に笑いステップを踏みつつ、木剣を右手に左手にと何度も投げて往復させる。それにどんな意味があるのか、バルドにはわからなかった。
ナミは敵の肩の上下がほんの少しステップに合わせはじめたのをみるや、唐突にリズムをかえてとっさに順手に木剣を持ち替えて突撃して突きを喉元を狙って繰り出した。
不意を突かれてしまったバルドだが、無理に剣で受けようとするも、左腕をズズズズっと切り裂かれ、バルドは激痛で視界が何かに染まるのを感じながらも耐えた。
ナミは間髪入れずに左に回り込んで次の攻撃を低い姿勢で脇腹狙いで繰り出すのを、バルドは反対に軽く飛びのきながら剣を打ち合わせるように振りぬけばガンと木剣がかち合った。
ナミは距離を開けず低い姿勢で死角や敵の負傷した左腕を意識しながら猛攻を繰り出していくのをバルドは少ない動きでさばく。
翻弄しかかんに攻めるナミのステップと攻撃に、バルドはたじたじに傷つきながらも耐えた。
観客はこのナミの圧倒的な勢いにのまれ、ナミを応援する声がこだまする。それはバルドにも聞こえてた。僕じゃだめだったか、そんなふうに敗北を意識しながらもそれでも彼は騎士だった。どんなときでも、最後まであがく、力が残っているなら踏ん張り続ける、彼はそういう男だった。
長い攻防のやりとりに、しだいにナミの動きが今度は鈍ってくる。バルドは兵士として持久力を培う訓練をしてきたし、さまざまな実践でタフさを磨いてきてもいた。一方、ナミは敵を翻弄し、なるべく早く致命傷を負わせて動けなくする先手必勝のタイプであったことで、時間がたつごとに素早さに陰りが見えてきた。そうすれば、ふいにバルドの攻撃がナミをかすめるようになる。
すると、観客もこれからどうなるのか、状況は一転するんじゃないかとはらはらしはじめる。もしかしたら、もしかしたらバルドが勝つんじゃないか、そう思った人々はバルドを応援し始めた。
「おぉーーーまだだ、粘れ、バルドーーーーー!」
そんな声援が周囲に混ざりはじめた。
しかし、バルドにはその声は聞こえていなかった、朦朧とする意識の中、なんとか戦闘を継続していたのである。
ほどなくして、バルドは倒れた。司会のディーニックが、カウントをとりはじめる。
「十」
「九」
そんな状況で、観客席からは「立ち上がれバルドー!」といった声が鳴り響いた。
しかし、そんな応援もむなしく、彼は立ち上がれなかった。
「ゼロ!勝者はナミ選手!粘り強く戦ったバルド選手逆転ならず、ナミ選手の攻めが上回りました!」
会場は拍手と声援で満たされていた。
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第五試合、騎士マルティスと格闘家デンの戦いは、圧倒的強さでまたもデンが勝利した。
木剣が一合かち合ったかと思えば次の二撃目で的確にマルティスの手元が狙われマルティスは剣を落としてしまいつつ続けざまに木剣が突き付けられたのである。
そうしたことで、優勝はデンではないか、そんな空気になっていく。
第六試合、剣士ドルッツォと女戦士ナミの戦いは、危なげなく剣士ドルッツォが勝利した。
そう、第三試合で苦戦していたドルッツォも、順調に勝ち進んだことで、空気はまた変わった。
ナミはもともと両手に短剣というスタイルである。剣はそこまでなじみがなく、無理やり合わせていた。一方で、魔術による本領発揮が封じられたとはいえ、得意の剣術で戦えたドルッツォはことのほか有利であったのだ。
最短の手数ともいえる速さで勝ち進んできたデン、最初は辛くも勝利だったが余裕を見せ始めたドルッツォ、観客たちはもしかするともしかするのか、と考えるようになった。そして、なら、なおの事、楽しい試合になりそうだと楽しみになったのである。
決勝戦は、一時間ほどの休憩となった。
道場でもスクリーンが投影され、休憩時間の間はこれまでのハイライトが繰り返し映し出されている。それを見て、観客たちはどちらが勝つだろうと胸を躍らせるのだった。
デンは参加者用の休憩スペース、道場の食事場となるところで持ち込んだ弁当を食べていた。お手製の弁当で、いくつもの食材が使われていて野菜や肉、穀物などさまざまである。
それを見たブライは彼に話しかけた。
「あいかわらずだな」
「何がだ?」
「俺はそういった料理までできん」
「覚えたらいいだろう、食事は人を幸せにする、人生で誰しもが共通に楽しめるものだ」
「俺も勉強はしたが、てめぇのは実現してるのがおかしい、国お抱えの級料理人レベルじゃないか」
「まったく、一本に絞ってると失った時、世相が変わったときに対応できないぞ」
「そうは言うが、ここしばらくは魔王軍との戦いだ、魔獣のこともある、力の時代は続くだろ」
「そこが甘い、俺がここに来たのは何も試合があったからじゃない、ついでだ。次の時代を感じるんだよ」
「少しは分かるように話せ」
「そう言われてもな、こういうのは直感なんだ、言語化はできん」
一方、蒼月采蓮も別のテーブルでお弁当を食べていた。彼女も自分で作ってきたものだ。それはなんと、この世界の料理である。不思議なことに、やってみると彼女は料理もできてしまったのである。しかも何故か、元の世界ではなく、こちらの世界の料理だ。謎すぎる。彼女のお弁当も、デンに勝るとも劣らない一級品であった。
采蓮は静かにお弁当を食べていた。話しかけられる相手と言えばブライしかいないが、彼はデンと話して一緒に食べている。なんとなく、学校のお昼休みを思い出した。いつも一人で食べていたように思う。それはいつからだっただろうか。うん、あまり思い出したくないので、今は考えるのをやめておこう。
外の飲食店に向かったのは第六試合で敗退したナミである。こんな状況だ、歩いているだけで注目された。足早になんとか飲食店に行って注文するも、周りから注目、はては声までかけられた。今やささやかながら時の人である。そうした扱いに彼女は戸惑っていた。外に出たのは間違いだったかもしれない。
「あんた強いじゃないか、どうだい、俺のおごりだ食いな!」
「え、あっ、どうも」
戦闘ではかかんに相手をほんろうし場をコントロールする彼女であるが、人とのコミュニケーションにおいてはむしろ真逆であった。そして断るのが苦手である。次々に差し出される、食事を受け取ってしまった。残すわけにはいかないと、彼女は頑張ってたべていた。なぜか一人、大食い大会がはじまってしまったのである。
観客席では多くの人が、軽い弁当を持ち込んで食べていた。移動はしにくくなるだろうし、飲食店もこのお祭り騒ぎで人が多いと判断したのである。今回は、細かく取り決めをしていなかったのでお酒を持ち込んでいる観客もいた。
酔えよ歌えよ、さぁ、決勝戦が近づき、予告としてのアナウンスが流れる。
投影されたスクリーンには、交流区の外や飲食店、はては大都市のスクリーンを見ている人たちなどにインタビューがなされ、感想や今後の予想などが流されはじめた。
そうしたころには、各大都市でもスクリーン周辺では大盛り上がりになっていて、衛兵が忙しく交通整備を行っていた。予想外の大盛況となっていたのである。
トーナメント決勝戦、妖精戦が待ち望まれる中、司会者ディーニックが動きはじめるのだった。




