37 式典まで
蒼月采蓮と剣士ブライはメルポポから少し出た開けた場所で特訓をしている。
采蓮は両手に一本ずつ木剣をもち周囲に三つの剣を舞わせて戦っている。ブライは、彼女から直接放たれる斬撃や、空中の剣を的確に交わしたり避けたりとまるで、何人相手をしてるか分からないなと感じつつ、その訓練はゆっくりと、お互い勉強しあうイメージで行われた。
采蓮が放つ突きは後ろに下がっただけで避けられない、場合によってはそのまま射出されのびてくる。そして剣を失っても彼女は浮いていた剣を手に持ち次の一手へと進むのである。
ブライもゆっくりであることで何とか攻めもできていた。下からの打ち上げとそこからの連撃を采蓮は身をそらして避けたり、空中の木剣で受けたり、手持ちの剣で受けたりと試してく。お互いできることを確かめ、そして広げていった。
ゆっくり、というのは非常に効果的だ。たとえば音楽での演奏を考えてみよう。あまりに鳴らす速度が速い、最初は何をしていいか分からない、どう指を動かしていいか分からないものの、まずはテンポをうんとゆっくりし、それでもって正しく鳴るように練習し、少しずつ速度を上げていくと、ちょっとずつうまくなったりする。いきなり、早いまま、闇雲に頑張っても、成果はなく、変な癖がついてしまうことだってある。
スローでありながら、それぞれ全身全霊をもって試行しての攻防が続く。
采蓮に二刀流や、空中の剣を使うことを提案したのはブライである。そしてその提案は的中し、ブライをさらに苦しめるに至った。
とはいえ、まだ采蓮は自身が浮遊したり、物を浮遊させることはそこまで熟達してはいない。いや、だからこその訓練ともいえるだろう。
采蓮としては、できることが広がって面白かったし、ブライは凄く頼りになった。いい人だと感じた。だからこそ、彼を失望させたくないとも思ったのである。
メルポポの道場は外側が完成し、いま内装が作られて行っている。道場の式典にむけて、外から人が集まりはじめていた。
メルポポでは俺も戦いたい、そんな話も出て、道場でトーナメント戦を行い、優勝者一人も、妖精と戦える、ということで話が進み、さらに盛り上がっているのである。
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星庭神成は晩御飯にとリビングに向かうと盛大な食事に驚いた。今日の当番はミリシアだったはずだが、いつもと違って豪勢でかつ、懐かしい構成だ。二人では食べきれないほどで、ピザ、オムライス、餃子、サラダ、握りずし、唐揚げ、日本酒やワインなどなど取り揃えられ、まるで宴会だ。
「私が全部作ったってわけじゃないけど、今日はお祝いをしましょう」
ミリシアは、あまりにも似合っているのでコスプレを超えた存在としてメイド服を着ている。おぉ、なんだこのおもてなしは!?
「お祝いって、何のお祝いなんだ」
まぁ、この料理を見て悪い気はしない、にこやかに聞いてみた。
「コルト様が召喚されて一年の記念です」
「はは、なるほどもうそんなに経つのか」
「はい、こういうのは大事なことですよ。しっかり、ささやかでもお祝いしましょう」
「そうだな、ありがとう」
そうか、俺のお祝いか。どうりで、ミリシアにしてはチョイスがめずらしいと思ったのだ。そう、瘴気味のかけらもない料理ばかり、俺の好みに全部合わせてくれて、故郷のものを取り揃えてくれたのだ。はは、それは嬉しい。純粋に嬉しい。
「なぁ、また海とかも行こうな」
「はい」
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プルクエーラは飲食店で、いつもの太麺をたのんで食べていた。客層はやや変化し、ブライがきっかけとなった道場とその式典をきいて腕自慢や見物人、道場に通いたいものなどいろんな人が集まってきたのだ。
「へっ、俺が勝つぜ、俺は魔獣とも一人でやりあえる怪力と胆力があるからな」
など、腕自慢の俺自慢が聞こえてくるのだ。
式典のトーナメント戦の出場者も決まり、そうした声にあわせて、誰が勝つのか、誰が強そうか、そんな話も盛り上がっている。当然、勝敗について賭け事も自主的に開催され、今は式典に向けてお祭り騒ぎとなっていた。
プルクエーラはブライもなかなかうまくやったと思う。手合わせをしたい、とすることで妖精の実力をはかり、八英雄物語の存在が出てこなくとも、紐づけるヒントになる。いや、彼の場合はそもそも、強い者と戦いたいというのが一番だから、噂の調査は二の次かもしれないが、自分の調査よりよっぽど良い手だと感じている。
メルポポの周辺を調査し、交流区、内部区を村の外から調べられる範囲で調査しているが、巧妙に隠されていて、情報は得られなかった。そう、単純に区画を分けて作りました、という形ではなく、外から覗けないよう、壁や建物の背がうまく配置されているのだ。内部区がどうなってるか全くわからない、分かるのはその入り口から見える景色だけである。
内部区に特別に入れてもらうことはできなさそうだった。現在出入りできているのはリーディア商業連合国の指定された研究員と一部の大使だけで、交流区からの相談などでその立場を獲得できたものはいないのである。一人例外はいる。奇妙なことに、きっと村の外でブライと特訓しているであろう少女アオツキだ。素性の知れない彼女は、なぜかメルポポの妖精に手厚く保護され、自由を獲得し、内部区で寝泊まりしているらしい。
そういう意味では、彼女に接触するのが良いかもしれないが、であれば、ブライに任せてもいい気がするし、まずは式典の結果を見るのがいいように思う。
また、式典での妖精との戦いは、トーナメント優勝者、ブライ、アオツキの順となっており、アオツキも知られるようになってきた。謎の少女とされ、いろんな憶測が飛び交っている。内部区に出入りしていることも知られており、妖精に育てられた人間なのではないか、体格から強そうには見えないとか、どうやら道場でブライの補佐をやることになったとか、でも最後に戦うのは一番強いからじゃないのかとか。賭け事は、もちろん妖精戦も行われている。ブライは道場破りなどで知る人ぞ知る人物であり、やはりブライと妖精の対決についての話題が最も盛り上がっていた。
一方、蒼月采蓮とブライの訓練はさらに一段階進んでいた。木剣から本物の剣に代わっているのである。
これについては、妖精戦を想定したからである。なんと、妖精戦は手持ちの武器を使ってよいとなっているのである。本当に真剣勝負ができることにブライは嬉しく思いつつ、アオツキはどうやら本物の剣は使ったことがないらしく、その練習も必要だったからだ。
しかし、それは危険も伴った、激しい撃ち合いの末に、対応しきれずブライは深々と腕に剣を受けてしまい血が流れる。
ぞっとした采蓮は「ごめんなさい」と慌てて駆け寄るも、ブライは笑って「大丈夫だ」と落ち着いた声で言う。それでも采蓮は駆け寄った、心配でもあるし、何でも駄目にしてしまう自分が嫌だった。何かしようとすると、手に入れたものは手を離れていく。ブライが傷つき、自分から離れてしまうのではと怖くなり、どうにかしないとと思い、焦っていた。
「ったく、油断した俺が悪い、それに大丈夫だ、時間はかかるが死にはしない」
「見せて」
心配する采蓮をブライはしかたがないなと思いながら、傷口をみせる。まったく、本番前のケガとは、油断していたな。
采蓮は反射的に手をかざした。すると、不思議なことにゆっくりと傷がふさがっていったのである。
「アオツキ、治癒魔術が使えるのか!?」
「その……わからない」
傷はしだいにふさがるのを見ながら、ブライは考える。彼女は分からないと言った。そう、彼女はあまりに自分の力を知らない。武術でもそう、やってみれば実はできた能力があったなどということがたくさんあった。いったいそれはどういうことなのだろうと思う。
「アオツキはここに来る前の記憶はなくしているのか?」
「ううん、覚えてるよ。でも……ここに来た時、いろいろできるようになってるみたいなの」
ブライは、なんとも不思議なことだと思いつつ、この能力とそれが引き出せない、とっかかりが必要で、能力をアオツキ自身が理解していない状況であることを理解した。
「治してくれて助かった。式典が終わったら、他のことも試してみないか」
「他?」
「そうだ、魔術でもなんでも、ぜんぜん違う料理でもいい、分からないなら知っていけば、いろいろ広がるだろ」
「うん」
そうして二人の訓練は再会されたのだ。
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屋根付きの小型闘技場ともいえる道場に多くの人は集まった。そう、式典が開始されたのである。会場は満員、人は入りきれない。さて、それを見越して妖精達は手を打っていた。交流区のいくつかの場所で、式典の様子をスクリーンに投影したのである。飲食店の中でも食べながら見て楽しめるようになっていた。なかなか、粋なはからいで、交流区全体で式典が見守られる形になった。
この仕込みはずいぶん前から行っており、リーディア商業連合国の大都市でもこのスクリーンの投影を広場で実施するという知らせを出していた。それぞれの広場では人が集まり、見たこともない空中に浮かぶスクリーンに新たな道場が映し出され音声が聞こえてくるというのは衝撃的でもあった。
「それでは、私司会進行を務めますは小人族ディーニック、本日はメルポポ道場の開催として最後には妖精戦、大型魔獣をたった一人で倒しきるそんな猛者と戦う三人のビッグイベントがございます。それに挑むは、これから行われますトーナメント優勝者一名!そして各地の強者を切って捨てて旅する風来の剣士ブライ!さらに、謎の少女アオツキ!ぜひぜひご覧いただいて、もっと強くなりたい、武術を覚えたいという方々はぜひ、メルポポ道場へお越しください。それでは、トーナメント、はじめて行きましょう!」
すると、盛大にファンファーレとともに、魔術によるきらびやかな演出が道場を飾り、拍手で盛り上がっていく。
さぁ、トーナメントがはじまる。




