35 メルポポ道場建造中
メルポポからイリノ村への魔導エンジンを利用した列車が完成し運航が開始された。
まずは、荷物の輸送を試運転で行っているところである。特に、石材と木材の交換みたいな形での利用が中心だ。街道と並走する形で作られ、今はゆっくり、速度を出させていない。
このままイリノ村から次の町まで路線を伸ばそうか、それとも、もう少し全体を考えて、大都市を中心に計画を立てるかなどについては、リーディア商業連合国側で相談されている。メルポポの役割は、列車の製造や整備、または路線の設営などであり、それらをどう設計し運用するかは人間側に任せるというスタンスにしたのだ。
人々の意見は様々だ。ここまで仰々しいことをしなくてもいいのではないか、そこまで必要かと思う人もいる。何かしら未来を感じて期待する人もいるし、単純に新しい見たことがない物が面白い、感動するという人もいる。中には、荷物だけではなく早く人も乗れるようにしてくれという声もあがっている。
もし、順調に事が運べば、ぜひ私達にも売ってくれと、各所から依頼が来ることだろう。そこまで行けるかどうか、どう持っていくかが鍵でもある。
自動車も発展させたいので、列車の線路に並行して、街道から道路へ、発展させたいと考えているが、なかなかに難しそうであった。
また、板に図画や文字を移す装置をこの世界の原理で作れるようになったのだが、いくつか問題があった。まず、電気が各所に通っているわけでもないというのが大きい。それゆえに、電波の中継局を各所に配置することも難しく、一足飛びでスマートフォンの時代を作ることが難しいのである。
さらに、リーディアの大都市では、メルポポ書店が開店した。まだ軌道には乗っていないが、注目は集まっている。そもそも本を庶民が買うという文化がないので、まずはそこからである。子供向けの本、教材なども取り揃えており、多くの人が、簡単にまずは文字に触れるところからスタートだ。
そして、周辺国とも取引も開始したメルポポは、さらに流通が増加していっているのであった。
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コルトこと星庭神成とミリシアはリビングでお話をしていた。
「そうそうコルト様は妖精を作るときって、やってもらって終わりではなく、ずっと続くような、そんな雰囲気ですよね」
「まぁ、そういうのもあるな」
「ずっと続くような、というのがイマイチ分からないんですよ」
「そういう願いについて、発想がわかないということか……うーん。別口でそういうプログラムでも組んでみる?」
「あるんですか?」
「あまり、褒められたものではないけどね。オンラインゲームに、何時に遠征やらせて、今日のミッションは、今週はとかの、とことんやると張り付くことになるのあるでしょ」
「あー、ありますね」
「それを、自動的にずっと上手くやらせるプログラムでも作ってみると、わかるかもね」
「ピンときませんね」
「だからだと思うよ。最初は遊ぶことを便利にするところからでいい、このボタンはだいたいここで押すから自動にする、といった感じで」
「ログインボーナスのボタンとかですか?」
「そうそう。自動化しにくいゲームもある、ドラッグ操作がないのがいい」
「なるほど、やってみます」
「基本、規約上はロボット操作はダメっていうのが通例だから、アカウントはちゃんと別口を作ったほうがいいよ」
そう、自動化というのは、オンラインゲームにおいてやるべき行為ではない。
ただ、こういう時に教材としてちょうどよかったりするので、彼としては大目に見てくれ、と思っていたりする。
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メルポポの交流区では、剣士ブライとの交渉をへて彼と妖精達とが相談し、道場をどう作っていくかが決まり、今、建築がなされている。妖精の圧倒的な作業力にブライは舌を巻く。次々と出来上がっていくのである、人間なら二カ月ほど欲しいところを、一日もかからなさそうなペースでまるで早送りのように進んでいくのだ。
「圧巻だな……これが見れただけでも来た甲斐はあるってもんだ」
「気になるところがありましたら、おっしゃってくださいね」
と、作業監督役の妖精が答える。
動きやすいように、高さは家の三階建てくらいのものにした。試合を見にくるという点もふまえて、試合をする場所とその周辺ということでさらに大きな道場となった。基本石造りであるが、イリノ村からの木材も利用して、その柱も交えて作っていく。並行して小道具の木剣や木の槍、打ち込み用の的なども作られているようで順次運ばれてくる。
居住区で建設している人たちもそれを見て、自分たちと雲泥の差のスピードに愕然としているのであった。妖精恐るべしと。
妖精の行動はぬかりなく、交流区の全体掲示板に、道場を立てることでの生徒募集と、道場建築記念に妖精の剣豪と人間の剣豪が試合をするので楽しみにしてほしい、と宣伝されていた。その宣伝には妖精とブライが戦っているであろう迫力の単色のイラストが描かれていた。これを、イリノ村など周辺にも告知しているとのこと、何とも手が早い。
そうしたこともあり、メルポポはこれまでと違った方向で盛り上がりつつあった。
宣伝を見た、他の村や町の腕自慢や、妖精の力が見れるかもしれないと胸を躍らせた人々は、急ぎメルポポへと向かいはじめたのである。
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「それじゃあさっそくコルト様、作り方というか、どう手を付けていいか、流れを教えてくださいよ」
とミリシアは甘えて話す。場所はミリシアの部屋だ。そこそこ強引に神成は連れてこられたのである。
「まず、ゲームを決めよう。少し古いので残ってる方がやりやすいな」
「どうしてですか?」
「新しいのはドラッグとかフリックなどの操作、あと三次元の認識と難しさが増えるから、簡単なものでやる」
「ルートブランジュは戦闘がオートですから、よさそうじゃないです?」
「編成画面にドラック、いやまて、あれ戦闘の前にマップ移動があるけど三次元で、あそこが認識難しいよ。その系統の古いやつ戦艦セレクションあたりがいいんじゃないか」
「ではそれにしましょう」
そうして、新しいアカウントを作って、WEBブラウザで戦艦セレクションを立ち上げた。
「ゲームは全自動が最終ゴールだ。中盤にストーリーがあればその進行の自動化、毎日や週毎のクエスト消化の自動化などがあるイメージで、途中は簡単なことの自動化や半自動化だな。まずは、画面に映ったそれを認識と操作できないといけない」
「最初は、マウスでクリックしたりですか。認識は、どういう?」
「今どんな画面なのか、ボタンはどこにあるのか、見るべきステータスはどこかとか、そういうのだ。戦艦セレクションなら、タイトル画面で止まるからそこでクリックと、マップ上で次の場所に移動するときサイコロ振るときに止まるだろ、そこのクリック、まずはその辺を目指せばいいんじゃないか」
「わかりました」
そうして、プログラミングでいろんなことを調べつつ実験しつつで、しばらくしてクリックができるまでに至った。
「まずは、手動、順調だ。イメージとしてはこれが、妖精さんあそこをクリックしてください、という感じだ。これを妖精さん、いい感じにしといて、に持っていけるかどうかってことだよ」
「なるほど、なんとなくわかってきました」
「まず、ログイン画面になったら、勝手にクリックしてくれるようにしてみよう。常駐で確認させるにはどうしたらいいかな」
そんなこんなで、少しずつ開発は進んでいく。一気に終わることはなく、その日は途中で中断となった。
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魔王レイズガットは一人、外からは何もないように見える岩山を歩いていた。ほどなくして。
「滅びを拒み、旧人を憎み、我ら繁栄を望み、その願いは永遠に尽きることなく成就するそのときまで」
すると、ただの岩だった場所は小さな人工的な入り口へとゆらっとかわった。当然のようにレイズガットは足を進めていく。
そこは魔族の他のものには教えていない秘密の場所だ。つまり、人間も魔族もふくめて誰も知らぬ場所、知られてはならない場所である。この最奥には、レイズガットの復活の秘密の一つも眠っているのだから。
彼は中に入っていき階段を下りていく。何度かと頑丈な扉を開け、さらに進んでいく。厳重に厳重を重ねた作りであった。それもそうだ、たとえ魔王が滅ぼされるような事態になっても存続するよう作られているのだ。ほどなくして、小さな書庫にたどり着く。
彼はひとまず適当に本を取り、ざっと読んでいく。こんなことをするのはいつ以来だろうと思った。ここで育った、あの初めの、まだ死んだことのないあの時以来、そういえば来ていないのかもしれない。あまりに膨大な時間の記憶はおぼろげで正確性に欠けるが、人間達を滅ぼすことに没頭していたこれまでは、ここにくるような理由もなかったはずだ。
ここには古い魔術や技術について書かれている。されど、戦いに使える知識はひとしきり彼は覚えきっているつもりだったので、来る必要がなかったのだ。
だが、状況は変わり、コルトから、死後に能力の作用を残したいという願いを聞き、ヒントはないかと立ち寄ってみたのである。
ふと思った、そう言えば、本を作る、という文化、技術さえ魔族には失われているなと。
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蒼月采蓮は、内区画の広場で木剣や木の棒で体を動かしたりそれをふと能力で飛ばしたり手元に戻したりして、戦いの訓練っぽいことをしていた。そんなとき、妖精が何か書かれた紙を持ってやってきた。それはA3サイズ、ノート四個分くらいの大きさのチラシのような何かを持ってきたのである。
「こちらを見ていただけますか」
いつも通り、こくりと首だけでうなずいて、紙を手も使わずにうけとり宙に浮かせて眺めてみた。イラストまで描いてあって、妖精さんと誰かが戦っている。あれ、誰かさんは、見たことのある顔のような気がする。
「交流区に道場をつくることになり、そのお披露目で、妖精の武術の達人と道場の先生になってくれる人の試合がもようされるんです」
そう言えば交流区はどんどんと人も増え、建築工事も進んでいて、賑わっているのを感じ取っていた。どうやらこの場所は発展していっているらしい。いろいろ開発も内区画ではされていて、この世界に新たな風を呼び起こさんともしている。それは、なんとも不思議なことだった。そういうのって、異世界にやってきた人がやるようなことではないだろうかと。そう、元の世界の知識を生かしていろいろやるのは定番のはずだ。そう言うのも楽しそうだと思いつつ、私のような存在が居なくても普通に発展するのだなぁとも思った。
「アオツキ様は、武術は達人級ですからね、生徒より、なるとしたら先生の補佐でしょうか。また、せっかくですのでアオツキ様もお披露目の場で戦ってみてはいかがでしょう?」
空を見上げて少し考える。
道場の先生の補佐とは、いったい何をすればいいんだろう。野球とかだと、コーチがいて、あぁ、マネージャーかな。なんか、私には向いている気はしないけれど。
「きっと良い刺激になりますよ。いろんな人との交流もできますし」
それは楽しそうだとも思う。武術の練習もどきもしているが、どこか退屈もしていた。それでも……
「怖い」
「安心してください。アオツキ様が失敗しても、我々がフォローしましょう。失敗してもいいですから」
失敗してもいい、それはなんと甘美な響きだろうか。本当にいいのだろうか、不安がよぎりつつ、妖精のほうをみた。
「本当?」
「はい、信じてください」
これまで、信じたものに裏切られることばかりだった。でも、妖精とのこれまでのやり取りを振り返ると、信じてみていいような気もする。
「わかった」
「では、タイミングのいいときに先生になるブライさんをご紹介しましょう」
こうして、采蓮は、先生補佐になることが決まったのである。




