32 すごい剣技
星庭神成はリビングで考え事をしていた。魔王レイズガットから、何かお礼をしたいと言われたのであるが、今の生活に不満はなく快適である。不足がないので埋めるような要望はない。
あの件のお礼はどれほどが適切か、いや、適切以前に具体的内容がそもそも思い浮かばなかった。無欲なのかな。
「コルト様、会談お疲れさまでした」
「あぁ、つかれたよ」
そうして、ミリシアにお礼の内容考えている件をつたえた。
「何を要求したもんか……」
「困りましたね。コルト様は必要なものはそろえてしまえますし」
「そのうえで、俺にとって嬉しいことっていうのはな。いっそ、この中から褒美を選らべ!みたいなんだったら、とりあえず受け取れたんだけど」
「ゲームでもありますよね、三つのうちどれか、みたいなの」
「そう。それだったら楽なんだけど。といって断るのも、要求するような価値のない存在だ、みたいな意味合いになりそうでな」
「ほどよい要求というのは難しいですね」
「ま、贈り物をするときに、ちゃんと相手に聞いておくってのは正しいんだろうけどさ。ほら、プレゼントしたのに送る側の自己満足だと残念じゃん」
内容はなかなか思いつかなかったので、諦めて二人でシアタールームに入った。
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魔王レイズガットは自室でくつろいでいた、当面の問題だった七人の英雄についても真実が分かり、脅威は傍観をきめた勇者コルトだけなのが分かったからだ。ようやくひと段落できたといってもいい。
魔族繁栄に欠かせなかったのは、勇者打倒であった。ゆえに、大々的に攻勢に出てなるべく早く相対するという手段に出ていたわけだが、今回の勇者は一味違う。対話でき、人間側に非協力的なのである。こちら側へ懐柔しきれなくとも、お互い線引きし、争わない方向にできれば残るは人間側をどう押しとどめるかだが、それは造作もないことだった。
後は領地を盤石に整備していけばいい。
実に好ましい状況である。そう、コルトとは争わない、ちょうどよい関係を続けていければいい。
そういう点で、やっと魔族は魔族にとっての平穏な世界を作っていけるのかもしれない。人間側を根絶やしにできないことに不満もあるが、まずは魔族の維持と繁栄が先決である。
魔族にも、娯楽や文化というのは遥か昔は芽生え始めていたのである。もう、失われてしまったが。また、作っていける、そのような新しい時代が来るなら、それを喜ぼうではないか。
やっと、ようやっとたどり着けるかもしれない。ぜひ、見たいものだ、魔族のこれからを。
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蒼月采蓮は、勇気を振り絞って妖精に外での運動をしたいと打診したところ、少しずつならしていきましょうと良い返事がもらえた。
妖精に付き添ってもらって、動きやすい服でメルポポの外側との交流区画をはじめて走り抜け、そのまま、街道をえっさほっさと走っている。妖精が先導してくれており、道順に関してはまだ気にしなくてもいいとのこと。勇気を出してよかったと思った。不思議なことだった。
不思議なことはまだある。走りやすいのだ。体が軽い。息切れも全然せず、そこそこの速さで走り続けられてしまう。そんな体力も運動能力もなかったのに、どうした事だろう。やっぱり、異世界に転移したとき、身体能力が向上しているような気がする。
そうしてしばらく走って折り返し、街道では点々と荷物を持った人が歩いていた。どういう人かはわからない。
そうして、無事、メルポポの内区画の広場まで、何の問題もなく、走り切れてしまった。感動と嬉しさで、ほほが緩んだ。
「いかがです、休まれますか、他のこともやってみますか?」
「やる」
そうして、妖精は今度は木剣を持ってきた。剣術か、全く分からない。分からないはずなのに、すごく手になじむ。不思議だ。
「では、訓練用の藁人形へ切り込んでみてください」
おぉ、藁人形を見てなんというか本格的だと思った。これぞ剣と魔法のファンタジー、ん、魔法ってあるのかな、と思いつつ、ひとまず剣に集中する。
集中すると心が落ち着く、どう動けばいいか、いろんなパターンが頭にイメージできる。その中の一つで、もっとも威力のあるものを選択し、思いっきり木剣を振りぬいた。
バザーンと藁人形は上下に切断され、宙をまった上部はこてっと落っこちてしまったことに驚愕し、そしてやってしまったと絶望する。だめだ、怒られる。どうしよう。
すると、妖精はパチパチと手をたたきながら話しかけてきた。
「すばらしいですね、もうちょっと固いものにしましょう」
そうして妖精は鉄製の柱を用意してくれた。とりあえず、怒られなかった。よかった。
一息ついて、また同じようにやってみるとガキーンと鉄の柱はまた真っ二つになった。怒られるかと思って妖精の方へ振り向くとまた拍手をしていた。よかった。
それにしても奇妙だ。木剣なんて使ったこともないのに、体が自然と動いてしまえた。それに木剣で鉄が切れるというのはおかしい。さすがファンタジー。私の能力値はいったいどういうことになっているのだろうか。
「これはもう達人のレベルを超えてますね、型の動きをやってみましょう。私を真似して動いてください」
妖精は、順々にゆっくり剣の型を構えていくのをいともたやすく頭の中で再生できた。そしてそれを自身でぞうさもなく再現する。
「アオツキ様はやはり達人の域に達しています。軽く私がお相手しましょう」
おぉ、今度はやりすぎないようにしようと思った。
そうして、妖精とでそれぞれ木剣をかまえて対峙した。妖精がザッととんで切りかかってくるのを軽くかわしつつ、なんとなく見えた剣の軌跡に添うように動かすと、妖精は回転してそれぞれの剣がかち合った。恐る恐る、そうしたやり取りを繰り返す。
たまに、妖精は連撃を放ってきたり、フェイントが入っていたりする。でも、どれもゆっくりだ。手加減されてるのかな?
しばらくして終了した。
「いかがでしょう、今日はこのあたりで」
「うん」
体が軽く自由に動かせるのは全能感があって凄く気分が良かった。剣術まで習得させてくれているというのはいったいどんなボーナスだろう。
あと、妖精をケガさせずに済んで良かった。ほんとうによかった。きっと、傷つけてしまえば不興をかっていたに違いないのだ。それで追い出されるのは嫌だ。
木剣を浮遊の能力で妖精さんのところにもっていって返す。
その後、その広場で軽く浮遊の練習をして私は自室に戻った。
運動できたことやそのほかいろいろと心地よい体験ができた。
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ルージェ村に少女マチとそのおじいちゃんはたどり着き、簡易住宅で一休みしていた。
「ほっほ、それにしても、妖精とは長く生きたがあのようなのははじめて見たわい」
「そうなの?」
「不思議な感じがする。生き物なのか、それとも精霊、ふむ、なんとも奇妙じゃ。それより、やっと落ち着いたのじゃ、魔術の訓練をしよう」
「はい」
王都マゼウムを脱出してからは久しぶりである。火は少し使える程度、水は湿らせるほど、治癒はそこそこ伸びている。
「焦らんでよいぞぉ、ゆっくり、ゆっくりじゃ」
そうして訓練をした後、配給のご飯を食べた。
「ふむふむ、贅沢は言えんのぉ、おぉ、かゆいかゆい」
どうやら、ヒザカユイカユイ病が再発してしまったらしい。もう、あの城下町のように特別なお薬屋さんもいない、どうしたものか。
かゆいと言いながら、おじいちゃんはボケた老人のようにふらふらと出かけてしまった。たぶんしっかり返ってくる。
マチは思う、これからどうなるだろうと。
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周辺国の行商人や大使がメルポポへ訪れ、それぞれ交渉をおこなった。メルポポは、リーディア商業連合国をたてる形で他はそれよりも若干条件の悪いところに落とし込んだ。
とはいえ、大使に対しては各国で特許を取り計らってもらえるよう強く交渉した。交渉のカードは妖精の魔獣退治の派遣を広げるかどうかとメルポポとの本格的な交易である。一部をのぞいて、手ごたえのある形で進んだ。特許について慎重な国もあった。
こういった交渉はメルポポの交流区の会議施設で順次行われ、ひっきりなしに使われている。それだけ、いろいろと美味しいのである。
交易や魔獣退治の派遣はすれども、共同開発についてはリーディア商業連合国が独占の形にしてある。このへんは、乱雑にとりこむとどうなるか不明であるため、手堅く、かつリーディアに恩というか、そういう考えもあった。
また、メルポポに住みたいという声もあがってきており、区画を指定して、建築の許可を出し、現在人間達はそれぞれ建築をはじめている。
メルポポは大きくなりつつあった。
さらに、妖精の人数であるが、星庭神成の妖精の作成数はかなり限界が高いことが分かり、引き続き増加させた百四十体の体制となっており、このまま進める予定で、こうした理由からもさらに発展していっているのである。




