30 絶対に見られてはいけないもの
マズルは北ノスティア領イリノ村にて、メルポポの妖精と八英雄物語の関連について聞き込みや、飲食店などで人々の声に耳を澄ましたりして調査していた。
どうやら、同じように妖精と八英雄物語につながりがあるのでは、と考えて調べている人や気になっている人は思いのほかいるようで、そういった話は聞こえてきた。
八英雄物語のまさにあの人物とまではいかないが、妖精による魔獣討伐も近い雰囲気があるのだという。飛行して一直線にあらわれて、瞬く間に倒す、違うのはそのあと魔獣を素材として持ち帰っていることだ。八英雄は素材に対して無関心だった点が異なる。実際に妖精の活躍現場に遭遇した人の話がいくつも伝わっており、おなじ傾向があるとのことだった。
八英雄は妖精の村にいるが、不測の事態にしか現れない彼らの切り札なのではないか、そんなふうにもささやかれている。
もし、切り札なのだとしたら、メルポポに直接赴いて調べても、接触は難しいかもしれない。人間で例えるなら、他国の流れ者が、国の隠された重要人物、王様などに簡単に会えるかというと、難しい。マゼス王国で調査した時も、そうしたことは難しくできていなかった。
ふと村を歩いていると、大きな積荷を運んでいる商人が冒険者ギルド出張所に向かっていった。どうやら中には本が詰まっているらしい。
たしか、妖精は本を高く買い取っていたのだったか。魔族はそういった本という文化はない。というより失ってしまっている。何度も人間に滅ぼされてしまっているからな。紙などというものも、こちらを調査し始めて初めて知ったのである。だから本の価値というのをマズルは分からない。あと、文字の読み書きじたいがまだ慣れていないマズルにとっては、そんな何ページもの本というものを読むというのはさぞ大変であろうとも感じたのである。
こうして、いったんマズルはハナージャ達の元、王都マゼウムに戻ることとした。
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蒼月采蓮は高校生だった。この世界に来たことで、あの制服が失われてしまったのはひどく悲しい。
そこまで学校生活が好きだったかというとまったくもって真逆ではあるのだが、何かを奪われる、失われるというのは非常に心をえぐられるのである。
能力の練習はポールを設置してくれたことで順調であった。そうした練習中に妖精さんが話しかけてきた。
「何かご不便はありませんか?」
彼女は首を横に振る。
「では、何か欲しい物はあったりしますか?」
ある、そう、学校の制服が欲しい。恐る恐るうなずいてみた。
「なるほど、どういったものでしょう」
彼女は怖かった、この話を進めたことで、贅沢を言う奴だ、そんな人間は追い出してしまえなどという展開になってしまったらどうしようと。
「その……学校の制服……」
「あぁ、アオツキ様には、我々の用意した簡素な服しかお渡ししていませんでした。他にも必要な服はありますか?」
首を横に振る。怖いじゃないか、要求をどんどん進めていったら、途中まではいいけど、はいこれ以上はアウト、あなたは贅沢民です、処刑ですなんてことになったら。
そうして妖精は出ていってしまった。結果を待つのが怖い。何が地雷かなんてわからない。ポールは良かったけれど、服はダメなんてこともあるかもしれない。
少し緊張しながら、また、浮遊の練習をしていた。着地にも慣れてきた。どうやら、この浮遊は、自分以外も対象にできるらしい。例えば、ベットの枕を遠くから触らずにスーッと浮かせることができる。自分に対して行うより何倍も難しい。ともかく、浮遊というか念力みたいな能力をどうやら体得しているみたいだ。吸収ではないらしい。それでも、浮遊で浮くのはなんだか楽しいし、空が自由に飛べるかもしれないと思うと心が躍る。この能力も、誰にも奪われたくない大切なものだ。
壁に頭をぶつけたりと能力の練習をしていると、妖精が学生服をもってあらわれた。おぉ、どうやら作ってくれたみたいだ。それを手渡ししてくれる。
「ありがとう」
「いえいえ、ここには慣れましたか」
「たぶん」
「いい傾向です。もしまた、必要なものがあったら言ってください」
軽くうなずく。
ちょっと不思議な気分だ。恐れていたことは何も起きなかった。ただ、服が手に入っただけ、拍子抜けではあるし、ちょっと嬉しい。
試しに、学校の制服に着替えてみる。鏡を見るといつもの私に戻った気がする。さらに、安心した。失っていなかった。
ここは能力の練習以外にすることがない。穏やかなもので、離れた建物で研究者達が魔導エンジンなるものを作ったりしているようであるが、私個人は食べて寝るだけのダメ人間街道を進んでいる。ん、このままではプクプク太ってしまうかもしれない。今の姿が崩れ、せっかくの制服が着れなくなるのは嫌だ。
こんど、運動とかできないか、聞いてみようか。広場とかあったはず。知識としては、外に外界の人間と交流している地区もあるらしい。私のいるところは、妖精の里の奥まった、特殊な場所である。
そういう意味では、軟禁されているともいえる。これが不思議で無害そうな妖精ではなく、汗水たらした悪そうな男連中のだったら、なかなかに犯罪的である。ちょっとよからぬものを想像されてしまった。ハレンチである。
さて、せっかくもらった制服だが、練習するにはスカートがひらひらして向かなそうなので元の服に着替えて練習を再開した。ちょっと、娯楽が欲しい。
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ミリシアは、コルトこと星庭神成にリビングで見てほしいものがあるとノートパソコンを開いて見せたところだ。妙に、その距離は近いことに、神成は緊張していた。やっぱり、俺のことを好きなのかもしれないと。
「コルト様にいろいろ教えてもらったこと以上に勉強してかなり頑張ったんです」
「おおぅ、すごいじゃないか、前回のゲームもよかったし、今度はどうなのか期待しちゃうな」
「えへっ、そう言ってもらえると嬉しいです」
神成は、彼女の笑顔にグッっと心を鷲掴みにされてしまった。かわいい!
「じゃぁ、これ、どういうことか教えてほしいんですけどぅ」
ミリシアの胸は高鳴っていた、さぁ、どんな反応が来るだろうかと。
ふと、次の瞬間に映し出された画像は、なんとミリシアがお風呂に入って体を洗っているときの一枚である。
「おぅっ!?」
体をとっさに離そうとした神成に、ぐいっとミリシアは手をのばしてむしろ近づくようにがっちりと固定する。
「私の体って、その、魅力的です?」
「う、うん、そう思うよ」
そして、次に映されたのは表現できないあられもないお風呂での動画シーンである。
「こういうのもありました」
「ちょっ、おうっ」
「目をつぶっちゃダメですよ、もう、見たことありますよね」
「ななな、何のことでしょう」
神成の頭の中はもう警戒警報が何個も鳴り響きもはや訳が分からない音色を奏でている。
「『お食事』の中に『ミリシア』ですよねぇー」
「ひえぇ……ごめんなさいごめんなさい、許してください」
ふと、次の動画が出てくる。それは動画というか、パソコンの画面を動画として録画したようなものだ。
「ひいぃっ!」
そこには神成のデスクトップ画面が映っていて、さらに、さっきの動画が何度も再生されている。
「コルト様、どういうことですかー?」
「は、は、はぁーーーぃ」
そして、コルトは懺悔した。投影の妖精で盗撮をしていたとか、そのたもろもろ。
そのコルトを追いつめることが、ミリシアはとても楽しかった。
「何でもしますから許してください!」
「本当ですか?では、ちょっと考えておきますね」
「なにとぞ、なにとぞ、寛大なご容赦を……」
こうして、星庭神成の家の力関係は逆転したのである。
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剣士ブライと、エルフのプルクエーラはメルポポへ向かう道中に出会い、そしていま街道でかち合った魔獣と対峙していた。
「とぅ!」
ブライは、迅速に魔獣の目、喉元、足などの急所をザザッと切り裂きながらも、魔獣の攻撃は受けずざっと大きく間合いを取って回避する。下手に受けて、刃こぼれしたり、武器が壊れたりすると、後が辛くなるからだ。
そうして後方に飛びのいたブライを援護するように、プルクエーラは風の斬撃魔法を放ち、牽制もしながら相手を負傷させていく。
それに対し狙いを変えた魔獣はプルクエーラのほうへと向かおうとすれば側面をブライが切り込んでいき、ブライの後ろに隠れるようにプルクエーラは位置を変える。
こうして、じわじわと魔獣の流れる血は増えていき、やがて倒れ伏した。
「妖精も、全ての魔獣を狩っているというわけではないようだな」
「えぇ、依頼を受けて、ということですので、こうした小物は出没するみたいです」
「少し余らせてくれるのは助かる、ここのところ実践ができていなかったからな」
魔獣は瘴気に満ちていて、食べられるものではない。皮などの素材は加工できるので、それらは買い取ってもらうことができる。よって、解体し、皮や骨、牙など必要な素材だけ集めて、二人は次へと歩きはじめた。
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ルジャーナ聖教の総本山の神殿の図書館で、多くの神官が急ぎ調べ物をしていた。それは王都マゼウムを襲った瘴気や大魔獣の事件についてである。過去に同様の事例はないか、そしてそれはどうして起こったのかなど、情報がないか調べているのである。こととしだいによっては、魔王軍に理解不能な大規模攻撃を受け続けて、人間側が亡びる、などということもありうるので、その場合の対抗策なども欲しいところだった。
こうしてバタバタと調べた結果、瘴気については過去に近しい事例が確認された。同じ王都マゼウムと思われる場所で、古い古い魔王軍との戦いで一度起こっているのである。ただ、大魔獣に関しては記されていないが、凶暴な魔獣については関連しそうな話題があった。
それは、勇者の召喚の二回行った時の二回目で発生したというのである。勇者の召喚はおよそ百年は待たなければならないとされていた。それはそれ以前からそうだったが、どうやらこの現象のためだろうということが分かった。百年を待たず、短い期間で勇者の召喚を行うと、儀式場の周囲一帯が濃い瘴気で覆われて、数十年、その瘴気は晴れることはないのだという。
また、このとき勇者の召喚自体はなされているが、瘴気によって魔獣化してしまうため、凶悪な怪人へとなり果てた存在が暴走するということだ。ただ、その大きさは、今回の件のようなものではないようだった。
確認を取ったところ、瘴気が出現する前に何らかの儀式が行われた光の観測はされている。
つまり、勇者は二回召喚されたのである。しかし不思議なことに、一回目は失敗であったとマゼス王国は発表していた。何か隠していたのだろう。今、逃亡している元国王ゼム達を捜索し、情報を引き出さなければならないかもしれない。一人目の勇者、その行方はどこか、それとも、もう死んでいるのだろうか。
ルジャーナ聖教は、今回の原因を無理に二回目の勇者召喚を行ったマゼス新生王国の責任であると周囲に伝達、マゼス新生王国を糾弾する姿勢をとった。
これによって、マゼス新生王国はさらに民衆はもちろん、多くの国から見放されるという事態になるのであった。




