29 浮遊する能力?
蒼月采蓮は、静かな日々を過ごしていた。妖精さんがご飯をもってきてくれるし、なんとも平穏な日々である。
とはいえ、このままではぐーたらダメ人間になってしまうようにも思う。とろとろに溶けてしまいそうなほどまったりしている。それは心地よくあるが、退屈でもあった。これでも歳は十六である、自分のことはあるていど自分でできる。
だからと言って、妖精さんに何かできることはありませんか、と尋ねるのは難しい。この現状が少しでも壊れると思うと動けなくなるのだ。
物事は良い方向に動くとは限らない。いつだって、手に入ったと思ったものは、自分のちょっとしたことで消えてしまうし、そうでないものも奪われてしまう。
そう、だから私はイメージしたのはもっと手に入れたいということだったはずで、それで吸収の能力がどうという話であったはずなのだ。
しかし授かっていると思われる能力を使おうとしてもうまくいかない。
そうして出会った全く違う感覚を意識すると、ふわっっと体が浮くのである。机の橋に手を持って地面をと戻る。どうしてだろう、神様は与える能力を間違えたのだろうか?
また、さっきの感覚に集中すると、体が宙を舞った、あ、やりすぎた、降りれない。どうも、着地の仕方が分からないのである。
腕をパタパタさせていると、家事の妖精さんがやってきた。ちょうどベットのシーツを取り換える時間だった。妖精さんは手を引っ張ってくれて、地面におろしてくれる。
「ごめんなさい」
「いえいえ、能力は練習しませんと。部屋に握れる支柱でも用意するようにしましょう」
彼女は軽くうなずいた。
ほどなくして、鉄で作った支柱が部屋に設置された。あれ?なんだか、エッチな雰囲気のお店にありそうなものに見えてきた。首をぶんぶんと振る。
支柱に手をつけながら能力をつかってみる。やっぱり浮き上がることはできた。だが、降りるのは何故か難しい。練習すれば、できるようになるのだろうかと疑問に思いながら、支柱を握って地面へと体を近づけて着地する。
今度は能力を使わずに支柱を登ってみると不思議なことに簡単に登り切れてしまった。そんな運動能力はもっていなかった。異世界転移による何かしら能力アップでもあるのだろうか。
着地して気になってみたので、定番の単語を唱えてみる。
「ステータス」
「プロパティ」
「能力表」
「パーソナル」
「ステータスオープン」
「プロパティオープン」
「ステータスウィンドウ」
などなど、いろいろ唱えてみたがダメだった。別のものを試してみる。
右手のハンドジェスチャーで親指をクイクイと縦に二回スライドさせてみた。何も起きない。今度は左手。それも特に何もない。
そういう表示が見えないケースもあるかと思い、再び能力の練習に戻った。
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リーディア商業連合国では、特許の仕組みが導入され、メルポポの妖精達から申請されていた特許をいくつか受理した。ことのほかスムーズだったのは、リーディア国はまだ、特許というものをそこまで大きく考えていないため、妖精たちの要求通りの内容で通してしまったのである。その結果、特許の有効期限が百年となっている。
申請された特許の概要は、魔導エンジンについて、自動車について、活版印刷について、タイプライターについて、図画表示パネルについて、ライン工場について、などである。
北ノスティア領の大都市ベルチカットでは、魔導エンジンを積んだ自動車のお披露目会が行われ、『もう馬はいらない時代が来る』と言うキャッチコピーで宣伝されていた。現段階では舗装された道が少ないため、利用できる範囲は実は少ないのだが、メルポポの技術力、これからの未来を力強く伝える為にと、お披露目された。妖精に運転してもらって、後部座席に乗って乗り心地を試すこともでき、遊園地のアトラクションのように賑わっていた。
北ノスティア領は、難民も少なく、比較的和やかな雰囲気が残っている。
また、メルポポでは本を高値で買い取りしているということもあり、一部の商人は書店はもちろん、貴族などへもお願いし、ほんの買い取りに走り集め始めていた。
リーディア商業連合国全体では、妖精の活躍により魔獣の被害が激減し、兵に余力がでつつあったが、次は難民の対応を追われたことで、兵は不足の傾向にあった。
こうしてリーディアはメルポポとマゼス王国の政変によって揺れ動いているのだった。
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ミリシアは危険なお宝の山を探り当ててしまい身もだえしていた。そうか、そうか、そうだったのかと。
その結果、彼女は部屋から出られなくなっていた。
彼女の顔は終始にやけている。
星庭神成にいつもの平常運転で会話ができるような状態になかったのだ。このまま会話をすれば、変に思われてしまうだろう。それくらいに、衝撃的なものだった。
後悔はしていないし、なかなか心地よい体験であった。なんだろう背徳感というのだろうか、人の秘密を覗き見るというのはなんとも不思議な幸福感に包まれるのだ。
どうやら彼女はかなりイケナイ性格をしているのかもしれなかった。
このお宝の山は今後さらに増えていくだろう。そう思うと、ここでネタバラシするわけにもいかない。隠し通さなければ。
といって、彼女には演技の素質はなかった。たぶん、まぁ、すぐになんか変だぞと思われて追及されるに違いない。
いっそ何かの理由で引きこもってるということにするのはどうだろうか。それでは不十分である。彼をもっと苦しめるにはまだまだ積み上げられるものがある。
なかなか危ない橋を渡っているというか、身を削っている気もするが、最後の瞬間、笑って立っているためには、やれるだけのことはやりたいのだ。
そう、彼女は覚醒したのである。
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星庭神成は戸惑っていた、ゲームの感想なども伝えたりしたが、そのせいだろうか、いや、わからない、ミリシアの様子が変なのだ。
それは、俺を、崩れた顔や、ときに顔を赤くして見ているかと思ったり、なぜかにやにやしていたりする。それと、距離の取り方も変わった気がする、ギクシャクしているというか、前より、距離を取られている、そんな気もするんだ。
何か嫌われることを言ってしまったんだろうか。ゲームの感想で、こういう工夫もできるとか、いろいろできることをリストアップしたのは気に障ってしまったのだろうか。
でも、それだと、とろけるような顔や赤面、ニヤニヤと結びつかない。そうだな、嫌われたとは考えたくないというのもあるが、ムスッとされた、冷たくされたという感じでもないのだ。
距離も近づいたり離れたりと不安定だし、ときどき「よし、うぉぉ!」みたいな雰囲気で、心の中で気合を入れるような仕草をしているときもある。
嫌われてるとしたら、まぁ、きっと何かあるんだと思う。俺は全然完璧な人間ではないだろうし、どこか気に障るようなことがあったのだろう。
そりゃ、これだけ一緒に暮らしていて、話もするようになった、もしかしたら気づかないうちに気に障るラインを越えてしまったのかもしれない。
それはそれで嫌だし、そう思うとショックでもある。心が沈む。
そう、そんな思いを一人でいたら気っとすることはなかったと思う。だからこそ、気楽な一人生活がいいと思っていた。
人と関わると、何気ないことで、あ、傷つけてしまったんじゃないか、困らせたんじゃないか、悲しませたんじゃないか、嫌われたんじゃないかと不安になる。
そうだな、不安になるのが嫌なのだ。
せっかく仲良くなってしまうと、それが崩れるのは、悲しいじゃないか。悲しい思いはしたくない。だったらいっそ最初から一人のほうが気楽だった。
なし崩し的にミリシアには来てもらったけど、彼女にとってここでの生活はくるしいのかもしれないし。もしかしたら故郷に帰りたいかもしれない。
こういう方向で頭をつかうのは嫌だ、気分が悪い、萎える。
といって、嫌われている感じとすると腑に落ちなかったりもする。楽観的に考えすぎだろうか。
そうしたことで、悩み事を、インターネットのサイト、AIがアドバイスや情報をくれるというものをつかって相談してみた。プログラミングなどではよく使っているやつだ。検索するより、まとまった意見をくれたり、コピペできるコードを整形してくれたりして便利だったりする。必ずしも正しい回答ではないのだが、インターネットの海を散策しても、そういうことは多々あるので、ひとまずネットで調べるというと、そんな感じにしているわけだ。執事の妖精に相談する、というのに、少し近く、形式は文字を入力してであるから、そこが異なる。
さて、いろいろ書いて答えをもらったところ。嫌われているわけではなく、むしろ異性として気になっているからではないか、などという答えが返ってきた。
ん、どういうことだ。俺は別にかっこいいことはやってないと思う。何かもてなしたり、アプローチしたり、海には連れて行ったけど彼女からの要望だったし、きっかけが分からない。
ただし、そうだとしてこれまでの彼女の変化、不思議な状態をてらしあわせて考えるとあながち正しいような気もする。
ときに、物思いにひたって顔が崩れている、俺を見て赤面やニヤニヤしていたり、距離の取り方が、そうか、ぎこちなくなったと考えると、彼女は俺を異性として意識し始めてしまったせいで、こうなったのか?
え、えぇっ!なんだか嬉しい。それはとっても嬉しいことだ。いや、なんか気分がいいじゃないか、たとえ俺が、べつに彼女が好きとかそういうのはなかったとしても、モテるというのは気分がいい。おぉ、これがモテるものの優越感、いや、俺はできるとはまたちがう俺様超イケメンみたいなこころもちなのだろうか。
そしてそうだと思うと、ちょっとミリシアがいとおしくなった。
おぉ、故郷に帰したくなんてないぞ。
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マゼス新生王国は王都マゼウムの瘴気発生と大魔獣の壊滅によって王を失い、急速に王室派は力を弱めていった。そしてダルス国にじわじわと領地を奪われていっている。
そうした一方で、そもそもマゼス王国そのものが呪われてるという流布によって、国外へ脱出する人々はますます増えていく傾向にあった。
また、メルポポの妖精の件もあり、リーディア商業連合国が比較的安全そうだという風潮があり、そちらへ人が流れていってもいる。
王都マゼウムはいまだ瘴気に覆われているため、ルジャーナ聖教の騎士団の監視は続いている。瘴気や異変に対する警戒度は下がってきており、ただ瘴気の濃い領域、ということで落ち着く可能性がある。瘴気はどうにかしたいが、人間側には対処する技術はないのだ。もうあそこは瘴気という死の海に浸かってしまったと考えるしかない。
ルジャーナ聖教の騎士団は、警戒度は下がるにしても、一つ気がかりなことがあった。なぜ、瘴気が唐突に噴出したのか。そしてあの大魔獣はなぜ唐突にあらわれたのか。これらは連動した一連のものなのか。そう、原因を知りたかった。でなければ安心できない。各地で瘴気はゆっくり侵食するように吹きでてくるが、そうではなく、こうした天変地異が次はどこへともなく起こるとしたら非常に問題である。また、それが魔王軍の作為的な攻撃、秘密兵器であったりするかもしれない。現に、魔王軍が進行を止めてからこの事件はおこった。つまり、進軍から、都市を狙った瘴気による大規模攻撃が可能なのだとしたら、人類はいったい、どのように抵抗すればいいのだろうかと。
ルジャーナ聖教はこの事件を重く受け止めていたのである。




