27 吸収の果てに
王都マゼウムは瘴気と大魔獣勇者によって滅びかけていた。城はもちろん城下町の四分の三近くは破壊されていた。
そこへドヒューンと遠くから一体の妖精がとんでやってくる。その音を大魔獣勇者も感じ取りそちらを見る。ぱっとみでは妖精はあまりに小さくすぐには分からなった。
しかし、黒い一点が見えたかと思うと、大魔獣勇者もそれを認識するにいたった。そして、もう半ば反射的にそれを吸収した。
すると唐突に大魔獣の姿はばさっと砂や木の葉のようにひらひらと霧散し、裸の少女が残った。ふらっと少女は瘴気の中へと落ちていく。そこをさらにやってきたもう一体の妖精が彼女に触れると、次の瞬間、妖精と少女はどこへともなく消え去っていた。
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蒼月采蓮は目が覚めると、知らない石造りの天井が見えた。枕は柔らかく、寝ているベットもほどよい感じで不思議である。
夢を見ていた気もする。唐突に視界が真っ白になったと思えば、白い世界で、不思議な石の何かが転移だイメージしろだと言ってきたような気がした。その後、真っ暗な場所に出て体が痛いと思ったら意識が真っ黒になったようなそんな。
彼女はふと手を見てみると特に異常は見当たらなかった。体がぐちゃぐちゃになっていたような感覚を覚えているのだが、問題ないらしい。とすると、顔やその他姿はどうだろうか、鏡はどこだろうと、あたりを見回した。
ふと、ノートサイズの人形のような人型というにはぷっくらした生物が宙に浮き、彼女に近づきながら話しかける。
「お目覚めのようですね、気分はいかがですか?」
「気分?」
「はい、まずはお体の無事を確認しませんと」
そう言われた彼女は少し考えてみたが、とくに異常はない気がしたので首を横に振った。
「それでは、あなたの状況について説明しましょうか」
彼女は、小さくうなずき、うつろな目で謎の生物をみていた。
「私は妖精の里メルポポのまぁお医者さんみたいなものです。近くの岩場で倒れていたので保護させていただきました。ここは北ノスティア領の山岳地帯にある我々の里メルポポです」
彼女にとっては聞いたこともない名前ばかりだった。メルポポとはまた珍妙な名前である。
「お名前はなんとおっしゃるのでしょう。私は固有名はもっておりませんので妖精さんやお医者さんなど呼びやすいようにでいいですよ」
「蒼月采蓮」
「なるほどアオツキ様、もしアオツキ様のお家の場所が分かりましたら、帰宅の協力をしますがいかがですか?」
彼女は首を横に振った。
「あまり、帰りたくはない」
「では、こちらで過ごされますか?手狭かもしれませんが、住居はご用意できます」
「お願い」
そうして彼女はメルポポの住居スペースを中心にいろいろな場所を案内された。そしてリーディア商業連合国から派遣された研究員とも顔合わせをしていった。
ただ、彼女は極めて口数が少なかった。それは、何か大きなショックを受けたからかもしれないし、元々のものかもしれない。
彼女は案内される途中、鏡を見つけることができ、自分の姿を見て安心した。そう、元のままだった。だから、それ以上は何もいらなかった。
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日も落ちてきたころ、元国王ゼムは一団と共に野営をしていた。服はボロボロで、他の者達も疲れが見える。
そんな場所に、一人の男がやってきた。
「なんだ貴様は!」
槍を向けた兵士はポンと、小さな妖精に変化した。
ゼムは驚きつつも反抗的な目で相手をにらむ。
「なんだ、私を誰だと思っておる、不敬であるぞ!」
男はそれをあざ笑いつつ、次々と他の者たちを妖精に変えてしまった。
「ひっ、ひぃいぃいいー!」
怯えるゼムに男は言葉をかける。
「見逃してほしいか?」
「あぁ、あぁ、頼む、頼む、助けてくれ」
「そうか……」
しばらく、考え込むような仕草をした男はぽつりとつぶやいた。
「ま、そんな気はないんだけどな」
「ひぃっ!」
妖精にされてしまったゼムはさらに逃げようとしたが思ったように体は動かず、次々に現れる謎の空飛ぶ妖精に担がれると、ふと消え去った。
「まぁ頑張って末永く働いてくれ、はっはっはっはっはっはっは」
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王都マゼウムを監視していたルジャーナ聖教の騎士は、大型魔獣の消滅を目撃した。しばらく状況を観測したが、その後は静かなものであったため、大型魔獣の知らせを周辺諸国に伝達するように動いた。
王都マゼウム一帯にはまだ瘴気が残っている。そのため、現場におもむき、詳しく調べることができないのである。ただ、一番の問題である大型魔獣が本当に消滅したのなら、喜ぶべきことではある。油断はまだできない。そもそも、なぜ消滅したのか、わかっていないのだ。突如どこかに出現する、ということも考えられる。
一方で、魔王レイズガットにも魔獣化勇者の消滅の知らせは届いていた。一安心したいところだが、原因は不明でどうしようかとやきもきしていたところ、連絡用の妖精がコルトが動いたということを知らせてくれた。魔獣化勇者については、対処したらしい。瘴気については放置したとのこと。
魔王レイズガットは警戒態勢を解き、状況を知らせ、また壁や砦の建造に戻るように通達を出した。
そしてさらにもう一つの命令を出した。
「調査隊に十名を追加し、迅速に勇者の召喚施設を破壊せよ。瘴気が満たされている今がチャンスだ、二度とやつらに勇者召喚を使わせるな!」
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一仕事終えた星庭神成はリビングでお茶お飲み、ぼーっとしていた。疲れたのだ。
吸収能力をもつ魔獣化勇者に対してとった戦術は、妖精を使いあえて能力を吸収させることだった。
妖精に施した能力は、飛行能力、召喚された時の異能力を封印する能力、瘴気耐性、常時発動の自身への魔獣化を戻す能力、の四つである。
そう、この能力を吸収した魔獣化勇者は、吸収した能力によって、魔獣化が解除され元に戻る、そして危険な吸収能力は封印される。万一、瘴気の中で元に戻っても大丈夫なように保険として瘴気耐性を添えておいた。飛行能力は、妖精が魔獣化勇者のもとに向かうために必要な能力だ。
その後、もう一体の妖精に飛行と転移能力をもたせて、その勇者をメルポポへと転移させたのである。あとのことは執事とメルポポの村長に任せた。
そう聞くと、意外にたいしたことをしていないのかもしれない。いやいや、かなり頭を使ったし、本番前にちゃんと実験も行ってシミュレートもしているのである。輝かしい成果の活動だけに焦点を当てるのは間違いだ。そう、歌うアーティストがライブ会場で輝いている時間だけを見るのは間違いである。
メルポポに勇者の転移が完了したあと、いろいろと考えた末、元国王ゼム達への刑が決定した。
求刑、懲役無制限、メルポポで妖精になりての労働、である。彼らが元の姿に戻れるかというと、妖精化という能力で妖精にしたので、星庭神成が死んでも元に戻ることはない。生き地獄を味わってもらおうというのである。
「コルト様、終わったのですか?」
「終わった、ちゃんとやったよ」
「お疲れさまでした」
「うむ」
「結局、勇者さんはどうなったんです?」
「魔獣化はもどったさ、メルポポに送った後は知らないけど」
「女の子だったのでしょ、こちらにお連れしてもよかったのではないですか。あるじゃないですか、異世界転生で周りに女性がたくさん集まるやつ」
「望んでませんよそんなこと」
「本当ですか?」
「アニメみたいに、そう簡単に助けた皆がちやほやしてくれるわけないだろ」
「ちやほやされるなら、たくさんの女性に囲まれたいんですか?」
「それはほら、男ってそういうの好きだからな、俺も男だ」
「それはそうと、新しいプログラム言語ってなぜか右側に型の宣言がくる傾向にあるのなんでなんです?」
「あぁ、それはだな――」
と、星庭神成は日常へと戻っていったのであった。
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執事の妖精とメルポポの村長は、助けた勇者の扱いについて、事前に相談していた。
魔獣化したとか、暴走して王都をあばれまわったとか、そういう情報は伝えないでおくこととした。知らないほうがいいこともあると考えたのである。
人によっては、そうしたことで自責の念にかられてしまうかもしれないのだ。しかし、今回は当人の責任では決してない。当人の不注意による事故でさえなく被害者であった。
助けた勇者の少女はひどくうなされていて精神的に危うい状態であった。それは、いろいろな人の魂、記憶を吸収してしまったことで、自我が保てなくなっていたからである。いくつもの記憶が混濁し、自分という存在がとけこみ、いったい誰なのか、何者だったのか、わからなくなっていたのである。
これについては、星庭神成にこの解決のための妖精を作ってもらうことを打診し、なんとかしたのである。記憶や魂にまつわる危険性の高い能力であったため、少しの時間だけ存在できる妖精として作ってもらった。
彼女に、王都マゼウムにいったん召喚されて、ここに運ばれたことを伏せたもう一つの理由は、密かに動いた星庭神成の存在を隠すためでもある。
最初からメルポポ付近で倒れていた、召喚されました、と伝えれば、誰の手によってそこにいたのか、という詮索をされる可能性が低くなると考えた。
こうして、星庭神成の知らないところで、星庭神成が平穏に暮らせるよう、妖精達も頑張っているのだった。




