23 魔王レイズガットと妖精使いの情報
レキストが、何度も往復してくれたことにより魔王レイズガット達は、勇者やその周辺に対する情報を一段階深く得ることができた。
まず、入手できた情報から、どうやらマゼス王国で召喚された勇者は妖精使いである可能性と、それがコルトである可能性が高い。ルージェ村付近にいるとされる別の妖精使いについても気にもなった。妖精というのがどうやらここのところいろいろと出回っている。遠いリーディア商業連合国の北には妖精の里メルポポなるものもあるとされ、魔獣を狩る強者の妖精がいるというのも聞き逃せないところだった。
八英雄物語については大剣豪ガルダンはルージェ村の妖精使いが元ということのほか、進展がない。これについては、魔族だけではなく、人間側も調査をしているが、進展がみられていないようで、大型魔獣達を倒した存在は事実である一方、その存在の所在や正体は、どこの組織もつかんでいないような雰囲気だとのこと。
魔王レイズガットは悩んでいた。コルトは「知ろうと思えば何でも知ることができる」と言ったが、頼れば別の問題が浮上する可能性が高い。彼は、頼られることを嫌う人間でもある。とはいえ、手掛かりがなく、放置しておきたくはない要件なのだった。
ただ、もっと彼を悩ませているのはもう一つの件だ。
マゼス王国が何を思ったのか猪突猛進し、その軍の大半以上を失ったのである。コルトの協力で人間の脅威を示したばかりなのに、魔王軍内では「今こそ進軍すべき」という声が高まっている。それは、マゼス王国を滅ぼしかねない熱気に満ちている。それだけならいいが、ことリーディア商業連合国まで、その余波を与えるわけにはいかないのである。
もちろん、魔王レイズガットは人間達を憎んでいる。それは、どの魔族の誰よりもと自負している。なにせ、いくども復活したし、そもそも自身の存在がそういう願いを込められているというのもその一つであった。ただ、王として、魔族の安寧を第一に考え無ければならない。そうすると、コルトと対立することは最も愚かな選択なのである。彼はあの魔獣殲滅をこともなげに、ものの数分もかからずにやってしまった。彼を敵に回せば、確実に魔族は滅ぶだろう。彼が第三者という立ち位置であることが幸運なのである。
そうしたことを踏まえ、魔王レイズガッドは側近を集め会合を開いた。
そうして出されたアイデアの一つは、進軍の熱を冷ますには、やることがあればいいのではないか、というものである。そもそも、今、魔族は人間側に対して進軍する、以外のやることがない。大規模な防壁を作るという作業に従事させ、いったん魔族側の領土を確立させるために必要なことだ、とするといいのではないか、という案が出たのだ。
こうして現在の最前線から少し下がった位置に長い壁と、各所に拠点を作り、一度進軍という方向から、領土維持のための盤面整理という方向へとかじを切り替えたのである。
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マゼス王国の国王ゼムとその近しい者たちは、マゼス王国から北東へと逃亡した。今回の件で貴族たちは王の失態を激しく非難し、王は命の危険を感じて逃亡したのである。
そうしたことで、さらにマゼス王国は混乱した。新たな王をすえるのか、それとも貴族の合議制にするかでもめはじめたのである。王室は失敗続きであった。魔王軍の進軍を次々にゆるし、勇者の召喚も失敗、そのうえでさらに無謀な突撃で貴重な兵を失う大失態をしたのである。
こうした事を受けて、マゼス王国はひとまず緊急用として貴族政へと移行していくさなかであった。
そんな話を、給仕の仕事を忙しくしながらハナージャは聞いていた。民衆としては、マゼス王国は本当に大丈夫なのか、と不安でいっぱいで、国を出ようか、どこへ行ったらいいだろう、そんな話が彼女の耳に聞こえてくる。
国民にとって幸いだったのは、魔王軍は進軍から拠点や壁づくりへと一転した事である。それはそれで苦々しい思いもあるが、今、この混乱の中、攻められたらひとたまりもなかった。
一方、魔族側と何度も往復していたレキストは王都マゼウムに到着し休んでいた。城下町を歩くも人は多けれど活気はうすれどんよりとしていた。それもそうだ、勝てると思って集結させた部隊が、ちりじりに敗走し、今後の防衛もどうするのか、という状態になったのだから。
レキストとしては、なんともマヌケな話だと思う。神の息吹なるものも、自分たちの力ではなかろうに、状況を冷静に見れず、誤った対応をしてしまったのだ。例えて言うなら、格闘家のチャンピオンが負けました、それじゃ、俺も勝てるかもと挑むような愚かさである。別にその元チャンピョンが弱くなったわけでもないのに。今回は、手傷を負って弱ったように見えたのかもしれないが……
彼は聞いて知っている、神の息吹、それを起こしたのは勇者コルトだ。ただ、現在は敵対はしていないらしく目下必要なのはそれより八英雄物語の残り七人についてだ。
空を仰ぎ見て彼は思った、人探しってのは、なかなかに難しいなと。
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夏の日差しに、ザバーザバーと潮が満ち引く海と奇麗な砂浜に、ビキニ水着姿のミリシアははしゃぎながら、海へと近づいていった。星庭神成は、無難な男性用水着に、濡れても問題ないシャツを着て彼女の後ろからゆっくりと歩いていく。
彼としては、久しぶりの潮風と、浜辺、海、というのはなんとも感慨深く感じていた。もう、こんな光景はありえない、そう思っていた時もあったからだ。自由になったと思う。
ミリシアは恐る恐る海水に足をつけ感動していた。魔族側の領土に海というものは存在するが、そもそも多くの娯楽が失伝しているらしい。
少しずつ慣れてきたミリシアはゆっくり進んでいき、ぷかぷかと体が海水に浮くことに感動する。
「浮いたよー」
神成はそりゃぁ浮くだろうと思いながら、自分はかがんで手を海水につけてみる。たまには自然も悪くないと感じた。
ミリシアはアニメで見たようになんとか泳ごうとしてみるが、まったくもってさまにならず進みもしないが、それはそれで楽しそうである。そうこうしていると、息継ぎにしっぱいしたのか、海水を飲んでしまったのか、彼女はケホケホとむせていた。
そんな彼女に対して神成はあおむけになってぼーっと浮いていた。背泳ぎというかなんというか。
「おぉ、コルト様は泳げたんですね」
「学校で習う範囲だ。ほとんど忘れたし、本格的なのは知らない」
「学校というのも憧れます」
「アニメのはいろいろ美化してるからねー」
「そうなのですか?」
「夢を見せるのがアニメだからね。現実はもっと泥臭くて、劇的なものは少ないことがほとんどだ」
「コルト様には甘酸っぱい青春はなかったんですか?」
「ない」
正確には、覚えてい"ない"である。仕事で忙殺され極限状態が続き、古い記憶が崩壊しているのだ。
しばらく海水浴を楽しんだ後、妖精に手伝ってもらってバーベキューをし、その後、夕方には夏、海と言えば定番の花火をした。
この世界に、花火はなかったので、召喚して取り寄せたものである。花火をする頃には二人とも服を着替えていた。
ミリシアはザザザザザーっと火花の出る花火をぐるぐるさせながら楽しんでいた。
「魔術師になった気分です」
「そういえば、使えないんだったか」
「そうです、武術とか魔術とかそういったことは才能なくて、強さが全ての魔族では落ちこぼれだったんです」
「それは人間倒すぞーって時期だから強さがたっとばれてるんだろ。時代が変われば、何が一番かなんて千変万化するんじゃないか」
「そうですか?」
「あぁ、俺の元の世界じゃ、戦国時代っていって武士が活躍する武力の時代があったわけだが、その後平穏が訪れると、武士は肩身が狭くなって行ったりもしたんだ」
「お侍さんですね」
「そうそう。何に光が当たるかなんて、分かんないもんだよ」
そんな話をしつつ、小さな花火はひとしきり遊びつくし、残るは一つの打ち上げ花火だ。これについては着火などの実行などは妖精におまかせする。
ドーン、パラパラパラ、という打ち上げ花火が空に上がって輝いていく。
神成は思う、まったく、花火なんて何年ぶりに見たのだろうかと。
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リーディア商業連合国、東エストンディア領の大都市エレッツでのこと。
プルクエーラは、調査隊の上司に簡単な報告をし、妖精の里メルポポへおもむきたいと打診した。
上司へ報告したことは、ルージェ村の妖精の里に住んでいる男がいて、その男がルージェ村の魔獣を倒した存在、であるが、その魔獣の規模は砦ほどはなく、大剣豪ガルダンの噂話の出発点ではあるが、噂に尾ひれがついたものだと。
上司からは、いったんその報告をもとに次を考えるので待機が命じられた。彼女としては、もどかしかったが、しばらく、街でゆっくりしようと考えた。
そうして街を歩いていると、いろいろなうわさ話を耳にする。
その中の一つでは、どうやらマゼス王国は魔王軍に大敗し、いまや内部崩壊寸前という話であった。そのように弱体化してはあっというまに魔王軍に滅ぼされ、その矛先はリーディア商業連合国まで迫りくるかもしれないと怯える人たちもいるようだ。怖い話だった。
この大都市エレッツには、難民が流れてきてもいる。戦火が迫っているという不安が、街全体に広がっていた。
とはいえリーディアがマゼス王国へさらに援軍を送れるかというと、そうでもない。少し情勢は変わっているようだが、まだ国内の魔獣討伐に兵を残しておきたいのである。
今後、プルクエーラも、身の振り方を考えなければならなくなるかもしれない。そう思うと、マゼス王国には防波堤として存続して欲しいところなのであった。
最悪、エルフの里に帰ることになるかもしれない。




