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22 マゼス王国軍の悲惨な敗北

マゼス王国の軍、冒険者を含めた大規模な一団は、陣形を組み、中央部への突撃を開始した。


怒声と共に進軍は開始され、陣形を組んだ大部隊は一歩引いていた魔王軍の部隊へと徐々に近づいていく。


さて、そもそも魔王軍はどれほど強かったかというと、慎重に着実に侵略領域を広げ、それが押し戻されることはないくらいに強かった。


その進み具合はゆっくりであったが、それは魔獣は倒れても魔族に死者が出ないよう配慮した結果であった。つまり、これまでの戦で魔族はほぼ負傷していないのである。一部、戦い好きの者が、先行し、手傷を負うということはあったがささいな範囲であった。


また、神の息吹とよばれた、星庭神成がもたらした魔王軍側についての被害がどれほどかを整理しておこう。


そもそも、彼の登場によって魔王軍は都市エンシュラティアへ、前線から九割ほどの部隊を戻していたのである。そう、つまり、魔王軍が失ったのは一割のうちの魔獣達に過ぎないのである。それはそれで、大きな損失であるが、九割に加え魔族は残っていた。


だからこそ開戦はマゼス側にとって悲惨な結末となった。突撃すれども全く歯が立たず敗れ崩れる人々と、だからと言って途中で止まるかというと後ろからどんどんとやってくるので止まらない。まるで炎に自ら飛び込んでいくアリの行列だった。


それはそうだ。例えるならレベル百のモンスターがこれまで十体いたが、一体になったところで、レベル一がいくらそろっても何も手も足も出ないのである。自ら死にに行くようなものだった。


やっと進軍が止まったのは七割もの兵を失ってだった。そうして残った三割は絶望した。とんでもない大失敗だったのだ。


こうして残りの三割はあまりにも悲惨な状態に部隊を維持できず、ほとんどが北へ敗走したのである。


マゼス王国の国王ゼムはこの知らせを受け片膝を崩したのであった。


全力を投じた兵が敗れたということは、今後、どうやって、防衛すればいいか分からないのである。


#


コルトこと星庭神成(ほしにわ のあ)とミリシアはお互い謝っていた。


「その、熱くなりすぎてしまった。ごめん」


「私こそ、ごめんなさい」


「また、一緒にアニメの話をさせてくれ」


「はい。……ところで、その、お風呂での話なんですけど、その……私の方は見えてました?」


と、ミリシアはそっと尋ねる。


「あ、いや、顔は見えたけど、暗くてお風呂の中だったし……見えて、ないよ」


神成の言うことは真実であった。あのとき、ミリシアは暗い気持ちだったので、電気もつけずに陰鬱にお風呂につかっていたのであった。


「あの……ということはですね……その……不公平だったり、しますか?」


ミリシアは見てしまった申し訳なさと、ゆえに何か償いというか、しなければならないようでいて、だからと言って自分で何を言っているか分からなくなっていた。


「あれは事故だ、お互い気を付けよう。そうお風呂はちゃんと電気をつけて入ってくれ」


「じゃぁ、その……私のを、かわりにお見せしろ、みたいなことは」


「ない、なくていい!」


ミリシアは言ってて恥ずかしかったが、安心と同時に、すこし不満というか、そう、傷ついたのである。なんというか、まるで、自分に魅力がないと言われているように感じたのである。これまでも、ここにきて、そういうそぶりがなかった、女性として見られていない、魅力がないんじゃないかと思うのも当然であった。


「そのぅ、私って魅力ありません?」


「何を言っている、そんなことはない、ないけど、違うんだ、違うんだ」


「それではどういうことなのでしょう?人間という種族は魔族と違って、性欲は少ないのですか?」


「違う、そうじゃないんだー」


「でも、同じ家、一つ屋根の下で暮らしていますけれどコルト様は私を遊びに誘うばっかりですけれど」


「すまん、今日の話はここまでにさせてくれ」


我慢の限界だったのか神成はそう言うと、部屋に引きこもってしまった。逃げたのである。


#


プルクエーラは、ルージェ村の出立準備をしつつ、その前に、彼に少し話をしておこうとブライの元を訪れた。


「私はいったん帰ることにするよ」


「そうか、何かあったのか?」


「あぁ、妖精の里、その入り口にたどり着けたのだ」


「ふむ」


「だが、結果は思っていたものではなかった、真実は追わず、夢を見ている方が幸せだったのかもしれんな」


「確かに、夢にしている間は楽しいだろう。しかし、ものによっては台無しにする。いい人と結ばれたいなどと夢を見続けると、歳をとって後悔することになる」


「それってあなたの話?」


「いや、ただのたとえ話だ。それに、現実を見たから、動くことを決めたのだろ。よかったんじゃないか」


「そうね」


「なに、俺も似たような経験はしているかもしれん。この道場はそれは凄い剣の達人がいるなどとうたわれていて、それは面白そうだと殴りこんでみれば、肩透かしを食ったことは何度もある」


「でも辞めなかったのね」


「そうだ、続けたから強いやつにも出会えて今の俺がある」


「それじゃ、元気でね」


「あぁ」


ブライも少し考えていた、いつまで村にいようかと。


#


マゼス王国の王都マゼウムの城下町、ある一室でハナージャとマズルは食事をするところだ。ハナージャは大喜びである。何せ久しぶりの魔獣の肉だからだ。


「妖精使いの男は会えたが、知らされている勇者の風貌とは異なるようだった」


「空振りってこと?」


「分からん、もしかするとまだ妖精使いが別にいて、違う方に当たってしまったのか、もっと違う何かか」


ハナージャはおいしそうに魔獣の肉をほうばる。うん、とてもおいしい。全身に瘴気が染みわたる感じがたまらないのだ。


「そういえば、妖精と言えば、リーディアの北ノスティア領でも妖精の話題があるわよ」


「そうなのか。それは隠れ里なのか?」


「いえ、普通に人を招いたりしているみたい。リーディアの高官も向かったみたいね」


「なら今度はそっちに向かってみるか」


「その前にちょっとお願いがあるんだけど」


「どうした?」


「魔獣の肉をたんまり、備蓄しておきたいのです」


「あぁ、なるほど、わかった。人間の食事は瘴気味にかけて俺も旅の途中辛くなったものだ、了解した」


「ありがとう」


こうして二人は魔獣を使ったご馳走を堪能したのであった。


#


もう夏になり一部の地方では暑い日差しが照り付けていた。


星庭神成の家と付近は、妖精の能力によって夏であれ冬であれ関係なく心地いい温度と日差しになっている。


さて、そんな彼の家でミリシアは神成にお願いをしていた。


「夏といえば海水浴、ぜひ、堪能してみたいの」


この知識は魔族とかこの世界のものではなく、ゲームやアニメから来ているものだ。そう、ゲームやアニメのあの青春、定番の夏のイベントに、自身も身を投じたくなってしまったのである。


「そういうが、この世界はそういう風習はあるのか?」


すると、物知りの妖精が返答をする。


「ミリシア殿のおっしゃるほどの行事ではありませんですじゃ。貴族などが避暑地を楽しむ、というのは少しありますが、浜辺を歩く程度じゃのぅ。そもそも、水着というのが発展しておりません」


「えー、ダメなの?」


「自分たちだけで、ということは西の孤島でひっそりとでしたら可能でしょう。作品のように、屋台があったり、たくさんの大衆が泳いでいる場所でということは難しいですじゃ」


「おぉ、どう?ダメかな?」


神成に熱く訴えかける瞳がまぶしい。


神成は海水浴やプールなどということを楽しんだのはそもそもいつ以来だろうか。大学時代なら、まだ出かけたこともあったように思う。社会人になってからは日程調整ができず、そうした遠出のイベントからは縁遠くなってしまったのだった。彼は、久しぶりに、昔を懐かしむ気持ちでなぞってみるのもいいのかもしれないとも思った。


「構わないが、海の危険性についてはどうなんだ?」


「では、リスクのないところを選定し、足りない分は我々妖精の警戒にお任せください」


「やったー!」


こうして、小さな海水浴をめざした旅行計画がはじまったのである。


#


第二の妖精の里メルポポでは、リーディアの主要人物たちと会談が成功し、妖精の村長とリーディア側の取りまとめ役と握手が交わされた。


取り決めとしては、物資、技術などの面での交流をこれからも促進していきましょうということ。武力の面では、メルポポが巧みに交渉し、魔獣や獣の討伐依頼など、そういう形は引き受けるが、基本的に妖精は争いを好まないとし、人間同士はもちろん、魔王軍との戦いへも関与しないという方針で取り決めがなされた。それは、メルポポが人間とも、特にリーディアとも争わないということにもつながる。よって、リーディア側の視点でも、妖精達を平和的にやり取りができる集団とみなせるように正式になったのである。


リーディア側としては不満もあった。人間同士はともかく、魔王軍との戦いには参戦して欲しかったのである。まだ魔王軍の脅威はリーディアへは届いていないとはいえ、マゼス王国は領土半分を失い、状況としては迫ってきてもおかしくなかった。今回の交渉では、いったん身を引いたのである。というのも早くラインを決めておきたい理由があった。リーディアの北部では、メルポポを取り込み、独立しようという動きがあるからだ。それに先んじて、人間同士の争いに介入しない、とできるなら、良い引き際であった。


また、メルポポに人材を派遣し、各種研究を共同で行うという方向にまとまった。魔導エンジンを筆頭に、印刷、タイプライター、映像が映る便利な板、などさまざまな開発が行われており、リーディアとしては、その技術を勉強させてもらえるというのは都合がよかった。


メルポポからの要望は、国に特許という仕組みを導入し手欲しいという点である。これは、なんらかの発明に対して発明者に権利を認め、商業的に強い力を与えるものである。発明を主体に産業へ関わっていくため重要なものとなるらしく、リーディアはこれを認めた。


こうして会談は終了し、リーディア側は戻り各種調整を行う手はずである。


メルポポが魔王軍との戦いに対しては戦力を出さないという内容ではあるが、彼らが作り出す技術、その成果を魔王軍に使っていけない、という話ではない。ともすると、彼らの生み出す技術がこの戦乱にまったく別の光を照らすかもしれないのである。


周辺国も、自身の領土ではないにしろ、メルポポと連絡を取りはじめた。そう、メルポポはこれからの世界の行く末の鍵になるかもしれないのだから。

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