21 発見
魔王軍の最前線に突如現れた謎の斬撃が、魔獣を瞬く間に駆逐した。この現象に、魔族も人間も何が起きたのか理解できず、混乱が広がった。
魔族側は、前線を急遽押し下げつつ、王都エンシュラティアへと伝令を駆けさせた。
人間側は、勝因を呼ぶ奇跡の御業に歓喜しつつも、理由が分からず、こちらも陛下への伝令を駆けさせるという事態になった。
どちらにも、その情報は異なる色合いで波及していった。
魔族側は人間側の秘密兵器なのか、いったいどこからの攻撃か分からず混乱と共に、最前線を薄くしていたことに安堵した。これが全軍を投入しての全滅だったら目も当てられない。信じられなかった内陸部の魔族も、大量に運び込まれる切り裂かれた大量の魔獣を見るや認識を改める。
早急に魔王レイズガットは戦線を維持するため、王都に集めていた一部を前線に戻すことを決断する。レイズガットにしてみれば、もはや王都に集めていようがどうしようが、コルトには意味がないことが分かったのである。
人間側はとうとう神の天罰が下ったのだと大はしゃぎだ。マゼス王国、ルジャーナ聖教はともに浮足立ち、今こそ攻め込むべきだという流れになりつつある。国王ゼムも、この機を逃すべきではないと考えていた。
片方の勢いが落ちると、もう片方が勢いずくという、なんともいいあんばいにはならなかった。
また一波乱、起こりそうである。
#
謎の飛翔体を捜索しているマゼス王国の調査員は立ち寄ったルージェ村の飲食店で食事をしていた。
彼らの調査は難航している。というのも、リーディア商業連合国の内側に進んでも調べたのであるが、謎の飛翔体についての情報は全くでなくなったのである。近しいものとしては、八英雄物語の轟雷仙ヴォルテクスの登場に似ているかもしれない、ということだが、それもどこからなのかは不明であった。
そうして、いったん情報の途切れた周辺を、班を分けて捜索しているうちの一つがルージェ村にやってきているわけである。
マゼス王国の調査員ということがわからないよう、マゼス王国から逃げてきた村人、という設定としている。
ルージェ村では妖精という珍妙な存在がうかがえたが、地面に足をついて歩いているので、関係ないだろうと彼らは判断していた。
ここしばらくは国王の無理な要望で、元勇者の捜索、英雄の捜索など、多忙を極めていて彼らも限界だった。ということで、居心地のいいこの街で二人は休んでいたりするのである。
この村の料理はおいしく、パンのもちもち感や、プリンとよばれる甘味も舌触りと風味がよく、堪能しておきたいと彼らは考えていた。できることなら、いっそもう国を抜け出してここに住んでしまいたいくらいだ。
なにせ、魔獣の脅威がなく、本当にのどかなのだ。
マゼス王国の王都マゼウムでも、都の門の先は魔獣を警戒しなければいけないが、ここ周辺は安全に旅ができた。たまたまかと思っていたら、どうも、村でも評判らしく、実際に人が集まってきつつあるらしい。もう、村というよりは町になりつつあり、内外の街道もさらに一段階整備し、新たに建物も建てられていっている。
二人は、冗談交じりに、いっそここに住んでしまわないか、と話し始めた。
#
コルトこと星庭神成とミリシアは、リビングで激しい口論を繰り広げていた。
普段は穏やかなミリシアだが、オタクとしての成長が彼女をここまで熱くさせたのだ。
そう、あるアニメの解釈についてもめていたのだ。
お互いに、どうしてそういう解釈になるのか、理論的な整合性と説得力を示しつつ、相手の考えの穴や、ロマンのなさなどをついていく。
「コルト様がそんな強情だなんて思ってもいませんでした」
「うるさい、いいか、アニメだけの解釈何て根本的に間違ってるんだ、作りての思い、育った環境、そうしたものも含めないとダメなんだ!」
そうしてお互いまた引きこもった。
ミリシアは自室のベットにうつぶせに倒れこんで涙を流していた。そこまで熱烈に否定することはないじゃないかと。一緒にアニメを同じように感じ、とらえ、考えていけることが楽しかったのに、そうできないことが悲しかった。そう、ミリシアが感じたこと、それを否定されたことが何より悲しかったのである。
彼女はふと思う、嫌われてしまっただろうかと。もしかしたら追い出されるかもしれない。できていることの週に二回の料理も、本来は必要なく、妖精がやってしまえる。この場所での存在価値というのを示せていない、そんなふうにも感じていた。ただ、ゲームやアニメを楽しんで一緒にいるだけなのだ。
そもそもの彼女がここに来ることになった思惑というのもあやふやになりつつある。彼女は魔族側から勇者への、あるしゅ人身御供として、好きにしていい、ぞんざいに扱っていい奴隷のような存在として差し出されたと考えていた。きっと無茶苦茶にされてしまうんだワ・タ・シなどと考えていたが、まったくもってそう言うこともなく、であれば結局彼女が居ることにはどういった意味があるのか分からなくなっていた。このままではいけない、けれど、もうおしまいかもしれなかった。
神成が部屋にこもっていると、珍しく執事の妖精が暖かい紅茶をもってやってきた。
「ご主人様が、あれほどまで熱く成られるのも、珍しいものですな」
執事は、穏やかな、優しい声色で彼に語りかける。
「……」
めずらしい、そう、彼がこの世界に来てからは、めずらしい事だったかもしれない。相容れないこと、許せなかったことに対してというのであれば、断固として強硬手段に出たのはルージェ村の守護者の時だが、あれはもう話相手にもならない、相手にもしたくない、目の前から消し去りたい、そんな激情が渦巻いての事だった。
今回は、話し合えばわかってもらえる、わかってくれるはずだと、そう、信じていたのだ。だからこそ、裏切られたように感じ、熱くなってしまったのだ。
「熱く語り合うのも、良いと思います。ただ、それぞれの立場を尊重し、それぞれの考え方はある、けれど自分はこう思う、できたら自分の考えによりそってくれないか、くらいでよいのではないですか。相手の考えを絶対変えてやるぞ、では、また、いさかいになってしまいます。我々はかまいませんがミリシア殿は心をもった人間でございます」
「お前たちを人形のようになんて思ってない……」
「ご主人様は優しいですからね。だからこそ、いいたいことを言うのも不慣れなのではないですか。今回は、線引きを見誤っただけ、いいたいことを言うのは悪いことではないと考えます」
「どうしたらよかったってんだ」
「次の機会を大切にしましょう。手を取り合い、今度はもう少し柔らかい言葉で伝えてみてはいかがですか。完璧を求める必要はありませんよ」
そして、執事の妖精は失礼しますと去っていった。
もともと彼には言うべきことは言い切り、相手のどんな思想や理想があれども、できないものはできないと論破しきらずにはいられない性分があった。それはこれまでの仕事ゆえでもあった。言ったところで、それでもやれ、と言われるのだが、言っておくことで、できなかった責任はこちらにはない、ということができる、そういう防衛術なのであった。オタクとしてだけではなく、そうした癖が彼にはあったのである。それを、オタクの会話に使ってしまったというのは、なんとも不器用なところだった。
ふと、気分転換に彼はシャワーでも浴びようととぼとぼと、はっきりしない意識の中で風呂場に向かった。
服を脱ぎ、ざっとお風呂場に入ってシャワーを出したところで、お風呂に入っていた人影が彼を見上げた。
「「えぁあっ!?」」
電気もつけずにお風呂にひっそり入っていたのはミリシアで、神成とミリシアはお互い驚いて声をあげ、慌てて神成は体を隠す。
「見た?」
ミリシアは目をそらしながら言う。
「あのぅ……そのぅ……はい」
神成は恥ずかしくなりそそくさと退散した。
#
魔王軍の前線を一掃した神の息吹によって、マゼス王国中は大いににぎわい、そして兵士達はもとより国王ゼムも勢いづいていた。
今こそが勝機であり、これを逃してはならんと軍を再編成し、中央に固め、魔王城まで一気呵成に魔王をこのまま倒しきろうと目論んだのである。
マゼス王国は、王都マゼウムに残していた防衛の兵もほとんどかき集め、士気高く、一団は結集しつつあった。決戦であると。
一方、少し距離をとっているのは、同様に前線で戦っていたルジャーナ聖教の騎士達である。
ルジャーナ聖教は、これを好機とはとらえていなかった。神の息吹も事実であるとしつつも、それがどんな勢力の何を目的にしたものかとらえきれず困惑していたのである。そもそも、魔王軍との戦いの鍵になるのは英雄であることは神託がすでに下っている、ゆえに、その存在なくして、上手く進むとは考えられなかったのだ。
とはいえ、熱してしまった鉄は自然に冷めるには時間がかかる。
マゼス王国側は盛り上がり、中央部隊への兵が進むのに合わせて、盛り上がった国内の冒険者も集まっていく。そう、まさに、これでもないくらいに盛り上がっていた。
それはそうだ、なぜならこれまでじわじわと為すすべなく半分もの領土を奪われていくばかりであったのだ。その憤懣がたまっていたとも言ってもいい。
中央部隊には未曽有うの兵士と冒険者達が集結していった。
#
ルージェ村から歩いて少し進んだところで、調査員プルクエーラとマズルは森を一度さ迷ったところだ。
「ね、帰ってきちゃうでしょ」
「そうですね。それで飛行魔術ですか」
「そう、アイデアは私じゃないけど、頼むわよ」
「わかりました」
こうしてマズルはプルクエーラと手をつなぎ、森の中を飛翔する。空をどんどんと上がっていきながら、遠くに目を凝らしていると、
「あったわ、あそこよ!」
プルクエーラが指さした場所に、建物がわずかに見えた。そこに飛行魔術で二人は向かった。
近づいていくと不思議な場所である。それは妖精には大きい、人間用でありつつも、また様式が変わった屋敷で、その庭にあたるようなところには、木で作ったイスと机が並んでおり、用途がさっぱりわからない。
二人が、そのイスや机の近くに着陸しつつあたりを見渡していると妖精が一体、家から出てきたのである。
「これはこれは、困ったお客様だ」
「ここが妖精の里なの?」
「そうですよ」
「何を隠しているの?」
「里を隠しているのでございます」
「本当に妖精の里なのかしら、にしては、大きさがあなた達に合っていないものばかりじゃない。扉もここのイスも机も、なにもかも」
「困りましたねぇ」
そんな話をしていると、建物の中から「「えぁあっ!?」」という男女の声が鳴り響いた。
「中に人がいるのね」
「いえいえ、妖精どうしの軽いじゃれあい、イタズラしあっているお遊びでございます」
出てきた妖精はひょうひょうとしている。そこへ、マズルが話に割り込んだ。
「いや、中にいる男があんたらの主ではないのか。妖精使いが、住んでいる屋敷、そう考えれば大きさが人間よりなのも整合性が付きますよ」
「ほう、どういう経緯かはわかりませんが、こんな場所まで魔族のかたがいらっしゃるとは珍しいですね」
「魔族!?」
と、プルクエーラはマズルのほうを見る。
「惑わされてはいけません、けむに巻くつもりです」
「けむに巻くつもりはありません、ただ、我々はひっそり、穏やかに暮らしたいだけでございますから、帰っていただきたいのでございます」
「もしかして、妖精使いが大剣豪ガルダンなの?」
「さぁ、なんのことでしょうね」
しばし沈黙が周囲を包み込む。
プルクエーラは混乱していた。マズルが魔族という話もそうだが、彼の口から妖精使いという話が今さっき出たことも彼に疑念をいだく要素でもあった。
マズルは、今のところ入手できた情報だけでも十分に感じつつ、可能であれば、妖精使いの顔を見ておきたいと考えていた。魔族、と指摘されたことについては、最悪どうとでもなると考えている。彼女との協力関係がここで切れてしまっても問題はないからだ。
執事は強硬手段に出るか悩んでいた。一応、念話で招かれざる来客が来ているので外に出ないようにとご主人様にもミリシアにも伝えているので、あとはこちらでどうするか、という問題である。
そんなとき、家の扉から一人の男が出てきた。それは星庭神成ではない、髪はストレートにすらっと伸びて後ろの髪をひもで結んだ、透き通った声の男が現れたのである。そして、執事は念話なくとも、事の真相を知った。
敵意はないと手を広げながらやってきた彼は告げた。
「まぁまぁ、いろいろ隠し立てしていてすまないね。聞こえていたよ。そう僕が、妖精使いだよ」
プルクエーラもマズルも男のほうを見る。
「家に入れてやるつもりはないが、話くらいは聞こうじゃないか」
「じゃぁ、大剣豪ガルダンとあなた達は関係があるの?」
「そうだね、あの噂のおおもとは僕の妖精なんだ。八体の剣を使う妖精、それが真実さ」
「どうして隠していたの?」
「僕は人と関わりたくないのさ。大事にしたくなかった。けど、目の前で困っている人がいたら助けないわけにはいかないだろ。そこで、とりあえず僕のことも妖精の力のことも隠して、ある旅の男が、ということにしてもらったんだけど、噂に尾ひれがついてね、いつの間にか勝手に名前までついていたんだよ。これで満足かな?」
「それじゃ、英雄は半分真実で半分は嘘だったの」
「そう、砦ほどの魔獣というのも嘘なのは君も村の様子からわかったんじゃないかな?」
プルクエーラは答えを知って嬉しさ半分、そしてがっかりもした。確かに、小さな英雄はいた、しかし大剣豪ガルダンはいなかったのである。
「一応聞くけれど、八英雄物語の他の英雄については、何か知っているの?」
「いや、僕の妖精もそこまで強力じゃないさ。それに僕はここで引きこもって暮らしているだけだからね。そうだ、僕のことは他言しないで欲しい。ルージェ村の村長さんにもそうお願いしていてね、君たちはどうかな?」
最後の言葉を言った瞬間、男の目は細く、そして体からは殺意がほとばしった。
プルクエーラもマズルも息をのんだ。
「わかったわ、誰にも言わない」
「あぁ、安心してください」
そう二人が言うと、男が周囲に発していた殺気はすっと消えていく。
「それはありがたい、帰るなら普通にあっちの方向に歩いていくといい、すぐに帰れる」
そう言って男は、家の中に戻った。
プルクエーラとマズルは村に戻ることにした。
#
家に入り扉を閉めると、男はポンと妖精へと変わった。いや、こちらが正体だ。妖精はテテテンと二階のリビングに上がると、待っていた星庭神成に報告する。
「上手く追い返しておきました」
「うん、ありがとう」
そう、男は神成が作った変身を使える妖精だったのである。神成は妖精に変身能力を持たせて、いい感じに追い払ってくれと丸投げしたのだ。




