20 力の一端
マズルはルージェ村にたどり着き、妖精を見てたいそう驚いた、そう、なんと堂々と妖精は商品の売り買いをしていたのである。そして、雰囲気は玉座の間でみた連絡の妖精に近い。当たりかもしれない。
村の人に聞いたところ、確かに近くに妖精の里はあるらしい。村はもはや村と呼べないほど発展しているように見えた。露店で食べ物を買って話したときの話で、ここ一帯は魔獣が出ず、穏やかな生活ができており、それを聞きつけた人々が移住して大きくなりつつあるらしい。今も、新しい建物が建てられようとしている。
「露店で買ったパンに肉を挟んだ料理は、香ばしいパンとジューシーな肉が絶妙に調和していた。ただ、やはり、瘴気味がしないのは残念なところだ。
そうして、妖精の里の聞き込みをしていると、エルフの女性が話しかけてきた。
「あなた、妖精の里に興味があるの?」
「はい、実は故郷で、小さいころ妖精に助けてもらったことがありまして」
「へぇ、どのへんかしら?」
「マゼス王国のかなり南でして、もう今は」
「そうだったのかい、でも、もしかしたらあんたが見かけた妖精なのかもしれないねぇ、なにせ、魔王軍から逃げて移住してきた、という話だし」
「なるほど、そうなんですか」
と、マズルは話を合わせておく。
「ただ、妖精の里に行くのは諦めたほうがいいよ」
「なぜです?」
「静かに暮らしたいらしくて、迷いの結界が張られているのさ。追いかけても全然ダメ」
「それは、ざんねんですね。ぜひ見てみたかったんですけど」
「空が飛べたらまた違ったのかもしれないけど、飛行魔術ってなかなか覚えてる人いないでしょ」
「えぇ、そうですね」
「ほんと、どこかにいないかなぁ」
本当は、マズルは飛行魔術が使えるのだが、どうしようか……彼女に先導してもらったほうがいいか、と少し悩んだ。
「あなたも探されているんですか?」
「そ、私はリーディア国の調査員で、たぶん英雄の噂となんかあるとにらんでるのよ」
彼は思った、彼女に手伝うという形にした方がうまくやれるのではないかと。
「なるほどそういうことでしたか。実は、飛行魔術、使えるんですけどご協力しましょうか?」
「えぇっ!?」
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ミリシアはゲームの知識を得たことで、星庭神成の世界の中世や中世ファンタジー、中華風、現代の欧米、現代の日本、SFといった舞台設定というのを理解していった。そうしたことが彼女をまた新たなる沼への旅へとつなげてしまったのである。
彼女はシアタールームで、感動モノのアニメを一気見して涙を流していた。タイムリープものの現代日本のややクセのある主人公の逆転劇のある、なかなかの名作の一つである。そう、クライマックスに主人公とヒロインが再び会うシーンは感動的だった。
神成も一緒に見ていて、同じようにアニメを共感し、楽しんでくれるということに感動していた。
こうして二人の果てのないアニメの旅がはじまったのである。
そんなもんだから、妖精の一元管理ルームを作ったが、全く使われていなかった。
第二の妖精の里メルポポはさまざまな形で発展していた。その一つは、魔獣討伐依頼である。妖精の能力を複合させることで、テレポートで瞬時にその場所に、重ね掛けで強い戦士や魔術師を、そんな構成が可能で、メルポポは僻地であるが、依頼すれば大型魔獣も的確に対応されると評判で、これまでリーディア商業連合国が抱えていた魔獣への悩みは一変したのである。
突如降ってわいたこの妖精の里と、魔獣討伐依頼を請け負う話に、もちろんリーディアは国として歓迎しつつ、脅威にも感じた。とてつもない武力を持っているからである。国の大御所をそろえてメルポポへの派遣が決まった。
さらにメルポポでは、魔導エンジンなるものが開発されており、メルポポとイリノ村の間でそれを利用した列車なるものが作られている。そのエンジンを使った自動車なるものも都市に運び込まれ、今や世界の技術先端として注目を集めてもいる。武力だけではなく開発力ですら、圧倒する力を見せつけているのだ。
よってメルポポへの派遣団には技術者も参加した、大がかりなものとなった。
だが、メルポポの妖精達に抜かりはない。それを察知するや、団体が寝泊まりできる場所を準備しはじめたのである。
世界は刻々と変わっていく、星庭神成の知らないところで。
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ハナージャは今日も飲食店で働いている。しかし、彼女は我慢の限界を迎えつつあった。
それは、瘴気味のする料理だ。
あまりのお店の忙しさに、ちょっと抜け出して魔獣を狩って食べる、そんな余裕はどこにもなかった。そうしたことで彼女はホームシックにもなった。故郷が恋しい。
これまでは、なんだかんだ仲間もいたし、王都マゼウムまでの道中は、狩った魔獣を食べるということもできた。そして、その肉を少し残してもいたが、それが切れて半月以上にもなる。彼女は精神的に限界を迎えそうだった。こんなに、魔獣の肉が食べれないことがつらいだなんて思ってもいなかった。食文化の違いとはなんとも恐ろしい。
それでも彼女は頑張っていたが、お客さんからはどうやら最近ハナージャの調子が悪そうだということは見抜かれていた。ふと、気が緩んだ時に、物思いにふけるような、どこか遠くを見るような表情をしていたのである。
お客さん達は勘違いした、あぁ、ハナージャちゃんが恋煩いをしていると、一体どこの誰だ、いや俺だと。もちろん、お店の中でそんな話はしないが、二次会の飲みの席ではそんな話になっているのである。
心配した店長は、三日ほどお休みをあげようかと打診したところ、ハナージャは大丈夫の一点張り、だが、店長から見ても彼女はもうおかしくなっていた。スタッフ一同で説得し、少し報酬もサービスして、彼女は三日の休暇を得たのである。
もう、彼女は我慢の限界だった。ハナージャは夜、さっそうとその隠密技能をいかんなく発揮し闇にまぎれて外に出た。
これでもかと敏感になった瘴気センサーは近くの魔獣を正確にかぎ取り一直線に突き進む、それはもうどちらが魔獣か分からない状態だ。
ハナージャは風の刃で魔獣を瞬時に両断すると、その肉を同じ魔術で丁寧に切り分け、火の魔術で焼き上げた。香ばしい瘴気の香りが鼻をくすぐり、彼女は我慢できず、貪るように食べた。心の底から満たされ、思わず叫びたくなるほどの幸福感だった。
瘴気味を堪能したハナージャは満足し家にゆっくり帰宅した。
その後、ご機嫌なハナージャを見たお客さん達は、お休みの間に恋愛が成就してしまったのではないかとまた妙な話になったりしていた。
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最前線で防衛を固めている魔族たちや、都市エンシュラティアの防衛にまわされた魔族たちはここ長い期間の停滞に様々な思いをそれぞれ抱いていた。
ある者は平穏でゆっくりできていいという者。ある者は何で魔王様は弱腰になっているんだと声高には叫ばずとも懐疑をいだく者。ある者はもっと戦いたくてこの膠着状態に不満を持つもの。もともと人間憎し、という教育が施されているので、侵攻を続けるべきであるという意見はことのほか多い。
また、これまでずっと勝ち戦でもあった。なんでここにきて侵攻を止めるのか、納得できる理由が感じられないのである。
こうした状況には一つの理由がある。
それは、勇者の力をほとんどの者は知らないからだ。それは魔王レイズガットですら計りかねているわけだが、他の者たちならなおさらである。
そうしたことから、第三回目のコルトと魔王の会談が開かれた。
「先に伝えているが、今回は我らからの要望とそれについての話し合いだ」
「力を示してほしいというのは具体的にどういうことなんだ」
「まず、我々側の大衆はまだ人間側に脅威を感じてはいないのだ。よって、侵略を後押しする世論というのがある、これを打破したく、我らの国民に貴様の力の一端を示してほしいのだ」
「断ったらどうなる」
「しばらくは問題ない。侵略は再会するだろうがな。ただ、リーディア商業連合国まで到達した時も、歯止めがききずらいという状況になる」
「それはそれで困るが、問題はこちらにあるわけではないよな」
「そうだ。だから、なにかしら報酬など、望むものがあれば要求してくれ」
と言われても、コルトはわりと満足した生活を送れている。むしろ、ミリシアのおかげでさらに楽しくゲームやアニメを共に語らって楽しめるようになっていた。そして、今、心に余裕があるかと言われれば、あるにはある。
「まず、具体的に何をしたらいいのかを知りたい。でないと、報酬も定めようがないだろう」
「そうだな。魔族に被害を出したいわけではないが、脅威を感じてほしい。例えば、最前線の魔獣をあらかた驚異的な速さで殲滅する、などということは可能か?」
「できると思うが、問題ないのか」
この、考えることもなく自然に出された言葉に魔王レイズガットは内心恐れおののいていた。
「魔獣の死体を残しておいてくれれば我々にとっては食料になる。また、最前線はいま最小限に減らしている、問題はない」
「正確には、俺自らではなく妖精を使うが、問題ないか?」
「あぁ、人間側を脅威に感じることが起こればいい」
「わかった、面倒ごとはさっさとかたずけたい、この場から妖精を作ってやってしまって構わないか」
「問題ない」
すると、コルトは、瞬時に何十体の妖精を作ったと思ったらそれらが消え、またつくられ、それらが消えを繰り返してを十秒ほど怒涛に繰り返した。
そして二十秒ほどでコルトは告げた。
「完了した。確認できるまで待った方がいいか?」
「いや、問題ない」
そうして、コルトはめんどくさそうに消え去るように帰った。
その場に残った魔王レイズガットは顔には出さないが愕然としていたし、側近は顔に出ていた。きっと最前線の異変の報告はくるだろう。コルトがバレる嘘をつく理由はない。そしてこれが本当にコルトが成しえたことだというのなら、それは、想像をはるかに超えた脅威なのであった。




