19 ゲーム依存症にご注意
ハナージャ達三人はいくつかの情報を得て方針を相談していた。
どうやら妖精は今回の勇者調査において重要なキーワードになりそうだ。妖精使いの男というのもいて、一時期ボロ屋敷で暮らしていたらしい。しかし、今はそのボロ屋敷は燃やされ跡形もない。妖精使いの男の足取りは不明だが、生存している可能性が高く、夜逃げしたと思われる。
そういうわけで妖精にしぼって街での調査を進めたところ、少し遠いが、国境を越えた先、リーディア商業連合国に位置するルージェ村が妖精と交易をしているという話を耳にした。
また、時系列も符合するところがあった。昨年の秋、盗賊の騒ぎを起こした妖精と妖精使いが、今回の調査対象と一致する。さらに、ルージェ村はどうも去年の冬ごろ妖精との交易をはじめている。そちらへ移住した、というふうに考えられた。
あるていど情報が出てきたこともあり、レキストは一度報告に戻る。ハナージャは再度レキストと合流をするため王都マゼウムに残る。そして、マズルはルージェ村へ調査をしに行く。という方向で、方針が定まった。
話し合いは終了し、レキスト、マズルは旅支度をし、それぞれ出立した。三人は確かな手ごたえを感じていた。
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レキストの報告を受け、魔王レイズガットは次への勇者との会談の準備を進めた。
マゼス王国が勇者を秘匿していたわけではなく、どうも両者の関係はよくなさそうであるということから、勇者が第三者だと言っていた点も嘘ではなさそうだ。つまり、勇者は勇者であることを断った、それによってマゼス王国と対立した、そのようにも考えられる。また、そうであるなら、勇者が反撃のラインとして規定したのがリーディア商業連合国であるという点も、つながってくる。リーディア商業連合国はルージェ村があるところであり、勇者が親睦を深めている場所である可能性があると報告があった。
そうした情報と、前回の話から、状況を整理しつつ会談へ臨んだ。
場所は、都市エンシュラティアの王城の会議室、勇者には門から入ってくれと頼んだら、素直にそのようにしてくれたようだ。魔族側は魔王レイズガットと側近一名ともう一名、勇者は妖精一人を連れてやってきた。
「待っておった、座るがいい」
勇者は鎧もつけず、以前と同じようにただの村人のような恰好でイスに座った。
「お互い名乗っておらんかったな、我は魔王レイズガッド、古より復活し続け君臨を繰り返しておる」
「俺は、この世界ではコルトと名乗っている、元の世界の名前にはあまり意味はないかもしれないが必要か?」
「名を捨てた理由はなんだ?」
「文化の違いだ。俺の元の名は星庭神成だが、この世界では発音しづらいし、馴染まない」
「ほほう、なるほど。それにしても、隠れ潜んでいるようではないか。なぜ、己の力を示さん?」
「注目が集まれば、あれをやってくれ、これをやってくれ、要求されたり、任されそうになったり、そういった人々の期待や干渉が煩わしいからだ」
「前も言っておったな……そんなに貴様にとって期待は嫌か、期待は信頼につながるものでもある」
「そうだな。この世界にくるまでは、ずっと義務感で、何のために生きてるのかもわからないくらいに仕事だけの人生になっていたんだ。もう疲れた」
「なるほど、前回から考えたが、リーディア商業連合国を我々が攻めるかどうかは、結局のところ人間側がいては我らの平穏が保てぬという問題が残ってしまうところが問題点だ」
「俺に魔族を攻めるなと人間側を止めるほどの力は無いよ」
「また、それ以前に我には積年の恨みもある。長い長い転生を繰り返したことと、転生の身になった経緯ゆえにな。人間を我は許せん」
「そのわりには、理知的に話し合いに応じるんだな」
「我の感情と、全体として魔族の繁栄が必要とは別ではある。知らぬかもしれぬが、魔族とはもともと瘴気を克服するために新たに作られた希望となる種族だった。初めは手を取り合っていたのだが、我らは裏切られたのだ」
「それについては少し知っている。そして瘴気のマナを扱えるがゆえ、人間達から恐れ疎まれたのだろ」
「ほう、失伝していると思ったが、よく調べたな」
「俺は知ろうと思えば、何だって知ることができるさ」
その言葉は、魔王レイズガットにとっては脅威であった。それが本当なら、彼の転生の秘術についても、知ろうと思えば知れる、ともするとすでに知っているかもしれないからだ。やはり、敵対は避けるべき相手だ。
「なるほど、少し話題を変えるが、コルト、貴様と事を構えようとはあまり考えておらん。だが、信用もしずらいというのが今の状況だ」
「あぁ、お互い様だな」
「どうだ、こちらから一名、このミリシアを、手伝い人として一人そちらで働かせてはもらえんか」
魔王レイズガットは横に使えさせていた一人のメイド姿の女性の魔族を示してそう告げた。
「なに、どのような雑用でも構わん」
コルトは焦った、意図が計りかねたのである。示された彼女をみると、緊張しているようだった。
「さすがに、信用を作るために、信用できていない人を家におくというのは順序がちがうのではないか?」
「隷属の契約術を使ってもらっても構わん」
コルトはさらに焦る。かなり本気だ、一体何がしたいんだろうと。そんなことをしていったい何の得があるのか……ん?あぁ、これは典型的なハニートラップに違いない。
「そこまではいい、危険があれば、すぐさま妖精が対応できる。働き手という意味では、俺は妖精に家事全般まかせられている、そもそも任せる仕事がない」
また、コルトはあまり人と関わりたくないとも思っている。基本的に一人でいる時間が好きで大切なのだ。
「なんと……」
とはいえ、魔王レイズガットもここは何としてもイエスとうなずかせたいところだった。
「ミリシアの報告いかんでは、我々はリーディア商業連合国への侵攻をしないよう考えてもよい」
「いやぁ、そう言われましても……」
コルトは困った、根本的にちがうのである、一人で気楽に過ごしたいだけなのであった。
「わかった、ミリシアがそちらにいる間、リーディア商業連合国へは侵攻せん!」
「あ……はい、いいでしょう」
魔王レイズガットの勢いに、コルトは押し切られてしまったのである。
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星庭神成はミリシアと共に家に戻り、執事に事情を説明しひとまず、家についてや周囲についての説明をリビングでさせつつ、彼は彼女の部屋をどうしようか考えていた。
現在、一階は大きめの客間、小さな倉庫部屋でここは小道具やルージェ村へ売りに行くものや購入品が置かれている。二階はリビングとキッチン、シアタールーム、自室、訓練や実験に使っていた部屋だ。訓練や実験は、いったん休んでもいいから、ここを彼女の部屋にしよう。というわけで、妖精を召喚し、片付けやベットの準備などをさせた。
「執事、訓練用の部屋を改装させてミリシアの部屋にしようとしているから、後で案内しておいてくれ」
「わかりました」
「あ、ありがとうございます」
神成の胸は、得体の知れない緊張感と、抑えきれない不安でいっぱいだった。そう、女性が近くにいるというだけでドキドキしてしまうし、なんだかいい気分になってしまって落ち着かないのである。だが、ダメなのだ、これは魔王の計略、トラップなのだ、精神的な生殺しのような状況だ。
そうか、わかった、いっそ不能になってしまえばいいんではないか。うん、いいかもしれない。え、でもなんかやだな。そんな考えが交錯しながら混乱しそうした考えを渦巻かせながら、なんとか、状況を進めようと頑張っているのである。
「それでは、本当に家事のお仕事はなさそうなのですね」
「はい、ご主人様は、妖精を作ることができ、掃除、洗濯、料理、あらゆる家のことは我々が担当してしまっております。また、ご主人様は、一人のお時間がたいそうお好きです。我々もそうしたことを邪魔しないよう配慮しているのですよ」
「そうなのですか」
ミリシアはやや、予想とまったく違って困惑している。もっと大変な目に合うと考えていたのだ。あぁ、魔族のためにこの身をささげるワ・タ・シ、なんていふうに考えてもいた。
料理に関して、せっかくなのでこちらの料理を覚えさせて欲しいというのをミリシアが打診し、また、魔族の料理を振舞いたいとのことで、週に二回、彼女の料理当番の日というのが取り決められた。
ミリシアの料理はとうぜん魔獣を使う、というわけでその後、神成は瘴気耐性をとったのは後の話である。
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星庭神成の家は現在増築中である。ミリシアが増えたことで潰した訓練ルームや実験の部屋、維持している妖精も増えたので管理ルームも欲しかったし、元の世界の物品を召喚できるようになっていることで、そうしたものを置いておきたいという欲求もできてきて、全部屋にコンセントとLANの配線などの工事もしたいのだ。
電気に関しては未来の不思議小型発電機の召喚によって、家庭用の小型発電機が手に入った。こうして、パソコンやゲーム機で遊ぶことも可能になりつつあるのである。
はて、そうした結果、とんでもないことが起こった。
それから数日後、ミリシアは徐々に部屋にこもる時間が増えていった。そして、気づけばほとんど姿を見せなくなってしまった。もちろん、ご飯のときには出てくる。しかし、それ以外は完全に部屋で過ごすようになってしまったのだ。
原因はもちろん神成にある。それは嫌われたとかではない。
彼は彼女に、ゲーム機とソフトウェア一式をプレゼントしたのである。
ミリシアは最初、ただのおもちゃかと思っていた。だが画面に映るキャラクターが自分の指先で自由に動き、未知の世界を冒険する体験は魅力的だった。次はこうしてみよう、もしかしたらこれで解決するかもしれない、物語の先を見たい、ちょっと敵と戦っていればレベルアップし成長を疑似体験させてくれるゲームにドハマりしてしまったのである。
さらには、ゲームは未来のモノも取り寄せられる。元の世界の時点でもとんでもなく豊富にあったのに、未来のものまであるとなると遊びつくせるはずもない。
ただ、そうした結果、神成とミリシアはなんだかんだ食事のときにゲーム談義をするようになっていった。
こうして、ダメ人間が一人、増えたのであった。




