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16 魔王の驚愕

マゼス王国の魔王軍と戦う前線近くの駐屯地は静かに混乱していた。


進軍を続けていた魔王軍が突如停止、部隊も少なくなっているのだ。好機と見るべきか、それとも、戦略的な罠なのか、または、何かたくらみがあるのか判断がつかなかった。


好機であるなら、みすみす逃すのはもったいない。しかし、そもそもこうなった理由が分からない。罠にしても、こんなことが必要ないほど魔王軍は優勢だった、そう、罠など、必要ないのだ。


前線の状況は王都へも報告が走っている。最終的にどうするかは陛下のご判断である。


勝手には動けない、そうは思いつつも、前線の兵士たちは、この不気味な平穏に安堵できないでいたのだ。


#


魔王レイズガットは玉座に座り、一通りの指示を終えたところだった。


あれからしばらくたち、都市エンシュラティアに兵は集結し配備は完了。勇者と思しきものを見つけしだい、問答無用で全力で葬れとの通達を出している。放置するには危険な存在と判断していた。


そんなとき、ふと、王の間に突如人影が現れた。


「なんだ貴様は!」


レイズガッドは立ち上がり、警戒態勢になりつつ相手をにらみつける。


「異世界から召喚された人間みたいな存在かな」


「勇者……だとっ」


そう、唐突に表れたのは、星庭神成だった。突如勇者が現れたことに、最大に警戒する。レイズガッドは直感した、ここでの判断、対応が、全てを決めてしまうだろうと。勇者はこちらが都市の守りを固めるや、それを超える行動、王の間に現れてしまったのだ。


「勇者になるのは断ったけどね。あるていどで矛を収めてくれないか」


勇者はさも敵意がないかのように武器も持たず、手を広げてみせる。しかし、その一挙手一投足には武を極めたものが放つスキのなさ、雰囲気がただよっているのをレイズガッドは感じ取っていた。言葉と態度だけで、判断できるような存在ではなかった。


「断っただと、矛を収めろとは、貴様の狙いが分からん」


「俺はこの世界の人間族の姿ではあるが、別の世界から召喚されたんだ、召喚については分かってるんだろ?」


「無論だ」


「俺から見れば、俺とは異なる、人間側、魔族側、二つが争ってて、都合よく、勝手に、人間側に何とかしてくれって強引に呼び出されたって状況なんだ。そして、俺は、強くどちらかに肩入れする気はない」


「静観するというなら、見ていればいい。我々も貴様の邪魔はせん。だが、矛を収めろというのがげせんな」


「人間側でしばらく暮らしていたから馴染みの村があるし、そこはそこだけで成立しているわけではないんだ。あまり踏み入れられると困る」


「なぜ貴様は人間側に全力で肩入れせんのだ?」


「俺は願われるのも、指示されるのも、働くのも嫌いだ」


「ふん、身勝手な奴だ。戦の前線では多くの街や村が落とされ、人間は傷ついている。かわいそうだとは思わないのか。力があるなら救ってやろうと、そうは思わないのか?」


「身勝手、かもな。ただ傷ついているってんじゃない、お前たちはお互い手を取り合わなかった、結果、傷つけあっている。人間側に加担するということは、俺はお前たち魔族の民を亡き者にするということだろ」


「ほう、どちらも救ってくれると?」


「いや、俺はそこまで傲慢じゃない。自分たちで何とかしてくれ。ただ、俺のやりたいことには影響しないで欲しい」


「気に入らん……だからこそ、貴様は話をしに来たのだろうが気に入らん。とはいえ……もし我々が進軍を止めたとして、人間側は今度は領土を取り返しに戦おうとするのではないか?」


「そうだな」


「なら、我らに安息は約束されぬことになる。それは認められん」


「それも理解できる。俺から言えるのは、リーディア商業連合国にまで手を出されると、敵対せざるおえない」


「なるほど」


「今回は、この辺にしたい。一応話はできそうということが分かったしな」


「会談か……今度来るときは予め知らせをよこせ。いきなり現れるな、心臓に悪い」


「わかった、妖精の使いを出す」


「なら、こちらから連絡をしたい場合の手法はどうする?」


「そうだな」


そう言って神成は妖精を一体作成した。


「こいつに、言ってくれ。俺が作った妖精だ。話してくれればこっちに遠くても連絡してくれるし、こっちからの話も、こいつを仲介にするのはどうだ?」


「いいだろう」


そして神成は来た時と同じようにテレポートでさっとその場から消え去った。


ふと、レイズガッドは玉座に深々と腰を落ち着けると、てとてとと妖精がやってきた。彼は疲れていた、力がありながら動かない彼にかなりの不満を持っていたが、それゆえに、いま話し合いができているということを理解していた。彼は勇者の力を侮っていない。いや、さらに侮れなくなった。忽然と現れ、そして消える、それがもし、目的の場所に瞬時に移動できる手法があり、それを身に着けているのだとしたら、敵に回すには恐ろしい能力でもあった。


「妖精か……貴様は名を何という」


そういえば、やつの名を聞き忘れていたと思った。


「私には名前はありませんよ?」


「なんだ、つけてもらっていないのか、どれ我がつけてやろう」


こうして、神成と魔王の初の会合は幕を閉じる。


#


星庭神成(ほしにわ のあ)は家に戻って、ラフな格好になり、執事の妖精にお茶を入れさせてのんびりしていた。


彼は転移の能力はやっぱり便利だったな、今回の魔王とは上手く話せたんじゃないかと、上機嫌であった。


「一歩進んだと思うんだがどう思う?」


「そうですね、なかなか程よい塩梅ではないでしょうか。今回はご主人様のラインとしてリーディア商業連合国を提示できましたし、立場も伝わっています。連絡役も置いてくることができ、魔王側も話はする気があるということがうかがえますな」


「それはそれで、やりやすくもあり、ややこしいことも確定しちゃったけどね。魔王がただの悪者です、ということだったら、もっとシンプルに考えることもできたけど、話し合うつもりがあるわけだからね」


「それでも、ご主人様はご主人様でございます。誰のものでもありません」


「あぁ、勝手に殴り合ってるのに、わざわざそれをどうこうする気は俺はない。そういうスタンスということにする」


「それがよろしいでしょう。夫婦喧嘩は犬も食べませんから」


さて、この魔王方面はまずは少し手を打ったとして、神成自身の能力、妖精想造はどうしていこうか、少し頭打ちな状態になってしまった。


というのも、魔王軍と相対するために、自身の能力を引き上げられる限り引き上げてしまったのだ。残っているのは妖精の固有記憶、記憶媒体だろうか。今度はそっち方面の試行錯誤でもしてみようか。


と、思いながらも、気になっていたアニメの続きを見にシアタールームへと向かった。


#


魔王レイズガットは、側近六名を集め、会議を開いていた。そして議論は紛糾することとなった。


レイズガットは議論は静観しつつ、様子を見守った。彼らの意見、内容はもっともでもあったし、ひとまずいろいろと意見がぶつかり合うというのは悪い事ではない、終着点さえ、間違わなければ。


ひとまず勇者、という呼び方にしておくが、勇者からはいくつかの提示がなされている。


まず、リーディア商業連合国への侵攻は勇者を敵に回すということ。人間側と魔族の争いに関して、勇者は第三者として距離を取りたいということ。また、勇者は可能であればどこかのラインで侵攻を止めてほしいと最初に言っていた。


魔族側は賛同はできかねる部分があった。というのも、先に魔王レイズガッドが勇者に告げたように、魔族にとっての平穏が担保されていないのである。なにより、図々しいとも考える者もいた。それは、勇者の力が未知数というのもある。切り捨ててしまえばいい、という考えもあるわけだ。


だが、勇者の力を甘く考えられないという面も大きい。こと、玉座の間への侵入をやすやすと許してしまった、そうできる力があるということは、かなり危険な状況とも言えるし、それを許した守備隊の責任はどうなんだと、やや話がそれる場面もあった。


そうしたことから、勇者の力を調べること、また、人間側で勇者の立ち位置がどうなっているのか調査する必要がありそうだ、というところでひとまず落ち着いた。相手を知らなければ、話し合いをするにしてもどう進めるか、決めるわけにはいかなかった。


側近の中には、かなり勇者を警戒している者もいる。唐突に、どこにでも、目的の場所に移動できるなら、魔族の主要人物を暗殺していくことだって不可能ではなさそうである。魔族とて、二十四時間起きっぱなしというわけではない。だからこそ、早めに倒してしまうべきだ、という意見も出ているのだ。


ただ、どうするにしても、力量を知らなければ判断をたがえる可能性が高い。


そうして、人間側への潜入計画が立てられることになりつつ、重要な側近、士官には手厚く護衛が付く運びとなった。


#


マゼス王国、王都マゼウムの王城の執務室は混乱していた。


「いったいどういうことじゃ、何かが魔王軍に飛翔したとおもったらそのままもどった?しかもそのあと魔王軍は停止?何じゃ、何が起こっておる!」


国王ゼムは、混乱し、さらに疑心暗鬼にもなっていた。


侵攻が停止したことは喜ばしいが、これでは人間側の何者かが魔王軍側に連絡しに行って止めたようにも見えるし、むしろその存在は魔王軍と内通しているのではとさえ感じる。そう、何かよからぬことが起きる、そんな気がしてならない。


「ここは無暗に打って出ず兵士を休ませるのが得策かと」


「そうじゃの。じゃが、飛翔した存在、何者か調べなくてはならぬ、最悪、魔王に通じている人間などということもありうるぞ」


「はい、ただ、英雄の調査もしており調査班も手いっぱいでございます」


「うむ、英雄よりも恐ろしい存在かもしれぬ。こととしだいによっては、内側に魔獣を抱えていることにもなる、英雄の調査はよい、飛翔する謎の存在を探すのじゃ」


一方、王都マゼウムの酒場などではこんなうわさが立っていた。


魔王軍に英雄が飛び立つと、その多大なる存在のオーラによって、魔王軍は恐れおののき、硬直、いくつかの兵は逃げ出し、そうして魔王軍は進行を止めたのだと。


この英雄が何者かは分からないが、大衆はそんな歌に酔いしれていた。

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