15 接触
星庭神成は、ひとしきりの準備をした。妖精を魔王たちのところに向かわせる方が安全であるが、八英雄物語の件で任せすぎも危ないように感じた。
そのため、能力の付与や能力強化の妖精を使い、必要な技術や能力、能力値を妖精想造もふくめ極大まで強化した。
服の準備も簡単に、家を飛び出し魔術で空を舞う。天空を体に負荷なく超高速で移動するのは古代魔術の一つだ。ザッと神成はあっというまに魔王軍と戦っている最前線へとたどり着き、上空から、周囲を観察する。
焼け焦げた肉や錆びた鉄のにおいが入り交じり、魔獣の群れに翻弄される兵士たちは戦線を維持せんと、多少の傷はもちろん、手足を失っても、まだ防がんと必死であった。
命を削って、彼らはいったい何を得られるのだろうか、と思う。名誉か、それとも、生きていてほしい人でも残しているのだろうか。神成は、そんな光景から目を離し、魔族を探すことに専念した。
能力を上げたことで視認する力も向上している。奥にふんぞり返っている薄紫の肌に黒い角を頭の左右に生やした魔族が確認できた。そこに急接近する。と、相手はこちらを向いて、黒い瘴気の雷撃を放ってきたのを避けながら神成は叫んだ。
「おい、言葉が通じるなら、一つ聞きたいことがある」
神成は黒い瘴気の雷撃を避けながら冷静に問いかけた。魔族の動きが一瞬止まる。
「ほう、話を試みるとは珍しいな……だが、貴様は人間!つまり敵だ!」
相容れぬとばかりに、魔族の攻撃は再開され、それを神成は目線をやることもなく避ける。
「確かに俺は人間に見えるかもしれない。だが、別の世界から召喚された存在だ。お前たちに敵対する理由はない」
「それがどうした。結局、勇者なら敵だろうが!」
そう言いいながら、魔族は魔法を放ってくるが、苛烈に攻撃してくるわけでもない。回避とおしゃべりに専念する。
「お前たちは町や都市ってのはあるのか?」
「んぁ?当たり前だろ」
「案内してくれないか」
攻撃をかわしながら話すのも、なかなか大変だ。
「いきなり訳の分からん奴を、はいどうぞぉ、なんってできっか!」
「そうだな。話ができることが分かっただけでもたすかったよ」
「こら逃げるな!」
と、魔族から遠のくと罵声が飛んだ。
「また来る」
「ふざけるな!」
そうして神成は家へとまた、空を飛んでもどった。妖精想造の力も飛躍的に向上させたので、有効範囲も無限大に近い状態になっている。
まるでそう、世界が手中に収まっているような感じだった。
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家に戻った神成は少しひとやすみをする。そういえば、異能力で魔術も武術も極めてしまった今、日課の訓練も必要が無くなってしまった。
ふと彼は考える、やりたいならやっても構わないかと。今は、やりたいこと、把握したいことが別にあるから、そうあの本、大魔王ラグナークの書の上巻と同じだ、またやりたくなったらやればいいか。
先にあった魔族にいろいろ聞いたり、直接見たりするのも手ではあったが、見るだけなら簡単な方法があった。
家に戻ると、神成はさっそく室内用のラフな服に着替え、愛用のシアタールームへ向かった。イスに深くもたれかかり、お茶を少し飲んでシアタールームでくつろぎながら投影の妖精を作る。能力は、風景投影、対話、記憶共有、の簡単に三つでいいだろう。
そして、いつもの物知りの妖精も呼び出す。
「ちょっと、魔族の領土、街や暮らし、そういうのが知りたいんだ、実際に投影しながらいろいろ教えてくれ」
「うむむ、わかったのじゃ」
どうやら魔族はかなり奥まった場所、マゼス王国よりもさらに南方に生活圏がある。都市を形成しているが、これから人が増える予定なのか、中心部に人が多く、外はがらんどうとしつつ建築などを進めていた。デザインは魔王だ魔族だといった禍々しさはとくにない。やや幾何学的、合理的な印象があって、整備された都市設計をしているようだ。
魔族の領土は瘴気に覆われていたが、彼らはそれを克服した種族だ。瘴気を操り、魔獣を家畜として飼育・管理することで、暮らしを支えている。瘴気による狂気すら抑える力を持つ魔族は、むしろそれを利用して繁栄していた。
城の場所、中継の砦などもいくつか把握する。侵略した場所は積極的に破壊しているわけでもなく、放置しているのは前線を押し上げることを優先しているからだろうか。
動くにしても、何かをするにしても、あるていど状況は把握しておきたかった。
大衆に希望を与えてしまったことについては、ブライの言うよう、少し置いておいた方がいいのかもしれない。ただ、後ろ髪はひかれる。とはいえ、魔王軍を倒してはい終わり、みたいな状況でもなさそうだ。瘴気は魔王軍に由来しない、正確には、大量の瘴気が噴出したことで、魔族の王は復活を果たしたのであって、順序が逆なのだ。つまり、人間の領土に噴出する瘴気の問題というのが別にあるのである。
第三者の立場として、魔王軍を倒す方向にも気は進まなかったりする。働く気はないので、せいぜい、自分の生活圏、それが成立していてくれればいいというかなんというか。
ともかく、ちょっとずつやろうと思い、休憩にアニメを見ることにした。
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マゼス王国の魔王軍と戦う前線近くの駐屯地、そこで兵士たちは奇妙なものをみた。
魔王軍に向かって飛翔する何かだ。それはあまりに早く空を一直線で飛んだので、音を聞いて見上げてみれば遠ざかっていく姿がほんのりと見えた程度である。
部隊長は部下に問う。
「なんだあれは、おい、援軍が来るとか、そういう報告は上がっているのか?」
「わかりません。報告もありません」
「お前は見えたか?」
「ほとんど見えません、何かが過ぎ去ったとしか」
「とうとつに飛来し解決する英雄達の噂が流れているらしいが、あれもそうなのか……」
ほんの少し期待した彼を裏切るように、前線では戦いは起きる気配はなく、また、再び北側へと何かが飛翔したのである。
「結局なんなんだ……ともかく、謎の飛翔体を確認と、上に報告だ」
「わかりましたっ!」
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魔族の都市エンシュラティア、その城まで兵は空を飛び進み着地する。彼らに翼があるわけではない。古代の魔術だ。建物内での飛翔はマナー違反とされており、兵士は急ぎの知らせを門をくぐり、駆け足で向かった。
そして、手順を踏み兵は魔王の玉座に進んだ。奥には魔王レイズガットが控えている、少し痩せたが、鋭い眼光がただものではないことを示している。
「陛下、前線部隊が勇者と接触いたしましてございます」
「とうとう現れたか、被害はいかほどか」
「ありません。指揮官が相対し、攻撃を試みたものの避けるばかり、言葉を交わしたとのことです」
「ほう」
これまでの勇者は、問答無用で大きな一撃を放ちこちらを切り伏せたり、魔術などによる大規模殲滅というパターンが多かった。最初は能力が小さいものの、早めに芽を摘まなければどんどんと成長してしまう、だからこそ、勇者と思しきものの発見は魔王軍にとって必要不可欠なことだった。
前線に来ておいて、攻撃のそぶりがないというのも妙な話だ。
「して、会話の内容は?」
「はい、そやつは別の世界から召喚された第三者などと言い、敵と決めつけるなと」
「なるほど……」
勇者――古代の忌々しい召喚術で来訪する異世界の能力者。その存在が現れるたびに、こちらの戦線は甚大な被害を受けてきた。今回は、その勇者との邂逅は一味違うものとなった。勇者は、敵と決めつけるな、と言ったというのだ。
魔王レイズガットは眉をひそめた。勇者が交渉の余地を示すなど、これまでにないことだ。これは罠か、それとも本心か。いずれにせよ油断は禁物だ。
「他には、町や都市ってのはあるのか、案内してくれ、と言われたそうです」
そこに目を見開いたレイズガットは早口で言葉をつむぐ。
「それになんと応えたのだ!」
「当たり前だろ、と」
「なんと……」
魔王レイズガットは嫌な予感、底知れぬ暗雲が彼らの未来を覆いつくしていることをヒリヒリと感じた。勇者はこちらが魔獣のようなただ暴れる存在と認識していない。その確認を今回しに来た、のだろうか。レイズガットの脳裏に不穏なシナリオが次々と浮かんでくる。言葉がかわせ、街がある、つまり、民が平穏に暮らしている場所がある、ということを示してしまったとすると、危険だ。
「至急だ、前線の部隊は戦線を維持できる程度に残し、都市エンシュラティアに集結せよ、防衛を固めるのだ!」
今回の勇者はなかなかにいやらしい人間かもしれない。同じように生活を持つ存在かどうかはかり、そうであるなら、そこは弱点と、補給路や民を狙ってくる可能性がある。魔族は、その多くが優れた能力を持っているが、技術は訓練しなければ身につかないのは変わらない。民は民なのだ。そこを狙うとは、ふふ、なんとも非道。いや、それだけで済むかもわからない。
魔王レイズガッドは、滅ぼされても転生するよう大地に仕掛けを施している。そうして彼は復活し、魔族を増やし、ある程度増えたところで攻めなおすという形をとって繰り返してきた。
しかし、今度の勇者はあなどれない。転生の秘術まで手が届くかもしれない。これまでの勇者のように、ただ猪突猛進に攻めてこない絡めてを使ってくる存在だ。
そもそも、その勇者、今、いったいどれほどの強さなのだ。召喚されたては、能力を使いこなせていない状態のはず、今はまだ、いやどうだろう。知恵のまわる存在、とするなら、力を蓄えていた可能性はないか。
こうして、魔王レイズガッドは一人、まだ見ぬ勇者に一人恐れおののくのだった。




