14 転がり始めて
コルトこと星庭神成は自室に戻り、物知り妖精と執事の妖精を呼び出した。
神成はすねたように半泣きになりながら妖精につらくあたる。
「まず、八英雄物語なんですけど……俺、聞いてないよ」
執事の妖精は答える。
「えぇ、大衆がご主人様の実験を見て、色々ひもずけて歌にされておりますが、ささいな戯れではございませんか。ご主人様が気にされることはなにかありますか?」
「違うの、いい、違うの!期待させて期待させて、いざ来るかもっていうときに、嘘でーすって取り上げるようなそんな行為はダメなの」
「ですが、期待と言いますが、勝手な勘違いではございませんか」
「そうですじゃ。ご主人様は心がお優しいのですなぁ」
「一応確認するけど、八英雄物語の元ネタは、俺の妖精だよね」
「そうですじゃ、間違いございませんのぉ」
「おぉ……」
神成は、誰に土下座しているのかわからないが、懺悔するようにつぶやくのだった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
神成は顔を伏せ、声を震わせ、頭を抱えた。期待を裏切る罪悪感が、胸を締めつける。自分が望まないとはいえ、他人、それも多くの人々を絶望に追いやる重荷が彼の心臓を締め付けていく。
彼は、期待を持たされて絶望する、というひどい仕打ちを何度も経験しており、それを自分が成すのは嫌だと感じているのだ。それは信用を壊すもの、世界から排除すべき所業だと考えている。
昔のこと。たまたま有給が取れた。昔の友達と遊んで飲み明かそうと思った矢先、緊急の仕事が入ってつぶれる――そんなことが何度もあった。だからこそ、彼はもう、お休み、自体に期待も何もしなくなっていた。たまたま休めたら、休もう、それくらいのものになってしまっていた。
そしてそれは、人生において、この日は盛大に楽しもうと計画して、生きる意味を顧みる機会を失わせる、ということに他ならない。
今回だって似たようなものだ。英雄様が世界を助けてくださる、あぁ、生きていける、と希望を抱いて、彼が何もしなければ、あぁなんで英雄様、と絶望に打ちひしがれる大衆。
そんな大衆の怨念や怨嗟が自分の元にネトネトと迫ってくることはないと思うが、ありうるんじゃないかと思うだけで怖くなる。
俺は、一体、何という罪深いことをしてしまったのだろうと。
もちろん、彼が考えを変えて、いっそ魔王を倒してしまえば話はすっきりするのかもしれない。
だが、彼は、人の要望に応える、仕事をするということに、吐き気をもようすほどに、拒絶感があるのである。
誰かから指示される、指示ではなくとも案にしてくれと願われる、そうしたことへの拒否感だ。
「怖いから今まで聞けなかったけどさ……俺が何もしなかったら、この世界ってどうなるの?」
「たいへん申し上げにくいのじゃが、世界が救われる確率は、だいたい一千万分の一の確率ですな」
彼は、目をぱちくりとさせて騒然とした。桁がおかしい。ジャンボ宝くじくらい当たらない。
彼は絶望した。彼がどうにかしないと、この世界は破滅するのだった。
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神成はコルトとしてまた、夜にルージュ村の食べ物屋へとおもむいた。なんというか、こう、昔のクセだろうか、思い悩んだ時に酒を飲みに行くというそういうのは。
「コルトじゃないか、どうした今日は景気の悪い顔してるぜ」
と、隣に座って声をかけたのはブライである。
「ちょっと、失敗してしまったというか、嫌な現実をつきつけられて絶望してるんですよ」
「なるほどなぁ。俺は最近まで、人の悩み何て聞くような性分じゃなかったんだがな。ここで先生やってたら、少し変わったみたいだ、どうだ?」
「じゃぁ一つ、自分にはその力があるけど、やりたくはない、けど期待されてる、どうしたらいいと思います?」
「基本は『やらない』が正解だろうな。義務感で人を動かすもんじゃねぇーよ」
「いいんですか?」
「俺は義務感で村を、街を守らなきゃって兵士や冒険者をたくさん見てきた。そいつらの中には、当然、野盗や魔獣、争いに敗れて、道半ば、運よく生きていても、何で生きてんだろうって体になっちまった連中がたくさんいる。そのうえ、好きだった女には別の男がくっついちまったりな。義務感で動いて幸せになったやつは、俺は見たことがねぇかもな。本当に、村をただ守りたいってやつは別だがよ」
コルトはそれでも、何もしなくていいとは納得できなかった。気持ち悪さがあったのだ。
「でも、期待させたのは、俺なんです」
「そんなのは関係ないさ。周りってのは勝手に期待して、勝手に失望もするもんだ。振り回されるだけ馬鹿らしい。自分ってのをしっかり持たなきゃ不幸になる」
「……」
「コルト、おめぇは甘ちゃんだ、何だかんだイイやつのにおいがする。付け込まれるタイプだな。
大事なのは自分の願い、どうありたいかだ。それが揺るがない範囲で、余裕があったら助けりゃいい。それくらいで十分じゃないか」
「余裕……」
「そうだ、誰かの願いが叶っても、自分が不幸になってちゃせわねぇだろ」
「見捨ててもいいんですか」
「かまわねぇさ。見捨てたくないなら、そもそも考えるまでもなく体が動いてんだろ」
「俺って、冷たい人間だったのかな……」
「人間そんなもんだ。完璧を要求されて、目指してつぶれたやつを俺は結構見てきたぜ」
「なんとなく、わかります」
そうしてしばらくコルトはブライと飲み明かした。コルトは不思議に思った、意外に、話を聞いてくれるんだなと。
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星庭神成は自室で目を覚ますと、少し二日酔いなのか頭が痛かったので、頭に手をやり治療の能力を発動する。
もう、能力を与える妖精によって彼は様々な能力を体得していた。そういう点では、悩みを吹っ飛ばす能力、などというものを習得すれば、今の悩みも解消できそうだが、そういう精神的なものは彼はためらっていた。
彼は答えがまだ出せていないが、それでも少し整理できた気がしていた。さて、彼は余裕があるかどうかというと、自分の好きなことをやれている、他におすそ分けするくらいの余裕はありそうであった。現に、ルージェ村はその余裕によって魔獣の脅威のない平穏な場所となっている。
心に引っかかりがあるとすると一つは、マゼス王国だろうか。勝手に召喚しておいて、願いを聞き入れないとみるや放逐するあの対応と、その後、口封じに暗殺を企てていたことを許すつもりはないのだった。なら、いっそ、そこには鉄槌を下してしまえば、スッキリするのかもしれない。
とはいえ、それでも引っ掛かるのは、そもそも魔王という存在について、瘴気というものについてよく知らないということもある。
なんだかんだ最初は敵に見えていても、そう見えるように仕組まれていて、あとで反転、実はこちらが悪者でした、そんなおとぎ話もあるにはある。ただ、それは、何を信じればいいかという難しい問題に直面する。というのも、そもそも自身に付与された能力すらも、疑わないといけないからだ。物知りの妖精の言うことを暗に真実だとするのは危険ということになってしまう。すごく面倒である。
そのへんは、どんな時でも結局は自身の感覚で認知できるものしか把握できないという限界があるにはある。完璧を求めすぎか。
とりあえず色眼鏡でも、その情報がどんなものか確かめてみればいいか。色眼鏡であるなら、それはそれで歪み、矛盾があると思いたい。
意を決して、物知りの妖精を呼び出した。
「そもそもだ、なんで魔王は人間を滅ぼそうとしているんだ?」
「それは、人間、エルフ、その他の種族が、瘴気を克服した魔族へ変わることを拒んだからですじゃ」
「拒んだ?」
「はい」
こうして、物知りの妖精から、瘴気と魔族と魔王の話が語られた。
瘴気というのはマナの一種である。今はそう信じられていないがそうなのだ。精神を蝕み、接触や取り込んだ存在を暴走させる非常に危険なマナが瘴気だ。
他のマナにも近しい性質はある。火のマナなら、熱血に、視野が狭くなりやすい。だが、瘴気のような肉体を変異させる作用も、精神を暴走させる作用まではない。
遥か昔、そんな疎まれたマナをどうにかしようとした。できたことは、自分たちの領域から追い出す程度だった。ただ、追い出した瘴気が積もり積もって、追い出す壁は決壊し、絶望的な混乱が起こった。世界に大量の瘴気があふれてしまったのだ。
人間達は瘴気や魔獣に怯え、滅びかけた。そんな中で、一部に瘴気を克服する新たなる人を作り出そうとする者たちが現れた。そして、成功し、エルフを土台に作られた新しい種族、それが魔族である。
最初は魔族の協力の元、世界は瘴気が霧散していき、魔獣も倒せ、順調に復興していった。
だが、魔族は瘴気というマナを使える分、他の種族より果てしなく強かった。
そうして、一部の魔族は他の種族を見下し、一部の他の種族はそれを嫌い、互いに排斥がはじまる。しだいにそれは一部だけではなくなって、全体での争いとなり再び世界は混迷の道へと進んだ。
その時に台頭した魔族側の長が魔王なのである。
という話を聞いた神成は、ひとまず、どっちもどっち、どちら側で生まれたかのポジショントーク的なものではないかと思った。
そうした話を聞いて、ずいぶん冷静になれた彼はもう一つの話を聞いてみた。それは、勇者の召喚魔術についてである。
「わかった、つづいて、勇者の召喚について教えてくれ」
「それは、仕組みについてですかの?それとも、目的ですかの?」
「まずは目的からだ」
こうして、勇者の召喚、その儀式についても知ることができた。
他の世界への干渉、観測するような奇跡は、本来禁忌とされ、神々がそのほとんどを隠匿してしまったのだという。
されど、大きな困難に直面した時、立ち向かう存在を求める秘術として、悪戯好きの神がこっそりと教えた一つが勇者の召喚魔術なのだ。
そして、選定された人物が抱えている魂の本質にそくして能力が一つ与えられるのだという。悪戯好きの神様としては、運が良かったら助けになるかも、というなんともランダム要素としてお遊びで渡したような秘術なのだとか。
だからもともとは、魔族の王、魔王を退治するための儀式であるかというとそうではないらしい。
なお、この召喚の儀式は何度も立て続けに行えるものではないらしく、一度使うと儀式場を百年は使えなくなるとのこと。正確には周囲のマナを一気に取り組む問題で不都合が起きるので、百年かけてゆっくりマナを貯蔵し、その分だけで使うのが正しいのだとか。
さて、少し魔族とやらは話せる存在か、一度確認してみようか。




