12 魔術書の解析
コルトこと星庭神成は、家の中で例の魔術書の自力解析をとうとうあきらめた。
今、どちらかというと異能、妖精想造をどう発展させるか、であり、それが面白くて、この世界について知ることができるなら、謎解き遊びは二の次、またいつかでいいと思ったのである。
神成は、自室に物知り妖精を呼び出した。
「というわけで、この本についてまずはざっくり教えてくれ」
「ふむふむ、ときに考えを改めるのは良い事じゃと思います。選択と集中ともいいますしな。この本は大魔王ラグナークの書の上巻にあたります。大魔王ラグナークを復活させるための契約魔術の基礎からその応用の途中までが書かれております」
「契約魔術か、呪文を唱えるやつだったか」
「はい。呪文、言霊をくさびとし、他者や己に何かを願う、その促進を促す、または何かを規制するような魔術ですかの」
「手をたたいたらジャンプしてくれ、と契約し、手をたたいたら、ジャンプしてくれる、そんな感じでいいのか?」
「いささか雑な解釈ですが、まずはそのあたりからでよろしいでしょう。
精霊や人間、獣、その他意思のあるものは、契約魔術によって協力関係や依存関係を結ぶと、もともとできることも強くなったりするのですじゃ。
さきほど、ジャンプとおっしゃいましたが、契約前は一メートルだったものが、契約後は十メートル、ということがあり得るのじゃ」
「なるほど、そこは分かったが、なんで契約魔術が大魔王の復活につながるんだ?」
「復活というお題目の本ではありますが、大魔王ラグナークという決まったゆるがぬ存在はいないのじゃよ。我々に近いでしょうかね」
「外からは一個人に見えるが、過去、現在、未来につながる一連の魂を有した存在ではないということか?」
「そうですじゃ。我々は毎度新たに作られております。つまり、大魔王復活ではなく、正確には大魔王創造の魔術書というのが正しいですな」
「実際それは成功したのか?」
「最初は上手くいったものの、作られた大魔王は長く存続することはできなかったようですじゃ」
「そもそも何のために作られたんだ?人類を滅ぼすなら、もう魔王で十分じゃなかったのか、勇者が脅威?」
「もともとの願いは魔王に対抗する勇者を作りたかったそうですけれど、魔王を倒したあとが悲惨だったために大魔王とされ、こうした書物に至ったのじゃ」
「間抜けだとは思わんかな。ようは、理論を組み立てていきなり実践して、上手くいかなかった、うん、よくありそうな話だ」
そうして、神成は大魔王ラグナークの書について知識を得ていくのだった。
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星庭神成の妖精想造は順調に強化できていた。
長時間、永続的に安定して維持するなら妖精の数は三十体ほどだが、無理をすれば百体まではいける。もちろん、負担をかけすぎると、しばらく維持に利用できる妖精の数が減少するので、安易に使うべきではない。
妖精に込められる能力も六つが平常運転、二体分を作る力で八つといった塩梅だ。これによって、今は共通の能力として『記憶の共有』の能力を持たせるようにしている。
記憶を全体で共有させることで、最初からまた説明するという必要が無くなったのだ。一枠使うのが欠点であるが、さまざまなやりとりがスムーズになった。とはいえ、長期記憶についてはこれで解決とはいかない。
もし、何らかの形で能力が封じられたり、消耗して妖精を一体でも維持できなければ、それまでの彼らの記憶は吹き飛んでしまう。つまり、ずっと動かしているだけで、どこか安全な媒体に定着させているわけではないから危険なのである。
記憶の媒体については、元の世界の記憶デバイスやこの世界で近しいものが使えるのではと考えている。ただ、記憶容量の問題と、能力を一枠使ってしまう問題がある。後者は記憶の媒体への読み書きができる、という能力が必要だからだ。一枠使わないで効率的な方法はないものか。
また、これまで避けていた、能力を与える妖精にも目途がついた。シミュレーターの妖精の力を借りて実験が順調に進み、この前ついに、この世界の一種の文字の読み書きを習得したのである。このまま進めていけば、指定した能力を向上させる妖精も作れるだろうし、それによって妖精想造の能力を向上させれば、いちいち訓練せずに成長し放題となる。その日が待ち遠しい。
最近は娯楽にも事欠かなくなっている。妖精にアニメを作らせているのだ。そう、この世界でもまた、アニメを楽しめるだなんて思ってもいなかった。リビングで見る三百六十度全周囲立体モニターによる迫力の映像と音声は圧巻なのだ。
せっかくだから、それを皆に公開して商売にしたらいいじゃないか、と思う人もいるかもしれないが、甘い。そう、俺は働きたくなんてないのだ。
楽しみたいという奴がいたら、見せてやらなくもないが商売にしようとは考えていない。そもそも、そんな必要がない。
アニメができるなら当然、マンガ、ライトノベル、ゲームなど様々な娯楽ができているし、フィギュアだってある。集中の邪魔なので、フィギュアやポスターは飾る趣味はないが、なかなかに楽しい状態になってきたよ。
ルージェ村も執事に確認を取っているが、問題ないようだ。冬になり、少し厳しい寒さだということで、暖かい生地を送っておいた。どうやら、武術の指南役も見つかったうえ、かなりしっかり面倒を見てくれているらしく、村の未来は明るいとのことだ。たまにはこちらから顔を出してもいいのかもしれないが、その場合は村長になったジョウツォが村総出で歓迎してくれる、なんて話が上がっているらしくて、それはそれで恐縮してしまっているのと、異能の試行錯誤で忙しいから、暖かくなった春ごろにでも行けばいいかと考えている。
魔王軍については、一応耳には入れるようにしている。ここまで危険が及ぶのは望まないし、最低限、自分の生活圏くらいはあってもらわなくてはと思ってだ。マゼス王国もだいぶおされて南半分の領土が侵略されてしまったらしい。暗殺命令を出した王国だから、ほとんどはどうでもいいと思っている。少し、誰だったか、あの少女、気さくに話しかけてくれたマチやその爺さんくらいは、何かと思わなくもないが、ルージェ村への疎開を促しても、聞き入れてくれるとは思えないんだよね。
転移してから、自分用に娯楽も発展させることができたし、わりと満足している。少し思うところがあるとするなら、元の世界のあるマンガを完結まで読み切れなかったのが心残りだ。
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ルージェ村に残った調査員の女性エルフのプルクエーラは、雪の中、またも懲りずに妖精のあとをこっそりとつけていた。
魔術を駆使して、隠れつつ、体温を保ちつつ、村からに運びをして帰る妖精たちをつけて回り、妖精の里、とやらをこの目で見つけてやろうと思ったのだが上手くいっていない。
今回も、忽然と、一人だけ森をいつの間にかさ迷っていて、村近くの細い街道に出てしまった。まるで、エルフの里の迷いの森のようだった。だからこそ、その疑いは強くなった。森にうっすらと、作為的なマナの感触も感じるのである。
彼女がルージェ村に残ったのは、妖精が気になったからだ。偶然にしては、奇妙な存在がたまたま同じ場所にあるだろうかと。伝説と妖精、何か関係はないかと。
村で村長を頼って、妖精の一人と話をさせてもらったことがある。どうやら、妖精がみな人語を話せるわけではないらしい。瘴気によってもともとの場所がおわれて移り住んできたとのことだった。瘴気、妖精、魔王台頭、大剣豪ガルダンいろいろと何かつながりそうでつながらない、そんなもどかしさを感じ、その決定的な道しるべは妖精の里を見つけることだと彼女は考えている。
村の武術訓練の先生をやりはじめたブライという剣士に話をふってみたところ、興味がありそうだった。ただ、彼は仕事熱心であるため、今受けている先生としての仕事を崩すような振る舞いはする気はないらしい。
彼の話によれば、もし大剣豪ガルダンの魔獣がこのルージェ村の魔獣だとすると、噂にはかなり尾ひれがついているとのことだ。たまたま、噂に近しい場所があったため混同しているのでは、との指摘もされたが、この村には何かあると考えている。
村に戻ると子供が出迎えてくれた。
「お姉ちゃんまた妖精に逃げられたの?」
「そうだ。妖精は賢いみたいだ。君は妖精は好きかい?」
「うん、この前助けてくれたんだ」
「助けて?」
「そう、森で迷ってたらね。道を教えてくれたの」
「そうか」
妖精と村は、友好的な関係にあるらしい。確かに、妖精の持ってくる衣類は素晴らかったりもする。食料も独特で美味しい。暴く必要のない秘密、平和ならそれでいいじゃないかと思う心と、好奇心とに揺れていた。




