11 奇跡は何度起こるのか
リーディア商業連合国の東エストンディア領の北側で発見された大型魔獣に対し、国の兵士隊と冒険者の精鋭は向かっていた。
その魔獣の最終報告では翼ができつつある竜型の魔獣で、完全な飛竜になる非常に危険な魔獣であった。風を宿したその猛威は、空を飛ばれると対処が困難であり、飛行能力を得る前に迅速に討伐しなければならない。
よって、国の兵士はもちろん、冒険者も加勢し、合同での異例の対応となったのである。
冒険者は大規模編成の指揮やその先陣などの経験豊富な者たちを筆頭に取りそろえた。魔王軍との戦いに参加しなかった者たち、という点では最強布陣とはいえないところはある。だが、これまで、リーディアを支えてくれ、そして残ってくれた者達である。
国の兵も強者揃いである。準備期間が短いため、兵士側、冒険者側はそれぞれ集団を統率しつつ、トップで連携を図るトップダウンの形となった。馴染ませた混合には仕上げている余裕はなかったのである。
魔獣の特性として攻撃すれば反撃してくる。逃げるという判断は魔王軍の指揮下でなければない。だからこそ、一方向からひとまずなるべく早く部隊を突撃させ、前線を後退させながら、大部隊にまで引きづりだすというのが作戦となった。急ぐという点でかなり強引な手法である。大型魔獣相手の典型的な戦い方ではない。
その先兵は、リーディア商業国連合が誇る、ワイバーン騎兵隊が役割を務める。リーディアの奥の手の精鋭部隊でもある。マゼス王国からのワイバーン騎兵隊の派兵要請も断り、自国の魔獣討伐の各所で活躍させていた部隊を急遽集結させての対応だった。
ワイバーン騎兵隊は高速で大型魔獣を散策しつつ敵をとらえたなら、すぐさま隊列を組みかえ、魔獣へと向かう。その後方の遠くには、後続部隊の長蛇の列だ。
最初の一撃を放ったのはワイバーン騎兵隊だ。集団魔術エアリアルバーストが唐突に放たれ、その一撃が大型魔獣の背中をかすった。すぐさま反撃に転じた魔獣は、その膨大なマナでもって周囲を吹雪で荒れ狂わせ、ワイバーン騎兵隊は散会、大きく後方に後退する。先の魔術、エアリアルバーストは長距離直線飛行を利用した大規模魔術であるため、そう何度も放てるものではない。開幕の一撃として運よく当たることを願う、秘密兵器のようなものだ。長距離直線飛行が必要なため、狙いも定めにくい。動かない要塞や、歩兵などへはかなり有効であったりはする。
吹雪を押し当てるように前進する魔獣に、ワイバーン騎兵隊は、予定にそって、魔術や弓での攻撃を順次行いながら後退する。魔獣が追ってくるというのを確認しつつ、なるべく迅速に。吹雪の中、相対しているだけでかなりの消耗であり、後続の先端まで持ちこたえられるか厳しい状況へとなってしまった。吹雪まで操るとは観測されていなかったのである。
じりじりと戦闘が続き、ワイバーン騎兵隊も半分が撤退したそんなさなか、馬に乗った冒険者の三名が駆け付ける。リーディアに残った冒険者のスリートップだ。
一人は、馬に乗って巨大な斧を肩に担ぎ雄々しく全力で近づき、一人は、馬に乗り灼熱の風魔術で彼の道を作る。それはどちらも曲芸だ。戦場で長い炎の輪くぐりをやるのと、炎の輪を魔術で長く瞬時に吹雪に負けずに生み出す離れ業である。それを補助したのはもう一人、斧使いの冒険者の周囲に炎がかからないようにシールドを無駄なく展開していた。
さっそうと突き進んだ斧使いは、魔獣の喉元に一撃を入れることを試みたが高さが足りず、腹に深々とその斬撃が入った。だが、それは魔獣にとっては致命傷たりえず、動きが鈍るほどでもない。
それでも、ここから三人を中心に残りのワイバーン騎兵隊も加わっての第二の後退戦が始まった。
シールドを展開して魔獣の攻撃をいなしつつ、こちらを追いかけ続けるように斧使いが近づいたり、そうかと思えば、炎の魔術がとんでいく。じわじわと交代は成功していく。とはいえ、歴戦の冒険者もたった三人で相手するには相手が悪く、消耗が激しい。それでも、なんとか後続部隊へつなぐくとができ、消耗した者たちは順次撤退していく。
こうして順々に連鎖させる兵士団、冒険者パーティを交互にいれかえてのバトンタッチは順調に奥の舞台へとつながっていく。
だが、決定的にうまくはまっていないピースがあった。
もともとの予定では、最初に戦った四部隊は最後にそろって迎え撃つ算段だったのである。しかし、完全に消耗してしまっていた。
今から兵を集めるだなんてことは不可能だ。兵士団の長も、冒険者をまとめる長も、ボロボロの最終部隊に苦虫をかみしめている。こんなはずではなかった。
まだ、魔獣は十二分に健在だった。それはそうだろう、やれたことはほとんど誘導しただけ、斧の傷がすこしくらいで、本番はこれからのはずだった。
撤退を命令するか、どうするか、どちらの長もが逡巡したまさにその時だ、ドズンと後方の遠方から何かが飛来したかと思うと、魔獣の眼前で衝撃波がまい、吹雪がゆるんだ。
続けざまに、雷撃の嵐が強大な魔獣をいともたやすく取り囲み、その雷撃で魔獣はなすすべなく、動くことさえできずに雄たけびを上げながら沈んだのである。
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砂漠の王国サナムーンの首都サナサは、遺跡都市として古くから栄える由緒ある都である。
遺跡の力によって、砂漠の真ん中でありながら、水とやわらかな光に恵まれ、流通も盛んでドワーフ、鬼族、獣人族など様々な人種が交流を深めていた。
そんな首都サナサは、魔王台頭からほどなくして、首都周辺を瘴気が覆いはじめた。奇跡的にも、首都の多くの市街地までは浸食をまぬがれたが、この瘴気により周囲の獣は魔獣化していき、刻々と陸の孤島となり果てつつあった。
魔獣への対応も、瘴気が濃いことで後手後手に回っていた。というのも、人間も瘴気に当たれば、獣同様におかしくなり、やがて暴走してしまうのである。よって、小さな魔獣の段階での討伐が困難で、大きくなり、首都に攻め込んできた魔獣を討伐するという受けの姿勢で対応するしかなかったのである。
王国は、現象学、魔術、あらゆる学者をそろえて、瘴気についての調査、克服を早急にするよううながし、合同の研究機関が設立された。
それは困難を極める道であることは、多くの関係者は予想していた。なぜなら、瘴気そのものがこれまでタブー視され、語ることすらおぞましいと研究されてこなかったからだ。瘴気に関する本が焚書とされ、失われるなどという時代もあったほどだ。
それとは別に、首都を維持するために輸送ルートの維持や再確保が兵士隊と冒険者の合同でじりじりとか細くなる形で確保されていた。どんとんと、首都への流通は物資も人材も減っていったのだ。このままではじり貧だった。
だからといって、周辺地域から応援を要請できるかというと、各所でも瘴気が出現、魔獣の被害が増え、首都に注力するということができない状況だった。滅んでしまったり、放棄を余儀なくされた街や村もある。
そう、首都でさえ、放棄しなければならないかどうか、国王は悩んでいた。
そんな状況であったため、マゼス王国からの魔王軍打倒のための兵の助力要請も断らざるおえなかった。それどころではないのである。
瘴気によって魔獣となった獣のやっかいなところは食料としての素材に適さないことだ。食べれば瘴気を受けたことに等しく、やがて人間もおかしくなる。毒なのである。
瘴気の研究については、これまである文献からの資料班、実際に瘴気を採取しての実地班、魔術や現象学からの論理的な仮説を生み出す理論班などに分かれて進められた。
資料班は、王室の古い資料や、民家の古そうな文献を総ざらいした。そこでほんの少しわかったのは、瘴気をさえぎる技術が古代にはどうやらあった、ということと、それが首都サナサの遺跡にも眠っているかもしれないということだ。
この仮説を元に話は進み、国王は封印してきた遺跡への立ち入りを許可、遺跡の調査を特に瘴気をさえぎる点に焦点を当てて調べられることとなった。遺跡の調査は、難航を極めた。固く封じていたことでわからなかったが、内部に瘴気が満ちており、小型だが魔獣が出現するのだ。そのため、護衛も手厚く必要となった。
実地班は、まず瘴気の採取には成功した。ただ非常に危険な行為だった。マナと同様に体内に取り込むことができるのだった。そう、人を直接使った危険な行為、運搬はできることは分かったが、瘴気にさらされ続けた精神や肉体は変異してしまうその速度は、ただ瘴気に触れた時とはけた違いの速度だった。そのため、ごく少数の瘴気を確保し、慎重に実験を重ねた。もちろん、おぞましく変質してしまった仲間の肉体をみて逃げ出した研究員もいる。
実地班の採取方法によって、理論班から二つの仮説が提示された。一つは、瘴気とはマナの一種であるとするもの。もう一つは、マナとしてふるまう毒か寄生生物ではないかというもの。もし後者だとすると、毒を無害化、生物なら死亡させることもできるかもしれない。ただ、解毒というのは多くの場合、耐性のある生物から薬を作る。瘴気に耐性のある生物、というのが、今のところ見当たらなかった。たとえ生物でも、耐性を持った生物を見つけるところが起点となる。もっと厄介なのは前者だった場合である。もしマナの一種であるとすると、消費するしかないと考えられている。魔術として行使し、マナを昇華させ天の輝きに循環させるしかないと考えられる。ただ、これはマナを別のマナに変化させられるのかどうか、そうした模索がこれまでなかったゆえ、とも考えられた。
とはいえ、結局のところ具体的な瘴気への対策は打てず、残酷に時間は過ぎていった。食料も減り、一日に食べられる食事はわずかになっていく。都市全体に暗い影を落とし、活力がどんどんと失われていった。すでに、疎開する者もおり、いくつもの民家は空き家になっていた。
そんな時、唐突に大異変が起きた。
首都全体がガタガタと揺れたと思ったら、遺跡がゆっくりと浮上、砦のようなそれがいくつもの足をもった動く要塞のようないでたちで立ち上がり、次の瞬間、天空めがけて禍々しい一筋の光を放ったのだ。
遺跡にいた者たちはその突然の稼働に横転したり、転げ落ちたりとしつつ、光を見た者達は、世界の終わりを感じた。光といっても、それは禍々しい、瘴気の光だったのである。
そして、瘴気を帯びた、要塞が細かい光を放ちながらズシンズシンと移動し、都市を破壊し始めた。空前の出来事に民衆はパニックになる。調査班のいくにんかは動く遺跡の上から、壊されゆく街並みをただ見ていることしかできない。遺跡の中で怒声が応酬するも、そもそも、遺跡について深く分かっているわけでもなく、解決策など突発的に出てくるはずもない。
国王をとっさに庇った兵士は瘴気の光にやかれ消滅した。
そんなおり、一筋の黒い風が舞った。それは瘴気の光を華麗に避けながら遺跡へと急接近し、あっという間に遺跡の中へと入ってしまう。調査員は、黒い影が見えた気がしたが、一体何が起こっているか分からなかった。ただ、駆け抜ける存在がいた、というだけが分かった。
ほどなく、突如動き出した遺跡は内部崩壊し、崩れ去っていく。
唐突に脅威が去った大衆は、もう本当に大丈夫なのかと、恐る恐る空や周囲を見渡す。しばらく時間を空けて、危機が去ったらしいと感じた人々は、喜び合った。
国王は、今回の件の調査を即座に命じたのだった。
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コルトこと星庭神成は、家のリビングで、イスに腰を沈め、目を閉じ、頭をあげて、飲んだ茶を体に染み渡らせていた。長い呼吸とともに、お茶とリビングの香りが肺へと流れていく。
実に順調であった。




