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年下の婚約者が可愛過ぎて心配になった伯爵令息の話

作者: さや


「メ、メリル・ボウデインです……おねがいいたします…」


10歳の頃の事だ。

初めて婚約者のメリルに会った時、僕、アルヴィン・オードックは恋に落ちた。

緩く波打つ茶色い髪は、木や土と同じ色。厚めのレンズが使われているであろう眼鏡の奥に見える瞳の色は、髪の色から木々を連想させる深い緑色。森のような色合いをした、大人しい2歳年下の少女だった。

子爵家ながらも鉱山開拓で成功したボウデイン子爵家と、名門伯爵家ながらも詐欺に引っ掛かり金銭的に余裕の無いオードック伯爵家。親同士で元々昔馴染みだったらしいけれど、どういう取り決めがあったかは知らない。

けれどそんな事、恋に落ちた僕には関係無かった。

時々メリルを見た他の貴族からは「令息は物語の王子のように美しいのに残念な婚約者だ」等と揶揄されるが、知らない。王子のようなと言っても髪色が綺麗と言われるだけの金髪というだけだ。ああでも瞳の色は彼女と似たような緑なのだけは気に入っている。メリルよりも淡い緑だけど。

そもそも人の美醜なんて、恋に落ちた人間に関係ない。他の誰がなんと言おうとメリルは可愛いのだから。






「メリル、今街で流行しているクッキーを買って来たよ」

「ありがとうございます、アルヴィン様」


僕たちの関係は順調だった。

13歳になれば僕はこの国の貴族の決まりとして王都にある全寮制の学園へ入学しなくてはならない。それまでの間にメリルとの愛を深めておきたくて、僕はかなりの頻度で彼女へ会いに行った。

僕がメリルにクッキーを渡すと、彼女ははにかみながらお礼を言ってくれる。可愛い。

眼鏡の奥の深い緑が微笑みながら僕を見てくれているのが嬉しい。


「私も、アルヴィン様にこちらを…」


僅かに頬を染めながらメリルが差し出してくれた物を見ると、それはオードック伯爵家の紋が刺繍されたハンカチだった。


「その、あまり上手ではないので、申し訳ないのですが…」

「〜ッ!そんな事無い!嬉しいよメリル!ありがとう!」


婚約者からの刺繍の入ったハンカチが嬉しくない男なんてこの世に居ないと思う。そうだこれは家宝にしようそうしよう。

こんな感じで、僕たちの関係は確固たるものへとなっていった。





13歳、僕は学園へ入学した。

メリルに会えないのが寂しい、悲しい。長期休暇の時には会いに行けるけれど、それまでは手紙のやりとりしか出来ないだなんて。

僕は彼女へ沢山手紙を書いた。手紙と共に王都で令嬢たちに人気だというリボンやブローチを贈ったりもしていた。

メリルからはお礼と近況の書かれた手紙と、刺繍のされたハンカチ等の小物が贈られて来た。


「本当にお前、婚約者と仲が良いよな」

「当然だ、メリル以外考えられない。あんなに愛しいと思った女性は居ない」

「アルヴィンお前、顔が良くて令嬢たちにも人気なんだから少しくらいに火遊びすりゃあいいのに」

「興味無い」


確かに時折様々な令嬢からやれ買い物だやれ家に招待だと誘われるけれど、僕にはメリルが居るのだからやめてほしい。

早く長期休暇になってくれればいいのに。メリルに会いたい。








「メリル!会いたかった!!」

「アルヴィン様!」


長期休暇に入って久しぶりに会ったメリルは、少し雰囲気が変わっていた。

……眼鏡かな、前まで分厚いレンズの眼鏡だったはずだ。


「眼鏡、変えたんだね」

「はい、長期休暇で戻って来るアルヴィン様はきっと、王都で沢山の綺麗で可愛らしい令嬢の方々を見ているでしょうから、少しでもアルヴィン様に野暮ったいと思われないようにと思って…」

「野暮ったくなんてない!メリルは初めて会った時から誰よりも愛らしい素晴らしい令嬢だ……ああでも、眼鏡を変えたメリルもとても良いね、その綺麗な瞳がよく見えるようになって更に魅力的になった」

「そんな……褒め過ぎです…」


真っ赤なメリル可愛い本当に可愛いああだけどどうしようこんな可愛いメリルと出掛けたりなんか出来ない他の奴らがメリルに惚れてしまう!

僕たちは結局、長期休暇の間どこかへ出掛ける事はせずお互いに近況を話したり読書をして過ごした。


「そういえばアルヴィン様はディオン王太子殿下と同級生だと聞きましたが、王太子殿下はどのような方なのですか?」

「令嬢方が『きゃー素敵!』って言うような方、かな。文武両道で1年生だけど生徒会長もしているよ」

「凄いですね……ですが、私はアルヴィン様がとても素敵なので…」

「僕も。メリルしか見えないくらい、メリルが輝いていて素敵だよ」


そんな会話をしている時間はとても幸せで。

読書をしている時に王都は本の流通が早くて羨ましいと言われたから、王都に戻ったら今度からは本も贈ろうと思った。




さて、そうして僕は王都に戻ってから、メリルに本を贈る為に彼女の好みに合いそうな流行している本を贈った。

それは令嬢たちに人気の恋愛小説だった。

一応僕も同じ物を買って読んだものの、甘ったるいとしか言えない内容だった。


「また婚約者からか?本当に仲が良いなお前たちは」

「………」

「アルヴィン?」

「……ああ、そうだ。羨ましいだろ」


メリルからの手紙には、本の感想が書かれていた。

どこどこの場面が素敵でしたとか、とても胸が高鳴りましたとか。

少しばかり僕は「メリルもこんな恋愛がしたいのだろうか」と不安になったものの、感想の締めに「読んでいてアルヴィン様にお会いしたくなりました」と書いてあり何となくほっとしていた。



それからも本を贈り続けた。

メリルからの感想に胸がざわつきながらも、手紙の締めの挨拶は必ず僕に対する愛の言葉だったから何とか平静を保っていた。



そうしている間に月日は流れ、メリルが学園へ入学してくる年になった。不安だ、彼女に何か起きたらどうしよう。確か次期王太子妃候補のリュースウェッド公爵家の長女も入学してくるらしいし、余程大変な事は起こらないだろうけどそれでも不安だ。

僕の目から見て彼女はやはりとても愛らしかった。少し大人びて、けれどあどけなさを残した彼女はまるで妖精のようで。


「アルヴィン様!ようやく私も学園へ入学致しました」

「ああ、待っていたよメリル!」


僕たちが幸せに満ちた挨拶を交わしていると、どこからか「あんな地味女がアルヴィン様の婚約者?」と聞こえたから声がした方向を睨み付けておいた。

そんな僕を揶揄うように寄って来た友人たちはメリルをまじまじと見つめていて。


「これが噂の婚約者ちゃんか」

「純粋そうだな」


何だか少し不愉快だったから、「人の婚約者をジロジロ見るな」と睨んだ。「おー怖」なんておどけながら去っていく友人たち。

メリルは怯えていないだろうか。


「アルヴィン様のご友人ですか」

「うん、そうだよ。でも関わらなくていいから」


僕は入学して来た彼女に校内を案内する事にした。

案内しているとやっぱりどこからかメリルを馬鹿にする声が聞こえる。不快だ。僕はその発言をした人間をしっかりと目に焼き付けて、知らない人間だった場合はクラスと名前を後から確認しようと思った。





「メリル、学園生活はどうだい?」


入学してから2週間程が経った。

日々彼女へと気を配り、彼女の事を悪く言う人間は遠ざけるようにしていた。


「えっと、楽しいです…」

「友人は出来た?」

「ええ、まあ…」


どうにも歯切れが悪いけれど、彼女は笑っていた。

気になる、凄く気になる。



気になった僕は、彼女の1日を何とかして観察した。



その結果、彼女の言う友人が男子生徒しか居ない事に気付いた。


「ねえメリル」

「何でしょうアルヴィン様」

「何で男子生徒とばかり一緒に居るの?」

「え、と……その…」

「出来たら、僕という婚約者が居るのだから男子生徒とばかり居ないで欲しいんだ」

「……申し訳、ありませんでした…」


メリルは分かってくれたようで、その後から男子生徒と一緒に居る場面は見なくなった。




けれど、何故かメリルは図書室や自室に篭もる事が多くなった。

少し元気が無いように見えたから、僕は彼女を街へ誘う事にした。


「メリル、次の休みは一緒に街へ出ないかい?」

「はい、ちょうど欲しい本があるので、良かったらご一緒したいです」


メリルは嬉しそうな顔を見せてくれる。幸せ。

この顔を見れるのは僕だけなのも、幸せだ。


「欲しい本ってどんな本だい?」

「アルヴィン様が初めて贈ってくださった作家様の新作が発売されたのです!初めて贈ってくださった作家様なので、その方の作品はつい集めてしまって……アルヴィン様も、お好きなのかなと」


僕は思わず顔を手で覆った。

可愛過ぎる、この婚約者……僕の婚約者なんだ信じられるかい?え、僕があの作者好きだと思ってたんだ可愛いそれで集めようとするの可愛い最高さすが僕の婚約者愛しいメリル!!

僕は嬉しくなりながら、次の休みの予定をメリルと立てたのだった。






「アルヴィン様!あちらにこの前作に出てきた噴水があるのです、見に行きませんか?」


メリルと共に街に出て、きらきらと輝くような笑顔を浮かべる彼女のなんと可愛いこと…。

僕が前に贈ったリボンを使って髪を1つに三つ編みにした彼女は、とても可愛い。白いレースの付いた、メリルの瞳と同じ色をしたリボン。可愛い。僕の婚約者、可愛い。可愛過ぎて他の男たちがメリルを見ている。

僕の婚約者だぞ、見るな!

僕たちは目的の本を買った後、少し街を散策していた。


「あのカフェもこの作家様の作品に出てきたカフェで、紅茶がとても美味しいそうです」

「そうか、じゃあそこのカフェに入ってひと休みしようか」

「はい!」


メリルは本当に嬉しそうで、僕は幸せだった。

幸せ。そう、幸せなんだ。幸せなはずなんだ。


「前作では騎士のジャンが…」


目の前に楽しそうな婚約者が居て。


「特待生だったリリーがまさか隣国の赤ん坊の頃に拐われた姫だったなんて…」


楽しそうに好きなものの話をしてて。

なのに何故だろう。


「メリル」

「あっ、夢中になってお話してしまいました、申し訳ございません!」

「うん、別にいいよ。けど、もう少し僕の事も見て」

「……はい、私はいつだって、アルヴィン様の事だけを見ていますので」


困ったように彼女は笑った。

おかしいな、こんな顔をさせたい訳では無かったのに。

僕たちの休日は、結局そこのカフェを最後に寮に戻る事になった。






それから少しして、メリルが女子生徒たちと楽しそうに談笑しているのを見て「友人が出来たようで何よりだ」という気持ちと、「僕以外にあの笑顔を見せるなんて」という気持ちで板挟みされていた。

メリルがあんな風に笑うのは僕の前だけでいいのになんて、そんな狭量な事を考えてしまう。

僕はおかしくなってしまったのだろうか。

一体どんな話をしているのだろうと僕は彼女に気付かれないように近付いた。


「ジャンとリリーの恋物語、本当に良いわぁ…」

「そうですよね!騎士のジャンが跪いて手を取り指先に唇を落とす場面、憧れます……とても、素敵で…」


頭が真っ白になっていた。

いつの間にメリルの前へ飛び出していたのだろう?いつの間にメリルが大切そうに抱えていた本を奪って破り捨てていたのだろう。


「アルヴィン様…」

「僕を…」


ねえ、メリル。


「僕だけを、見て」


他の奴なんて見ないで。

それがたとえ物語の中の人間だとしても。


「僕はメリルしか見ていないんだ」


何人もの令嬢たちの誘いを断って、メリルだけを愛して。


「他の奴になんて、渡さない。今すぐ、本を全部持って来て?燃やしてしまおうね」

「アルヴィン様、私はアルヴィン様しか見ていません!アルヴィン様しかおりません!」


何で僕と居るのに笑ってないの?何でそんなに泣きそうな顔で僕を見るの?僕を好きだと言って。もっと僕しか居ないと、他の人間なんて目に入れないと。

可愛い可愛い僕の婚約者、愛しい愛しいメリル。


「ねえ、永遠に、僕だけだと言って…」


僕が近付こうとすると、メリルは何故か後ずさる。

何で?婚約者だろう?


「アルヴィン・オードック伯爵令息、メリルは怯えています。今すぐ、ここから立ち去りなさい」


まるで何かからメリルを守るように立ち塞がった令嬢は、怒気の込められた声で言う。

……誰だったか、メリル以外の女性の顔は覚えていないんだ。名前と親の爵位は覚えていても、女性の顔なんてメリル以外覚える価値も無い。


「メリルは僕の婚約者だ、邪魔をしないでもらいたい」

「学園では皆平等とは言いますが、今回限りははっきり言わせていただきます。伯爵家の令息が、このアンジェ・リュースウェッドに意見すると?」


彼女がリュースウェッド公爵家の令嬢だったのか。

確かに伯爵家の人間が公爵家の人間に楯突くのは貴族社会的には良くないだろう。けれど、ここは学園だ。


「僕とメリルの問題に口を出さないで頂きたい」


リュースウェッド公爵令嬢なんてどうでもいい。次期王太子妃候補だろうが関係ない。ただ、僕は後ろに居るメリルに僕だけを見て、愛して欲しいだけなのに何故口を出してくるのか。

2人で睨み合っていると、聞こえてきたのは。


「いくら学園とはいえ、流石に王族の私の言う事は聞いてくれるか?アルヴィン・オードック伯爵令息」

「殿下…」


殿下は僕の腕を引き、そのままその場から連れ去っていく。


「いやだ」


メリル。


「いやだいやだいやだ!メリルと!話していない!!メリルの本を燃やしていないのです殿下ッ!」


連れ去られて行く時に見えたメリルの顔は、真っ直ぐに僕を見て。けれどいつも見せてくれる顔とは違う顔をしていた。












「婚約解消?何故…?」


僕は学園を休学させられ、休養として領地へ戻された。

目の前で父は僕にメリルとの婚約解消が決まった事を告げた。


「何故も何もあるか!殿下とアンジェ様から『このままではメリル嬢の心が壊れる』と忠告を受けた!分かるか?忠告という名の『命令』だ、メリルが壊れてもお前はいいと言うのか」

「何でメリルが壊れるんです?壊れるような事は何も…」

「お前は!異常だアルヴィン!メリルの交友関係に口を出し、メリルの周囲の人間に牽制し、メリルが好きな本にまで嫉妬をする!これが異常でなくて何と言うんだ!」


僕が異常?そんな訳ない。


「婚約者として当然の事をしたまでです!メリルは可愛いんだから、変な奴らに狙われないようにするのさ婚約者として…」

「申し訳ないがメリルはお前が思ってる程可愛くはない!お前の杞憂だ!いいか?メリルはもう、お前に怯えているんだアルヴィン……そうなってしまった時点で、婚約を続けるのは無理だと判断した!受け入れろ!」


父はそう言って、「メリルからの最後の挨拶だ」と僕に手紙を渡して部屋を出た。


「何故…」


婚約者として当然の事をしただけなのに。

婚約者として僕だけを見ていて欲しかっただけなのに。

婚約者として僕だけを心の中に存在させて欲しかっただけなのに。

僕はメリルからの最後の手紙を開いた。


『アルヴィン様


私はいつだって、アルヴィン様を1番にお慕いしておりました。

けれど、アルヴィン様はそれを信じてくれない。何故でしょう?

私は何度も言葉にしてお伝えしました。伝わらなくて、それが辛くて。

アルヴィン様があの時破いた本は、初めて贈って頂いた本でした。

私の初恋は、あの本と共に破れ去ってしまったのです。大切な、恋でした。


どうか、私よりアルヴィン様を想ってくださる方が見つかりますように

さようなら、アルヴィン様』


……ああ、何故。

何で、僕はメリルを信じる事が出来なかったのだろう。言葉だけで足りなかったのかもしれない。僕は間違っていないと思う。けれど、それがメリルにとって辛い事だなんて思わなくて。


「メリル…」


すまなかった、メリル。僕が悪かった。君に僕だけを。ねえメリル。笑って、お願いだから。僕の前で僕だけに。またその笑顔を。メリル。




涙が溢れて止まらなくなって、拭おうと取り出したハンカチは、メリルがくれた刺繍入りのハンカチだった。


タイトルって皆さんどう決めるんですか?

センスが無いのでタイトル迷子です。

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