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図書室という場所は学校の喧噪から離れ静かに過ごしたい生徒の貴重な空間となっていた。この櫻麺都県立女学園の図書室もその例外ではなかった。
ただし神崎 岬にとっては少々退屈だった。部活動には所属しておらず運動も勉強も平均的だったが別に静かに過ごしたいとは思ってはいなかった。
そんな彼女がこの場所にいるのは友人のミサ・サミュエルのためだった。これからミサを含めた30人の生徒の補習が行われようとしていた。
岬としてはミサは友人と言うより保護対象に近かった。こうして同伴しないと補習をサボタージュしてしまいそうと危惧していた。
ミサは決して頭が悪いわけではない。現に今も岬には理解できない本を集中して読んでいる。勉強を面倒だからとやらない口だ。
岬は自分の心配を知ってか知らずか予習もしないで読書をしているミサを恨めしく思った。
「時間だ」
だからつい強い口調で告げた。
そんな岬にミサは不快感を隠そうともしなかった。無言で立ち上がる。
「ちゃんと補習受けろよ」
ミサは無言で廊下へ出て行く。
「やれやれ」
せめてもう少し授業をマジメに聞いていれば赤点なんか取らずに済んだものを。そうグチろうにもこの図書室には何か書類仕事をしている名前の知らない図書係の生徒が1人いるだけだったから静かに本を読むことにした。
廊下からは補習を受ける別の生徒達の足音や話し声が聞こえて来る。
ここは5階だが補習は同じ階の教室で行われる。
ちなみにこの図書室の隣は校長室だ。校長は教育熱心なことで知られているが補習には顔を出すのだろうか?
結果的に顔を出すことになった。
補習を行う教室から教師の声が図書室にまで聞こえて来た。同じ階とはいえ離れているから大きい声を出していたのだろう。
赤点を取るのはクズだそうだ。岬は友人を悪く言われ立ち上がった。教室へ乱入しようと考えたが、乱入したのは校長だった。
人のことを悪く言うのは止めなさいと教師を叱っていた。良い校長だなと思い岬は読書に戻った。
だが岬は文字しか書いていない本など何が面白いのか理解できなかった。スマホは家に忘れて来てしまっていたからいっそのこと運動でもしようかと思ったが図書室でそれはためらわれる。話したこともない図書係もいるからうかつに独り言も言えない。
壁の時計を見る。補習が始まって30分。終わる時間くらいは聞いておけば良かった。そう考えた時だった。
校長の切迫した悲鳴。
「あ、あなたたち!一体何なの!?」
ドアの小窓から廊下を見てみると校長を連れ出す者がいた。10人のテロリスト。その手にはグロックが握られていた。
グロック。80年代に登場したオートマチック拳銃で、これまでの常識を打ち破った設計で、今や拳銃の代名詞となった存在だ。無論、テロリストの手にあって良い物ではない。
連中の行く先には補習教室がある。
岬から状況を聞いた図書係は窓に設置された火災用の避難器具を素早く展開した。
「これで校庭に逃げられるから、あなたもすぐに来なさい」
そう言い残して図書係は校庭へ避難した。この場合、最も正しい選択と言える。しかし岬には友人を見捨てて逃げるということが出来なかった。それに逃げるのは現実世界の人間がやることだ。創作世界のキャラクターがテロリストから逃げたら話が終わってしまう。
岬には戦う以外の選択はなかった。
まずは図書室から隣の、制圧が終わったと思われる校長室へ移動した。1度チェックした部屋に人が残ってるとは考えないだろう。
油断して入って来た所を返り討ちにしてやる!