8話 (序章エピローグ
書きたいシーンまでが長いですね…。いつ辿り着くのやら。
雫はため息をついた。有坂から関わっていたであろう研究所を見つけたと連絡を受け、現場に向かって踏み込んでみればあらびっくり、全員殺されていたのだ。研究室に入る前の警備の人間から研究所の研究員まで全員が殺されていた。大量の屍を見せられた雫は気分が悪くなったし、欲しかった情報も手に入っていないため気分はブルーだった。
「ハァー。こんな虐殺は久しぶりに見たよ」
驚きすぎて、バランスを崩し周囲の死体の山にダイブする羽目になった。結果、全身血濡れになったことも憂鬱の一要因であり、気力を一気に持っていかれてしまった雫は研究室にある椅子に腰かけていた。
そして、事態はさらに動く。5分も経たないうちに島の治安維持組織である《黒猫》が大量の足音共に突入してきた。全員が、武装しており殺気立っている彼らを見て雫のめんどくさいゲージは天元突破した。
「ハァ~。帰りたい」
《黒猫》の目の前に展開されたその光景は、地獄絵図だった。キャスター付きの椅子に足を組んで、座っている雫を見て隊員たちは顔を引きつらせた。無表情の女王はその身を血で汚しながらも、何の感慨も抱いておらず虚空を見つめている。
床に散らばる、血と死体、死体、死体、したい――――。黒猫の人間たちを出迎えたのは、あまりにも凄惨な光景だった。足の踏み場がないほどの死体の山。床を真っ赤に染めている血液たち。雫は黒猫の人間たちを見て困ったような笑みを浮かべた後、声をかける。
「君たちはどうしてここに?」
「こちらのセリフだ。貴殿こそ、何故ここにいる?」
雫の問いかけに黒猫の部隊長であるノイマンが答えた。
「友人の手伝いをしていたらここに来る羽目になったのさ」
告げられた言葉に隊長は瞠目する。
「貴殿が使い走りをやらされるとはな」
「私としてもこれは予想外さ。未来が見れればこんなことにはならなかったのにね」
「………貴殿はこれを見て何も思わないのか?この惨劇が正しいと思っているのか?」
「怖いなぁとは思うよ。でも、語ることはないさ。私がこれをどう思っているかは些事だからね」
雫は彼らのことを気の毒だと思っている。確実に口封じで殺されているからだ。だが、彼らの背景を知らない彼女にはこれ以上の感想を抱きようがないのだ。自分から進んで協力した自業自得であるのか、それとも何者かに脅され悲劇に見舞われたのかわからない以上、雫はこれ以上の根拠なき推測と同情を止める。
「…魔女め」
そんな思考回路は微塵も伝わっておらず、勘違いは深まるばかりだ。
「あ、そうだ。悪いんだけどここの処理流行っておいてくれないかな?」
その女王の瞳に炎を宿し笑みと共に男たちを見つめ逆らうことを許さない絶対的な魔力を向ける。ドクンと抑えきれない音を上げて隊員たちの胸が震える。
「早く血を洗い流す必要があるし」
そして雫はそう淡々と告げた。
「貴殿にッ!良心の呵責はないのか!」
声を低くして眉を吊り上げるノイマンだったが 雫はどこまでも傲慢な女王だった。
「君の言っていることが理解できないね」
ちなみに雫は本気で困惑していた。彼らの勘違いに気が付くのはだいぶ先の話である。
そこは一見すると廃墟のような部屋だった。雑居ビルの八階フロアの半分は壁を取り払っており、四角い柱が何本か無雑作に姿を晒している。床や壁は所々が損し剥がれた部屋の隅では放置された。床には道具や武器が転がっていた。ただそんな有様だが、その部屋は清掃だけは行き届いているようで汚れはほぼ見当たらなく、さらに家具が持ち込まれ、最低限の生活用品、細々とした便利グッズなどが置かれているため廃墟じみた部屋は隠れ家あるいは秘密基地めいた雰囲気を醸し出していた。魔女帽をかぶっている女性の前には木箱が置かれその上にホルマリン漬けされた無数の眼球が浮かんでいる。
「希望されていた品です」
「相変わらず、いい仕事するなぁ~」
「恐縮です。これからも依頼があれば我々にお申し付けください」
恭しく礼をする男は魔女帽をかぶった女を警戒しながらも、笑みを絶やさずにいる。それに対して、魔女帽の女の仕草はあまりにも隙が多い。紫がかった桃色の髪を靡かせ、その場をグルグルと飛び跳ねる女の仕草は、その容姿と相まって天真爛漫な少女の様であったが、その経歴を知るものからすれば冷や汗が止まらない相手だ。
「でもでも、あの研究所潰しちゃったんでしょ?いいの?」
「元々、責任者を除き排除する必要がありましたから。それに我々にも利益はありました。性能テストも兼ねていましたので」
「こわ~い。残酷だねぇ~」
「貴方こそよろしかったのですか?弟子に合わなくても」
「雫とはいずれ会うことになるんだからいいんだよ。会おうと思えばいつでも会えるしね?」
モノクルをつけた男はずっと気になっていたことを聞こうか聞くまいか迷っていた。
「どうして、魔術師の眼球を集めているのか教えてほしいって顔だねぇ?」
「………」
「魔術師であるなら未知は解き明かすものだよ。小生意気な後輩が言っていたセリフだ。ああ、今は君たちのボスなんだっけー?」
「それは、自分で調べろということですか?」
厳密には調べてもいいのかという問いかけだった。それに対して、変わらないハイテンションと笑みで、問い掛けに答える。
「うん、そうだよー。でもやるならこわーい人間に消されない様に慎重に、ね?」
笑顔で言われたその言葉は、「訳すと調べたら殺すから」となる。
「ああ、でも一つだけ教えてあげる。君たちが仕掛けるお祭りには関与しないから安心して暴れるといいよー。それと、島から出ていく前に数人に接触するつもりだからよろしく。あと置き土産もしていくね?」
「え?は、ちょっ」
まくし立てていく女にモノクルをつけた男は困惑と動揺に襲われる。
「じゃあね~」
パチンという指の音と共に、木箱と魔女帽の女性は姿を消した。まるでこそには何もいなかったかのように。唯一残っているのは、魔力の残滓だけだ。
「あれが女王の師ですか…。嵐のような人だ」
引きつった笑みでこぼした彼の独り言は虚空に消えていった。
後日、十六夜と音々は自治委員会の所有する部屋に呼び出されていた。部屋は整理整頓されており、几帳面な人が管理しているのだと一目でわかる見た目であった。
「まずはお礼を言わせてください。あなた方の手伝いがなければきっと被害は大きくなっていました。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる鈴に慌てた様子で、十六夜がフォローを入れる。
「いや、そんな」
「それと謝罪を」
「…?謝られる覚えはないんですけど?」
「いえ、わたくしはあなた方をていよく利用しようとしていました。ですから、謝罪を」
「あたしは別に気にしてない。あんたとあたしの利益がかみ合っただけじゃん。それを今更謝られても困惑するだけだから」
それは音々の性格と優しさがよく表れている言葉だった。同調するように、十六夜も頷く。
「わかりました。ではわたくしが勝手に感謝しておきます。…詳しい説明は後であると思いますが一応教えておきます。現状の報告ですが、明立は数日以内に退院できるとの報告を受けています」
「!傷が深くなくて安心しました。ほんとによかったです」
「ええ、わたくしも安心しています。………話を戻しますね。犯人は報道されている通り青海学園の鴨崎とロキ・アカデミーのアイシャ・グランテェ。詳しい動機と背景は取り調べ中ですが、二人ともなかなか口を割るつもりがないようです」
「あいつらって順位は何位くらいなの?」
「鴨崎貫は50位。あなた方が戦ったアイシャ・グランテェは238位です」
「238位………」
十六夜には瞬殺できて、自分は苦戦した相手を思い浮かべて苦虫を噛み潰し様な顔をした。それを見ていたのか、鈴は補足で付け加えた。
「ですがアイシャ・グランテェは順位以上に実力を持っていました。あくまで順位は一つに指標にすぎませんよ」
しかし、その気遣いは余計に音々のプライドを傷つける。音々はどんどん擦れた目つきになっていく。
その場にいると怒りと情けなさが爆発しそうだと感じた音々は鈴に会釈をしてから足早に部屋を出ていった。そんな音々を十六夜が追いかける。
追いついた十六夜に向かって音々はとげのある口調で突き放したが、十六夜は笑みを浮かべた。
「早いうちにお礼を言っていこうと思ってな」
そう言って手を差し出す十六夜に音々は困り顔をした。正直、笑顔を向けられると思っていなかった音々は戸惑っていた。
「どういう風の吹き回し?」
「単にうれしかっただけだ」
「あんだけ罵られたのにもかかわらず、うれしいとかあんたマゾなの?」
「ちげぇよ!」
毒気を抜かれたのか音々は呆れた表情で、マゾの疑いを十六夜に掛け十六夜は全力で否定した。そして、深呼吸をしてから本音を吐き出す。
「頼ってくれたのがうれしかったんだよ。お陰で少しだけ勇気をもらえた。だから、ありがとうと突っかかってごめんの握手だ」
「………やっぱむかつく」
彼女はパシンっと差し出された手を優し目に弾いた。それでも、十六夜はほんの少しだけ彼女との距離を詰められたような気がした。