3話
『昨夜未明、南西地区をランニング中の学生が何者かに襲われるという痛ましい事件が発生しました。被害者は青海学園に所属する鴨崎貫さん17歳で犯人は逃亡中です。夜間の外出はお控えください』
「報道は見たか?うちの学生が襲われたって」
「ああ、見たけど。これがどうしたんだい?この島じゃ、たいして珍しくもないだろう?」
髪をとかしながら雫はウィリアムからの連絡に応じている。南西地区は治安が悪い。昼間はまだしも、夜に歩くのは危険がある。
「報道の通りならそうなんだけどな?実は、被害にあってるのはこいつだけじゃねえんだよ」
「へぇ」
「ざっくりと南西地区とは言ったけどよ、正確にはK地区で被害にあってる。そんでもって、3日前と一週間前にはF区でロキ・アカデミーのやつが、15日前にはO地区叡相学園のやつが被害にあってるんだ。言いたいこと分かるだろ?」
「あー、要するに犯行のスパンが短くなってるのを憂慮してるの?」
O地区は治安がいいので有名だ。F区なんて学生の通学路だ。そんな場所で犯行が行われたという情報は露骨に不安を煽るだろう。初等部や中等部は魔術師としてかなり未熟だから、戦闘力にも不安が残る。
「Yes、加えて犯行地区もバラバラ。だけど、手口と狙われてる奴には共通点があんだよな」
「聞いてもいいかな?」
「………被害者は全員目ん玉をくり抜かれてるんだ。んでもって、全員が決闘祭で名をあげた奴」
口調は軽いがウィリアムの声色には隠し切れない怒りがにじんでいた。自分の学園の生徒が被害者にいるからではない。雫もそうだがウィリアムは無差別的な犯行が嫌いだ。理不尽が嘲り笑うかのように、誰かを傷つけるのをひどく嫌う。彼は常に行動に理由を求める。そこに理屈がない場合は大体彼の刃の餌食になる。雫や燈火から見れば、かなり歪んだ価値基準をしているが。
「………え?まってくれ。被害者って生きてる?」
「ああ、生きてるぜ。くり抜かれているのは片目だし。雷系統の魔術でしびれさせて、よくわからない魔術で拘束。その後に、じっくりと時間をかけて目ん玉をくり抜かれたらしいぜ」
「被害者から聞いたのかな?」
「ああ、うちのやつはタフだからな。犯人の顔はわからないみたいだが、魔術をレジストしきれなかったってことは結構できる魔術師だ」
目玉をくり抜かれるレベルの話だとカウンセラーがいるだろう。それに無差別的な犯行となると、放っておくわけにはいかない。魔術師の犯罪は、恨み以外の犯行は大抵、何かの研究のためか、より大きな計画の一歩目だったりするからだ。
(ただのバトルジャンキーの可能性もあるけど)
「被害者の序列は?」
「907位、440位、101位、50位だ」
なるほどそれはまずい。50番台の学生が負けるということは大抵の学生は負けるということだ。雫は何故ウィリアムが自身に連絡してきたか理解した。
「私に何してほしいのかな?」
「五芒星のアクセス権を使って情報をかき集めてほしい。昨日の定例会でも話題に上がったが、全学生のデータと各監視カメラのアクセス権は俺たちにはない」
申請を出せばアクセス権は付与されるはずだが、時間が惜しいのだろう。雫はそう解釈した。
「50番よりも上の学生を洗ってみるけど、期待はしないでくれよ?」
事件が起きても学校は休みにならない、この島では特に。学校がある周辺は基本的に安全だ。学校がある区域で犯罪を起こすと五芒星と上層部に消されるからだ。5つ学校がある地区だけは絶対的な治安が保たれている。故に学校から近い区域の人気は高い。
俺が住んでいるのは未来学院から1Kmほど離れた高層マンションだ。このマンションの家賃はアホみたいに高い。なぜなら、私が住んでいるからだ。五芒星の住んでいる地区で問題を起こすと、高確率で狙われると多くの人間が思っているからである。別にそんなことはしないが、俺のマンションは特にそうで騒ぎを起こした学生は決闘にて血祭りに挙げられ再起不能になったというデマが流れている。誓って言うがそんなことはない。確かに、決闘で相手を血祭りに挙げたことはあるが、それはマンションで騒ぎを起こしたのが原因ではなく俺の命を狙ってきたテロリスト崩れだとわかっていたからだ。
話を戻そう。俺の家から1キロ。遠くはないが近くもない。電車を使うにはもったいない距離であり、自転車で行くには人が多い。
そこで編み出したのが空を飛ぶ魔術だ。テレポートみたいな魔術は俺には使えない。頭の中にスパコンがないと無理だと思う。俺には無理だった。
「黒髪美少女が箒に跨って空を飛ぶ………これぞロマンだ」
マンションの屋上から箒と共に身を投げ出す。箒には風の魔術と浮遊の魔術を刻み込んである。作り上げるのに三年もかかった。
「起動」
落下する箒は、ふわりと浮くのみに留まり俺の身体を乗せて安定した。それこそ、座っても落ちたりしないとでも言いたげな安定感がある。
そのまま風を切って空を飛び始める。
ちなみに、俺はいわゆる横乗りをしている。わかりやすく言えば箒に腰掛ける乗り方。この乗り方こそが至高だ。控えめもしくはセクシーな印象を与えやすい。ついでに足組みもできる。完璧だろう?
跨り乗りは認めない。自転車の要領で箒にまたがる最も標準的な乗り方だが、そもそもダサい。長時間の飛行は股への負担が大きいし。
「し、雫さん………」
「お、我らが女王様のお出ましだ」
「下手に視界に入るな、消されるぞ!」
「いや、普通にしてる分には大丈夫だろ」
「でも許可なく正面に立ったら殺されるって………」
降り立った瞬間に向けられる、畏敬と親しみと尊敬と恐怖。
その中に違った視線が混じっていることに気が付く。それは敵意にも似た闘争心のような………。
「なるほど。君、転校生だね」
ちょっと悪戯をしようと強化魔術と消音魔術で距離を詰める。相手の瞳を覗き込むようにして、目と目を合わせて笑う。
「やあ、初めまして。私は雨空雫だ。フフッ、私は君に興味があるんだよ。槙原十六夜君?」
「な、何でおれの名前を」
「知っているさ。私は私であるが故に、ね」
俺はその言葉と共に斜め後ろに下がり、後方にいた彼女の背後に移動する。魔術で視界に細工したから、竜胆ちゃんから見たら俺はその場から消えて一瞬で背後に現れたように見えるだろう。
「君も初めましてだよね。竜胆音々ちゃん」
「ッ!?」
ああ、いいなその表情。おっと!
「危ない危ない」
竜胆ちゃんは反射的に反撃してきた。加えて、この瞬間にも魔術式を作っている。電撃系の魔術だろうか?
「『紫電剣』」
紫色の電撃が周囲を焦がす。でも、淡いなぁ。挑発するように片手で電撃を弾いて見せると彼女は驚愕に目を見開いた。
「300番位にはなれるだろうね。でもそこ止まりだね」
「はいはいそこまでにしてくださいね」
深く落ち着いた声とともにパンパンと手を打つ乾いた音が鳴り響いた。
「下級生相手に大人げないですよ」
そう言いながら目もくらむような金髪の髪をなびかせた少女がやじ馬の中から現れた。
雫とはまた違った美しさの持ち主である。雫は妖しげな雰囲気と無邪気な子供のような雰囲気そしてミステリアスさを合わせ持つ、それに対しその少女は静かな水面のような深く穏やかな美しさを持ち合わせていた。
「やあ、鈴ちゃん。久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりですね。雫」
二人の少女が相対する。彼女は星垣鈴。自治委員会の委員長である。
「………皆さんは早く教室に戻ってください。わたくしは彼女と話がありますので」
彼女の言葉にやじ馬たちが教室に戻っていく。その様子を眺めてから、雫はにやりと笑みをこぼすのだった。
教室では自己紹介のため、槙原十六夜と竜胆音々が教壇にいた。
「というわけで、彼らが転校生の二人だ。まぁ仲良くしてやってくれ」
かなり適当な紹介だ。新しいクラスにうまく馴染めるか不安になっている転校生相手に あるまじき雑さだ。
そんな二人を見つめるクラスメイト達の視線は様々だった。興味、無関心、警戒、嫌悪に嫉妬。いくら珍しい転校生とは言え、これはちょっと過剰な注目度だと二人は感じた。
「自己紹介は適当にやっておいてくれ」
そう言って、先生は二人に空席を教えた後教室を出ていった。
「よ!問題児」
十六夜の後ろの席から冗談半分からかい半分といった感じの声がかかった。後ろの席に視線を向けると人懐っこいそうな少年が挨拶してきた。
「おれは朝霧廉太郎だ。よろしくな」
「俺は槙原十六夜。よろしく」
その挨拶を皮切り、十六夜と竜胆音々に質問と人波が殺到する。
「ねえねえ!雨空さんとはどんな関係なの?」
「竜胆、お前中々強いな!」
「昨日の決闘見てたぜ!よくお咎めなかったな!」
「十六夜、魔術剣術同好会に入会しないか?」
「お前ら強すぎだろ?決闘しまくったら100番くらいまでいけるんじゃないか?」
「いや無理だろ」
「せいぜい400番だろ」
「っていうか何で雫さんから話しかけられてんだ」
「俺らの方が強えーよ」
地獄の質問攻めが終わった後、朝霧は疲弊して机に伏せている彼に労いの言葉と同情を掛けた。
「お疲れ。何かいい情報は得れたか?」
「…ひとつわかったことがあるな」
十六夜は朝霧の顔を見ながらわざと肩をすくめてみせた。
「みんなが気にしているのは俺自身じゃなくて、俺に声をかけてきた雫さんとの関係だろう?」
「おー、正解、正解。いい着眼点してるぜ」
少年は苦笑い浮かべ驚き半分、同情半分で手を叩いた。
「雨空雫はこの学園の………いやこの島の女王だ。この学園だと彼女に話しかけられるのは星垣先輩か爺さんだけだ。そんな女王様に興味を持たれるっていうのはかなり珍しいんだぜ?もちろん、彼女のお気に入りの生徒はいるし、話しかければ返してくれるけどあんなに興味深そうにしている彼女を見るのは久しぶりなんだ」
十六夜はさすがに自分の耳を疑った。
「ま、俺はいったん置いといてだ………。飯食いに行こうぜ!ここの説明をしながら、食堂まで案内してやるよ」
朝霧は十六夜の首にガシッと腕を回すとそのまま引きずるように教室を出る。
「もちろん、案内料としてお前の話もじっくりと聞かせてくれよ?」
朝霧はニヤリと笑うと首に回した手を解いて、十六夜の背中を軽く叩く。彼は苦笑してその背中を叩き返す。
そんな様子を窓の外から見ているものが一人いた。