1話
日本とアメリカの中間地点の海上に建造された人工島。人類が魔術の存在を認め、研究しだしてから30年。この場所は適性のある人間たちの魔術の学び舎であり、研究所でもあり、そして同時に魔術師を閉じ込めておく檻でもある。ただし、扱いは各国が必要以上に干渉できない、独立した一つの国と言えるだろう。
人口は約45万人。人口の半分が学生であり、島の平均年齢は35歳とかなり若い。東西南北に配置された4基の超大型浮体式構造物と、それらを連結する特殊な建造物によって構成されている。
そんな島では現在とある事件が起きていた。
「貴様ら魔術師は人間ではない!我々は神の教えの元、貴様たちを狩りつくす!!!!」
魔術師の存在を目の敵にしている団体は世界に数多く存在する。その中の一つ、『魔女狩り』と呼ばれるテロリストたちが、上陸したのだ。
港で起こった騒ぎに島の治安維持部隊である『黒猫』が駆け付けるまでの数分間。周辺にいた人間は、目の前の脅威に怯えていた。この島の住民は大半が魔術師ではあるものの、別に戦いに慣れているというわけではない。学生たちは、魔術を使った決闘を行っているため、ある程度戦えるがそれでも実際に銃を向けられて平気な人間は多くない。銃声と悲鳴。硝煙と鉄の匂い。死臭と焼死体の残り香、そして狂信者の雄叫び。それらから目を背けた島民が目にしたのは、闇だった。まるで生き物のように流動する闇は触手のように浮かび上がり、上陸していたテロリストを根こそぎ吹き飛ばした。
「あ、あれは………まさか…あの方は!?」
そこにいたのは、一人の少女だった。肩まである黒髪は、常に濡れそぼっているかの様に艶やかだ。蒼眼は妖艶に輝いており色香を感じさせる。身体は細く、四肢の先までスラリと伸びていた。道を歩けば間違いなく、百人が百人振り返る美少女だ。しかし、その瞳にその場にいた者たちは例外なく恐怖を抱いた。少女は空っぽの目つきで彼方を眺めている。その姿からはまるで生気が感じられない。間違いなく生きているはずなのにまるで生を感じさせない。異様に精巧な人形を目の前にしたような不安と違和感がある。
色々な感情がごちゃごちゃに混ざり合っているせいでまるで灰色の空洞だけが広がっているように見えてしまう。
「散れ」
少女が一言。その瞬間、闇で形成された触手が薙いだ。四方八方に、テロリストたちは吹き飛ばされ、空中でその五体を散らせる。血の雨が港に降り注ぐ。そんな中、少女の周囲は不可視の傘でもあるかのように雨をはじいていた。
「おのれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!怪物がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
僅かな生き残りから放たれた殺気にほとんど反射的に反応した少女は真横に飛んだ。そのコンマ数秒後、数発の銃声とともに先程まで立っていた場所に鉛玉が叩き込まれる。加えて、胴体があった部分を数発の弾丸が通過した。恐らくは行動を制限させるために足を狙った上で確実に殺すために銃弾を放った。殺気に反応しなければ両膝を撃ち抜かれ、同時に胴体も撃ち抜かれていたであろう。よく訓練されている兵隊だなと他人事のように少女は思う。
思考を巡らせながら、男たちは機関銃を少女に向ける。
無数の弾丸が少女を狙うが、すべてが少女の目の前で停止する。まるで、見えない壁に阻まれるかのように。
「返すよ」
パチン———————中指と親指が音を奏でる、瞬間。銃弾は、恐るべき正確さでテロリストたちを蹂躙した。
テロリストたちと同時に島に来ていた少年、槙原十六夜はその少女について港で出会った住民に疑問を投げかけた。
それに対して、中年の男性が答えた。
「あれは………あの人はこの島に君臨する五芒星の一人だ」
曰く、この島には学生間で行われる決闘システムや魔術に関する研究を発表するシステムがあり、それらのシステムで残した功績によって順位付けがされるらしいのだ。上位5人を五芒星と呼び、彼らは島の運営を行っている上層部に干渉を許された、この島の実質的な管理者らしい。
「彼女の名は雨空雫。五芒星の中でも黒い噂が絶えない人物であり、そして冷血残忍なこの島の最強の女王だ」
「第70回ロールプレイヤー会議を始めます」
「「「イエーイ!!」」」
私………俺を含み、5人が円卓を囲んでいる。円卓の上には5本の蝋燭が赤く揺らめき、それぞれの目正面にはジョッキが並んでいる。さわやか青年の光音が号令をかける。
「っていうかこの机の上の蝋燭要る?普通に照明つけないか?」
「む…結構気にいっているのだが…」
一番ガタイのいい少年、竹虎に燈火が文句をつける。しかし、竹虎は受け入れるのを渋り視線を残りの3人に向ける。
「僕はどちらでもいいよ」
肩をすくめてそう答える光音。
「俺は燈火に賛成だぜ?」
「私も燈火に賛成」
ウィリアムと俺の反対意見を聞き、竹虎が折れる形で照明をつけた。相変わらずの中二趣味は変わっていないようだ。
「しっかし、俺たちが転生してから16年か~」
「それは君と雫だけだろ?俺と竹虎は17年だぜ」
「僕なんて20年だね」
燈火の言葉に各自が反論を入れる。そう俺たちは全員が転生者だ。そもそもの始まりはこの島で偶々俺とウィリアムが出会ったこと。当時、俺はTS転生した体を持て余していた。何というかキャラが定まらなかったのだ。この体で男言葉を使うのは周囲から変な目で見られるため、嫌だったのだがそれでも上手く少女の様にはしゃべれなかったのだ。そこで、考えたのが役を作ってロールプレイをしようというぶっ飛んだ考えだ。しかし、思いの外うまくいった。ミステリアス系で男とも女ともつかない口調で、役を演じこの島での生活に馴染みだしたころ。ウィリアム達に出会った。当時、美少女ボディーに入れ込んでいた俺は面白そうな男を見つけては、純情を弄ぶという割と最悪な行為をしていた。ウィリアムはその噂を聞きつけて、俺の前に現れ言ったのだ。「君も転生者だろう?」と。衝撃だった。俺以外にもいたのかと………。そこからなし崩し的に彼らと行動を共にするようになった。
「そう言えば、変な連中に勧誘されてるって話はどうなった?」
「まだ続いてるんだ………ほんとにどーしよ」
そう、ロールプレイをしていたのはいいものの何故か噂に尾ひれがつき、悪魔のような人物像が出来上がっていた。結果、奇妙な組織や集団から勧誘を受けるようになってしまったのだ。
「適当に意味深なこと言っていたら、それに沿ったことが起きちゃったりしたからね。自業自得じゃないかな」
光音が無慈悲なことを言う。
「それより俺は竹虎の惚れた女の話の方が聞きたいぜ?」
「私の悩みをそんなことで終わらせるな!」
ちょっと気になるけど。
「………素晴らしい女性に出会ったんだ」
「………」
「ほう」
「詳しく」
結局みんなして聞くことになった。真剣な顔をして俺たちに向き合った竹虎は言葉に熱を込めて放つ。
「一目ぼれだ。あの人こそが運命の人だと思ったおれは————」
「「「告った?」」」
「後を付けることにした」
「「「へ、変態だ………!」」」
とんでもない変態が仲間にいたものだ。知っていたけどさ。大丈夫かな?
「通報されたら雫に何とかしてもらおうと思う」
「しないよ!?」
そんなくだらないことでもみ消しなんてしないからな!
そんなくだらない話をしつつ、夜は更けていった。