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突然パーティーを追放されてしまったけれど、それは全て僕のためだった

作者: 白水廉

 ユロイティア王国の南にある都市――ノンノイ。

 居住区にひっそりと立つ孤児院の庭で、四人の子供が話していた。


「なあ! 十四歳になったら、俺たち冒険者になろうぜ!」


 逆立った赤い髪が印象的な少年――ファインの言葉に、金髪の少年――ディリスが目を丸くする。


「えっ? 僕たちが冒険者?」

「そうだ! この四人でパーティーを組んでさ! いっぱい依頼を引き受けて、たくさんのお金を稼ぐんだ!」

「あたしはいいよー。どうせ、あたしたち孤児はまともな仕事なんて見つからないだろうし」

「私も構いません。これから先も、ずっと皆さんと一緒にいたいですから」


 ファインの提案に、桃色の髪をした少女――ルーナと、緑髪の少女――ララが応えた。

 直後、ディリスに三人の視線が集中する。

 ディリスは困ったように笑うと、大きく頷いた。


「わかった、いいよ!」

「よし、決まりだ! 来年、孤児院を卒業したら、俺たちは冒険者になるぞ!」


 おー! と手を突き上げたファインに、他の三人も続く。

 その時、四人のもとに幼い女の子が駆け寄ってきた。


「にいにー!」

「おはよう、エリーゼ」


 ディリスは自分と同じく金色の髪をした少女――エリーゼの頭を優しく撫でた。

 この二人は兄妹、互いに唯一の肉親だ。


「にいにたち、何を話してたの?」

「来年、この四人でパーティーを組んで冒険者になろうって話してたんだ!」

「えー! ねえ、エリーゼはー?」

「エリーゼちゃんは身体が弱いからなあ」

「ねっ。冒険者にはちょっと向いてないかも」

「そんなぁ……」


 ファインとルーナの発言に、エリーゼが肩を落とす。

 ディリスはしゃがんでエリーゼと目線の高さを合わせると、優しく微笑んだ。


「よし、じゃあエリーゼにはお家のことをお願いしようかな」

「お家?」

「うん。僕が冒険者になったら、いっぱいお金を稼いで、僕たちの家を買うから!」

「私たちだけのお家!?」

「そうだよ。だからエリーゼは掃除したり、ご飯を作ったりしながら、家を守ってくれるかな?」

「わかった! お家のことはエリーゼに任せて!」


 エリーゼが満面の笑みを浮かべる。

 ディリスも微笑みかけると、それに釣られて他の三人も顔を綻ばせた。



 ☆



 それから三年の月日が流れた。


「お待たせ!」


 ディリスは息を切らしながら、冒険者ギルドの二階にある部屋の扉を開いた。

 大きなテーブルには、既にファイン、ルーナ、ララの三人がついている。


 孤児院を卒業した後、ディリスたち四人は約束通りパーティーを組み、冒険者として活動していた。

 パーティー名は【慈愛の剣】。ランクはC。


 個々の実力はそれほど高くないが、共に育っただけあってチームワークは抜群で、十六歳の若さでCランクまで昇格することができた。


「話ってもしかして!?」

「……ディリス。悪いが今日をもって、【慈愛の剣】から抜けてくれ」

「……えっ?」


 リーダーであるファインからの宣告に、ディリスは耳を疑った。


「聞こえなかったか? 今日でお前はクビだ」

「クビ……? えっと、ルーナ、これは一体どういう……?」


 言葉の意味が全く理解できず、ディリスは魔法担当のルーナに顔を向ける。


「だからクビだって言ってんのよ。これからはあたしたちだけでやっていくから」

「……ララ。う、嘘だよね?」

「…………」


 次に回復担当であるララに聞くと、彼女は何も言わずにただ顔を逸らした。

 否定しないララに、瞬く間にディリスの顔が青ざめる。


「み、みんな何を言ってるの? 僕たちこれまでずっと一緒に……。それにこの間、エリーゼの病気を治すために協力してくれるって……」


 先日、妹が病に冒されたと告げた時、ファインたちは薬を手に入れるのを手伝うと二つ返事で言ってくれた。

 その在り処を手分けして調べようと別れたのが一週間前だ。


 なので今日の呼び出しは、薬が見つかったという朗報であるとディリスは思い込んでいた。

 そんな中、告げられたのはパーティーからのクビ宣告。

 ディリスの息が荒くなる。


「だから、それがうざいんだよ。エリーゼちゃんの病気は俺たちに関係ないだろ。お前が一人で何とかしろ」

「そうそう。あたしたちだって自分のことで精一杯だし」

「……ファインとルーナの言う通りです。私たちまで巻き込まないでください」


 孤児院で育った、家族同然の仲間たちからの心ない言葉。

 ディリスは希望から絶望へと一気に叩き落とされた。

 目からこぼれた雫が頬を伝う。 


「……そっか。そんな風に思ってたんだ。僕はみんなのこと、信じて……たのに……」


 とめどなく流れる涙を拭いもせず、ディリスは会議室を飛び出し、その勢いのまま冒険者ギルドを後にした。



 ☆



「ただいま……」

「お兄ちゃ――ゴホゴホっ!」

「大丈夫!?」


 ディリスは慌てた顔で、咳き込むエリーゼの背中をさすった。


「う、うん、大丈夫……」

「ダメじゃないか。しっかりベッドで寝てないと」

「ごめんなさい……。お兄ちゃんをお出迎えしたくて。だって、お兄ちゃんは私のために……」

「そんなの兄として当然だよ。さ、ベッドに戻ろ」


 優しく頭を撫でると、ディリスはエリーゼをベッドに寝かせた。

 これまで、エリーゼはおてんばという言葉がピッタリ当てはまる、元気いっぱいで活発な少女だった。

 しかし、今ではその溌剌さの欠片もない。


 全ては二週間前に罹ってしまった、体内の魔力が毒化してしまう奇病によるものだ。

 すぐに医者へ診せたが、判明したのはその症状だけ。

 原因も治療法も検討がつかないと言われてしまった。


 ただ一つだけ希望があった。

 医者曰く、とある魔物から取れる身体の一部が、どんな怪我・病気もたちまち治せる秘薬になるとのことだ。


 だが、その魔物がどの種族を指すのかまではわからないらしい。

 というのも、その文献がとうの昔に朽ち果ててしまっているからだ。


「絶対に薬を見つけてくるから、それまで頑張って。もう少しの辛抱だよ」

「うん……ごめんね、お兄ちゃん……」

(早く薬を見つけないと……)



 ☆



 翌日。ディリスはノンノイ随一の魔術師のもとを訪ねていた。

 医者から特別に譲ってもらった、肝心なところが読めない文献の復元を依頼していたからだ。


 今まで進捗の確認はファインに任せていたが、もう頼めない。

 だって、もう仲間ではないのだから。


「――えっ? 復元できたんですか!?」

「何じゃ、聞いておらんのか。昨日、ファインにそう伝えたんじゃが」


 ディリスはギリッと歯を軋ませた。


(ファイン……知っていたのに黙っていたのか)


 怒りの感情が沸々と湧き上がるも、今はそれどころではない。


「すみません、すぐに見せてもらえますか!?」

「もちろんじゃとも。ほれ、これじゃ」


 さすがは超一流の魔術師、文献は新品の本のように復元されていた。

 ディリスは急いで本を開き、魔物の種族を確認する。


「ブレイジングメア……」


 そこに描かれていたのは、ディリスも知っている魔物だった。

 ブレイジングメアは、黒い身体に炎を纏った馬に似た魔物だ。


 文献によると、頭に生えている金色の角を削ってその粉末を飲むと、たちまち怪我や病気が癒えるとのこと。

 そうとわかれば、さっそくブレイジングメアの討伐に向かいたいところだったが、二つ問題があった。


 一つはブレイジングメアは危険度Bランク、すなわちBランクの冒険者が四人いて、何とか倒せる程度の魔物だということ。

 ディリスはCランクであり、さらに今はパーティーに所属すらしていない。

 自分の手で入手するのは不可能だった。


 そしてもう一つが、ブレイジングメアは満月の日にしか現れないということだ。

 満月の日まで残り三日。

 それまでにBランクパーティーに依頼を引き受けてもらわなければならないが、そんなお金はどこにもない。


(……こうなったら)


 しかし、大切な妹の命が懸かっている以上、諦めるわけにはいかない。

 ディリスは魔術師に礼を言うと、一縷の望みを掛け、冒険者ギルドへと足を運んだ。



 ☆



「いや、そう言われましても規則なので……」

「お願いします! 妹の命が懸かってるんです! どうか、どうかお願いします!」

「……少々、お待ちください」


 長い押し問答の末、ギルドの受付嬢は観念した顔で、階段を上っていった。

 恐らくはギルドマスターに相談しにいってくれているのだろう。

 ディリスはそわそわしながら椅子に腰を下ろした。



「――待たせてすまない。君がディリスだね?」


 待つこと数分、中年の男性から声を掛けられた。

 彼こそがここ、ノンノイにある冒険者ギルドの長――ギルドマスターである。


「は、はい! そうです!」

「それで、金の代わりに『一生雑用として働く』と……。本当にそれでいいのかね?」

「はい! 依頼を受けてくださったパーティーには、一生を掛けて恩を返します!」


 ディリスは依頼金を払えない代わりとして、その身を報酬にすることを思い立った。

 荷物持ちでも、家事の手伝いでも、求められれば夜の相手も辞さない覚悟で。


「うーむ……。本来こういった報酬では依頼は引き受けていないのだが、今回は特別に許可しよう。ギルドとしても力になってやりたいが、色々としがらみがあってな。これが精一杯だ、すまんな」

「いえ、ありがとうございます! それで十分です!」

「ああ。しかし、引き受けるパーティーがいるかどうかはわからないということだけは伝えておくぞ。いいな?」

「はいっ! お願いします!」


 その後、ディリスは希望を胸に抱え、笑顔で帰宅した。

 しかし、扉を開いた瞬間に険しい顔へと変わる。


「――え、エリーゼ!?」


 ディリスの目に映ったのは、玄関でうつ伏せに倒れているエリーゼだった。

 慌てて抱きかかえると呼吸が荒く、高熱を出しているのがわかる。

 すぐさまエリーゼをおぶると、ディリスは病院に急いだ。



 ☆



「ディリスさん」

「は、はい! エリーゼは、エリーゼは無事なんですか!?」


 近寄ってきた医者に飛びかかる勢いで、ディリスは尋ねた。


「大変申し上げにくいのですが……エリーゼさんはもって一週間というところでしょう。今も懸命に最上級の治癒魔法を掛けていますが、改善する様子が全く見られません……」

「そ、そんな……」


 返ってきたのは、この世で最も聞きたくない宣告だった。

 ディリスはたまらず、膝から崩れ落ちる。


「それで……先日お渡しした文献の復元はいかがでしたか? 可能性があるとすればそれしか――」

「あっ! そうだった! 実はブレイジングメアの角がそうらしいんです!」

「そうでしたか。ブレイジングメアが現れるのは満月の日。ということは、三日後に出現するはずです。それを入手さえできれば可能性はあります。私たちも可能な限り、治癒魔法を掛け続けますので、ディリスさんは何としてでもそれを」

「はい! どうか、どうかエリーゼのことをお願いします!」


 ディリスは深々と頭を下げ、病院を後にした。

 そうして帰宅したディリスは、朝一番にギルドへ向かうため、無理やり身体を休めたのであった。



 ☆



 翌朝。

 ディリスは営業が始まったと同時にギルドへ飛び込み、依頼が貼られている掲示板に直行した。


「はぁ……」


 とてつもなく大きな溜め息がこぼれる。

 それもそのはず、依頼書がまだ掲示板に張られたままなのだ。

 それは昨日、誰も依頼を引き受けてくれなかったことを意味していた。


 しかし、今日こそは引き受けてくれるBランクパーティーがいるかもしれない。

 その人たちに直接お礼を伝えるため、ディリスはギルドの中央に設けられた椅子に座り、その時が来るのを待つことにした。


 それから数時間が経ち、ようやくBランクの依頼の欄を見上げる冒険者たちが現れた。


(お願い……お願いします!)


 彼らの動向を遠くから観察しつつ、自身の依頼書を手に取ってもらえることを祈る。

 しかし、彼らが手に取ったのは別の依頼書。

 ディリスが出した依頼ではなかった。


「はぁ……」


 再び溜め息を一つ吐き、新たなBランクパーティーが来るのをひたすら待つ。

 ただ、それ以降、Bランクの依頼欄の前で足を止める者は一人も現れなかった。



 ☆



 ディリスは昨日に引き続き、ギルドで依頼を受けてくれるパーティーが来るのを待つことにした。

 そうして昼を過ぎた頃、見覚えのある三つの顔が目に入った。


 ファイン、ルーナ、ララ。【慈愛の剣】のメンバーだ。

 三人は受付カウンターで笑みを浮かべ、仲睦まじげに話している。


 手続きが終わったのか踵を返すと、ディリスの前を通ってギルドを出ていった。


(三人にとって、僕って何だったんだろう……)


 声を掛けてくるどころか、顔を合わせようともしない三人に、ディリスは一人涙を流した。

 その後、気を取り直して冒険者たちの動向を眺めるも、営業終了までBランクと思しきパーティーは一組も現れなかった。



 ☆



 明日はブレイジングメアが現れる満月の日。

 ブレイジングメアが姿を見せる洞窟は、ここからだいぶ距離がある。

 なので、今日中に依頼を引き受けてもらい、出発してもらわなければならなかった。

 もう後がないディリスは「よし」と呟くと、またしても朝からギルドの椅子に腰を下ろした。



 待つこと三時間。

 Bランク向けの依頼欄を見上げる冒険者たちが現れた。

 ディリスはすぐさま彼らのもとに駆け寄ると、横から声を掛けた。


「あの、すみません!! もしかして皆さんはBランクですか!?」

「えっ? そうだけど、君は?」

「僕はこの依頼を出しているディリスという者です。お願いします! どうか、どうかこの依頼を受けてください! お金は出せませんが、代わりに何でもします! だからどうか、お願いします!」


 この人たちに何としてでも依頼を受けてもらわなければならない。

 ディリスは自分が出した依頼書を指差しながら、何度も頭を下げる。


「……ごめん。僕たち受ける依頼もう決めたんだ。このヘルハウンド討伐のやつ」


 リーダーと思しき青年が指差した依頼書は、辺境の村からの討伐依頼だった。

 ヘルハウンドが大量発生し、多くの犠牲者が出ているため、急ぎ駆除してほしいという内容だ。


「そう……ですか。すみません、変なことを言って」

「ううん、こちらこそ引き受けられなくてごめんね。それじゃあ」


 青年は依頼書を手に取り、仲間と共にカウンターへと歩いていった。

 単なる討伐依頼であれば折れずに頼み込むつもりだったが、今回は人命が掛かっている依頼だ。

 その人らを見捨てて、妹のために依頼を引き受けてくれとはとても言えなかった。


 期待が外れたことに大きく溜め息を吐くと、ディリスは椅子に座り直した。

 そして他のBランクパーティーが現れてくれるのを祈りながら待つも、祈りが神に届くことはなかった。


 営業終了に伴い、ディリスはギルドから追い出される。


(……こうなったら)


 Bランクパーティーに引き受けてもらえなかった以上、残された道はたった一つ。

 自分一人だけでブレイジングメアを討伐するという道だ。


 ファイン、ルーナ、ララの三人が力を貸してくれれば、Cランクパーティーでも奇跡が起きて何とかなるかもしれない。

 しかし、あの様子では相手にすらしてもらえないだろう。

 何せ、『お前の妹なんて俺たちに関係ない』とまで言われてしまったのだ。


 彼らに何かした覚えはないが、自分のことなんて気に掛ける価値すらないと思っているのだろう。

 だから、文献の復元が済んだ時も知らせなかったのだ。


 下手すれば、妹が死ねばいいとまで考えているかもしれない。

 そんな考えから、ディリスはあの三人に頼る気は毛頭なかった。


「……よし」


 気合いを入れると、ディリスは走って帰宅した。

 そして防具を身に着け、ポーションを革袋に詰め込み終えると、一人街を出た。



 ☆



 丸一日、ほぼ休憩を取らずに歩き続けることで、ディリスはブレイジングメアが現れるとされている洞窟に到着した。

 幸いなことにここまでの道中、弱い魔物としか遭遇しなかった。

 正直、洞窟に辿り着けるかどうかも怪しかったが、ここに来てようやく女神が微笑んでくれたようだ。


 とはいえ、ブレイジングメアには奇跡が十回起きたとしても叶わない。

 このまま挑めば命を落とすだけだ。


 それでも、十一回奇跡を起こせば、それでもダメなら十二回、十三回奇跡を起こせば倒せる。

 ディリスはそんな無茶苦茶な考えに望みを乗せ、洞窟へと足を踏み入れた。



 薄暗く、湿った空気の中を歩き続けて数十分。


「――ヴルルルルッ!」


 おぞましい鳴き声が洞窟中に響いた。

 きっとブレイジングメアのものだろう。

 居場所を突き止めるために耳を澄ませると、微かに人の話し声らしきものが聞こえた。


(人……? あっ、もしかして昨日のBランクパーティーが来てくれたのかも!)


 ディリスは助太刀するために声がするほうへ急ぐ。

 やがて遠くに大きく開けた空間が見えてきた。

 先には三つの人の影がある。

 負傷しているのか、一人は地面に片膝を突いており、残りの二人は横たわっていた。


「――よしっ!」


 鞘から剣を抜くとディリスは地面を蹴った。


「大丈夫ですか!? 僕も加勢……えっ?」


 広けた場所に出たディリスは言葉を失った。

 目に映ったのは、横たわっているブレイジングメアと、息も絶え絶えな様子のファイン、気を失っているルーナ、ララの姿だった。


「……でぃ、ディリスか。……ちょうどいい。こっちへ……来い」


 呆然とするディリスに、ファインが途切れ途切れに言った。


「な、なんでこんなところ――」

「……受け、取れ……」


 ファインはディリスの言葉を遮ると、手を伸ばしてきた。

 手には捻れている金色の太い棒が握られている。

 反射的に受け取った瞬間、ディリスの脳裏に文献で見たブレイジングメアの絵がよぎった。


「これ……ブレイジングメアの角だよね。何で僕に……?」

「……エリーゼちゃんに……」


 それだけ言い残し、ファインはバタっと倒れてしまった。

 ディリスは顔をハッとさせ、角の先端を剣で落とす。


 そこから何度も叩いて粉末状にすると、ファイン、ルーナ、ララに飲ませて回った。

 驚くことに、三人に刻まれていた傷がみるみるうちに塞がっていく。


「うう……」

「ファイン! 良かった、目を覚ましてくれた!」

「ディリスか……」

「あれ? あたし死んだんじゃ……?」

「どうやら生きているみたいですね……」

「ルーナ! ララ! みんな無事?」

「ディリス……なんでこんなところにいる?」

「それはこっちのセリフだよ! なんでみんなここへ?」


 ディリスが率直に尋ねると、ルーナがファインに笑みを向けた。


「ファイン、無事に角も手に入ったし、もう良いんじゃない?」

「だな。もう隠し事をする必要もねえか」

「ですね。これ以上は心苦しいですし」


 三人は笑みを浮かべると、揃って顔を向けてくる。


「ディリス。これをエリーゼちゃんに飲ませてやれ」

「えっ? い、いいの?」

「当たり前でしょ! そのためにこんな無茶したんだから!」

「そうですよ! 急いで飲ませてあげてください!」

「ねえ、みんな。もしかして僕のために……?」


 ディリスはもうわかっていた。

 それでも直接彼らから言葉を聞きたかった。


「恩を着せるようであまり言いたかないが、まあそうだな」

「でも、それならどうして……? 一緒に行ってくれれば……」

「準備は万端にしてきたけど、正直勝てる見込みなかったしね」

「はい。ディリスを危険な目に遭わせるわけにはいかないので」

「ど、どうして?」

「決まってるだろ。エリーゼちゃんにはお前が必要だからだ。間違ってもお前を死なすわけにはいかなかったんだよ」


 ディリスの目からぽたりぽたりと水滴がこぼれる。


「みんな……本当に……ありがとう……」

「おう!」

「どういたしまして!」

「はい!」

「それと……ごめん。僕はみんなのことを誤解して……恨んでた。こんなに……こんなに僕のために頑張ってくれていたのに……」

「気にすんな! そもそも、そう思わせたのは俺たちだしな!」

「そうそう。あたしたちもごめんね。そうでもしなければ、ディリスがついてきちゃうと思ってさ!」

「本当にごめんなさい」


 パーティーから追放したのも、文献の再生に成功したことを黙っていたのも、全てはディリスに危害が及ばないようにするため。

 薬となる魔物が危険度Bランクと判明した時点で、ファインたちは三人だけで角を手に入れることを思い立った。


 それがわかって、また涙が込み上げてくるも、必死にこらえる。


「しかし、お前がここに来ちゃうとはな。爺さんから文献を回収するの忘れてたぜ」

「本当にファインって詰めが甘いよね~」

「まあ、そのおかげで私たち生きているんですけどね!」


 笑い合う三人に、ディリスの頬も自然と緩む。


「よし。角が手に入ったことだし、急いで戻るぞ! 今もエリーゼちゃんが苦しんでいるはずだ」

「そうですね、急ぎましょう」

「うん、みんな本当にありがとう! じゃあ、行こう!」


 四人は肩を並べて洞窟を出た。

 そうしてノンノイに戻っている道中、ファインが申し訳なさそうな顔で話し掛けてきた。 


「ディリス……。追い出しておいてなんだが、【慈愛の剣】に戻ってくるつもりはないか?」

「辞めてよ、ファイン。聞くまでもないじゃないか」

「いや、こういうことはしっかりと言葉にしておかないとな」

「……そうだね。じゃあ、答えはもちろんだよ。これからもよろしくね、みんな!」

「ああ!」

「こちらこそです!」

「これで【慈愛の剣】復活ね!」



 ☆



 丸一日かけ、街に戻ってきたディリスたちは病院の椅子に腰を下ろしていた。


「――ディリスさん! こちらへ!」


 医者に頷き、四人は治療室に入る。


「お兄ちゃん!」

「エリーゼ!」


 ディリスはエリーゼに駆け寄ると、思いきり抱き締めた。

 それに応えるように、エリーゼも強く抱き締めてくる。


 腕に力が込められている。

 ここ二週間、感じることのなかった強い力だ。


「エリーゼ。調子はどう?」

「絶好調だよ! 咳も出ないし、今ならご飯も食べられそう!」


 ディリスはホッと息を吐くと、医者も顔を向ける。

 すると、医者は一度大きく頷いてから、笑みを浮かべた。


「エリーゼさんは完全に快復しました! もうご帰宅頂いても大丈夫です!」

「よかったな! ディリス! エリーゼちゃん!」

「あっ、ファインお兄ちゃんだ! それにルーナお姉ちゃんとララお姉ちゃんもいるー!」

「久しぶりね、エリーゼちゃん!」

「しばらく見ないうちに大きくなりましたね!」

「エリーゼ。みんな、エリーゼのために頑張って薬を手に入れてくれたんだよ」

「そうなんだ! ありがとう、ファインお兄ちゃん! ルーナお姉ちゃん! ララお姉ちゃん! お兄ちゃんのお友達は本当にいい人だねっ!」

「うん! 最高の仲間たちだ!」



 ☆



 それから半年後。

 ディリス、ファイン、ララはギルドの会議室に集い、ルーナが来るのを待っていた。


「ごめーん、遅れちゃった! それで? 話って何?」


 しばらくしてやってきたルーナが首を傾げる。

 そんなルーナにディリスは真剣な顔で切り出した。


「ルーナ。悪いけど今日をもって、【慈愛の剣】から抜けてくれ」


(そう、君自身のために――)

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― 新着の感想 ―
[一言] 同じ手は二度通用するんですかねw。
[一言] 最後のシーンすらも彼等の優しさなのだろうか… 嫌われても憎まれても大切な者の為に憎まれ役に徹して命をかける ありふれた(胸くそ悪い)追放系じゃない追放系の作品ですね、 優しい嘘か…
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