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3/13

小さな巨人 二

「待て、アル。また魔狼共だ」


「よし。俺が散らして、ヒデがトドメ。レヴィは隠れながら適宜サポートだ」


「う、うん」


 木々が鬱蒼と生い茂る森、自然のありのままを体言したような場所に、その者達はいた。

 アルと呼ばれた重要な部位を守る鎧と、子ども一人程度なら隠してしまう程の大盾を持つ切れ長目の男と、対照的に軽装かつ腰に刀の鞘を下げた男、ヒデが草木に身を屈め額の古傷をむずがるように掻いていた。

 そして、レヴィと呼ばれた少しくすんだ金髪の女が制服らしき服装に部分鎧、腰にメイスを携え二人よりも後方から、額に汗を浮かばせ前方を向いている。

 そしてそれらの眼前には魔狼ーー黒を基調とした毛が特徴的な狼型のモンスターの群れ。開けた場所に居座っている様だが三人に気づいている様子は無い。


「いくぞッ!」


 アルが掛け声と共に、魔狼が最も密集している地帯に突撃を開始した。

 衝突の瞬間、突如飛び出してきた弾丸に気づき辛うじて身構えた個体も成すすべなく吹き飛ばされていく。

 鎧を纏い大盾を持ちつつも奇襲が成立する程の速度(スピード)膂力(パワー)を併せ持つ。

 これこそが魂を近くした者の肉体の本領。全身に巡らした魂気による肉体強化が可能にするモンスターとの近接戦闘。


「フッ」


 突如出現し同胞を吹き飛ばした人間に対して、点々と位置していた魔狼達の僅かな動揺。

 モンスターであっても逃れられないそれから復帰し、雄叫びを上げることで全体の硬直を解こうとした優秀な個体は、されど声を上げる事も出来ずに絶命した。

 アルと対象的に圧倒的軽装であるヒデが、アルの突撃による魔狼達の動揺に乗じて孤立した個体を迅速に仕留めていた。


『ガァッ!』


「アルっ」


「おうっ!」


 動揺から解け、その場に残った魔狼三匹が襲いかかって来ると同時に、各々独立していた二人が集合した。

 二人の動きに動揺は無い。予測の上で成り立った理性的な行動。

 魔狼の厄介な点は数を用いた連携にある。同時に襲いかかって来る数が増えるほど、対応の困難さはより増してゆく。

 右方からの爪。左方からの牙。

 残った三匹は絶え間なく二人に飛び掛るも、アルの分厚い盾を超える事が出来ないまま一匹、また一匹とアルの背後から隙を突いたヒデに狩られていく。


「これで、最後っ!」


 二人の初動により大きく数を減らされた魔狼達はもはや脅威ではなく、アルが振るった大盾によって最後の一匹が潰され、生々しい音が響いた。

 戦闘開始から僅かな時間で、魔狼の群れ達は地面に転がっていた。


「ふぅ、戦闘終了。危なげナシだ」


「ああ。群れだろうがこんなもんだ。俺達二人でもなんとかなるな」


「そういやだヒデ。あの個体に声すら上げさせなかったのはーー」


「っ!後ろだ!」


 二人を包んでいた勝利による余韻と油断。戦闘の最初期に吹き飛ばされ以降現れなかった内の一体が、その隙を突いた。

 突撃により拉げ既に瀕死だったその個体は、なりふり構わずアルの喉元に飛びつこうとする。

 ヒデの声に反応し盾を構えようと動くアルだが、体が魂気で強化されたとて、盾は重く鈍い。

 声と同時に動き出しはしたヒデもまた、アル自身が障壁になり対応が出来ない。

 魔狼の決死の牙は届くーーかに思えた。


「ーー破れずの壁を」


『ガアッ!?』


「ッレヴィ!助かった!」


 それは、何も知らなければ異様な光景だっただろう。

 二人の戦闘を後方から見ていたレヴィが両手を合わせ、目を瞑り言葉を発した後、アルの正面に現れた障害物ーー不可視の壁と形容する他無い物が現れ、魔狼は標的を目の前にして勢いのままそれにぶつかり、そのまま力尽きたのか地面に倒れ込んだ。


「悪い。油断だったな」


「他の奴らも念入りに潰しとこう。レヴィ!マジで助かった!」


「レヴィの奴、術の発現速度が上がってるんじゃないか?」


「やっぱり才能がーー」


 二人は窮地を救ったレヴィに対し、共に喜色の笑みを浮かべて賛辞を投げかけ近づいて来る。


 レヴィは曖昧に笑いながら二人へと駆け寄った。








 ☆☆☆☆☆☆☆








 レヴィア・ベルナールは『側仕え』の家系に生まれた。

 側仕えーー人類が最も苦境に立っていた頃、突如として現れた三人の英雄に教えを乞い、後に続いたとされる最初の者達のことを指す言葉の一つ。

 彼らは英雄から直に教えを受けた者の系譜として、未だ人類社会において力を持っている。

 力とは単純な権力だけを指さない。闘争における確かな才もそこに含まれる。


『聞いたか?ベルナールの娘、驚く程に非才だと』


『魂気の量は兎も角、魂術の発現は辛うじて出来る様だが、それでは……』


 血と魂気を扱う才の因果関係は未だ解明されていないが、準英雄の家系は確かに優秀な者を輩出してきた。

 しかしその輝かしい実績の裏には、持たざる者達も当然存在する。


『息子の方が優秀で助かったというところか』


『アレが次期当主ならば、次代は安泰じゃて』


 剣を握れる性質ではない。

 近接戦闘に比べればまだマシだった魂術を頼りに、辛うじて学園に入学する事は許された。

 この先に待つのは激しい闘争の未来。そこまで辿り着けるかも怪しい。

 才も無く、明確な戦う理由さえ朦朧としている。


 ーーレヴィアは祈る先を見出せずにいた。








 ☆☆☆☆☆☆☆








「マジで助かった。あんがとな!」


「……私だけ後ろで見てたから、気づくのが早かっただけだよ」


「んな事気にすんなって。術師は前に出ないに越したことないだろ」


 過去、人類の窮地を救った二人の英雄の一人、エマ・ステムリドラ

 彼女が操った業こそが人類が手にした武器、魂術。


「発現もギリギリだったし、強度だって……」


 魂から湧き上がるエネルギー、魂気を元に発生させるのが魂術だ。

 この不可思議な術と、魂気を体に巡らせる事による身体能力の強化。

 この二つが、人類がモンスターに対して対抗する為の要だった。


「あまり自分を卑下するな。……アル」


「おう。レヴィ、ちゃんと死んでるか見てくる。メイス借りてくぞ」


「あ、うん」


 アル、ヒデの両名は先程の失態から念入りに魔狼達の生死を確認する事を選んだ。

 レヴィが持つメイスを借り受け、二人は言葉を交わしながら離れていった。

 レヴィを包む静寂ーー森の住人達が奏でる細やかな音を含んだそれは、レヴィに確かな現実感を感じさせる。


(…………)


 レヴィはしばらくの間ぼんやりと木々を眺めていたが、やがて弾かれた様に動き出した。

 魔狼の群れを壊滅させた直後とはいえ、ここは人類の怨敵が跋扈する場所。呆けるのを良しとする余裕も実力も無い。

 すぐに二人が駆けつけられる距離とはいえ、孤立するのは本意ではなかった。

 僅かに歩いた後、傍に大盾を立てかけた鎧の後姿が見えたが、レヴィは近寄ろうとはせず木陰に隠れるように佇んだ。


「ーーッ!--ッ!」


 見ればレヴィから借り受けたメイスを振るい、群れの成れ果てを潰す鎧姿の男、アルの姿があった。

 そこにあるのは冷静に、思慮深くただ生き残りを防ぐ為に腕を振るう者ではない。

 顔には確かな興奮と喜悦があり、時たま何事かを発しながら明らかに不必要な殴打をしていた。


(…………)


 レヴィにとって、その顔には見覚えがあった。普段は快活で気の良い青年が見せる影の顔。

 不意にそれを見る度、レヴィは息が詰まるような気がした。


 ーー輝かしい栄光には影が潜む。

 日陰を歩まざるを得なかったのは何もレヴィだけではない。

 幼き日のこと、現実から目を背け寄り添う様に、同じ境遇を持つ三人の子どもは隣り合った。

 当時緩やかな諦観に包まれていたレヴィと違い、二人は落ちこぼれである事を認めず、その二人に引きづられる様にして今日に至る。


 二人が今も尚抱き続けているのは突きつけられた現実を認めようとしない反骨心。だがレヴィは今でもーー。


 ふと、気づく。

 木々が揺れている。自然の営みによるものはでない規則的な揺れ。

 やがて、地面自体が揺れている事に気づいた。微細な揺れから確実な揺れへと、除々に増している。


「ッ!」


 アルも異変に気がついたのか、メイスを脇に大盾を持ち身構えている。

 揺れの主は着実に此方に近づいていた。短くも長い緊張の後、やがて木々を掻き分けるように姿を現した。

 そのシルエットは()だった。しかし尋常の大きさではない。

 背は木々と並ぶほどに高く、体のどの部位を取っても人間とは比べ物にならない大きさ(サイズ)

 丸い頭には人間における鼻が無く、それを埋めるように巨大な単眼が貼り付いている。


 そして、その肌は血に染まったように赤い。


『グ、ググ、グ』


「……ハッ!サイクロプスか」


 一つ目の巨人(サイクロプス)の出現に対して、アルは先程までの緊張感を霧散させ、身構えていた大盾を下ろしていた。

 巨人に動く気配は無く、唸るように濁った声を漏らし、虚空を見つめ立ち止まっている。


「授業では聞いたが、ここまで鈍いもんなのか」


 不動の巨人に対して、アルは距離を詰め始めた。


「ちょっと、アル!」


「お、レヴィも来たか。大丈夫だ、授業で聞いたろ?こいつらはデカイだけの木偶だって」


 友人へ駆け寄るかのように、アルは気安い様子でサイクロプスに近づいていく。

 レヴィも知ってはいた。サイクロプスはその見た目に反して危険度は低い。

 知能が低く、動きも鈍い。そしてモンスター達が共通して人類に向ける、憎悪にも似た敵意すら薄い。

 身じろぎだけで周囲に被害を振りまく巨体にさえ注意してしまえば、どうとでもなるとされるモンスターだった。

 しかし危険度は低くとも人類の敵である事に変わりはない。異形から感じ取れる嫌悪と恐怖は確かなもので、レヴィはアルのように振舞える気はしなかった。


「モンスターはモンスターだよ。油断しちゃーー」


「分かってるよ。ヒデ呼んできてくれ。アイツの武器じゃなきゃ仕留め切れないだろ。つーか、こいつ小さくねえーー」


『グフッ』


「……え?」


 それは一瞬だった。

 サイクロプスに近づいていた筈のアルは衝突音と共に元居た方向へと吹き飛ばされ、木に張り付くように倒れていた。


「な、にッ……!」


「ア、アル……?」


 吹き飛ばした張本人ーー愚鈍で鈍重である筈のソレは、腕を振りぬいた体勢のまま立ち止まっている。

 高速で踏み込み、腕全体での弾き飛ばし。あらゆる点で鈍い筈のサイクロプスから、明確な攻撃の意思をもって行われたそれは明らかな異常事態。

 両名は共に混乱していたが、レヴィは慌てて吹き飛ばされたアルに近寄りながらも、直感じみた考えに支配されていた。


 あのサイクロプス(あれ)は、何かおかしい。


「なん、だっ、今のは……」


「アルっ!とにかく、一旦逃げよう!」


「あ、ああ……ヒデと合流して、出入り口までーー」


『グフッ』


 割り込むように発せられた声。その声の主に、二人は釣られるようにして目を向ける。


『グ、グフッ、グフッ』


 くぐもったような声が、咳き込むように発せられている。

 巨大な単眼と大口を歪め、隠しきれない喜悦が滲む表情で、二人を見ていた。


 ーー嗤っている。


 格下を見る目だ。自分より劣る者を嘲笑する目だ。

 なによりもそれは、レヴィにとっては馴染み深い目だった。


 そしてそれは、この場のもう一人にとっても同様のことだった。


「ーーあ?」


「アル……?」


「レヴィ、逃げるのはナシだ」


 アーノルド・フォースターにとって人生とは抵抗だった。

 失望の眼差しを向ける生家、優秀な親族達、嘲るような視線を向ける学園のクソ共。

 もがくような抵抗の意識を表に出したことは無い。出したとすればそれは誰の目も無い影の隅であり、湧いた憎悪は漏れなく反骨心に焚べられる。

 だが今目の前で自分を嗤うコイツはモンスターで、忌々しい人類の敵だった。


 抑えつける必要は。無い。


「ちょっと、まさか」


「あいつは俺達が潰す!術が使えるなら後ろから援護を!」


「アル!」


 レヴィの静止を求める呼びかけを聞き流し、アルは借り受けていたメイスを押し返し走り出した。


サイクロプス(あいつら)は鈍間ってだけでパワー自体はある。偶然振りぬいたのが当たっただけだ)


 アルの思考を過ぎるのは勝算。所詮は低危険度に分類されるサイクロプスに怯える必要は無いという断定。

 先程の不意打ちのダメージは確かにあるが、体は動く。

 己の裡を強く意識する。魂気を搾り出すと同時に力が漲り、目の前の存在に感じていた僅かな恐怖が薄れてゆく。


(見ろ。現に奴は俺を吹き飛ばした後から動いちゃいない。本質的にバカなのは確かだ)


 距離が縮まる。サイクロプスに動きは無く、呆けたような表情。

 あの醜悪な笑みが頭を過ぎり、追い出されるに霧散した。


(狙うは足!定石通り倒して頭を潰す!)


 瞬間、サイクロプスが動いた。


「っ!」


 左半身に迫る強烈な蹴り。反射的に右手の盾を合わせる。

 あの一撃が無ければまともにくらっていた。体勢は悪いが受けることはできる。


(重、いッ)


 盾で受けることには自信があった。今までモンスターに力負けしたことは無かった。

 良い訳じみた自負がアルの頭を巡る中、全身に叩きつけられたような衝撃が走り、踏ん張りも空しく蹴り飛ばされる。


 草木に落下したアルを、レヴィは呆然と見ていた。


(ーーあれが()()?)


 アルの突撃に間合いを合わせ、盾を持たない左側面からの蹴り。全ては流れるように、滞り無く行われた。術の行使もまるで間に合わなかった。

 聞き及んでいた特徴と違う。

 膂力はそのままに、本来は持たないはずの速度さえも持つ巨人。


(少なくとも、聞いていた域じゃない)


「うおおおおおおおッ!!!」


 泥のような絶望感が少しずつ頭を覆い始めたレヴィと対照的に、奮起の雄叫びと共に大盾が再び駆け出した。

 レヴィには分からない。何故膂力で完全に負けているにも関わらず愚直な突撃を続けるのか。

 再び巨人に迫るアルが僅かな時間、こちらに顔を向けた。

 その目と表情に捨て鉢の意思は無い。信じてくれと聞こえたように感じた。

 アルは直情的で感情的だがバカではないことを、レヴィは知っている。


 ーー何かがある。


「ッ!」


 そう断じたレヴィは、援護の姿勢に移った。

 レヴィの行使できる魂術の練度は決して高くない。この状況で役に立つものも少ない。

 啓句を呟き、行使する。鉄と肉は衝突する直前だった。

 最初にアルを吹き飛ばした時のような、腕で振りぬくだけの攻撃。

 今度こそ受けきると身構えたアルに、大質量が迫る。


 ーー直撃寸前にガラスが割れたような音を伴って。


「ッ!」


 受けきれない。再び体が浮かされる。

 しかし、先程の蹴りほどではない。体が軋むのを感じながら空中で体勢を整え即座に着地した。


(今のは……)


 後方にいるレヴィを見やる。自分の意思は通じたようだった。

 魂術の中でも特に基本的な『護壁』。

 仮想の質量を文字通り壁のように出現させ、守護に用いる。

 魔狼の奇襲の際にも使用されアルを守ったが、相手が悪い。対象を守る筈の壁は容易く叩き割られた。


 だが、確実に威力は殺せている。吹き飛ばされても即座に立ち直れるほどには。


(これならッ)


 再び巨人へと駆け寄る。

 今度は右からの蹴り。構えた大盾に衝撃が走る直前、先程のような破砕音が鳴った。


 衝撃。


 盾ごと浮かされ飛ばされるが、着地は前回同様容易だった。

 吹き飛ばした張本人はそのことが不思議に思うのか、不満そうな声を上げた。


(あの速さだ。アイツの攻撃の軌道上に壁を置くのは難しい筈なのに、レヴィのやつ……)


 アルは思わず笑みを浮かべていた。

 出来損ないの謗りを受けてきたのはレヴィも同じ。

 だがアルはそうは思わない。いつだって自分達の可能性を信じている。


 馬鹿にするものは吹き飛ばせば良い。


 見返し、認めさせる。その一歩がこいつだ。


「ッ!」


 サイクロプスが動き出す。今まではただ迎撃に徹していただけ。自発的に動き出すのは初めてだった。

 その意図は分からない。現状普通は無い鋭い攻撃の意思を見せてくる奴だが、どれほど頭が回るのかは分からない。


 だが自発的な攻撃は今までとは訳が違う。受けるとしても自分も衝突するように動かなければ威力を殺しきれない。


 避けることも出来ない。万一レヴィを狙われれば自分の機動力では追いつけない。追いついたとしてもそれは踏ん張りの効かない受けだ。


 最善はこのまま正面から受け続けること。そして、その先にアルの狙いはあった。


 迫る巨人に合わせ、再度突撃を開始する。

 右方から蹴りが破砕音と共に迫り来る。臓腑が浮くような感覚と共に、踏ん張り空しく吹き飛ばされる。

 着地したアルは再び迫り来るサイクロプスを見た。今度は腕を振るおうとしている。


 再び動き出す前に、レヴィに見えるように手を突き出した。そこには二を意味する二本の指。

 伝わるのか可能なのかも分からなかった。だがアルは信じている。

 今までと同じ破砕音を鳴り響かせ、豪腕が迫る。


 ーー『護壁』二枚分の破砕音を伴って。


「おおおおおおおッ!!」


『……?』


 大盾と巨人が始めての拮抗を見せる。巨人は理解出来ないものを見たかのように首を傾げた。


 アルにとっては賭けだった。

 咄嗟のサインが表す壁二枚の要請。その意図が伝わったとしてもレヴィにそれが可能なのか。

 着実に蓄積していく体へのダメージ。万全は衝突の度に失われていく。

 早々に来た蹴りよりも威力の低い腕による攻撃。二枚の壁により威力は減少し、頭に思い浮べた通りの状況になった。


「ぬ、ぐ、おおおおおおおおおおおッ」


 魂気を振り絞る。求めているのは停滞だが、力を抜く余裕は無い。

 数秒の拮抗の後、アルの無茶な要求に疲弊していたレヴィは見た。

 アルとは比べるまでもない軽装。腰に下げた物々しい鞘と、見慣れた額の古傷。


 ーー刀の男、ヒデが巨人の背後に迫っている。


 アルは己の武器ではダメージを与えられないことを悟っていた。

 思い浮かんだのは刀を愛用する幼馴染の顔。

 この騒ぎは確実に聞こえているであろうヒデが、合流しようとしない意図を即座に察した。


 隠密攻撃(ハイドアタック)による急所への確実な攻撃。


 隠密及び急所への迅速な攻撃は、ヒデにとって慣れ親しんだもの。

 盾と腕の拮抗という明確な隙。ヒデもまたアルの意図を察し、身を潜めていた草木から飛び出す。

 物音も無く跳躍し、迫る。

 狙うは頭。そこを貫けば問答無用で奴は死ぬ。


 肉を貫いた感触があった。


 快哉を叫んだ者はーー誰一人としていない。


 頭蓋を貫く筈だった刀は、盾にすら見える巨大な掌に埋まっていた。


 ーーグフッ。


 巨人が嗤った。








 ☆☆☆☆☆☆☆








(嘘……)


 レヴィは数瞬前の光景を咀嚼出来ずにいた。


 奇襲に失敗したヒデは無防備な体勢のままカウンターを受け、吹き飛ばされた。

 成す術の無いアルが、豪腕との張り合いを止め距離を取っている。

 その顔には、困惑にも絶望にも似た焦燥が浮かんでいる。


 ヒデの奇襲は完璧だった。

 隠密も、速度も、タイミングも、何もかもが噛み合った致命の一撃。

 未知の強大な敵相手に、意思疎通も無しにヒデは最高の一撃を繰り出した。

 二人は示し合わせることも無く、答えに辿り着く。


「見ていたのか、最初から」


 絶望的な仮説だった。

 初めから、見ていた。この付近に足を踏み入れ、魔狼達を蹴散らしていたその時から。

 ()()()戦っていた時から。


(勝てない……)


 元々の種として持つ身体能力。

 それを帳消しにしていたのは低い知能の筈だった。

 だが目の前の巨人は、突如現れた三人組に対し観察を選び、こちらの共通認識を逆手に取り、油断させ近づいた。

 最初からこいつは、自分達の常識が通じる相手ではなかったのだ。


「レヴィィッ!ヒデを助けにッ!!」


「助けにって……、アルは!?」


「俺はこいつを何とかするッ!だから早く……早くッ!」


 それは最早、逃避に近い判断だった。

 盾役として動くアルと違い、ヒデはその役割から打たれ弱い。

 先程の一撃は、そんなヒデにとって致命の一撃だった筈だ。

 そもそも、レヴィには重傷者を助ける明確な手段は無い。


「行けぇッ!」


「--ッ!」


 振り切るようにヒデのもとへ向かうレヴィを見て、アルは安堵していた。

 場違いな感情だと思った。目の前には、相変わらず自分達を虚仮にした悪魔が絶望を振り撒いている。

 巨人が嗤った。アルも笑った。

 何が可笑しいのか、自分でもよく分からなかった。


「頼むぜ、レヴィ」


 盾を構えた。








 ☆☆☆☆☆☆☆








「ヒデ……ヒデっ!!」


 ヒデが吹き飛ばされた先で、レヴィが見たのは十数年来の親友の酷い有様だった。

 刺突の瞬間、致命の一撃に完璧に意識を割り振ったヒデに、防御の姿勢が取れる筈が無い。

 左腕の骨折。全身の打撲。臓器が傷ついたことによる吐血。

 文字通り、ヒデは死にかけていた。


「こ、こんなの、どうすれば」


 レヴィには傷を癒す手段が無い。

 それを誤魔化す手段は多少持ち込んではいるが、素人目のレヴィから見てもそういう域を超えていた。

 とにかく、意識を保たせようとヒデを抱え、声をかけ始めた。


「ヒデ、ヒデ!!」


「レ……ヴィ……」


「し、しっかりしてよ!アルが今一人で……」


「そ……う……か……」


 朦朧とする意識の中で、ヒデは親友の考えが理解できてしまった。

 そういう男だと。自分達は、劣等感に追い立てられどこか歪みを抱えているんだろうが、そういう事が出来る男であることは知っている。

 であれば、少しでもその目論見の成功率を上げるのが、自分の役割だろう。

 親友として。


「気付け……薬を……」


「わ、分かった」


 レヴィは慌ててそれを取り出した。

 特殊な素材で精製された気付け薬。戦闘用に調合されたそれは痛み止めや精神高揚の効果があり、多少の痛み程度ならむしろ興奮の材料になる、そんな薬だ。

 最も、ヒデの現状では大きな効果は無い。

 レヴィの助けを借りてそれを呷る。


「立たせて……くれ」


「い、いいの?」


「ああ……」


 ゆっくりと、馴染ませるように立ち上がる。

 激痛と吐き気と、少しの高揚感。

 それを染み込ませるように意識を保つ。


(予想以上に効くな……これは)


 死にかけていたヒデにとっては十分な効き目だった。

 僥倖である。薬による高揚のままにそう感じた。


「刀を……」


「そ、その体で、戦うの?」


「頼む」


 おずおずとレヴィから差し出された刀を握る。

 握れる。握れるのならば、戦える。


「あ、ちょっと……。無理だよこれじゃ……」


(ベルナール家から何を言われるか分らんが……)


 刀を受け取る際、ふらついた拍子にレヴィに支えられたヒデは、懐から何かを取り出しレヴィの衣服に滑り込ませた。

 そうして、ヒデは己の成すべきことを成す。


「行け、レヴィ」


「……え?」


「アルは俺ごと、逃げすつもりだっただろうが、どのみち、この体じゃ逃げ切れん」


「え、え?」


理解(わかる)だろう。行けレヴィ、--俺達が止められる内に」


「----」


 時間が無い。血塗れの体でレヴィを見つめるヒデは、何よりもそれを語っている。

 目が霞み、目の前のレヴィの顔もおぼろげだが、酷く歪んだ顔なのは分かった。


「わ、私は……」


 その先の言葉は紡がれる事は無く、僅かに間を置いて、レヴィが駆け出したのを見てヒデは安堵していた。

 何に安堵したかは分からない。レヴィだけでも逃がせた事か、辛苦を分かち合った同じ境遇を持つ者が一人でも生き延びた事なのか。


(お前も、こう感じていたのか?)


 微かに聞こえていた争う音が消え、やがてゆっくりと巨人(ぜつぼう)が顔を出した。

 相も変わらず嗤っている。体色と同化するような血を浴びて。

 様々な思いが過った。ここが自分の、自分達二人の終着。もう見返す為に生きる事は出来ない。

 最後に残った一人の前途を祈りながら、眼前へ意識を向ける。


「俺も、直ぐに行こう」


 刀を構えた。








 ☆☆☆☆☆☆☆








「はあっ、はあっ、う、はあっ」


 レヴィはただひたすらに駆けていた。

 幾度も転び、視界が滲む。それでも足を動かし続ける。

 長年の親友達を、同じ境遇を持ち共に歩んできた者を置いて来たという事実が、止まることを許さなかった。

 いや、共に歩んできたなどと、言える筈も無かった。


 ーー何故?


 どうして自分はただ一人逃げているのだろう。何故自分だけがここに居るのだろう。

 アルとヒデはどうして自分だけを逃がそうとしたのだろう。

 自分はただ、あの二人に引きづられるようにしてここまで来たというのに。


 ーーあの二人が居なくなって、自分はどうすればいいのだろう?


 一人逃げ延びた女は、自らへと問う。






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