三番勝負 五
「勝ちましたね!デニッシュ君……おっとっと。大丈夫ですか?」
「……問題無い」
エリックに支えられた巨体が揺れながらも腰を下ろした。
勝利したというのに、デニッシュの表情は険しい。
「上手く詰みの状況を作ったが、ダメージ的には俺の方が多い。……身体能力的には俺の方が上、それでこのザマか」
「あの投げ、奇麗でしたね」
「ああ。称賛し、見倣うべき技術だ。取り入れるべきだな……この調子では、他二人も油断出来ん」
デニッシュの言葉と表情は暗に気を引き締めろ、と言っていた。
その言葉は、今まで禄に言葉を交わしていないもう一人にも向けられていたが、相変わらず彼女は二人から離れた場所で憮然と立っている。
エリックは大きく頷いた。
「慢心無し、全力で勝ちに行きます」
「次、準備出来た?」
間髪入れずに、次の戦いが始まる。
順番は決まっている。エリックは期待を込めて手を挙げ、声を上げた。
「僕です!」
「俺だ」
同じく声を上げた相手方の男、天若千。
エリックとしてはヒョウが最も気になっていたが、こちらも謎が多い。
天若は不敵に笑っている。
期待と疑問。間も無く対面するそれを想い、エリックも同じく、感情に任せて笑った。
☆☆☆☆☆☆☆
「今度はそっちが無手ですか」
「別に、パクったとか舐めてるとかじゃない。これが俺のスタイルだ」
アピールするように、天若が両手を広げた。
デニッシュが無手、というのは彼の肉体強度や、この戦いの題目も含めて理解は出来る。
ただ、目の前の人物がその選択をする意図が、エリックには分からなかった。
「もう始まってはいますが、少し話をしませんか?」
「……騙し討ちするタイプじゃないか。良い、何のお話がしたい?」
「天若さんがここで過ごす意味、ましてや解放戦線を目指す理由が知りたいです」
「……あー」
それは、天若がつい最近したのと同じような問答だった。
興味津々、といった姿勢で問いかけるエリックに、天若は少し気まずさを感じた。
「別に面白いもんでもない。一発デカイ功績立てて、それ掲げて楽して生きたいだけだ」
「……なるほど。では、もう一つ良いですか?」
「なんだ」
「ーーズバリ、どうしてそんな格好をしているのかです!」
その質問には異様な力が込められていた。男でありながら傍目には女にしか見えない容姿。しかし仕草や佇まいは男である事を隠していない。それがエリックの疑問点だった。
その好奇心を隠そうともしない姿勢に、天若は苦笑した。
「もちろん似合ってはいます!似合ってはいますが、どういう意図なんですか?」
「そんだけ直球に聞いてきたのはお前が初めてだよ。踏み込んだ話だったらどうすんだ?」
「謝ります」
「……はっ、別に面白い話じゃない」
天若はしばしの間、追想する。
自らのルーツ。今の自分が在る理由を。
その事に執着はしていない。だが、詳らかにする気も無かった。
「ちょっとした形見の意味が少しで、大半は趣味だ。可憐かつ華美、ピッタリだろ?」
「……そうですか。疑問への回答、感謝します。始めましょう」
エリックが構え、弛緩していた雰囲気が張り詰めていく。
その手に持つのは槍。若干短いこと以外は特筆する点も無い普遍的な槍で、穂先は潰されている。
問答を終わらせようとするエリックに、天若は同じく意識を切り替えながらも待ったをかける。
「待て待て、折角だから俺にも聞かせろ。お前の理由はなんなんだ」
「ーー人類、いや、モンスターを含めた生物の中での最強。それが僕の夢です。その為には、より多くの戦う機会が欲しい」
それは余りに突飛な目標だった。
解放戦線を志望するからといって、そのまま個人の目標をモンスターに奪われた領土の奪還とする生真面目な者は少ない。
御題目はあれど、天若のように地に足の着いた理由で志す者は多い。
壮大な夢を話すエリックの目に、自らの言を茶化す色は無い。
「……そりゃ、すげえ目標」
「はい。自分でも無謀だとは思います。ですから、あなたのようなささやかな目標を掲げる人には」
ーーあんまり、負けたくないです。
小さな体を気迫が纏い、エリックが踏み込む。
直後、天若へ槍を突き出し一本の線のように走り出し、そのまま天若の背後まで駆け抜ける。
天若は元居た位置から半歩横に動き、無傷。余韻の風が天若の髪を揺らした。
(速い……が、避けれない程でもねえ)
エリックの最初の突撃を避け、天若は冷静に思考する。
(あの体格、この初手からしてスピードタイプ。短めの槍は間合いではなく取り回しを重視ってころか。あっ、髪に掠ってるし)
「まだ、まだ!」
今後は戦闘時に髪を纏める事を誓いつつ、天若はUターンから再度速度任せで直線的な突撃を仕掛けてきたエリックを同じように躱す。
二度目の刺突。速さは一度目と変わらない。
(……芸が無い。ある程度速度落として、避けた俺に対応する気も無い。確かに速いが直に慣れる。そうすれば横からカウンターも出来る。何が狙いーー)
愚直に真横を駆け抜けてゆくエリックを、天若は疑問に思っていた。
「ーーははッ!」
「ッ!」
そして続く三度目の直線攻撃、それは天若の想定より速く訪れた。
二度目には有ったUターンによる時間の猶予、それが無い。
まるで跳ね返るように、エリックは虚空を蹴り再度天若に迫る。
(間を潰されたか)
刺突の速度は変わらない。だが続く突撃の間が縮められた。
僅かな慢心がそれに加わり、天若の回避行動は間に合わない。
エリックは己の思惑が成功した事を確信する。
ーーしかし、天若の表情に動揺は無い。
「ごめん、もう作っちゃった」
「ーーえっ」
迫る槍。天若が選んだのは防御行動。
エリックは見た。何も持たない筈の天若が動かした右手に、己が持つ槍の穂先が弾かれるのを。
☆☆☆☆☆☆☆
「……うん、形成だね」
突撃を槍ごと弾かれ、隙だらけの身を蹴り飛ばされたエリックを見ながら、メルシーは呟いた。
基本術『形成』。『結界』や『穿弾』と同じく、魂気を元にした仮想の物質で物を形成する。
形状、性質を設定する事はもちろん、着色を行う事も出来る。
術自体を扱える者は多い。だが、球体等の簡単な形ならともかく、武器のような形の物を性質込みで作ることは非常に難しく、実戦において使う物は限られている。
「実際に使ってる人初めて見た。うん、意味ある形にするの難しいんだよね、あれ」
天若の右手にあるのは盾。魂気で形成され着色が省かれたそれは、意識し目を凝らさないと見えない。
小さく丸みを帯び、バックラーと呼ばれる物に類似している。
エリックの一撃を受け流し、ヒビ割れたそれを天若は投げ捨てた。
「護壁を足場にして跳ね返ってきたのか。ビビったわ」
エリックが即座に切り返した地点に、魂気の残滓があるのを天若は見た。
あの時、エリックは空中に小規模の護壁を作り、それを使い跳ね返るように攻撃を仕掛けた。
直前より速さは増し、天若の意識の間隙を突いた攻撃。
「ごほっ、反応した癖に。追撃しなかったのは加減のつもりですか?」
「大して効いてねえじゃん。カウンターが怖かったんだよ」
空中で姿勢を直し、着地したエリック。
ダメージは少ない。天若の蹴りは弾き飛ばす事を目的とするものだった。
エリックは納得のいったような顔で再び槍を構える。
「形成……武器を持たなかったのはそれが理由ですか」
「得意技だ。俺用じゃないとしっくりこないんでね」
天若の手には先程のような盾が握られている。
再度形成したバックラー。咄嗟に作った一つ目とは違い、今回は強度も備えている。
天若はこの場において、最も相応しい武器がそれであると判断した。
「……ッ!」
エリックが動き出す。
円を描くように天若の周囲を駆ける。天若はそれに対し向きを合わせる以外の行動は起こさない。
(さっきみたいなカウンターで決めるつもりですか!)
再び形成した盾と動こうとしない姿勢。天若は先程と同じ事を狙っているとエリックは判断した。
実際に虚を突いたのにも関わらず、あの一瞬で盾を生み出し槍を受け流し、カウンターまでしてみせた。
掴みどころがなく得体の知れないというのが天若に対するエリックの印象ではあったが、その実力は確かであると確信していた。
(だったら、その想像を超える!)
円運動を切り上げ突撃する。
全速力での初回の刺突と意識の間隙を突いた刺突。どちらも早期決着を狙った一撃だった。
そして、その失敗の代償は天若の速度の慣れ。
「もう慣れたぞ」
迫るエリックに対し、天若には微塵も動揺は無い。
今までと同じ愚直な突きならば、難なく対応されるだろう。
同じであれば。
「ッ!」
「なっ!?」
天若に迫るその瞬間、エリックは跳んだ。
小柄な体躯は槍を携え、天若の頭上を縦に回転しながら跳び越えてゆく。
天若の後頭部付近に辿り着いた時、エリックは身体を捻りながら空を踏み締めた。
「はぁッ!」
「ッ!クソッ!」
自らが展開した護壁に踏み込み、予測不能の軌道をもって一直線に迫るエリックを辛うじて回避する天若。
盾による防御、及び受け流しは安定した姿勢が前提の選択。
虚を突かれ、姿勢を崩した天若に採れる物ではない。
(もう立て直せない!このまま押し続ければ、勝てるッ!)
崩れた勢いのまま後退する天若に迫る槍、槍、槍。
アクロバティックに、予測不能にエリックは空を地として天若を攻め立てる。
この一週間試行し続けた、得意技である護壁を活用した三次元的な戦い方。
天若はいずれ地に伏せる。エリックの思考に混ざる勝利の予感。
「……!?くっ!」
高速で迫る最中、エリックの視界に異変が生じる。
直前に見たのは天若が盾を持たない右手を振り払うように動かした事。
(……砂!?)
体勢を崩し後退する中、密かに握り締めた手の中で天若が形成していたのは魂気の砂。
接近に合わせて放たれたそれは、スピードに乗ったエリックの視界を容易く奪う。
「……ッ!」
追撃を即座に止め、前方を槍で払いながら後方へ跳ぶ。
涙に濡れる目を強引に開け、視界を確保する。
ーー飛来物。
「がッ!」
顔面に吸い込まれるように投擲されたそれーーバックラーは今度こそエリックの視界を完全に奪い、致命的な隙を生む。
天若はそれを見逃さない。
「うぐっ」
「……ふーっ、勝負ありだな」
後ろ手に回った天若に地面に倒され、武器である槍をも奪われるエリック。
誰が見ても、既に決着していた。
「……負けました」
「よー動くなお前。壁使って動き回るのはビビったが、始まる前のアレは流石にビッグマウスすぎないか?」
それは暗に、エリックの実力が天若の想像を下回った事を示していた。
「……ますよ」
「あん?」
「そんなの僕が一番分かってるんですよぉぉっ!」
最強を目指す小兵は涙ながらにそう叫んだ。
☆☆☆☆☆☆☆
「お前にとっては良い時間だったんだろうな。エリック」
デニッシュは呟く。
平凡を下回る。
この一週間、対人を意識して共に励んだ末、デニッシュが下したエリックの評価。
まず身体が小さく、重さが無い。魂気による身体強化をした上で感じる単純な弱み。そして魂術の扱いに長けている訳でもない。
唯一器用に扱える護壁を除けば、有りがちな身体強化頼りの前衛。
だがそれは、エリック自身が一番理解している事だった。
「あのな、槍ってのは先っちょが尖ってる棒なんだよ。突く以外にも払うとか叩くとかあんだろ?」
「はい!」
「後、俺がカウンター狙いって考えに拘ってたろ。だから俺がぶん投げた盾の回避が遅れんだ」
正座するエリックに、天若が取り上げた槍を弄びながら先の戦闘の指摘をしている。
エリックに敗北を味わう様子は無い。あるのは次への向上心。
この刺激を経て、エリックは前へと進む。
「ーー自由に、気ままに考えようぜ。硬い頭と身体じゃ勝てねえよ」
天若は莞爾と笑う。
天若千。デニッシュが特段注目していなかった男。
「掴めん男だ」
そうして、デニッシュは視線を移した。
その先は、己の興味を強く刺激する男ーーヒョウ。
そしてそのヒョウの目線の先には、暗い炎を瞳に宿した孤高の女が居る。
三番目、ヒョウvsエンリカ。