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しれば迷い

『鬼』と呼ばれ恐れられた土方歳三は、ある日暴漢に襲われていた商家の娘を助けた。

娘の儚い存在感に、密かに心を奪われる歳三だが、時勢の流れは歳三に平穏を許さない。

そんなとき、監察の山崎烝からもたらされた情報をきっかけに、時勢はさらに勢いを増す。

人生の一大事に、しかし歳三の脳裏には娘の顔がちらつく。


――しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道――

土方歳三が詠んだこの句に秘められた覚悟とは――

 ――どうやら俺ぁ女に縁がないらしい。

 

 歳三(としぞう)は、生まれてこのかた女に惚れたことのない我が身を振り返り、そんなことを思った。

 

 女にもてないわけではない。むしろ、すこぶるもてる。

 

 まるで役者を思わせる涼やかな目と、それに似合わぬ危険な雰囲気。いつの時代も、女は危険な香りのする男に惹かれるものらしい。花街に行けば、言い寄ってくる女は数知れず、もらった恋文の枚数など数えることさえ億劫(おっくう)になるほどであった。なにせ、仲間たちがまだ土臭い田舎者集団と花街の女も密かに鼻をつまんでいた頃でさえ、女たちは色目を使い、密かに歳三の取り合いをしていたのだ。歳三もまた、そんな女たちからもらった恋文の話や、自分がいかにもてているかを、日野の実家に宛てて書いた手紙に記してはいたが、内心面白くもなんともなく、別段手紙に書くほどのことがなかっただけに過ぎなかった。

 

「あれだけ女が寄ってきてるのに縁がねえたあ嫌味ったらしいぜ、土方さんよ」

 

 そういって笑いながら腹の古傷をさすっているのは、試衛館時代からの付き合いである原田左之助(はらださのすけ)である。

 

(なにをいいやがる)

 

 女にもてることと女に惚れることは別だ、と歳三は密かに舌打ちした。

 

 誰を抱こうと、たとえどれほど美しい女に囲まれようと、歳三はまるで心が動かないのだ。むろん男色の趣味もない。それだけに、女にいれこむ隊士たちの気持ちが歳三には理解できなかった。ときにそれが原因で叱責(しっせき)が過ぎることがある、と暗に永倉に言われ己を振り返ってみたが、やはり理解に苦しむ。

 

 鬱々(うつうつ)とした気分を晴らすため、歳三はひとり屯所(とんしょ)を出た。日はとうに中天を過ぎている。西の空は、すでに朱に染まりはじめていた。

 

 目的もなく歩く。

 

 日は傾いていても夏の京は蒸し暑く、胸元に滑り込んで流れていく汗が不快感をあおった。

 

(こう暑くちゃ不逞浪士(ふていろうし)どもも出てこないんじゃねえか)

 

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと争うような声が(やぶ)のなかから聞こえた。そのなかに、若い女の声も混じっている。

 

(やれやれ、放っておくわけにもいかんな)

 

 薄暗いなかを分け入ってみると、二人組の男が女を犯そうとしているのが見えた。

 

「おい、そのあたりでやめておけ」

 

 歳三の声に、男たちはびくりと振り返る。みすぼらしい身なりから察するに、食いつめた浪人か、勤皇志士(きんのうしし)を語る似非(えせ)志士であろう。

 

「なんだてめえは」

 

「なんでもいい、くだらんことはやめろ」

 

 歳三は男たちを睨みつけながら、静かな声でいった。

 

「今やめれば見逃してやる。力ずくで女を組み敷こうなどという輩の血で刀を汚したくはないからな」

 

 男たちは目を見合わせると一瞬間をおいて笑った。

 

「聞いたかおい、見逃してやる、だとさ。ありがてえじゃねえか」

 

「笑わせるな! お前一人で俺たちを切れるってのか!?」

 

 歳三はひとつため息をつき、左手を、腰にさした愛刀、和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)にのせ、そっと鯉口(こいくち)をきった。

 

「忠告はしたぞ」

 

  無造作に近づく歳三に、男たちは刀を抜き、同時に飛びかかった。

 

 一瞬の出来事であった。

 

 歳三は抜き打ちで袈裟懸(けさが)けにひとりを切ると、振り下ろされた刀をかわしざま、もうひとりの男の胴を払った。

 

「大事ないか、ご婦人方」

 

  血振るいした刀を納めると、歳三は背をむけたまま、震えながら衣服を整える女たちに声をかけた。近づかないのは歳三なりの配慮だった。

 

「じきに暗くなる。家まで送ろう」

 

 そういわれ、薄闇から出てきた女の顔を見て、歳三はどきりとした。ひどく(はかな)いのである。まるで、触れようとすれば(かすみ)のように消えてしまいそうなほど儚くか細い存在感に、歳三は束の間目を奪われた。

 

 もうひとりの女が歳三に声をかける。

 

「ありがとうございます、お侍さま」

 

 女は、自分は商家の住み込みの奉公人で、もうひとりはそこのひとり娘だという。

 

「こんな時間に女二人で出歩くとは感心せんな。今の京の状況を考えればどうなるか、わかりそうなものだが」

 

 歳三は脈打つ鼓動をごまかすように、あえて冷たく言い放った。

 

「とにかく送ろう。またいつあのような輩が出るとも限らん」

 

 うなだれる女をふたり連れ、歳三は薄暗い道の先を歩く。

 

「あ、ここです」

 

 そう言われ、歳三は目を見はった。送り先の商家は、思っていたよりも大きなものであった。

 

 商家のひとり娘だという女は、ひとつ頭をさげるとそそくさと家のなかへと消えていく。不思議と無愛想だとは思わなかった。

 

(そういえば、道中一度も口を開かなかったな)

 

 今さらになってそんなことに気がついた。これが永倉であれば、気を使ってあれこれと声をかけていたかもしれないが、あいにく歳三はそういう性質には生まれついていない。

 

「旦那さまにお取り次ぎしますので少しお待ちいただけますか」

 

「いや、別に構わん。通りがかっただけのことだ」

 

 歳三は、改まって誰かに感謝されたりすることが苦手であった。

 

「ですが、お嬢さまをお助けいただいた恩人を黙って帰してしまっては、わたしが旦那さまに叱られてしまいます」

 

  困ったように戸惑う奉公人の女に、歳三は内心げんなりしながらも、仕方なく応じることにした。

 

「ああ、お侍さま、娘をお助けいただきありがとうございます」

 

 通された広間で待っていた歳三の前に現れたのは、先ほどの娘とその父親であった。

 

「ささやかなものですが酒と食事を用意させますので――」

 

「いや、酒は結構。私は下戸(げこ)でしてな。酒はまったく受けつけんのです」

 

  実のところ、(たしな)む程度には飲める。

 

(さっさと食って帰ろう)

 

 運ばれてきた膳の上には、ふだん屯所では口にすることのないものが、いくつも乗っていた。

 

「ずいぶんと羽振りが良さそうですな」

 

  歳三の言葉に主人がとんでもないと首をふる。

 

「たまたま商いが上手くいっただけです。四国屋様にもご贔屓(ひいき)にしていただいておりますし、まあ、運がよかっただけです」

 

 謙遜(けんそん)か皮肉か、いずれにせよ本心ではないだろう。

 

 食事を終え、娘が歳三の湯のみに茶を注ぐ。細く白い指が妙に(なまめ)かしい。

 

 膳をもって下がる娘を横目に見送り、歳三は茶を啜るとひとつ息を吐いた。

 

「ご息女はずいぶんと無口ですな」

 

  膳を出すときも、茶を淹れるときも、そして膳を持って下がるいまも、ほんの一言もなかった。

 

「いやいや、哀れなことに昨年に婚約者を失いましてな。それ以来、にこりともせず口もきかなくなりまして」

 

「そうか、すまぬことを聞いた」

 

 歳三の言葉に商人は首を左右に振った。

 

「ところでお侍さま、よろしければお名前を頂けますか?」

 

「……土方歳三(ひじかたとしぞう)という」

 

「土方さまはどちらの藩にお仕えで?」

 

「会津公のお預かりだ」

 

「会津さまのお預かりといえば確か……」

 

「左様、壬生浪(みぶろ)だ」

 

 商人の言葉を遮るように、歳三は皮肉を込めてぴしゃりと言い放った。

 

 ――壬生浪。

 

 正式には壬生浪士組(みぶろうしぐみ)というこの集団は、京都守護職である会津藩主、松平容保(まつだいらかたもり)より、京都市中の警護を命ぜられた集団である。壬生浪とは、京の人間が浪士組の人間を侮蔑(ぶべつ)する際に密かに用いている言葉であった。当然、商人の頭のなかにも浮かんだ。それを面に出さないあたりはさすが手練の商人だったが、わずかな空気の変化を歳三は見逃さなかった。

 

「馳走になった。もはや会うこともあるまい」

 

 そういって立ち上がると、さっさとその場を後にした。

 

 通りに出ると、すでに月が上っている。ふと店を振り返った。例の儚げな娘の顔が脳裏をかすめた。

 

 屯所に戻ると、沖田が門前で歳三を出迎えた。

 

「ずいぶんと遅いおかえりですね、土方さん」

 

 なにが楽しいのか口元には笑みが浮かんでいる。

 

「まだ起きていたのか総司(そうじ)、もう子供は寝る時間だぞ」

 

「ひどいなあ。あまりにも帰りが遅いから心配してたんですよ。土方さんは存外抜けたところがありますからね」

 

 歳三に対してそんなことをいえるのは、おそらく沖田だけだろう。歳三もまた、そんな沖田を弟のように思い、つい甘くなる。

 

「すまんすまん、無事に帰ってきたんだから勘弁しろ」

 

 そういうと歳三はさっさと屯所のなかへと去っていった。

 

 布団に入り目を(つむ)ると、娘の儚げな横顔がまぶたの裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。

 

(そういえば名をきかなかったな)

 

 そんなおのれを滑稽(こっけい)に思いながら眠りにつき、歳三はいつもの日常へと帰っていった。

 

 ひとつ、翌日から日常に変化を加えた。市中巡察の(みち)を変えたのである。

 

 例の商家の前を通る。理由は、昨日の暴漢の件であったが、歳三は商家の娘を助けたことは話していない。もし話せば、ここぞとばかりに芹沢(せりざわ)らが商家の主人に金を無心するだろう。もともと芹沢一派のやり口には反吐が出るほどの嫌悪感を抱いていたが、果たしてそれだけの理由か、歳三自身にも判然としなかった。ただ、それ以上のことはせず、周りから見ればいつもの市中巡察でしかなかった。

 

 ただひとり、沖田だけが歳三の微妙な変化に気付いている。この青年は妙に勘がいい。が、それでいて嫌味がないのは、この青年のもつ天性の明るさによるものであろう。

 

「惚れたんですか?」

 

 ある日、藪から棒にそういった。

 

 歳三は、危うく口に含んでいた茶を吐き出しそうになった。

 

「いったいなんの話だ」

 

 沖田は屈託なく笑う。

 

「土方さんも案外可愛いところがありますからねえ」

 

 沖田がいうにはどうやらこういうことらしい。

 

 ある日いつもの通り市中巡察をしていると、見知らぬ女に頭を下げられた。壬生浪と(さげす)まれはすれど、頭を下げられたことなど京にきて以来かつてない。不思議に思い、女に理由をたずねた。

 

 女は巡察路中にある商家の下女で、以前歳三に助けられたことを話し、その商家の娘がどうも歳三にもう一度会いたいと思っているようだという。

 

「なんでも巡察中の私たちをこっそり覗いているそうですよ」

 

「くだらん」

 沖田の言葉を一蹴(いっしゅう)し、歳三が言葉を継ぐ。

 

「不逞の輩が二人、女を襲っていた。俺が通りかかり、切った。それがたまたま商家の娘だった。それだけだ。余計なことを詮索するのはやめろ」

 

「わかりました。土方さんがそれでいいのなら私は退散します。ああ、そうそう。このことは誰にも言いませんから安心してください。もしも芹沢先生のお耳に入ったら一大事ですからね」

 

 そういって沖田は歳三の前を辞去(じきょ)した。

 

 ――巡察中の私たちをこっそり覗いているそうですよ。

 

 沖田の言葉が歳三の頭にふっとよぎる。それは、大海で弾けたほんの小さな(あぶく)ほどのものだったが、ひどく鮮明だった。

 

(……いずれ縁があれば、どこかでまた巡り合うだろうさ)

 

 だが、皮肉なことにそれからほどなく、京を揺るがす大事件が起こった。

 

 それまで御所(ごしょ)を牛耳り、実質的に京の政界を支配していた長州藩士とその庇護者(ひごしゃ)であった三条実美(さんじょうさねとみ)を中心とする尊王攘夷派(そんのうじょういは)の公家七人が、京を追放されたのである。


 俗に『八月十八日の政変』と呼ばれるこの事件以降、京の治安はにわかに悪化していた。


 それだけではない。会津藩から暗に指示され、壬生浪士組の筆頭局長である芹沢鴨(せりざわかも)以下数名を暗殺し、近藤勇を頂点に置く新たな組織が編成され、隊の名も、会津公松平容保より直々に『新撰組』と改められた。

 

 何もかもが大きく変わった。

 

 副長となった歳三も、隊務に追われる日々を過ごしている。


 あの夜以来、娘とはあっていない。それでもときどき思い出したように夢に現れては、やはりその儚げな横顔を、歳三の脳裏に焼き付けていった。

 

(どうかしている)

 

 歳三自身、これが恋であろうという自覚はあったが、その思いを自ら意識の端に追いやっていた。

 

(そんな暇はない)

 

 新撰組にとっては今が正念場なのだ。

 

 そうして時は過ぎ、季節が一巡した頃、監察の山崎烝(やまざきすすむ)島田魁(しまだかい)から、ある情報が歳三のもとにもたらされた。

 

 桝谷嘉右エ門(ますやきえもん)という薪炭商(しんたんしょう)のもとに、長州のものと思しき連中が出入りしている、というのである。果たして調べを進めると、桝谷嘉右エ門とは偽名で、その正体は古高俊太郎(ふるたかしゅんたろう)という、過激尊攘派(かげきそんじょうは)と公家たちを結ぶ、長州間者の元締めであった。

 

「一番隊と二番隊、五番隊を向かわせろ」

 

 歳三の決断は早かった。

 

 店に踏み込んだとき、桝谷嘉右エ門は問い詰める永倉に対してあくまでしらを切った。が、沖田ほか、一番隊の隊士らが店内をくまなく捜索した結果、秘密扉の向こうに膨大な量の武器弾薬と、諸藩浪士とのやりとりを記した燃えかけの書簡や血判書が発見されたのである。

 

 桝谷嘉右エ門改め古高俊太郎は、自害する間もなく取り押さえられた。

 

 いくつかある屯所のうちのひとつ、前川邸の蔵で、古高俊太郎に対する取り調べがはじまった。取り調べといっても、その内実は拷問である。取り調べに当たったのは沖田、永倉、原田の三人であった。

 

「古高さん、あの燃えかけの書簡にはなにが書かれてたんです? 教えていただければあなたも痛い思いはしないで済む。私たちもこんな真似したくはないんですよ」

 

 沖田の問いに古高は応えない。半刻(はんとき)ほど拷問したが、古高は口を割らず、拷問する原田や永倉の方が根負けしそうだった。

 

「どうだ、なにか吐いたか?」

 

 さらに半刻後、様子を見にきた歳三に、永倉が首を振る。

 

「全然。たいした根性だよ。実際何にも知らないんじゃねえか?」

 

 永倉が伝法(でんぽう)な口調で応える。

 

「総司はどうした?」

 

「さあな、さっさとどっか行っちまったよ。俺だってこんな真似したくはねえんだがな、土方さんよ」

 

 古高の背は、散々に打たれ、血にまみれている。

 

 もともと真面目で一本気な性格の永倉は、拷問という行為に少々まいりはじめているようだった。原田もまた、こういったものにむいた性格ではない。かといって、他の隊士に任せれば勢い余って殺してしまうかもしれない。死なせてしまっては元も子もないのだ。

 

「変わろう」

 

 歳三は原田に手伝わせ、古高を縛ったまま、二階から逆さ吊りにした。

 

「二人とも出て行ってくれ」

 

 永倉と原田を外に出す。それは、これから行おうとする行為を二人には見せまいとする、歳三なりの配慮であった。

 

 蔵のなかで古高と二人きりになった歳三は、その場にしゃがみこむと古高の耳もとに口を寄せた。

 

「聞こえるか、桝谷嘉右エ門、いや、古高俊太郎。今喋ればすぐに下ろしてやる。知っていることを話せ」

 

「……私は……何も知らない」

 

 か細いかすれ声で応える古高に、歳三は大きくため息をついた。

 

「いいんだな、古高」

 

 歳三の目に、冷たい(ほのお)が灯った。

 

「俺ぁ……手段は選ばねえぞ」

 

 そういうと、歳三は懐から二本の五寸釘と百目蝋燭(ひゃくめろうそく)を取り出した。

 

 四半刻後、蔵から出てきた歳三を、沖田、永倉、原田が出迎えた。

 

「ずいぶんと早えな」

 

「で、吐いたのか?」

 

 矢継ぎ早に問いかける永倉と原田を遮り、

 

「まずは古高を下ろしてやってくれ。傷の手当てをして六角獄舎(ろっかくごくしゃ)に連行し、役人に引き渡す」

 

 といった。心なしか、顔色が冴えない。

 

「どうかしましたか?」

 

 沖田が歳三の様子を気遣い声をかける。

 

「総司、古参の連中を集めてくれ。四半刻後、近藤さんのところに集合だ」

 

 そういうと、歳三はその場を後にした。

 

 四半刻後、近藤の居室に集まったのは、局長である近藤、総長の山南と副長の歳三、そして試衛館時代からの同胞である沖田、永倉、井上、藤堂、原田ら八人という、錚々たる顔ぶれであった。近藤はいつになく引き締まった面持ちでいる。

 

「土方くん、頼む」

 

 歳三はかるく会釈をすると、全員に近くに寄るように手招きし、声を低く話す。

 

「先ほど古高俊太郎からの自白で得た情報だ」

 

 その内容とはこうである。

 

 祇園祭が行われるより早く、烈風の日を選び、御所および京の町に火を放ち、その混乱に乗じて中川宮(なかがわのみや)を幽閉、一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)と松平容保を暗殺し、天子を長州に連れ去る、というのだ。

 

「……なんということを」

 

 藤堂の手が怒りに震えている。

 

「長州の奴らはとち狂ったのか?」

 

 永倉は唖然とした表情で呟いた。

 

 他の面々も言葉こそ発さないものの、事の重大さに驚愕している。常と変わらないのは沖田だけであった。

 

「諸君、これは許されざる暴挙だ。私はなんとしてもこの愚行を阻止したい」

 

 近藤の言葉にみなが頷く。

 

「でもよ、どうやって阻止するんだよ? なんかあてはあるのか?」

 

 原田が腹をさすりながら言った。

 

「ない」

 

 歳三が即答する。

 

「が、断固阻止する」

 

「だからどうやって」

 

 原田の反問に歳三は沈思(ちんし)するように顎に手をあてた。

 

「見回りの強化でもしたらどうだい」

 

「そんなことをすれば連中に気取られる。黙っていろ馬鹿」

 

「なんだと!」

 

 歳三の辛辣な物言いに、喧嘩っ早い原田が立ち上がる。永倉と井上が慌ててあいだに入った。

 

「近藤さん、ここはひとつ、俺に任せてくれないか」

 

「わかった、頼んだぞ、トシ」

 

 歳三は部屋に戻ると腰をおろし、目を閉じて腕を組んだ。

 

 古高の言葉が耳に蘇る。

 

 ――京の町に火を放つ。

 

 そんなことをすればどうなるか、おそらく町の大半は灰燼(かいじん)に帰すことになるであろう。町人たちは焼け出され、大勢が死ぬことになる。あるいは明暦(めいれき)の大火のときのように、とてつもない被害を出すかもしれない。そのときの混乱がどれほどのものか、想像することもできない。それに乗じて凶行に及ぼうとする長州や倒幕派を制することなど不可能に近い。長州や倒幕派からすれば形勢を逆転し全てをひっくり返すことができる大博打である。だが、逆に考えるならば、倒幕佐幕いずれの今後をも左右するであろうこの事態にもし大きな成果を上げることができれば、新撰組の名は大きく轟くことになる。

 

(好機だ)

 

 そう思ったとき、障子のむこう側に人の気配を感じた。

 

「山崎です」

 

 障子越しに声をかけたのは監察の山崎であった。

 

 歳三は山崎を部屋に入れると、

 

「山崎くん、君に頼みがある。君にしかできんことだ」

 

 と、古高から得た情報を山崎に伝えた。山崎は表情を変えず、歳三の一言一句を脳裏に刻みつけていく。

 

「やり方は任せる。探ってくれ」

 

 歳三の指示は常にこうであった。山崎に全幅の信頼をよせている。山崎もまた、そんな歳三に心酔していた。

 

 探索の方針は山崎が決める。任せる、といわれた以上、中間報告さえしない。歳三が求めているのは経過ではなく結果だけなのだ。

 

 それから数日後、山崎が再び歳三の居室(きょしつ)を訪れ告げた。

 

「来月の五日に、京のどこかで会合を行うようです」

 

「どこか、とは」

 

「分かりません。ただ、木屋町か祇園のどこか、です」

 

「…………」

 

 歳三はそれ以上追求しなかった。おのれが不確実な情報を嫌うということを目の前にいるこの男は他の誰より理解している。その山崎がそういう以上、それ以上のことはもはや探りようがない、ということなのだ。

 

「……手当たり次第あたるしかないか」

 

 思わず重いため息が漏れた。あまりにも時間がない。会合が行われるまで十日と少ししかないではないか。手当たり次第に探るとはいえ、ある程度のあたりは必要になる。

 

「山崎くん、会合がどこで行われるのか、ぎりぎりまで可能な限り探りを入れて場所を絞ってくれ」

 

 山崎は首肯しゅこうすると、無言でその場を後にした。

 

(無事ことが終わり落ち着けば、監察も増員しないとな……)

 

 そうして数日が過ぎた。あれ以来山崎は姿を現さない。なにか掴めているのだろうか。

 

 あるいは――

 

 そんな思いが頭をよぎり、歳三は首を振った。

 

(山崎にかぎって下手はうつまい)

 

 そうは思っても、日を重ねるほど気は急いてくる。

 

 鬱々《うつうつ》とした気分を変えようと外に出ることにした。

 

 ふらりと出ていこうとする歳三に門衛をしている平隊士が声をかける。

 

「副長、お一人では――」

 

 そこまで言われ、歳三は平隊士を一瞥する。

 

「――い、いえ、お気をつけて!」

 

 背筋を伸ばし歳三を見送る隊士に、歳三は小さく溜息をついた。ちらと視線を送っただけでどれほどの意味もなかったのだが、どうやらなにか誤解させたらしい。

 

(まあ、いつものことだ)

 

 歳三自身、周囲のそんな反応を、隊の運営に利用していた。

 

 それにしても暑い。

 

 暑さのせいか、それとも焦りのせいか、歳三は自身の苛立ちが、内側から己を焦がしているような気がしていた。

 

(まだか、山崎!)

 

 古高俊太郎が自白した計画の日まで、もうそれほど時間がない。最悪の場合、祇園と木屋町の、店という店を片っ端から当たっていかなければならない。だがそれで長州の不逞浪士たちを捕らえられる確率などほとんどない。

 

 想像は、どこまでも悪い方に転がっていく。

 

(そもそも無理だったのか――?)

 

 どれほど高い志を持とうと所詮は烏合の衆。時流に乗って素志(そし)を遂げようと江戸を飛び出してはみたが、農民はどこまでいっても農民だ。

 

 ふと気がつくと、いつぞや例の娘を助けた藪の近くにまで来ていた。あの日以来姿を見ていないが、いったいどうしているのか。

 

 不意に娘の儚げな横顔が脳裏に浮かんだ。

 

 次の瞬間、歳三ははっと息を飲んだ。

 

(俺ぁいまなにを考えた?)

 

 湧き上がった感情に、歳三は激しく首を振った。

 

(今は隊の一大事だぞ!)

 

 この難所を乗り切れるかどうかが、今後の新撰組の全てを決める。その時にあって、今しがた歳三の身体に溢れた感情は、隊士たちに鬼と呼ばれ、恐れられているこの男らしからぬ感情であった。

 

 歳三は踵を返すと走るようにその場を後にする。

 

(仮にも副長の俺が、山崎の報告をただ待つだけでどうする!)

 

 屯所に戻ると地図を広げ、眉間にしわをよせ、穴を開けんばかりに睨みつけた。山崎の報告では祇園か木屋町にある店のうちどれか、と言っていた。多すぎるなどとは言っていられない。

 

(会津公に相談するか?)

 

 ちらとそんなことが頭をよぎったが、すぐに考えを改めた。

 

(いや駄目だ。まずは新撰組(おれたち)だけでやらねば手柄を持っていかれちまう)

 

 そうなれば、新撰組はこれから先もずっと、会津の使い走りのような役回りを演じさせられることになるだろう。歳三が目指すものはそんな端役(はやく)ではない。

 

 必死に思考を巡らせる。

 

 月はすでに中天を降りはじめていた。

 

 そのとき、部屋の外に人の気配を感じた。

 

「――山崎か?」

 

「はい、夜分に申しわけありません」

 

「入れ」

 

 戸惑ったかのように、ほんのわずかに間を置き、すっと開いた障子の向こうに、浮浪者の格好をした山崎がいた。

 

 ひどく臭う。

 

 が、歳三は顔色ひとつ変えず

 

「首尾は?」

 

 と、問うた。

 

「三条小橋西詰(こはしにしづめ)にある池田屋、同小橋北の四国屋丹虎」

 

 そのどちらかで間違いない、と山崎は断定した。だが、そのどちらなのか、それが最後までわからない。

 

「確率は?」

 

 一瞬の沈黙のあと、

 

「四分六で……丹虎」

 

 と、山崎は絞り出すようにこたえた。

 

「四分六か……」

 

 山崎のこたえに、歳三も苦虫を噛み潰す。

 

「……まて、四国屋だと?」


 ふと引っかかった。

 

「は? ええ、はい。土佐系の尊攘派と関わっている可能性が――」

 

 歳三は手をあげ山崎を制止する。

 

「ご苦労だった、さがって休んでくれ」

 

「…………」

 

 山崎はそれ以上なにも言わず、一礼すると静かに去っていった。

 

 歳三はその場に座り、眉間に手を当てる。

 

 一年前、例の娘を助けもてなされた。そのとき商家の主人は、四国屋に贔屓(ひいき)にされているといっていなかったか。

 

「……あるいはつながりがあるのか?」

 

 そうなれば娘の父親も引き立てねばならない。

 

 娘の儚げな顔が浮かぶ。

 

 歳三は大きくかぶりを振るった。

 

(馬鹿野郎! 迷うようなことじゃねえだろう!)

 

 歳三は、密かに覚悟を決めた。

 

 やる、と決めたら歳三の動きは早い。翌日には再び古参の幹部を集め、山崎からもたらされた情報をもとに話を進める。

 

「隊を二手に分ける」

 

 と、歳三はいった。

 

「山崎の話では四分六で四国屋らしい。だが実際のところ、確率はほぼ五分五分だ。博打はうてない」

 

 とはいえ、隊ではここしばらく脱走が相次ぎ、隊士の数は総勢で四十人しかいない。しかも間の悪いことにここ数日、数人の平隊士が食あたりで倒れ、出動できる状態にはなかった。

 

「近藤さん、あんたには池田屋に行ってもらう」

 

「なんだと?」

 

 近藤が気色ばむ。

 

「隊にとって最大の正念場に、局長である俺が最前線に立たずにーー」

 

「あんたの言い分はよくわかる。だが、あんたは俺たちの中心なんだ」

 

 近藤の言葉を遮り、歳三がいう。

 

「俺たちが死んでも代わりはいる。だが近藤さん、あんたがいなくなれば、俺たちはお終いだ。あんたは新撰組そのものなんだ。頼む、自重してくれ」

 

 永倉や藤堂、井上らも、歳三の言葉に頷く。

 

「う……む……」

 

 注がれる視線に、近藤も言葉をなくした。

 

「ただし、池田屋が当たりの可能性もある。そこで、池田屋には少数だが精鋭を選りすぐって配置する」

 

 そうして池田屋には、沖田総司、永倉新八、藤堂平助らあわせて九名が、さらに屯所の守りには総長である山南ら数人を当て、歳三は斎藤一、井上源三郎以下二十名を連れ、四国屋へと向かうことになった。

 

 当日、隊士らは怪しまれないよう、三々五々(さんさんごご)、八坂神社前の祇園会所へと向かった。

 

 日が沈み、辺りは暗闇へと変わる。

 

「会津には連絡をいれておいた。近藤さん、くれぐれも無茶だけはしないでくれ」

 

 歳三はそう言いのこし、隊士らを連れて、四国屋方面へと向かった。

 

 向かいの空き家から遠巻きに見張る。

 

 乞食に扮して裏口を見張っていた山崎から、今のところ不穏な人物の出入りは見られない、という報告が届いた。すでに入っているのか、あるいはこれからなのか。

 

「しばらく待つ」

 

 歳三はそういって、床机(しょうぎ)に腰を下ろした。

 

 じっと入り口を見張る。

 

 家のなかは風の通りが悪く、ひどく蒸し暑い。歳三の額からは滝のような汗が流れていた。

 

 見張り始めてからすでに一刻が過ぎていたが、誰も四国屋の暖簾(のれん)をくぐらない。原田が露骨に苛立ちを見せていた。もともと我慢や忍耐とは無縁の男だ。

 

 顎先から、ひとつ汗が落ちる。

 

 裏口を見張る山崎からもいまだ連絡がなかった。

 

 そのとき、小さな影がひとつ、四国屋の暖簾をくぐる姿が見えた。身なりから察するに、商人のようだ。

 

「なんでえ、期待させやがって」

 

 歳三の背後で原田が悪態をつく。

 

(今のは確か――)

 

 それは、例の娘の父親であった。

 

 歳三の鼓動が不意に大きく脈打った。不逞浪士たちと繋がっているのだろうか。

 

「なあ土方さんよ、いつまでこうして見張ってなきゃならねえんだ? 俺あもう我慢できねえよ」

 

 もう限界だと言わんばかりに、原田が身悶える。

 

(確かに、このまま待機していては機を逸するかも知れん)

 

 すでに不逞浪士が入っているのであれば、早々に踏み込まねば取り逃がす可能性もある。それだけではない。もしも四国屋が外れであったならば、近藤たちはわずか九人で池田屋に突入することになるのだ。

 

 だが、歳三は逡巡(しゅんじゅん)した。さきほど暖簾をくぐったの、確かにあのときの娘の父親だった。今踏み込み、仮に不逞浪士がいたとして、そこに娘の父親がいれば見逃すわけにはいかないのだ。もしもその娘も不逞浪士に協力していたとすれば、やはり見過ごすことはできなくなる。

 

 さらに半刻が過ぎた。やはり、山崎からの報告も、四国屋の暖簾をくぐる怪しい人影もない。


 踏み込むか。

 

(だが……)

 

 頭の片隅に、娘の横顔が浮かんだ。

 

「もしかして、池田屋だったんじゃ――?」

 

 誰かがぽつりと呟く。

 

 その瞬間、歳三は我に返った。同時に小さな不安が浮かび上がり、それは瞬く間に歳三の身体に満ちた。

 

「行くぞ」

 

 突如立ち上がると、歳三は隊士を連れ四国屋へ向かった。

 

「源さんと原田はそれぞれ六人ずつを連れ、表と裏を見張れ。残りと斎藤は俺と共に踏み込むぞ」

 

  四国屋の正面入り口を開け声を張り上げる。

 

「新撰組だ! 御用改(ごようあらた)めである!」

 

 店の主人が大慌てでとんでくる。

 

「ど、ど、どうなさいましたか?」

 

「主人か、新撰組の土方だ。不逞浪士の密会が行われているとの情報が入っている。改めさせてもらうぞ」

 

 言いながら、歳三は手早く斎藤以下、隊士たちに指示を出していく。

 

 刀を抜き、ふすまを開けては部屋を改める。

 

 が、それらしき人影はなく、部屋にいた連中はみな、目を丸くするか、怯えて震えているかのどちらかであった。

  (――外した!?)

 

 そう思ったとき、歳三は背筋が一瞬にして凍るのを感じた。

 

「池田屋だ!」

 

 店中に響き渡るほどの声でそう叫び、外へ飛び出した。

 

 風にのり、微かに争闘の声が聞こえてくる。

 

(――近藤さん!)

 

 歳三は刀を鞘に納めぬまま駆け出した。

 

 池田屋には九人しかいない。沖田や永倉、藤堂など手練れぞろいではあったが、浪士たちが多勢であれば万が一ということもある。

 

 池田屋の前には三人の若い隊士がいた。

 

「土方先生!」

 

 みな、歳三の顔を見て安堵の表情を浮かべる。

 

「どうなってる?」

 

「近藤局長が沖田先生と永倉先生、藤堂先生を伴って中にーー」

 

 それを聞くやいなや、歳三は池田屋のなかへと飛び込んだ。裏口へと続く廊下を抑えていた永倉が、浪士の胴をないでいるのが見えた。

 

 激しい争闘の声は、二階から聞こえる。

 

「斎藤、永倉を援護しろ!」

 

 そういって飛ぶように階段を駆けあがる。

 

 逃げようとしていた男を一人切り、正面の部屋へ飛び込む。刀を振り上げる巨躯(きょく)の男と近藤の姿が目に入った。

 

「勝っちゃん!」

 

 不意に昔の呼び名が出た。

 

 男の動きがわずかに遅れる。

 

 次の瞬間、近藤の虎徹(こてつ)が男の身体に滑り込んだ。

 

 男が血を吐き倒れ込む。

 

 何かを言葉にしているようだが、喉の奥からあふれた出た血がぼこぼこと音を立てるだけで、声にはならなかった。

 

 いつのまにか、店のなかは静かになっていた。

 

 近藤は肩で息をしている。返り血に濡れてはいるが、傷は負っていないようだった。

 

「遅いぞ、トシ」

 

 近藤が、息を弾ませながら笑う。

 

「すまねえ、勝っちゃん。俺は……」

 

 近藤は、気にするな、と言わんばかりに歳三の肩を叩き、

 

「全員気を抜くな! ここからは捕縛しろ! 一人たりとも逃してはならんぞ!」

 

 と叫んだ。

 

  一刻にも及ぶ激闘の末、過激派浪士数人を打ち取った他、二十数人を捕縛した。

 

 無論、新選組とて無事ではない。

 

 隊士三人が死に、永倉と藤堂も手傷を負った。特に藤堂は額を割られるという瀕死の重症であった。

 

 だが、この一件が新撰組の名を一躍表舞台へと引きあげた。

 

 翌々月の八月に起きた『禁門の変』においても戦果をあげ、朝廷、幕府、会津藩から、感状と二百両もの大金を下賜(かし)された。

 

 今や隊士の数は二百名をこえている。

 

 それを受け、歳三の仕事も増えていた。まさしく目が回るほどに忙しい。今は、増え過ぎた隊を律するための規則を練っているところである。

 

 歳三は文机(ふづくえ)の前に座し、腕を組んだまま目を閉じている。

 

 池田屋での一件以来、歳三はにわかに変わった。以前から他人寄せつけない雰囲気はあったが、今ではそこに、刺すような雰囲気すら醸し出している。まるで隙がない。

 

 文机の上に広げられた紙には一行だけ文字が書き込まれていた。

 

 ――士道ニ背キマジキコト。

 

「精が出ますね、土方さん」

 

 背後から声をかけたのは沖田だった。少し顔色が優れない。池田屋では血を吐いて倒れたという。

 

「寝ていろ、総司。身体に触るぞ」

 

 歳三は、振り向きもせずにいった。

 

「大丈夫ですよ、もう治りました。それより土方さんこそ少し休まれたらどうですか。あまり根をつめすぎると、良い案も浮かびませんよ」

 

「今は休んでいる暇などない」

 

 にべもない歳三に、沖田は小さく息を吐いた。

 

「そうですか、ではせめて、誰かに茶でも用意させましょう」

 

 そういってくるりと背を向けた。

 

「余計な世話などやくな、総司。お前は身体を休めておけ。これから先、まだまだ働いてもらわねばならん」

 

「だからもう平気ですってば。ああ、そうそう、余計なお世話といえば、例の娘――」

 

 沖田の言葉に、歳三はすっと目を開けた。

 

「どこぞの商家に輿入れしたそうですよ。近所のばあさんがいうにはたいそう大きな商家なんだとか」

 

 そう言い残し沖田は台所へと向かった。

 

「……そうか」

 

 歳三は、ひとりごちるように答える。

 

 沖田の足音が聞こえなくなると、歳三は文机の下から小さな箱を取り出した。蓋を開けると、句の書かれた紙が入っている。

 

 歳三は紙片を取り出すと、束の間目を閉じた。

 

 筆を取り、走らせる。

 

 淀みのない筆運びであった。

 

「……我ながら下手な句だ」

 

 出来上がった句を箱にしまい、歳三は苦笑した。


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