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喋る魔法の本

 

 図書館に着いた。


 埃っぽい、独特のにおいは、なぜか懐かしく感じられ、落ち着く。

 戦場なんかよりよっぽど良い。

 僕に合っている、と思う。

 かなり広いな。面白そうだし、1回りしてみるか。



 それにしても、人がいない。聞くところによると一般人は利用できないそうだ。そして帝都の図書館は世界1らしいけど、宝の持ち腐れだな。でもナイスアドバイスだ、ローラン。これでゆっくりできる。


 本棚1つ1つに細やかな彫刻が施されていて、材質はオークの木だろうか、それに何か塗ってあるのか? 落ち着いた色で、かなり高級そうだ。


 本だってそうだ。色んな本がある。

 帝都と城内には活版印刷所があり、現在は主にそこから本が運び込まれているらしい。


 ん、ここは……?

 歩いていると、1つの扉に辿り着いた。

 その重厚な扉には、紫色の宝石の装飾と他には「マイスター以外立ち入り禁止」と書かれていた。

 何のマイスターだよ。


 扉は少し開いていて、招かれているような気がした。

 まあ一応勇者だし、構わないだろう。


 真っ暗だったが、勝手に明かりがついた。最近はろうそくではなく、技術革新のおかげで魔法道具の灯りを使うのが主流になっているらしい。


「へぇ、こりゃ広い」

 思わず声に出た。

 一般公開されているさっきの部屋よりも更に奥行きがあり、古い文献が多い。亜人、ドワーフ族、妖精、エルフについての書物などなど、興味をそそられるものがいっぱいだ。


 歩いていくと、机の上に開かれた本を見つけた。誰かが読んでいたのだろう。


「魔女の核と錬金術についての報告書」と書かれている。

 パラパラとめくってみる。

 手書きか。筆記体は少し読みづらいな。

 というより魔女の核って何だ?

 錬金術は知っている。等価交換を原則として、非金属を貴金属へ変えるという大きな目標がある分野だ。僕にとってこの響きはかなりしっくりくる感じがする。前世では錬金術師だったのかもな、なんて。


 でも、魔女の核については知らない。

 面白そうだし、読んでみるか。



 魔女の核についてはまだまだわからないところが多いようだが、魔女の体内にある魔法を操る器官のようなもので、宝石のような形状と材質らしい。大きさ、色、形は個体差があるが、1度体外に取り出すと中には戻せない、のか。死ぬと同時に核も破壊されるとのことだ。魔女の核は魔女の心ともいえる……


 生きた状態で切り裂いて取り出すって、かなり残酷だな……


「大きな成果を挙げた実験の1つに、魔女の核と、既存の錬金術を組み合わせ、魔鉱石の加工に成功したものがある。この実験結果をもとに、魔女以外でも魔法道具を作れるようになり、それが魔法道具商業化実験、魔剣創造実験、勇者降魔計画へと繋がっている。人間族の進歩を促し、まさしく剣技に次ぐ、戦術上の大きな変革といえるだろう。しかしこの技術は帝国以外にも既に広がっており、粗悪品の排除と品質向上などの問題点もあり、早急に研究を進めることが求められている」


 なるほど。だからこそ、マナ供給源の利用目的以外にも、魔女を生け捕る必要があるってわけか。魔女を多く狩れた国が、軍事的にも経済的にも優位に立てるってわけだな。

 定食屋の魔法鏡もそうだし、帝都に溢れる魔法道具もこの実験の成果なんだな。


 でも勇者降魔計画って何だ?


 ――悪魔を勇者の身に宿す実験。成功すれば圧倒的戦闘力を有する勇者が召喚できる。


 ふむ。

 載っている図からすれば、おそらく僕の胸の紋様がそうだ。

 古代語の横の振り仮名を読む。

 あるし、える? アルシエル?

 僕の紋様はこのアルシエルという悪魔の紋様に似てるけど、僕の胸にはもう1つ違う魔法陣がある。まぁ、僕に悪魔は宿らなかったようだけど。

 これだけ弱いしな。

 でもメフィストのやつと何か関係がありそうだな。


 読み進めていくと、

「とりわけ功を奏したのは個体番号555番、トイトブルク産、8歳・核:ルビーの魔女で、核によって操作できる魔法の幅が広く、魔法道具の大量生産の安定化と軍事利用に不可欠な個……」


 そこで、手が止まった。ここでは8歳の女の子が、生きたまま内臓をえぐり出されているのか……?

 いくら魔女と言ったって……まだ子供じゃないか……


 そうだ、魔女に関する本だ。読んで調べないと。

 幸いこのフロアには、捕らえられた魔女の日記や手記、歴史など、魔女に関する本が多く所蔵されている。


「やい、人間! やい! 聞こえねぇのか」


 ん? どこからか声が聞こえてくる。


「こっちだ。やっと気づいたか」


 驚いた。喋る本だ……台座の上に2冊、本が置いてあって、口のように本を閉じたり開いたりして話している。


「ちょっとこっち来いよ」

「その言い方は失礼ですよ。あの方はマイスターです。きちんと礼儀正しい言葉遣いを心がけなさいと、いつも言っているではありませんか」

「ウルセェ、ババア」


 本が、喧嘩している。


「2人は、話せるの?」

「何言ってるんだぁ? 本が喋るなんざ常識だ、常識。そんなことも知らんのか。これだから最近の若いのは」

「何を言っているのですか。あなたはまだまだお子様ですよ」

「お前と一緒にすんな、ババア! 俺っちはグリモアールだ。こう見えてももう200歳を超えてるんだぜ!」

「私は400歳を超えたあたりで、保護魔法が切れたため一部過去のページが虫に喰われ劣化し始め、今ではわからなくなりました」

「2人ともスケールが大きいね……」

「いんや、2冊とも、だろ?」

「そっか。それで、2冊はどんなことが記されている本なの?」

「俺っちは魔女に関することだな。なんでも聞いてくれや!」

「私は神聖帝国を始めとする、神聖教世界の歴史全般ですね」


 そうだ、魔女について調べないと。


「じゃあグリモアール、聞くけど、魔女って何かな?」


「そうだな――魔女の定義とは一言で言うと人間族のシャーマンだ。自身のマナ、精霊の力を使って魔法を操ることができる人間だ」


「広義ではエルフ、亜人、ドワーフ、ゴブリンや他の種族のシャーマンを魔女とする場合もあります。薬学に長け、医者をする場合が多いですね。その他にも――」


 単語の羅列。

 それだけで意味がわかってしまうような、明らかな真実が、そこにはあった。


「魔女は、人間なの……?」

「んだ? 人間族の魔女は人間だけど?」


 頭が回らないような、衝撃。


 そうだ。魔女の日記にも、特に魔王軍については何も記されていない。

 今まで僕がしていたのは、なんだったんだ……?

 僕は、人間を殺したのか……?


「だったら、他の種族の魔女は? エルフ族やドワーフ族の魔女はどうなの? 人間と同じく同族から迫害を受けてるの?」


「人間族と同等以上の知性を持つ種族は人間族による迫害により一部を除き、数百年前から姿を消しています。それゆえに魔女の存在も現在では確認できません。ですがそれら迫害も魔女狩りとしての側面を持って始まったという記述があります」


「……じゃ、じゃあ魔女狩りって……?」


「――魔女狩りの歴史か。俺っちの知る限り、最初の魔女狩りの例はヒエロニムス症候群にかかった魔女が起こしたボッシュ村惨殺事件の魔女裁判だ」


「ヒエロニムス症候群って、何?」


「ヒエロニムス症候群とは、人間族の間で発見された妄想、幻覚、幻聴などの精神的症状、そして空想虚言を吐くなどの症状を持つ病の名称です」


「ボッシュ村の魔女はヒエロニムス症候群を発症した後、自傷行為をするようになった。自分の手首を切ったり、んまあ色々だとさ。そんで自分の子供にも怪我を負わしてそれがエスカレートしていったそうだ。でもその魔女はそれを悪魔の仕業だと主張した。周りの気を引きたかったんじゃねえかな。んで、困った村人は他の魔女に頼んで診察してもらったけど、この時点では幻覚と妄想が合わさった症状と診断された」


「だから、火あぶりにされたの?」


「いや、それだけじゃねぇ。その後魔女は何らかの方法を使って、自分が頭ん中で想像した、現実にはありもしない『幻覚上の生物』を魔法によって出現させたそうだ。そんで、それら『悪魔に似た生物』に村を襲わせた。めっちゃ気持ち悪い外見だったらしいぜ」


 ほらよ、とページを開いて絵を見せてくる。

 全部が真っ黒の眼球に、長いくちばしのような何か……確かに気持ちが悪い。


「いえ、私の知る限りでは、悪魔と取引をして悪魔を動物に宿らせ、憑依された生物が勝手に村を襲ったことになっています」


「ウルセェ、俺っちの話してる時に横から茶々入れんじゃねぇ」


「それで、そのボッシュ村と魔女はどうなったの?」


「騎士団が到着した頃には村人は惨殺され、半壊状態だったとの記述が残ってる。その後魔女は騎士団に捕らえられて、魔女裁判でこう言い放ったそうだぜ。『それ見ろ、本当にいただろう』ってな。全く怖えー話だぜ」


「この魔女は自らが見ているものが本当に存在するのだと証明する為に、他の人間にも見えるように視覚化した、と主張したそうです。ヒエロニムス症候群の幻覚は患者の一種の思い込みに近く、普通の人間がかかってもその程度の症状しか出ません。ですが魔女が発症してしまうと、魔法の力により信じれば本当にそれが実現してしまい、ボッシュ村のような事件がまた起きてしまうと人々に恐れられました」


「んまーこれが、魔女が同じ人間からビビられるようになった一番の原因だな。これ以外の魔女の症例はないけど、今の魔女狩りの原因の元ネタは全部これだぜ。事実はどうあれ、そっから子供攫いとか色々派生していったんだ。今の魔女狩りはほとんど冤罪でひでぇって聞いたけどな」


「同意見ですね。ボッシュ村の事件をきっかけに、魔女は悪魔崇拝のセクトであると一部の神学者に認識されるようになりました。民衆にも徐々にですが、そうした偏見が浸透していきました。ですが一般的な魔女と悪魔教との間に接点は実際にはないものとされています」


「そうだぜ、それはねぇんだ。けど新教の野郎どもが、そっから魔女を異端だって言い張って、改宗させるか追放する方針をとってる。いや、取ってた、だな。今は問答無用だろ?」


「……その、症候群の思い込み、だったっけ? 思えば実現するって、そういえば旧教の考え方じゃないの?」


「そうだ。旧教の野郎どもなんて、イメージするだけで夢は勝手に叶う、なんてめでたい考えをしてる奴らなんだ。バカだよな」


「あなたは本ですよ。偏った思想から判断してはなりません。客観的にならないと」

「俺の著者がそう書いてあんだよ」

「……私たち本には随所に著者の考え方が反映されていますから、いささか仕方のない部分もあります。ですが、あなたは口調も褒められたものではありませんし、偏りすぎです」

「ウルセェ、ババア。お前だってなんだその良い子ぶった話し方は? そもそもなぁ――」


「……申し訳ありません、マイスター。話が逸れてしまいました」

「おい、無視すんな」

「マイスターの仰るとおりです。旧教側はこの症候群を、内なる神聖を整え、精神的病を治せば解決できるものだとしましたが、新教側の主張は違いました。異教徒故に神の許しを受けられない為、解決は無理だと主張し、この魔女に罪を償わせる為に火あぶりの刑にしました。これが私たちの文献に残っている魔女狩りの第1例です。そしてこの1件で新旧神聖教の宗教対立も明確になりました」


「……でも近年じゃあ、魔女狩りの手引書『魔女への鉄槌』がウケてるんだってな。俺っちは知らねぇけどよ」


 グリモアールが歴史書に対して不服そうにしているが、いつものことなんだろう。切り替えが速い。


「魔女への鉄槌?」


「どうやって魔女狩りをすればいいのかの説明書ですね。活版印刷技術の発展により、初版以降多くの民衆の手に渡りました。今では魔法鏡でも内容が放送されているとのことです」


「でも中には信憑性の低い記述もあるって噂だぜ。それにちゃんと文字を読めねぇ奴が勝手に解釈して、無実の魔女、もしくは人間が誤って裁判にかけられる事例がそっから急増したってな。冤罪だ、冤罪」


「あなたにも信頼性の低い情報が多いですよ」

「どこがだよ? ええ? 言ってみろよ、ババア」

「例えば先ほどのボッシュ村の魔女の件です。私の中では魔女は悪魔教徒に洗脳され、悪魔と取引をしたとの記述があります。あなたの中身は情報不足ですね」

「んだとババア。また俺っちとやる気か!? 燃やしてやろうか? 火あぶりか?」

「あなたこそ東方の伝統、焚書坑儒を見習って灰となり土にかえるべきです」


 そんなやり取りをよそに、僕は1人で考えていた。


「じゃ、じゃあ、魔女狩りって本格的にいつから始まったんだ……?」

「神聖暦991年の現在から11年前の神聖暦980年に、新教を国教とする国々で一斉に魔女の粛清が始まりました」


「その発端が20年前のボッシュ村の事件だな。特別にそれ以降の魔女狩りの内容も教えてやるぜ。サービスだ。ハハ! 最初の最初はみんな冗談半分だったんだぜ。近所付き合いの……笑………………嬰児から老人までが対………………………石を投げ………………裁判………………弁護人…………………………村総出で………………………………日常生活に………魔女の核……………………奴隷に……………普通の人間も…………」


 途中から耳に入ってこなかった。

 これは、弱いものいじめや嫌がらせなんてものじゃない。

 もっと酷い。残酷な、立派な人殺しだ。

 魔女は、共同体から排除された側の人たちなんだ。

 資金の為に、軍事利用される為に捕らえられ、利用されていたのか……

 僕がこれに加担していたなんて……


 今まで魔物狩りの際に通ってきた村から、空へ向かって立つ大きな煙と鼻に付いた臭い(におい)が思い出された。あの時、あの場所で、魔女や魔女でもない人が焼き殺されていたのか……

 僕が殺してしまったあの奴隷魔女も、こんな生活をしてきたのか……?


 気づくと、2冊の声がパタンと本を閉じたように止んでいた。


「おや? こんなところで何をしておるのですかな、勇者どの?」


 一瞬間にして緊張が走った。


 この声は、

「サヴォナローラさん」


 と、他の騎士が彼をそう呼ぶように、平静を装って答えてみたが、声が裏返っていたかもしれない。

 いくら集中していたとはいえ、背後に立っていることに気づかないなんて。


 不気味だ。


「勇者どの、それは異教徒の作り出した魔物です。弁がたつという自らの特殊性を武器にして人々を傾聴させ、教化し、敬わせ、洗脳する魔物の類なのですよ。だからここに封印されているのです。口をきいてはなりません」


 彼は厳格な面持ちで2冊を指で指し、そう僕に(さと)す。


「そ、そうなんですね」


「それに、勇者どのはマイスターの称号をお持ちでは無いでしょう。どのようにして入室されたのですか? 結界が張られてあったはずですが」


 結界? 何のことだろう。というか皇女と遠征に出ていないのかな?


「扉は開いていたんですが」

「そんなはずは! では、このロザリオをしっかりと見てください」


 そう言って彼はロザリオを取り出した。

 特に何も変わった点はないけど。


「なに……! 三位一体の印の魔法か、もしくはあの方の加護によるものか……」


 何かぶつぶつと呟いている。

 三位一体の印って確か僕の手の甲の勇者の印だったな。

 何やらいつもと様子が違う気がする。もっと静かな印象の神官だったけど。


「あの、どうかしたんですか?」


 僕を一瞥して、彼は姿勢を正す。

 ロザリオがきらりと光った気がした。


「ああ、これは失敬。勇者どの、ところでその報告書を読んだのですかな? どう思われましたか?」


 空気が変わった。暖色の明かりを追加したように、この部屋が陰鬱な空気から一気に明るくなった。

 彼は親しみのこもった声色で尋ねてくる。

 他人から興味を持って質問されるのは、何だか久しぶりな気がする。それに何だかこの人の声の響きは、どこか安心する。神官だからかな?


「魔女は、人間なんですか……」

「……そうです」

「だったら何で、魔王軍の手先だとか、そんなことを……!」

「話せば少し長いのですが……」


 彼は前置きをして続ける。


「今世界は2つの権力に分かれています。皇帝派と教皇派です。皇帝は『世俗の世』を、教皇は『聖の世』を治める権利を持ち、2つの勢力は拮抗しておりました。ですが近頃、魔王軍の影響で教皇派の衰退が進んでおるのです。教皇派、つまり神聖教は元々この魔女狩りには反対しているのですが……」


 彼はそこで声を切り、少し迷ったように、小さい声で続ける。


「皇帝の指示で、魔女の正体に関しては情報統制されているのです。帝国を支える財源が魔女の核から得た魔法道具だとは知られるわけにはいきませんからね。幸いこの書庫にはほとんどの者は入ることさえできません。ですから私に何かできることはないのかと、1人で思案しているところでした」


 でも、でもだ。僕を騙して人を殺させるなんて……


「だからって、勇者の僕に黙って人殺しに協力させるなんて、おかしいじゃありませんか!」

「仰る通りです。勇者どのが怒られるのも無理もありません」


「ですが」と続ける。

「なにぶん皇帝陛下の御命令とあれば、逆らうわけにもいきません。私個人としては反対したのですが、あまりに目立って反抗すると暗殺されかねません。長期的に改善していく上で、今殺されるわけにもいきませんので……秘密裏に魔女を実験台にし、あなたを騙していました私を、この帝国をどうかお許しください。そしてこのことはどうか、他の騎士たちには他言しないで頂けますでしょうか……仮に皇帝派閥に知られたとなると、彼らの命が危ぶまれます」


 そうなのか……

 皇帝の命令なら従わないといけないもんな。それに、この人は個人的には反対していたんだろ。

 今も本当に申し訳なさそうにしている。


「ええ、わかりました。黙っています」

「ありがとうございます。それに、勇者どのもです。どうか素知らぬふりをしていただけますか?」

「それは――」


 ――確かに僕は勇者として弱いかもしれない。でも、弱者は弱者だけにわかることがある。それは、弱者の感じる痛みだ。グサリと刺さるような心の痛み。

 魔女の痛みを全て理解できるなんてことは言えない。けど、このまま僕以上にひどい境遇にある人たちを素知らぬ……見て見ぬふりをするのは、魔女狩りに加担し続けるのは――いやだ。

 真実を知ってしまった以上、放っては置けない……!


「僕が知らないふりをしていたら、サヴォナローラさんは黙っていてくれる、ということですよね?」

「そうです。どうかこの私を信じてください」


 この人は騎士達とはまた違う雰囲気がする。

 信じていいかもしれないな。


「わかりました。ではサヴォナローラさん、もしよければ、2人で協定を結びませんか」


 神官が疑問の表情を浮かべる。


「はて、協定、ですか?」

「ええ、そうです。何か、僕達で魔女に対してできることはないでしょうか?」

「ふむ、善行を積む良い機会かもしれませんな」

「善行、ですか?」

「ええ、慈悲深き神は、人がこの世に生まれた時点で既に人の罪を全て許していらっしゃる。神の愛は万人に注がれており、万人が救われるのです。それはあなたも例外ではありません。でしたら、この世に命ある限り善行を積み、救われるに値する人生を送らなければなりません」

「魔女を助けることが僕にとって善行だと?」

「その通りです」


 神官はしばし沈黙する。

 サヴォナローラと教皇は新教と呼ばれる神聖教の宗派で、これは未来保証説と呼ばれる考え方らしい。

 ――何をしても全ては神が許してくださり、必ず報われる。

 僕という弱くて疎まれている勇者個人を、無条件に受け入れてくれるこの抱擁感に、全てを委ねたい気持ちに駆られる。

 これが、神父を通じて神に許される感覚なのかな……


 だったら――、


「身近にいる魔女から、救いたいと思います」

「良くぞ言われました」


 目を輝かせて、僕の言うことを力強く肯定してくれる。


「あの方がいっておられましたぞ。人間は考える葦などとは言われるが、実際は緑に囲まれていながら枯れ草を食む牛のようなものだと。あまり深く考えすぎてもいけませんな」


 うむむ、あんまり意味がわからないな……


「勇者どのは日々努力されていて、会うたびに成長しておられる。毎回驚かされます。さらに魔女を積極的に助けようとする姿勢も素晴らしい。私も協力させていただきますぞ、勇者どの」


 やはり、良い人そうだ。こんなにも僕のことを見てくれていて、否定してこない。今までは寡黙で話しかけづらい人だと思っていたが、こんなにも話しやすいとは。数多の人の罪の告白を聞き、慣れているのだろう。気持ちを引き出すのが上手い。


「では、勇者どの、また近いうちにお会いしましょう」

 と別れを告げた。


 懺悔室はこんな感じなのかな。

 少し気恥ずかしいし、むず痒かったが、心が軽くなったような気がした。そして、魔女を助けるという決意を胸に、来た時よりも軽やかな足取りで図書館を出た。


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